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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
91/131

これはデッドライン

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



帝国軍の残兵が逃走する戦場。


その中心で、ゼルハインとゼータが激突していた。


しかし、その戦いへ新たな光が割り込む。


「――穿て」


イシュリアンの聖杖から放たれた光球群。


一つではない。


二つでもない。


十を超える魔法弾が空を埋め尽くし、ゼータへ殺到した。


普通の兵士なら。


いや、熟練の騎士であろうと回避不能。


避ける余地など存在しない。


だが。


ゼータは静かに腰へ手を伸ばした。


もう一本の剣。


白銀の長剣が抜き放たれる。


さらに二本の剣を連結させた。


双剣は輪となる。


回転する。


まるで獣が牙を剥くように。


「なっ!」


思わずイシュリアンの口から声が漏れた。


魔法が砕けた。


爆ぜたのではない。


相殺でもない。


まるで構成そのものを壊されたように。


光球が崩壊して消える。


「その程度か」


感情のない声。


次の瞬間。


ゼータが地面を蹴った。


消えた。


そう見えた。


ゼルハインの視界から完全に姿が消失する。


「何だと!?」


油断はしていなかった。


視線も外していない。


それでも追えない。


しかも。


ゼータはゼルハインを相手にしていない。


存在そのものを無視した。


王国最速。


未冠の武神。


若狼。


そう呼ばれてきた男を置き去りにして。


ただ前へ。


「追いつけねぇ!?」


ゼルハインの背筋を冷たい汗が流れる。


その頃には、すでに無数の矢が降り注いでいた。


王国兵の援護射撃。


だが意味がない。


双剣が円環となって回転する。


矢が弾かれる。


折れる。


砕ける。


地面へ落ちる。


足止めにすらならない。


そして。


ゼータの進路上にいたのは。


イシュリアンだった。


「自在盾!」


四枚の魔法盾が展開される。


半透明の光壁。


幾度もの戦場で彼女を守ってきた絶対防御。


「邪魔だ」


ゼータが剣を振るう。


それだけだった。


四枚の盾が同時に砕け散る。


硝子細工のように。


音を立てて崩壊する。


「――っ!」


イシュリアンの瞳が揺れた。


理解したからだ。


魔法防御が破られたのではない。


魔法そのものを壊された。


(魔法を解体する能力……!?)


最悪だった。


魔法使いにとって。


これ以上ないほど相性が悪い。


銀光が迫る。


ゼータ自身が凶器だった。


速い。


あまりにも速い。


避けられない。


その瞬間。


ガァン!!


轟音が響いた。


「ほう」


初めて。


ゼータが興味を示したような声を漏らす。


イシュリアンの前。


巨大な影が割り込んでいた。


グラーディス。


聖盾を構えた聖騎士。


王国最高峰の防御。


それが強引にゼータの一撃を受け止めていた。


しかし。


止めただけだ。


受け切れてはいない。


靴底が地面を削る。


土が抉れる。


グラーディスの身体が後方へ押し込まれる。


一歩。


二歩。


三歩。


およそ一メートル。


強制的に後退させられた。


(何という力だ……)


グラーディスの金色の瞳が細まる。


聖盾越しに伝わる衝撃。


重さではない。


圧力でもない。


純粋な暴力。


人を殺すためだけに最適化された力。


目の前の男は。


戦士ではない。


騎士でもない。


英雄でもない。


狩人だ。


強者を狩るために存在する捕食者。


帝国の勇者殺し。


戦闘種族ゼータ。


その実力の底は。


まだ誰にも見えていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



戦場に、甲高い金属音が連続して響いた。


ゼータの漆黒の鎧が軋む。


生き物のように。


あるいは殻を破る獣のように。


背中の装甲が左右へ展開した。


その隙間から現れたのは、四枚の金属翼。


鳥の翼ではない。


刃だ。


鋼で作られた殺意そのものだった。


「――狩る」


静かな宣告。


次の瞬間。


翼が分離した。


白銀の鏃となって空へ舞う。


一本。


二本。


三本。


四本。


音より速く。


閃光より鋭く。


白銀の軌跡が戦場を切り裂いた。


「っ!」


グラーディスの聖盾が唸る。


一閃。


二閃。


三閃。


迫る鏃を叩き伏せる。


火花が散った。


だが油断はできない。


一撃ごとの重さが異常だった。


単なる投擲武器ではない。


防ぎ損ねれば鎧ごと貫かれる。


そんな確信があった。


(ちぃ……!)


さらに鏃は不規則に軌道を変える。


左右。


上下。


背後。


まるで獲物を弄ぶ猛禽類のように、自律追尾する。


予測が成立しない。


そして。


「――!」


一筋の銀光がイシュリアンへ向かった。


「自在盾!」


反射的に魔法障壁が展開される。


光の盾が鏃を受け止める。


衝撃。


障壁が軋む。


砕けはしない。


だが余裕もない。


次の鏃。


さらに次。


防御。


回避。


迎撃。


その繰り返し。


イシュリアンは攻撃に転じる余地を完全に奪われていた。


「この……!」


冷静な彼女の声に、僅かな焦りが混じる。


戦場全体を支配しているのはゼータだった。


三聖者を相手にしながら。


まるで遊ぶように。


その時。


ゼータが不意に背を向けた。


まるで別の獲物を見つけたように。


その先にいたのは。


一直線に迫るゼルハイン。


赤い瞳が獰猛に輝く。


聖槍を握る腕には青筋が浮いていた。


ゼータは振り返らない。


剣も構えない。


ただ一言だけ告げた。


「来い」


挑発ではない。


侮辱でもない。


呼びかけですらない。


許可。


まるで処刑人が囚人へ階段を示すような。


圧倒的な上位者の言葉。


「舐めるな!」


ゼルハインが吼えた。


聖槍が回転する。


風切り音が遅れて追いつく。


構えは低い。


獣そのもの。


地を蹴る。


爆発的な加速。


そして突撃。


だが。


ゼータの双剣が回る。


円を描く。


刃の壁。


いや。


刃の嵐。


槍先が弾かれた。


重い。


速い。


突破できない。


「チッ!」


ゼルハインは即座に飛び退く。


間合いを切る。


距離を作る。


体勢を立て直す。


判断は正しかった。


戦士として。


武人として。


だが。


「――な」


ゼルハインの背筋が凍った。


気配。


背後。


振り向く。


そこにいた。


ゼータが。


すでに。


「逃げるのは構わん」


静かな声。


感情の起伏はない。


だからこそ恐ろしい。


「だが逃げ切れると思うな」


獲物を追い詰める狩人。


そのものだった。


戦うのではない。


狩っている。


三聖者ですら。


ただの獲物として。


王国兵たちは声を失った。


先ほどまで歓声を上げていた者たちが。


誰一人として叫ばない。


三聖者は王国最強。


その認識は共通だった。


その三人が。


押されている。


圧倒されている。


追い詰められている。


戦場を覆うのは歓喜ではない。


恐怖。


絶望。


そして理解だった。


この男は。


自分たちが今まで戦ってきた相手とは根本的に違う。


帝国の勇者殺し。


戦闘種族ゼータ。


その存在が、王国軍の心に深く刻まれ始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



戦場は崩れ始めていた。


三聖者が押されている。


その事実は王国軍から余裕を奪い去った。


兵たちは動揺し、隊列は乱れる。


怒号が飛び交い、指揮系統は混乱していく。


反対に、帝國軍は息を吹き返した。


撤退していた兵たちが呼び戻される。


散り散りになっていた部隊が再編される。


敗走から反撃へ。


絶望から希望へ。


戦況が反転しようとしていた。


だが。


その試みは実行されなかった。


轟音。


次の瞬間だった。


ゴウッ――!!


大地が震えた。


暴風を遥かに超える衝撃波が戦場を薙ぎ払う。


帝國兵たちは思わず足を止めた。


何が起きたのか理解できない。


視線の先。


地面が抉れていた。


巨大な獣が爪で引き裂いたような傷跡。


一直線。


何十メートルも先まで続いている。


兵たちは息を呑んだ。


土煙の向こう。


一人の少女が歩いてくる。


白銀の鎧。


青白いドレス。


風に揺れる黒髪。


腰には黒銀の鞘。


手には聖剣。


王国の勇者。


アウレリアだった。


彼女は抉れた大地の中央へ進む。


そして。


聖剣を杖のように地面へ突き立てた。


静寂。


誰も動けない。


その姿は、まるで巨大な城壁だった。


一人で軍勢の前に立つ。


それだけで戦場が止まっていた。


アウレリアは帝國軍を見据える。


黒い瞳が冷たい。


怒りとも違う。


殺気とも違う。


ただ決定だけがあった。


「これはデッドライン」


静かな声だった。


だが、誰の耳にも届いた。


「超えれば容赦は出来ない」


風が吹く。


白銀の髪飾りが揺れた。


「それでも良いなら、超えなさい」


帝國軍は動けない。


「動くな……」


「あれは人間じゃない……」


まるで巨大な魔物を前にしたような圧迫感。


人間が放つものではない。


そう思わせる何かがあった。


「ゆ、勇者様だ!」


王国兵の誰かが叫ぶ。


その声を皮切りに歓声が上がった。


「勇者様だ!」


「助かった!」


「勇者様が来てくださった!」


士気が戻る。


誰もがそう思った。


だが。


アウレリアの次の言葉は予想の遥か外だった。


「王国軍も退きなさい!」


歓声が止まる。


誰も理解できなかった。


王国軍。


帝國軍。


両方が固まる。


アウレリアは振り返らない。


ただ聖剣を引き抜いた。


一閃。


轟音。


再び大地が裂ける。


今度は王国軍の目前だった。


帝國側と同じ。


巨大な亀裂。


決して越えてはならない境界線。


アウレリアは静かに告げた。


「これはデッドライン」


その声に迷いはない。


「超えれば容赦は出来ない」


帝國軍へ向けたものと同じ言葉。


まったく同じ声音。


そして。


同じ覚悟。


「それでも良いなら、超えなさい」


戦場の誰もが言葉を失った。


「勇者様、何を……」


「なぜ我々まで……」


勇者は味方ではなかった。


敵でもなかった。


ただ。


戦争そのものを止めようとしていた。


その事実だけが残った。


「めちゃくちゃだ……」


レオニスは頭を抱えた。


少し前。


伝令兵が壊滅寸前の報告を持ち込んだ。


その瞬間、アウレリアは飛び出した。


止める暇もなかった。


フィデリアを連れて。


そして今である。


「アウレリアは自然災害と変わらないんじゃないのか?」


胃の辺りを押さえる。


後始末を考えるだけで頭が痛い。


間違いなく大問題だ。


団長であるグラーディスが何と言うか。


想像したくもない。


そんな中。


ふと違和感を覚えた。


隣を見る。


フィデリアだった。


「……?」


レオニスは目を瞬かせる。


フィデリアの口元が僅かに緩んでいた。


笑っている。


感情をほとんど見せない少女が。


確かに。


笑っていた。


その意味を知る者は。


まだ誰もいなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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