表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
95/132

その先には避けられない決戦が待っていた

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



食事を終えたファイは、手元の布で口元を軽く拭った。


そして静かに店主へ声をかける。


「主、ここに個室はあるか?」


「は、ございますが」


「そうか。使わせてもらおう」


そう言うと、ファイは金貨を一枚差し出した。


店主は目を見開く。


村人にとっては大金だった。


「案内を頼めるか」


「は、はい」


店主は慌てて頭を下げる。


そのまま二階へ案内していった。


ファイは階段を上る途中、一度だけ振り返る。


何も言わない。


だが、その視線は明確だった。


ついて来い。


レオニスは息を飲む。


そして立ち上がった。


隣ではアウレリアも当然のようについてくる。


「なんで付いてくるの?」


「だって、あたしの話でもあるでしょ」


「それはそうだけど……」


三人は二階の個室へ入った。


室内は広くない。


木製の簡素な机。


椅子が数脚。


窓が一つ。


旅人や村人が酒を飲みながら談笑するための部屋だろう。


ファイは椅子へ腰を下ろした。


「座りたまえ、レオニス、アウレリア」


その声は先ほどまでとは違っていた。


酒場で見せていた穏やかな老人の顔ではない。


軍人だった。


長い年月を戦場で生き抜いた者だけが持つ重みがそこにあった。


レオニスは覚悟を決めて腰を下ろす。


アウレリアも隣へ座った。


しばし沈黙。


やがてファイが口を開く。


「レオニスが知りたかったのは、帝國が王国と戦争をする理由だったな」


「はい」


即答だった。


迷いはない。


ファイは頷く。


「帝國側に戦争をする理由はない」


レオニスの思考が停止した。


言葉の意味が理解できない。


「……え?」


間抜けな声が漏れる。


ファイは続けた。


「強いて言うなら、王国が勇者を生み出すため戦っている」


「それほど勇者とは帝國にとって業が深い存在だ」


室内が静まり返る。


以前のレオニスなら笑い飛ばしただろう。


馬鹿な話だと。


そんな理由で戦争など起きるはずがないと。


だが。


聖剣解放を見た。


あの光を見た。


あれは人間が持つにはあまりにも巨大な力だった。


だから否定しきれない。


もし本当に帝國が勇者を恐れているのなら。


もし勇者そのものが戦争の原因なのだとしたら。


王国の悲願は永遠に争いを生み続ける。


「しかし!」


レオニスは思わず立ち上がった。


「今の勇者なら、そんなことにはならない!」


その視線の先にはアウレリアがいる。


人を守ろうとする勇者。


力を誇らない勇者。


あのアウレリアなら。


だがファイは静かだった。


「一匹の毒蛇が噛まないと主張しても、他がそうとは限らん」


重い言葉だった。


「それは、レオニスよ。君が個人で思っているだけにすぎん」


反論できなかった。


アウレリアはアウレリアだ。


だが未来の勇者は違うかもしれない。


次も、その次も。


誰にも保証できない。


レオニスは拳を握る。


言葉が出てこない。


ファイは今度はアウレリアへ視線を向けた。


「そういうことだ、“勇者”よ」


アウレリアは黙って見返す。


「今の儂に戦う以外の選択肢はない」


レオニスは目を見開いた。


驚いたのは内容ではない。


ファイが最初から気付いていたことだ。


目の前の少女が勇者であることを。


それでも食事を共にした。


それでも普通に話した。


その上で戦うと言っている。


理解した上で。


認めた上で。


それでも。


「巡礼の地」


ファイが立ち上がる。


「そこで雌雄を決しよう」


その声に敵意はなかった。


覚悟だけがあった。


ファイは二人の返答を待たない。


静かに扉を開き、そのまま部屋を後にする。


残されたのは沈黙だった。


王国の勇者。


帝國最強の戦闘種族。


互いを理解した者同士の戦い。


文字通りの死闘は、すぐそこまで迫っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王国軍の野営地には、重苦しい空気が漂っていた。


村の外れに築かれた陣地。


その中心にある大型テントの中で、レオニスはグラーディスへ報告を行っていた。


「君は帝国軍と接触したと言うのか?」


「はい。ファイと名乗った帝国の軍人でした」


「そうか」


グラーディスは腕を組み、静かに目を閉じた。


驚いていないわけではない。


だが、それ以上に考えるべきことが多かった。


「勇者を巡礼の地で待つと?」


「そう言っていました」


レオニスの返答に、テント内の空気がさらに重くなる。


巡礼の地。


王国にとって最重要拠点の一つ。


そこに帝國軍が待ち構えている。


偶然では済まされない。


グラーディスはゆっくり息を吐いた。


「勇者を迎え撃つということは、その軍人はおそらく……」


言葉は最後まで続かなかった。


だが、その場にいた全員が理解していた。


勇者殺し。


戦闘種族。


しかも巡礼の地を守る守護者。


ゼータと同格。


あるいは、それ以上。


誰も口にしないが、その予感は皆の胸にあった。


「……わからないな」


「何がでしょうか?」


レオニスは首を傾げた。


グラーディスは地図の上へ視線を落とす。


「帝国が、我々の目的地を知っている理由だよ」


低い声だった。


そこには純粋な疑問が滲んでいる。


巡礼の地への進軍は王国内部でも極秘事項だった。


一般兵はもちろん、多くの貴族ですら知らない。


それなのに。


ファイは当然のように待ち受けると言った。


まるで最初から知っていたかのように。


グラーディスの眉間に皺が寄る。


(帝國側の間者が王国にいる)


最も自然な答えだ。


だが、そう断定できる材料もない。


考え始めればきりがなかった。


そして今は、その答えを探している時間もない。


グラーディスは思考を切り替えた。


「ともかく、我々は行かなければならない」


巡礼の地は目前。


そこへ向かわないという選択肢は存在しない。


勇者の使命。


王国の悲願。


すべてがそこへ繋がっている。


帝國軍が待ち構えていようと変わらない。


「……エルマナート様」


レオニスが静かに声を上げた。


「なんだ?」


「こちらから和平はできないのでしょうか」


その言葉に周囲の兵たちが息を呑んだ。


あまりにも率直な問いだった。


だがレオニスの表情は真剣そのものだった。


ファイと話した。


同じ食卓を囲んだ。


笑った。


冗談も言った。


そして何より。


帝國軍人でありながら、あの男は村人を守ろうとしていた。


人間だった。


敵ではあった。


だが怪物ではなかった。


だからこそ聞かずにはいられなかった。


グラーディスはしばらく沈黙した。


やがて小さく首を横に振る。


「理想的ではある」


その言葉にレオニスの顔が少しだけ明るくなる。


しかし。


「だが……無理だな」


その希望は続かなかった。


静かな断言だった。


政治的な打算でもない。


感情論でもない。


現実としての答えだった。


レオニスは俯く。


予想していた。


だから驚きはない。


だが、胸の奥が重くなる。


ファイも戦いたくて戦うわけではない。


グラーディスも同じだ。


それなのに戦争は続く。


個人の意思とは無関係に。


(今のままでは駄目なんだ)


レオニスは拳を握った。


誰か一人が善人なら解決する問題ではない。


誰か一人が強ければ終わる問題でもない。


仕組みそのものが戦争を生み出している。


その現実だけが、ひどく重かった。


テントの外では夜風が吹いている。


巡礼の地は近い。


そして、その先には避けられない戦いが待っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



翌朝。


王国軍の陣営には、いつもとは違う緊張感が漂っていた。


巡礼の地への進軍。


本来ならば士気を高めるべき朝だった。


しかし、集められた各派閥の代表者たちの前で、グラーディスが告げた言葉は、その空気を一変させる。


「巡礼の地へは、勇者と三聖者、姫巫女様のみで向かう」


有無を言わせぬ口調だった。


命令。


それ以外の何物でもない。


当然、会議用テントの中は騒然となる。


「理由をお聞かせください!」


真っ先に声を上げたのは貴族派だった。


それを皮切りに王族派、教会派も反発する。


「横暴ではありませんか!」


「我々にも役割がある!」


「姫巫女様を護衛する権利がある!」


レオニスはその様子を見て意外に思った。


王族派まで反発していたからだ。


グラーディスは王族。


本来なら最も支持される立場である。


だがゼルハインは貴族派。


イシュリアンは教会派。


そして姫巫女フィデリアは三派共同管理。


そこには複雑な思惑が絡んでいた。


グラーディスは騒ぎが収まるのを待たず口を開く。


「これから先に帝國の戦闘種族が待ち構えている」


その一言で空気が変わった。


ざわめきが広がる。


先日の戦い。


戦闘種族ゼータ。


あの白銀の怪物を忘れた者はいない。


「先の戦闘種族ゼータ以上の敵が待っている情報を掴んでいます」


静かな声だった。


だからこそ重い。


「貴公らを守りながら戦えるほどの余裕はありません」


現実だった。


感情ではない。


事実だった。


だが彼らは納得しない。


「勇者がいるではないか!」


「そうだ!」


「我らには勇者がいる!」


口々に反論が飛ぶ。


グラーディスは内心で溜息をついた。


予想通りだった。


彼らは見てしまったのだ。


アウレリアがゼータを倒した光景を。


聖剣解放の輝きを。


だから錯覚している。


勇者がいれば勝てると。


勇者がいれば守られると。


グラーディスは冷ややかな視線を向けた。


「忘れたのですか」


場が静まる。


「アウレリアは、自分の言うことを聞かない王国兵を斬れるんですよ」


誰も反論できなかった。


事実だからだ。


デッドラインを越えた兵士は警告なく斬られた。


死ななかったのは偶然に近い。


「それを御するのが責任者の役目だろう」


誰かがそう言った。


グラーディスは薄く笑った。


その笑みには温度がなかった。


「そうですか」


静かな声。


だが全員が息を呑む。


「それでは勇者に頼む前に、私が貴公らを排除してもよいのですよ」


空気が凍り付いた。


王子の顔ではない。


指揮官の顔だった。


「私の使命は姫巫女様を巡礼の地へ送り届けることです」


そして言葉を続ける。


「優先順位で言えば、貴公らは全滅しても姫巫女様が生き残ればいい」


誰も口を開けない。


「それでも良ければ同行していただいて構いません」


あまりにも冷酷な言葉。


だが誰も反論できなかった。


それが現実だからだ。


やがて会議は終わる。


派閥の代表者たちは不満を抱えながらも退席していった。


残されたのは三聖者とレオニスだけだった。


「えらく強行策に出たじゃねえか、王子様」


ゼルハインが苦笑する。


「ええ、まったくです」


グラーディスも疲れたように答えた。


「ですが正解ですね」


イシュリアンが眼鏡を押し上げる。


三人は理解していた。


ゼータと戦ったからこそ。


あれが正真正銘怪物だったという現実を。


そして次に待つ相手が巡礼の地の守護者であることを。


勝てる保証などどこにもない。


だからこそ余計な犠牲は増やせない。


テントの外では進軍準備が進んでいる。


巡礼の地は目前だった。


そして、その先には避けられない決戦が待っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ