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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
83/130

勇者を決める決戦

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場に、静かな緊張が満ちていた。


先ほどまでの喧騒とは違う。


観客たちは息を潜め、これから始まる戦いを待っている。


その空気を裂くように、東側の門が開いた。


現れたのは、グラーディス・エルマナート。


左手には、獅子の紋章が刻まれた巨大な大盾。


右手には、常人なら持ち上げるだけでも苦労するような両手大剣。


長い黒髪が背中で揺れる。


その姿には、ただ立っているだけで周囲を従わせるような威圧感があった。


しかし同時に、どこか静かな憂いも漂わせている。


観客席の一角。


ゼルハインは、その姿を見て口角を吊り上げた。


(王子様、最初から本気だな)


普段のグラーディスなら、まず相手を見定める。


王者として。


迎え撃つ側として。


だが今の彼は違う。


最初から“強敵”としてアウレリアを認めている。


(初めて見たぜ。あの男が、挑戦者みてぇな空気を纏ってんのは)


ゼルハインは知っている。


グラーディスとは、他者の前に立つ者だ。


人を従え、人を導き、人の上に立つ。


そういう種類の男だった。


その男が、真正面から相手へ挑もうとしている。


それだけで、アウレリアという存在の異常さが分かる。


(あの怪物は強いぞ)


ゼルハインは、自分を打ち破った少女を思い出す。


槍の上に立たれた瞬間の感覚。


背筋を走った冷気。


思い出すだけで、血が熱くなる。


(どっちにせよ、勝った方に復讐戦するだけだ)


ゼルハインは獰猛に笑った。


一方で。


イシュリアンは不機嫌そうに眉を寄せていた。


(彼も、私が倒す予定だったのに)


彼女は誰よりもグラーディスを評価している。


王国が最優と定めた男。


騎士として完成された存在。


だからこそ、何度も対策を考えた。


魔法の組み立てを変え。


戦術を練り直し。


勝つためだけに理論を積み上げた。


(ですが、あれはグラーディスとは別種の化け物です)


イシュリアンの脳裏に、アウレリアの姿が浮かぶ。


槍を防げば弓が飛ぶ。


魔法の対抗手段で石を用いる。


常識の外側にいる存在。


(どちらにせよ、次は私が勝つだけです)


イシュリアンは静かに決意を固めた。


その時。


西側の門が開く。


アウレリアが姿を現した。


観客席がざわめく。


「……剣?」


誰かが呟く。


アウレリアが持っていたのは、片手用の長剣だった。


ゼルハイン戦の槍。


イシュリアン戦の弓。


それらとは、また違う武器。


しかも今回は、あの大袋すら持っていない。


完全に軽装だった。


グラーディスは目を細める。


(意表を突くため、という感じではありませんね)


アウレリアは自然な動作で剣を抜く。


そして、鞘を腰のベルトへ固定した。


その仕草には迷いがない。


まるで最初から、この武器を使い慣れているかのようだった。


「私と戦うために、剣を選んだのですか?」


静かな問い。


アウレリアは軽く肩をすくめる。


「そうよ」


あまりにも気軽な返答。


だが、その言葉に嘘は感じられなかった。


(何を考えているか読めませんね)


グラーディスはアウレリアを見据える。


武器を変える理由。


戦い方。


思考。


何もかも掴めない。


だが。


(そんなものは不要です)


必要なのは、ただ一つ。


(あなたが本物か、それとも鍍金か。この剣で試します)


静かに、大剣を構えるグラーディス。


対するアウレリアも、剣先をゆっくり持ち上げる。


闘技場の空気が張り詰めた。


アウレリアVSグラーディス。


勇者を決める最後の戦い。


決勝戦の幕が、ついに上がる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場の空気が張り詰める。


誰もが理解していた。


これは、ただの試合ではない。


勝者は勇者となる。


姫巫女より聖剣を授かり、王国の象徴となる存在。


名誉。


権力。


富。


すべてを手にする資格を得る戦いだった。


特別席から、その光景をフィデリアは静かに見下ろしていた。


(……アウレリア、本当にここまで来たのですね)


街角で偶然出会った旅人。


素性も分からぬ少女。


その少女は、フィデリアの挑発に真正面から乗った。


そして、本当に決勝まで辿り着いてしまった。


脳裏によみがえる言葉。


『もし、あたしが勇者になったら、フィデリアも旅に付き合いなさい』


あまりにも無茶苦茶な宣言。


だが今となっては、冗談と笑い飛ばせない。


フィデリアは唇を閉ざしたまま、闘技場を見つめる。


「……それでは、最終戦を開始します」


審判役の神官ですら、緊張を隠せていなかった。


静寂。


そして。


「はじめ!」


合図と同時に飛び出したのはアウレリアだった。


一直線。


迷いのない踏み込み。


対するグラーディスは、大盾を前面へ構える。


アウレリアの剣閃が走る。


だが、鋼鉄の盾がそれを阻む。


甲高い金属音。


わずかに、アウレリアの眉が動いた。


次の瞬間。


グラーディスの盾が振り抜かれる。


巨大な質量を伴った一撃。


アウレリアの身体が吹き飛ばされた。


観客席から悲鳴が上がる。


しかし。


アウレリアは空中で身体を捻る。


体勢を崩さない。


そのまま滑るように着地する。


さらに。


着地と同時に地面を蹴った。


爆発的な加速。


一瞬でグラーディスの懐へ潜り込む。


「……すごい」


レオニスの口から、思わず言葉が漏れた。


他に表現が見つからなかった。


眼前で繰り広げられている攻防は、彼の理解を超えていた。


闘技場に響くのは、金属同士がぶつかる轟音のみ。


何度も。


何度も。


観客たちは目で追えない。


ただ火花だけが散っていく。


「……怒涛だな」


ゼルハインだけは、その攻防を見切っていた。


アウレリアの連撃。


一撃ごとに軌道を変え、死角へ滑り込む斬撃。


呼吸する暇すら与えない。


十を超える連続攻撃。


普通なら、どこかで防御が崩れる。


だが。


グラーディスの盾は揺るがない。


「……あれが厄介なんだ」


ゼルハインは低く呟く。


グラーディスは“受け止めない”。


角度で流す。


相手の力を殺し、軌道を逸らす。


さらに武器が流れた瞬間。


視線。


重心。


呼吸。


すべてを僅かに崩す。


受ける。


崩す。


制圧する。


防御主体に見せながら、主導権を握り続ける戦い方。


「……そして、崩れたところを狩る」


ゼルハインの声には苦味が混じっていた。


かつて、自分も同じように崩された。


その瞬間。


グラーディスの大剣が閃く。


超重量の刃。


本来なら両手で扱うだけでも困難な武器。


しかしグラーディスは片手で振るう。


常人離れした筋力。


生まれ持った異常な肉体。


巨大な斬撃がアウレリアへ迫る。


だが。


アウレリアはそれすら真正面から受けなかった。


剣を滑らせるように合わせる。


軌道を逸らし、致命の一撃を流す。


重い斬撃が石床を砕いた。


観客席からどよめきが起こる。


誰も息をすることを忘れていた。


勇者を決める決勝戦。


もはや歓声すら上がらない。


誰も、瞬きを忘れていた。


その戦いは、すでに人の領域を超え始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場を包む熱気は、もはや歓声ではなかった。


誰もが、息を呑んでいた。


王国最強と名高いグラーディス・エルマナート。


その男と、無名の旅人が互角以上に斬り結んでいる。


それだけで異常だった。


さらに異常なのは――アウレリアが、一歩も引いていないことだ。


鋼が激突するたび、火花が散る。


グラーディスの大剣は重い。


ただ重いだけではない。


圧力そのものだった。


剣を振るうたびに空気が震え、地面が軋む。


常人なら、剣圧だけで動きが鈍る。


だがアウレリアは違った。


紙一重で斬撃を避ける。


あるいは、最小限で受け流す。


そして間髪入れず踏み込む。


その戦い方に、イシュリアンは理解できないものを見るような顔をしていた。


(どうして、恐怖しないのですか)


グラーディスの戦いは、“押し潰す”戦いだ。


威圧。


圧迫。


選択肢の剥奪。


相手に、自分の敗北を理解させながら追い詰める。


だがアウレリアには、それが通じていない。


「……そして、あの圧倒的膂力から繰り出される剣」


イシュリアンが呟く。


グラーディスの筋繊維密度は常人の十倍。


その怪物じみた肉体が、超重量の剣を振るう。


にもかかわらず、速度は軽戦士級。


普通なら、防御した時点で体勢が崩壊する。


だからこそ、グラーディスは強い。


受ければ崩れる。


避ければ追い込まれる。


理不尽な二択。


それを完成させるのが、王国最強の騎士だった。


「普通なら次第に逃げ場がなくなる、だけど……」


アウレリアは違う。


自ら、剣の間合いの内側へ潜り込む。


危険地帯へ。


死地へ。


まるで、そこが安全圏だと言わんばかりに。


グラーディスの金色の瞳が細められる。


(やはり、常識が通じない)


その瞬間。


グラーディスが大きく後方へ踏み込んだ。


剣を構える。


全身の筋肉が軋みを上げる。


空気が、唸った。


「吹き飛べぇッ!!」


暴風。


まさに台風だった。


グラーディスを中心に、巨大な回転斬撃が放たれる。


観客席の髪が揺れる。


前列の者たちは思わず顔を庇った。


アウレリアの前髪が数本、宙に舞う。


「あれを見切ったというの!」


イシュリアンが立ち上がる。


だが。


「いや、まだ終わってねぇ!」


ゼルハインが叫んだ。


グラーディスの回転は止まらない。


一周目の勢いを乗せたまま、二撃目。


超重量の斬撃が襲い掛かる。


そして。


アウレリアの剣が、弾き飛ばされた。


甲高い音と共に、長剣が宙を舞う。


観客たちは確信した。


終わった、と。


しかし。


(何だ……?)


違和感を覚えたのは、グラーディス本人だった。


軽すぎた。


今の感触は、“奪った”感覚ではない。


(自分から捨てたのか!?)


直後。


アウレリアの左手から、鎖付きの重り――ペンデュラムが放たれる。


空中の剣へ巻き付く。


(武器を回収する気か、そうはさせん!)


グラーディスの意識が、一瞬だけそちらへ向いた。


その瞬間だった。


グラーディスの瞳が見開かれる。


ゴッ――!?


鈍い衝撃音が遅れて響く。


頭蓋を直接殴られたような感覚。


視界が歪む。


平衡感覚が崩れる。


(……何を、された)


膝が震える。


力が入らない。


鈍い視界に映るアウレリアの剣ではない武器。


そして追撃。


二撃目が叩き込まれ、グラーディスの意識は暗転した。


「「あんなのありかよ」」


ゼルハインとイシュリアンの声が重なる。


アウレリアが使ったのは、剣ではない。


腰に差していた“鞘”。


鞘による抜刀術。


否。


抜鞘術というべき奇襲だった。


闘技場の中央。


王国最強の騎士が、ゆっくりと崩れ落ちる。


王国関係者たちは顔を青ざめさせた。


筋書きが。


絶対だったはずの未来が。


音を立てて崩壊していく。


アウレリアは静かにフィデリアを見上げる。


そして。


一本だけ立てていた指を、ゆっくり折り曲げた。


その意味を理解した瞬間。


フィデリアの瞳が、大きく揺れる。


アウレリアVSグラーディス。


勇者を決める決戦は――ここに幕を閉じた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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