表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
87/131

戦場のような慌ただしさ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王宮の一室。


そこだけは、戦場のような慌ただしさに包まれていた。


勇者一行の出立が決まり、城中の役人たちが走り回っている。


武器庫、厩舎、食料庫、伝令室。


すべてが一斉に動き出していた。


その騒動の中心人物であるアウレリアはというと。


豪奢なソファーに寝転がりながら、葡萄を口に放り込んでいた。


対して、机に向かっているレオニスは、青ざめた顔で羽ペンを動かしている。


「まさか、こんなことになるなんて……」


震えるような溜息。


「レオニス、何してんの?」


呑気な声が飛ぶ。


レオニスは顔を上げずに答えた。


「弟に遺書を書いているんですよ」


「遺書?何で?」


「何でって、当然の備えです」


アウレリアは葡萄を噛みながら首を傾げる。


だが、レオニスに冗談を言っている余裕はなかった。


勇者の儀。


巡礼の地。


三人の聖者。


聞いたこともない単語ばかりだ。


それでも、閲覧を許された古文書を漁った結果だけは理解できた。


過去にも巡礼の地を目指した勇者は存在した。


そして、その多くが帰ってきていない。


記録は曖昧だ。


意図的に消されたような箇所すらある。


だが、それでも分かる。


あれは、行ったら終わりの場所だ。


「僕も強制参加ですよ、君たちの旅に」


「それ!納得してないんだけど」


アウレリアは半身を起こして抗議する。


「フィデリアと二人で旅する予定だったのに!」


「僕に言わないでくださいよ……」


レオニスは心底疲れた声を漏らした。


実際に決まった内容は、アウレリアの想像とは真逆だった。


護衛騎士。


神官。


侍女。


補給部隊。


小規模とはいえ、完全な軍事遠征である。


「思ってたのと全然違うし」


「姫巫女様は国家最大の要人そのものなんです。勝手に連れ歩けるわけないでしょう」


「でも、フィデリアは約束したわよ?」


「だから、その約束を果たすためにも、まず使命を終わらせるんです」


レオニスは机に突っ伏しそうになりながら続ける。


「巡礼の地に行って、儀式を終わらせて、無事に帰ってきてください。そしたら好きなだけ旅してください」


「なんか、うまく丸め込まれてる気がする……」


アウレリアは不服そうだった。


だが、そこへレオニスが何かを思い出したように顔を上げる。


「あ、そうだ」


「ん?」


「アウレリアも着替えてくださいね」


「はぁ?」


心底嫌そうな声。


アウレリアの格好は、相変わらず旅装束だった。


動きやすさ優先。


汚れても構わない服。


勇者というより旅人である。


「内部から苦情が来てるんですよ。“勇者がみすぼらしい”って」


「みすぼらしくないわよ。機能的なだけ」


「王国は機能性より見栄を優先する時があるんです」


「馬鹿じゃない?」


「否定はしません」


即答だった。


「とにかく、お風呂と着替えをお願いします」


「えぇー……」


露骨に嫌そうな顔をするアウレリア。


しかし。


「では、勇者様」


扉が開いた。


次の瞬間、部屋に雪崩れ込んでくる侍女たち。


十人近い。


「なっ――!?」


「湯の準備は整っております!」


「衣装係もお待ちです!」


「髪のお手入れも必要ですね!」


「ちょ、待っ――!」


アウレリアは逃げようとした。


だが、侍女たちの連携は見事だった。


両腕を確保。


背後を封鎖。


そのまま流れるように連行される。


「離しなさいって!敵襲より統率取れてるじゃない!」


「勇者様、お覚悟を!」


「いやぁぁぁぁぁっ!?」


悲鳴が廊下の奥へ消えていく。


その光景を見送りながら、レオニスは静かに目を閉じた。


「……勇者候補たちより、あの侍女たちの方が怖いかもしれない」


誰にも聞こえない声で、そう呟いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王宮の大浴場は、朝から妙な熱気に包まれていた。


湯気の向こうで、侍女たちが慌ただしく動き回る。


その中心にいるのは、当然アウレリアだった。


「丈夫な髪ですね、お手入れされてないのに、あまり傷んでない……」


長い黒髪を梳かしながら、一人の侍女が感嘆する。


「お肌もそんなに荒れてないですし」


「すごい……どうなってるんですか?」


「食事とか関係あるのかしら?」


「羨ましい……」


次々と飛び交う声。


アウレリアは浴槽の縁に頬杖をつきながら、半眼になっていた。


「ねぇ、まだー」


完全に飽きている声だった。


だが。


「いえ、まだまだ」


「ええ、まだまだ」


「まだまだです」


侍女たちは真顔で即答した。


逃がす気はない。


アウレリアは、ここでようやく悟った。


この状況では武力が意味をなさない。


危害はない。


だが、数が多い。


しかも全員が使命感に満ちている。


結果。


観念した。


されるがまま、髪を洗われ、磨かれ、香油を塗られ続ける。


「意外と削るところがないですね?」


「素材が良いんですよ、素材が」


「これも勇者効果なのでしょうか……」


「なら、私も勇者目指そうかな」


「やめときなさい、死ぬわよ」


浴場の空気は、もはや祭りだった。


一方。


王宮衣装部屋。


こちらもまた、異様な熱気に包まれている。


大量の布地。


糸。


装飾金具。


白銀の軽装甲。


そして、その中央で針を振るう一人の女性。


「あの人……マジョレーヌ伯爵夫人じゃない?」


若い侍女が小声を漏らす。


「あの有名なスーツ・騎士服を手掛けるスーツ・マイスター?」


「そう。上位貴族を年単位で待たせてる人」


「えぇっ!?」


驚きの声が広がる。


本来なら、王族ですら予約待ちになる人物だ。


そんな大物が、自ら王宮に来ていた。


「何でも、アウレリア様の試合を見て、創作意欲が爆発したとか」


「じゃ、完全オーダーメイド!?」


「しかも素材持ち込みらしいわよ」


「うそっ!?」


「なんなら“金を払うから作らせてくれ”って言ったらしいわ」


「職人怖っ……」


侍女たちがざわつく。


だが、その中心で。


マジョレーヌ伯爵夫人だけは真剣そのものだった。


布を裁つ。


測る。


縫う。


常人なら数日かかる工程を、信じられない速度で進めていく。


その目は獲物を見つけた芸術家の目だった。


「動かないでください」


「ぐぇ」


採寸されていたアウレリアから変な声が漏れる。


腰。


肩。


腕。


次々と測られ、装甲を合わせられていく。


「ここをもう少し細く……いえ、戦闘動作を考えるならこちらですわね……」


「だから、まだ終わんないの?」


「勇者様」


マジョレーヌ伯爵夫人は静かに笑った。


「美しさとは、妥協しない者だけに宿るのです」


「知らないわよ、そんなの……」


完全にぐったりしているアウレリア。


しかし侍女たちの目は輝いていた。


勇者。


選定者。


王国の象徴。


その姿が、今まさに作られている。


誰もが完成を待ち望んでいた。


そして。


白銀の勇者は、もうすぐ誕生する。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王宮の一室。


壁一面を使った全身鏡の前で、アウレリアは心底うんざりした顔をしていた。


白銀の胸甲。


青白い多層のスカート装甲。


肘まで覆う滑らかなガントレット。


膝下を包む白銀のブーツ。


旅装束の面影など、もはやどこにもない。


「……なんじゃこりゃ……」


本人の気分とは裏腹に、その姿は完成されていた。


黒に近い茶髪は丁寧に整えられ、後ろで結ばれた髪がさらりと揺れる。


薄く施された化粧は、童顔気味だった顔立ちに凛とした気品を与えていた。


まるで、物語の中から抜け出してきた勇者そのもの。


「素晴らしい……!」


マジョレーヌ伯爵夫人は両手を胸の前で組み、恍惚とした表情で頬を染めていた。


その隣では、化粧を担当したシルク伯爵夫人も満足げに微笑む。


「ええ、完璧ですわ」


「素材が良すぎましたもの」


「この輝き……芸術ですわ……!」


侍女たちも、うっとりした顔で頷き合っている。


誰も彼も艶々していた。


ただ一人、当人を除いて。


「だから、なんであたしが着せ替え人形みたいになってんのよ……」


げんなりとした声が漏れる。


しかし、その抗議を聞く者はいない。


いや、聞いていても無視していた。


「アウレリア様、準備が整いましたので、式典会場へお越しください」


侍女長が恭しく頭を下げる。


アウレリアは、はぁ……と深いため息をついた。


「もう好きにして……」


完全に諦めた声音だった。


一方その頃。


式典会場近くの控室では、レオニスが珍しく落ち着きを失っていた。


「アウレリア、遅いなぁ……」


部屋の中をうろうろ歩き回る。


いつもなら冷静さを崩さない彼が、露骨に苛立っていた。


「本当に面倒くさくなって逃げたんじゃ……」


十分ありえる。


むしろ、かなり高確率でありえる。


レオニスは頭を抱えた。


「ちょっと、アウレリアを探しに行ってもらえませんか?」


侍女たちへ頼む。


だが、誰も動かなかった。


それどころか、全員が妙な顔をしている。


肩が小刻みに震えていた。


「……?」


違和感を覚えた直後。


「……いるわよ、ちゃんと」


不機嫌そのものの声が聞こえた。


「?」


レオニスは反射的に振り返る。


そこに立っていたのは、見覚えのない少女だった。


白銀の装甲を纏い。


青白い布を揺らし。


静かな気品すら漂わせる、美しい少女。


だが、そんな人物に心当たりはない。


「……まさか……」


嫌な予感がした。


「アウレリア……なのか?」


二度見した。


三度見した。


さらに目まで擦った。


「何でも出来ると思ってたけど、幻術まで使えるの?」


「いくらなんでも失礼すぎるわ」


即答だった。


アウレリアは呆れたように頭を掻く。


だが、その仕草だけは見慣れている。


「あー、もう……落ち着かない」


普段の軽装とは違う。


動きづらいわけではない。


むしろ驚くほど身体に馴染んでいる。


それでも、妙に居心地が悪かった。


「……ま、いいわ。行ってくるし」


「う、うん……」


レオニスはまだ現実感を取り戻せていなかった。


アウレリアは、そのまま扉へ向かう。


白銀装甲が灯りを反射する。


青白い布地が静かに揺れる。


そして腰には、黒銀の鞘に収まった聖剣。


扉が開く。


その瞬間。


まるで、“勇者”という存在そのものが歩き出したかのようだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ