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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
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勇者誕生の儀式

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場の熱狂が、ようやく静まり始めていた。


だが、王城内部は逆だった。


貴族たち。


騎士団。


教会。


それぞれの思惑がぶつかり合い、勇者選抜の結果に大混乱している。


当然だった。


誰も想定していなかったのだ。


無名の旅人が、王国最強候補たちをすべて打ち倒すなど。


その渦中にいる本人だけが、妙に落ち着いていた。


戻ってきたアウレリアを迎えたレオニスは、何とも言えない顔を浮かべる。


呆れ。


感心。


困惑。


全部を混ぜたような表情だった。


「僕の心のままに感想を言っていいかな」


「……なんか、あんの?」


「正直、勝ったことに一番驚いている」


アウレリアは一瞬だけ口を閉じた。


それから、肩をすくめる。


「あたしは……」


「“世界トップ10くらいには入る自信がある”、でしょ」


「ま、そんなこと言ったわね」


軽い調子だった。


だが、実際にそれを証明してしまった以上、冗談では済まない。


レオニスも、頭では可能性を考えていた。


もし、アウレリアが勝ったら。


もし、本当に勇者になったら。


けれど、想像と現実は違う。


現実になった瞬間、それは“事件”になる。


今頃、王族も騎士団も教会も、対応に追われているはずだ。


勇者選抜は、王国最大の儀式。


そこへ突然現れた異物。


しかも、全部を薙ぎ倒した。


混乱しない方がおかしい。


そんな空気など気にもせず、アウレリアは伸びをした。


「あとは、フィデリア誘って、旅に出ればおわり」


「え?勇者になるとか、聖剣とかどうするんですか」


「色々お世話してくれたから、レオニスに、お礼にあげるよ」


「そんなん、出来るわけないでしょ!」


レオニスは思わず声を荒げた。


ここまで来て、それは許されない。


仮にグラーディスへ譲れば、王族派が暴走する。


ゼルハインなら騎士団。


イシュリアンなら教会。


どこか一つに聖剣が渡れば、他勢力が黙っていない。


最悪、内乱だ。


勇者とは、それほど政治的価値を持つ存在だった。


だが。


アウレリアには、そんな事情はあまり関係ない。


「……ん?なんか忘れてるような……」


急に考え込み始める。


そして数秒後。


「あ、違う、こうじゃなかった!」


「どうかしたんですか」


「フィデリアとした約束、まだ終わってなかった!」


レオニスが瞬きをする。


アウレリアは頭を抱えながら唸った。


――もし、あたしが“勇者”とやらになったら、フィデリアも、あたしの旅に付き合いなさい


確かに、そう言っていた。


「しまった、これじゃ勇者とやらにならないと成立しないんだ」


深刻そうに言う内容が、妙な方向だった。


レオニスは脱力する。


この人は、本当に何なんだ。


王国の未来より、自分の約束の方が優先なのか。


「よし、これしかない」


アウレリアが勢いよく顔を上げた。


「あたしが勇者になった後で、レオニスに譲る!それで大丈夫!」


「だから、そんなの出来ないんですよ!」


「なんでよ!」


「姫巫女様が選べる勇者は一人だけです!」


「じゃあ、フィデリアに頼んで、レオニスを勇者にしてもらうよ」


「だから、そんなの出来ないんですよ!」


完全に堂々巡りだった。


会話が前に進まない。


アウレリアは本気で解決策を考えている。


だからこそ厄介だった。


レオニスは深くため息を吐く。


(ほんとに、こんな人を勇者にして大丈夫なのか?)


王国最強の武人たちを倒した怪物。


なのに中身は、妙なところで子供っぽい。


常識がない。


欲も薄い。


権力にも興味がない。


だからこそ、余計に危うい。


アウレリアは腕を組み、しばらく真剣に悩んだあと。


「……仕方ない」


渋々という顔で頷いた。


「約束守るために、勇者になるか」


その言葉に、レオニスは頭を抱えたくなった。


王国中が求めた勇者。


その誕生理由が、“約束を成立させるため”だとは。


誰が想像できるだろうか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



荘厳な鐘の音が、王城大聖堂に響き渡る。


勇者選抜トーナメント、その優勝式典。


玉座へと続く赤い絨毯の先で、アウレリアは片膝をついていた。


主役は、言うまでもなく彼女だ。


無名の旅人。


その少女が、ゼルハインを倒し、イシュリアンを破り、そしてグラーディスに勝利した。


会場に並ぶ貴族たちの表情は複雑だった。


歓喜より、困惑。


祝福より、警戒。


誰もが“想定外”という怪物を前にしている。


騎士団の幹部たちは硬い顔で沈黙し、教会関係者たちは何度も祈りの言葉を口にしていた。


その空気の中で、レオニスだけが、別の意味で胃を痛めていた。


――本当は、こんな場所に立つ予定じゃなかった。


彼は式典の端で控えながら、小さく息を吐く。


数日前まで、自分はただの案内役だった。


勇者候補たちの世話をする下級貴族。


それだけの立場だったはずだ。


なのに。


今では周囲から、アウレリアと“繋がりを持つ人間”として扱われている。


日和見主義。


権力者たちの嗅覚。


勝者に近い者へ擦り寄る、その速さ。


嫌というほど理解できた。


「彼女が聖剣を持ったまま失踪する可能性もある」


「君が監視役になれ」


遠回しに告げられた命令は、それだった。


つまり。


アウレリアという自由奔放な怪物に、鈴をつけろという話だ。


レオニスは、ちらりと本人を見る。


当のアウレリアは、厳粛な空気など気にした様子もなく、どこか退屈そうにしていた。


もし今、「聖剣を返してくれ」と頼めば。


きっと彼女は、数秒悩んだあとに。


「あ、いいよ」


くらいの軽さで返す。


それが容易に想像できた。


だからこそ、周囲の怯えが滑稽に見える。


力そのものではない。


力を持つ“得体の知れなさ”に、彼らは恐怖しているのだ。


自分たちの価値観で測れない存在。


制御できない人間。


それが怖い。


レオニスは静かに目を伏せた。


――僕の常識の方が壊れそうだ。


その時。


大聖堂の奥の扉が開かれる。


空気が変わった。


入場してきたのは、フィデリア。


純白の巫女装束を纏い、その両手には“神鋼”が捧げ持たれている。


銀にも見え、蒼にも見える、不思議な金属。


まるで生きているかのように、淡く脈動していた。


神官たちが一斉に頭を下げる。


騎士たちも姿勢を正した。


フィデリアは真っ直ぐアウレリアの前へ進む。


アウレリアはその様子を見上げ、少しだけ眉をひそめた。


「“選定者”のために、“神炎鍛成の儀”を行います」


静かな声。


だが、その場の空気を支配するには十分だった。


フィデリアの表情には、一切の感情がない。


まるで、人形のようだった。


レオニスは過去に読んだ文献を思い出す。


神炎鍛成の儀。


神鋼を勇者の武器へと鍛え上げる儀式。


そして――。


勇者へ“神”を降ろす儀式。


だが。


その本質を理解している者は、この場にほとんどいない。


フィデリアだけが知っている。


この儀式が、ただの祝福ではないことを。


やがて。


フィデリアが、静かに歌い始めた。


言葉ではない。


祈り。


旋律。


それなのに、不思議だった。


一人しか歌っていない。


だが、幾重もの声が重なって聞こえる。


老いた声。


幼い声。


男とも女ともつかない声。


まるで、遥か昔から続く誰かたちが、一緒に歌っているようだった。


神鋼が反応する。


眩く輝き、鼓動する。


どくん。


どくん。


まるで心臓だ。


会場の空気が震える。


神聖。


だが同時に、得体の知れない不気味さ。


アウレリアの前で、神鋼は脈打ち続ける。


勇者誕生の儀式。


その本当の意味を知らぬまま、人々は奇跡を見上げていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



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