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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
97/131

巡礼の地

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



巡礼の地。


そう呼ばれていた場所へ到着した一行は、しばし言葉を失った。


レオニスが思い描いていたのは、古代神殿のような壮大な遺跡だった。


あるいは勇者伝説に語られる聖域。


少なくとも、人々が巡礼と呼ぶに相応しい何かがあると思っていた。


だが。


目の前に広がっているのは、ただの荒野だった。


見渡す限りの茶色い大地。


風が吹けば砂塵が舞う。


草木すらほとんど見当たらない。


生命の気配が薄い、不毛の土地。


「……ここが、そうなのか?」


思わず漏れた言葉に誰も反論しなかった。


それほどまでに拍子抜けする光景だった。


「ねぇ、フィデリア。本当にここなの?」


アウレリアも疑わしげに問いかける。


フィデリアは周囲を見渡すことなく答えた。


「……はい」


迷いのない返答だった。


「しかし、何もないぞ?」


ゼルハインが腕を組む。


戦士として周囲を警戒しているが、敵影はない。


隠れる場所すらない。


「確かに、何もなさすぎるな」


グラーディスも眉をひそめた。


王国が長年追い求めた巡礼の終着点。


その実態が荒野では納得し難い。


だが。


その中で一人だけ、違うものを見ている人物がいた。


イシュリアンだった。


紫色の瞳が大地を見つめる。


普段の冷静な表情が、わずかに強張っていた。


「いえ、ここは……」


静かに呟きながら聖杖を地面へ向ける。


まるで何かを探るように。


そして。


「……魔力霊脈点」


聞き慣れない単語にレオニスが反応した。


「魔力霊脈点? 何なんですか?」


イシュリアンはしゃがみ込み、杖の先端で地面を軽く叩く。


その反響を聞くように目を閉じた。


「この大地に流れている膨大な魔力が集積している地点です」


「集積?」


「水脈に似ていますね」


イシュリアンは立ち上がった。


「雨が降り、地中へ染み込み、やがて地下水脈になるように」


「魔力もまた大地を流れます」


「そして、その流れが集まる場所があるのです」


レオニスは周囲を見渡した。


何も感じない。


だがイシュリアンの表情を見る限り、冗談ではなかった。


「それが巡礼の地だというのか?」


グラーディスが問いかける。


イシュリアンは頷こうとして――


その瞬間だった。


空が光った。


「!?」


眩い閃光。


直後、天から巨大な光の柱が降り注いだ。


轟音。


地面が震える。


砂塵が吹き上がった。


「転移魔法!?」


イシュリアンが珍しく声を荒げた。


王国最高峰の魔導師だからこそ分かる。


これほど大規模な転移は常識外れだった。


光の柱は大地へ突き刺さり続ける。


そして。


ゆっくりと消えていく。


砂煙の向こうに人影が立っていた。


全員の視線が集中する。


やがて輪郭が明らかになった。


全身を覆う無骨な鎧。


装飾はほとんどない。


実戦だけを目的とした重厚な装甲。


背には巨大な野太刀。


まるで一振りの刃そのものが人の形を取ったような威圧感。


ただ立っているだけで空気が変わる。


ゼータとも違う。


獣のような殺気ではない。


高い山が戦場に現れたような重圧。


積み重ねた死線の数だけ存在感が増したような圧倒的な威厳だった。


レオニスの喉が鳴る。


本能が告げていた。


強い。


それも、今まで見た誰よりも。


その人物は静かに立っていた。


まるで待ち合わせの相手を迎えるかのように。


そんな中。


アウレリアだけが、小さく呟いた。


「……ファイさん」


戦場で敵として認識するより先に。


酒場で出会った人物の名が口をついて出た。


それほどまでに、この出会いの印象は強かった。


だが。


次の瞬間には誰もが理解する。


ここは酒場ではない。


巡礼の地。


そして彼は帝國最強の戦闘種族。


王国の勇者と帝國の守護者。


その決戦の幕が、ついに上がろうとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ファイは巡礼の地に立つ一行を静かに見据えた。


荒野を渡る風が鎧の隙間を鳴らす。


その姿には焦りも高揚もない。


まるで決められた任務を遂行するだけの軍人だった。


「ファイさん!」


アウレリアの声が荒野に響く。


酒場で出会った時と同じ呼び方。


だがファイは答えない。


答える必要がないと判断したように。


ただ前へ進む。


一歩。


また一歩。


ゆっくりと。


それなのに。


誰もが後退したくなるような圧迫感があった。


戦意。


殺気。


そういった単純なものではない。


長年戦場を渡り歩き、無数の死地を越えてきた者だけが纏う威圧。


帝國最強の戦闘種族。


その肩書きを疑わせない存在感だった。


「来るぞ!」


グラーディスが前へ出る。


聖盾を構える。


勇者を守る盾。


姫巫女を守る壁。


その役目を果たすために。


そして次の瞬間だった。


ファイの右腕装甲が僅かに開く。


――シュルルルッ!


鋭い音。


何かが飛び出した。


細い。


あまりにも細い鋼線。


だが速度は凄まじかった。


蛇のように空間を這い。


一直線にグラーディスへ向かう。


「何――」


反応した時には遅かった。


鋼線が聖盾へ巻き付く。


何重にも。


何重にも。


生き物のように絡みつく。


「一つ、壁の無力化」


ファイが呟く。


その声は静かだった。


次の瞬間。


轟音。


白い閃光。


高圧の魔力電流が鋼線を通じて一気に流れ込んだ。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


グラーディスの絶叫が響く。


肉体が痙攣する。


聖盾を握る腕が震える。


だが抵抗は一瞬だった。


身体が完全に硬直する。


そして。


力なく崩れ落ちた。


「グラーディス!」


「王子様!」


「グラディ!」


三者三様の叫び。


だが返事はない。


地面に倒れたまま動かなかった。


ファイはワイヤーを回収する。


まるで作業を終えた職人のような動作だった。


無駄がない。


感情もない。


ただ効率だけが存在する。


(生命反応微弱。抹殺には至らずか)


内心で結果を確認する。


死んではいない。


だが戦闘不能。


盾役の排除としては十分だった。


そして再び歩き出す。


「ちっ……!」


ゼルハインが歯噛みした。


早い。


強い。


そして合理的だ。


グラーディスを最初に潰した判断も正しい。


戦場では常識的な選択だった。


(次は誰だ)


ゼルハインの思考が加速する。


自分か。


アウレリアか。


後衛のイシュリアンか。


どれを狙われても厄介だ。


だから先を読む。


敵より先に動くために。


武人としての経験を総動員する。


だが。


その予測は意味を持たなかった。


ファイは野太刀を持ち上げる。


狙いを定める。


そして。


真っ直ぐ踏み込んだ。


向かった先は。


「なっ!?」


ゼルハインの目が見開かれる。


そこにいたのはアウレリアではない。


イシュリアンでもない。


まして自分でもない。


フィデリアだった。


姫巫女。


非戦闘員。


守られる存在。


ファイは一切の躊躇なくそこを狙った。


戦場における最優先目標だから。


ただそれだけの理由で。


「フィデリア!」


アウレリアが叫ぶ。


「姫巫女様!」


イシュリアンも声を上げる。


だが一瞬遅れた。


あまりにも予想外だった。


強者同士がぶつかる。


そう考えていた。


だからこそ。


帝國最強の戦闘種族は、その思考の外側から刃を振るう。


戦士としてではない。


軍人として。


勝利するためだけに。


戦闘種族ファイとの戦いは。


王国側にとって最悪の形で幕を開けた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



フィデリアへ振り下ろされた野太刀。


その刃が届く寸前。


レオニスは反射的に駆け出していた。


「フィデリア様!」


細い腕を掴み、強引に引き寄せる。


直後。


――ドォンッ!!


野太刀が大地を叩き割った。


衝撃だけで砂塵が吹き荒れる。


あと一瞬でも遅れていれば、フィデリアは真っ二つになっていただろう。


「良いタイミングです、レオニス!」


イシュリアンが即座に反応した。


聖杖の先端に魔力陣が展開される。


放たれた複数の魔法弾は自律的に軌道を変えながらファイへ殺到した。


人間が受ければ即死。


三聖者たる彼女の本気の一撃だった。


だが。


魔法弾は鎧へ触れる寸前で消滅した。


まるで存在そのものを否定されたかのように。


「……魔法無効化」


イシュリアンは表情を変えない。


予想していた結果だった。


ゼータが持っていた技術。


ならば、帝國最強の戦闘種族が持たぬはずがない。


その隙を突き。


アウレリアとゼルハインが同時に飛び出した。


一人は正面。


一人は背後。


完璧な挟撃。


だがファイは振り向きもしない。


むしろアウレリアを無視した。


(勇者より先に槍を潰す)


「――っ!」


ゼルハインの背筋に悪寒が走る。


野太刀が閃いた。


迎撃。


それも迷いのない最短軌道。


(対応が早い!)


槍を差し込む。


防御は間に合った。


しかし。


「ぐっ……!」


受けた瞬間、ゼルハインの顔色が変わる。


重い。


あまりにも重い。


技量もある。


膂力もある。


だが、それ以上の積み重ねた戦場そのものが刃に乗っているようだった。


槍ごと身体が弾き飛ばされる。


何十メートルも荒野を転がった。


その光景を見てもファイは追撃しない。


次の敵へ視線を移すだけだった。


「ファイさん!話を!」


アウレリアが叫ぶ。


聖剣はまだ抜いていない。


戦うためではなく。


理解するために。


分かり合うために。


最後まで言葉を諦めていなかった。


だが。


ファイは答えない。


ただ野太刀を振るう。


――ガァン!!


轟音。


鋼と鋼が衝突する音。


「……アウレリア」


レオニスの声が震えた。


アウレリアは防いでいた。


確かに防御は成功していた。


しかし。


片膝をついていた。


勇者が。


あのアウレリアが。


ゼータの猛攻すら捌いた彼女が。


真正面から力負けしていた。


地面には深い亀裂が走っている。


受け流せなかった衝撃の証だった。


アウレリア自身もおそらく理解している。


目の前の男は違う。


ゼータとも。


今まで戦ってきた敵とも。


根本的に。


次元が違う。


「……強すぎる」


誰の言葉だったのか分からない。


だが、その場にいた全員が同じことを思っていた。


王国の勇者。


三聖者。


その全てを相手にしながら。


帝國の戦闘種族ファイは、なお余裕を失っていなかった。


まるで勝敗など、最初から決まっていると言わんばかりに。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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