姫巫女の巡礼団
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都宮殿東庭。
勇者誕生を祝う式典会場には、すでに人、人、人の波が出来ていた。
貴族。
騎士。
神官。
そして一般市民たち。
誰もが同じ瞬間を待っている。
――勇者の姿。
王国に現れた新たなる象徴。
聖剣を授かった存在。
その誕生を、自らの目で確かめようとしていた。
東庭の中央には、過剰なほど豪奢な椅子が設置されている。
そこへ座らされているフィデリアは、まるで精巧な人形のようだった。
白い指先。
静かな横顔。
感情の読み取れない瞳。
だが、その場にいる誰よりも神聖だった。
そして、その前に控える三人。
グラーディス・エルマナート。
イシュリアン・メルカディア。
ゼルハイン・ヴァスリク。
今や彼らは、“三聖者”と呼ばれている。
聖盾を授かったグラーディスは、“聖騎士”。
聖杖を得たイシュリアンは、“聖導師”。
聖槍を与えられたゼルハインは、“聖槍士”。
勇者に付き従う三柱。
王国は、そう定義した。
だが当人たちの空気は、どこか微妙だった。
「勇者様が入場されます!」
進行役の声が高らかに響く。
同時に、楽団による荘厳な演奏が始まった。
重厚な扉が、召使たちによってゆっくりと開かれる。
そして。
一人の少女が姿を現した。
「「「……アウレリア?」」」
三聖者の声が、見事に重なった。
疑問符付きで。
そこにいたのは、彼らが知る旅人の姿ではなかった。
白銀の装甲。
青白い布地。
腰に携えられた聖剣。
やや茶色がかった黒髪が、光を受けて揺れる。
凛として。
気高く。
まるで最初から王国に仕える姫騎士だったかのような姿。
誰もが疑った。
あの闘技場で暴れ回っていた少女と、同一人物なのかと。
だが。
その腰にある聖剣だけは、紛れもなく本物だった。
教皇が立ち上がる。
「彼女こそが、今代の勇者」
静寂が落ちる。
続けて国王が声を張り上げた。
「姫巫女に選ばれ、聖剣を授けられた勇者である!」
その宣言は、東庭全体へ響き渡った。
一拍の沈黙。
次の瞬間。
歓声が爆発した。
割れんばかりの喝采。
地鳴りのような拍手。
勇者の誕生を称える声。
王国の民は、ついに理解した。
伝承ではない。
物語でもない。
本当に勇者が現れたのだと。
その中心で、アウレリアは露骨に居心地悪そうな顔をしていた。
「……なんか、思ってたのと違う」
小声で漏らす。
だが、その呟きは歓声にかき消えた。
グラーディスは静かに目を細める。
ゼルハインは面白そうに笑う。
イシュリアンは複雑そうに眼鏡を押し上げた。
三人とも理解していた。
この少女が、自分たちを打ち破った相手なのだと。
そして。
フィデリアだけが、無表情のままアウレリアを見つめていた。
微動だにしない。
祝福もない。
歓喜もない。
ただ静かに。
その瞳から、一筋だけ涙が零れ落ちる。
だが。
その涙の意味を理解できた者は、この場に誰一人としていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都を発った“姫巫女の巡礼団”は、街道をゆっくりと北へ進んでいた。
王国が正式に発行した公文書には、こう記されている。
――姫巫女フィデリアを中心とした巡礼使節団。
目的は王国各地を巡り、救済と慈善を行うこと。
武力ではなく、保護と共済を掲げた人道支援団体。
建前としては、そういうことになっていた。
「だったら、本当にそれだけやればいいじゃない」
馬車の窓から外を眺めながら、アウレリアが呆れたように言った。
白銀の勇者装束。
青白い布地。
腰には封印鞘型の聖剣。
あれほど粗野だった少女は、今では誰が見ても“勇者”だった。
もっとも、口を開かなければの話だが。
「別に完全な嘘ってわけじゃないですよ」
向かいに座るレオニスが苦笑する。
「方便みたいなものです。帝國への牽制にもなりますから」
巡礼団は、実際に地方の村を巡る予定になっている。
食料支援。
薬品の配布。
孤児や病人の保護。
表向きの活動は、本当に行うつもりだった。
だが、それが本命ではない。
本当の目的地は“巡礼の地”。
そして、その場所は王国北方。
帝國勢力圏に近い危険地帯だった。
(欺瞞行動ではあるけど……こんなことで帝國を騙せるとは思えないな)
レオニスは胸中で溜息をつく。
帝國。
王国最大の敵対国家。
勇者誕生の報は、すでに向こうへ届いているはずだ。
ならば、向こうも必ず動く。
その予感だけは、嫌というほどあった。
「そういえばさ」
思いついたようにレオニスが口を開いた。
「アウレリアは、帝國のことどのくらい知ってるの?」
「大陸北方にある、皇帝が支配する軍事大国家でしょ」
即答だった。
「え、知ってるの?」
レオニスは思わず聞き返した。
もっと適当な答えが返ってくると思っていたからだ。
「うん、まあ」
アウレリアは頬杖をつく。
「王国とずっと揉めてるんでしょ?」
「ええ。帝國軍が時折侵攻してきて、それを迎撃する。小競り合いが何年も続いています」
「ふぅん」
興味があるのか、ないのかわからない返事。
馬車が揺れる。
車輪の音が静かに響く。
その沈黙のあと。
アウレリアが、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、何で王国は帝國と和平を結ばないの?」
「え?」
レオニスは瞬きをした。
予想外だった。
「何で、そんなこと聞くんです?」
「いいから答えなさいよ」
少し強めの声音。
だが責めているというより、本気で不思議がっているように聞こえる。
「……さぁ?」
レオニスは眉を寄せる。
「何ででしょうね」
答えられなかった。
文官として政治は学んできた。
外交も。
歴史も。
だが、“なぜ和平を結ばないのか”という問いに、即答できなかった。
(確かに……考えたこともなかった)
帝國とは敵。
それが当たり前だった。
誰も疑問にしない。
だからこそ、問い自体が存在していなかった。
アウレリアは窓の外を見たまま、小さく鼻を鳴らす。
「王国もさ」
「勇者とか聖剣とかやる前に、そういうの頑張りなさいよ」
「……はい、がんばります」
レオニスは力なく答えた。
勇者に説教されている文官。
状況としてはかなりおかしい。
だが、なぜか反論できない。
(勇者になっても、この人、本当に勇者に興味がないんだな)
レオニスは視線を落とす。
そこにあるのは、聖剣。
神話の武具。
国の象徴。
世界を変える力。
だというのに。
アウレリアは、一度たりとも聖剣を抜いていなかった。
まるで興味がないかのように。
あるいは――抜きたくないかのように。
馬車は北へ進む。
勇者。
聖者。
姫巫女。
そして、帝國。
それぞれの思惑を乗せながら、巡礼団は静かに進み続けていた。
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