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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
82/131

王国が最も勇者に推した男

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場を見下ろす特別席。


フィデリアは静かにアウレリアを見つめていた。


暴風のように荒れ狂う空気弾。


絶え間なく響く破裂音。


あれほど縦横無尽に動いていたアウレリアでさえ、今は防戦を強いられている。


イシュリアンの魔法は隙がない。


攻撃範囲。


密度。


制圧力。


どれを取っても常軌を逸していた。


フィデリアは小さく目を伏せる。


(“残念”ですが、これで終わりですね)


そう考えた。


だが。


(……“残念”?)


自分の内側に浮かんだ感情に、フィデリアはわずかに戸惑う。


(なぜ、私はそんなことを考えるのでしょうか?)


アウレリアが敗北する。


本来なら、それは当然の結果のはずだった。


なのに。


(……別に、アウレリアに勝って欲しいわけではないのに)


胸の奥に、微かな引っ掛かりが残る。


その時だった。


視線の先で、アウレリアが突然しゃがみ込む。


次の瞬間。


槍を石畳に突き立てた。


轟音。


床石が強引に引き剥がされる。


「何をするつもりだ!?」


レオニスが思わず叫ぶ。


だが、アウレリアは止まらない。


さらに槍を叩き込み、床石を砕いた。


砕けた石片が宙を舞う。


そして。


石突で、それを打ち出した。


乾いた破裂音。


石礫が一直線に飛ぶ。


次の瞬間。


空中で空気弾が爆ぜた。


「――なっ!?」


イシュリアンの表情が初めて崩れる。


アウレリアは続けざまに石を撃ち出した。


一つ。


二つ。


三つ。


まるでビリヤードのような精密さ。


石礫が次々と空気弾に接触し、闘技場の半ばで連鎖爆発を引き起こす。


轟音が連続した。


爆風が吹き荒れる。


観客たちは目を見開く。


「馬鹿な!?」


誰かの叫びは、観客全員の総意だった。


イシュリアンの飽和攻撃。


絶対的制圧。


そのはずだった魔法が、石ころによって崩されていく。


アウレリアは笑う。


「当たる前に壊せばいいんでしょ!」


実に単純。


だが、あまりにも常識外れの発想だった。


「何て野蛮な……!」


イシュリアンが顔を歪める。


魔法そのものは正常に作動している。


空気弾は“接触と同時に破裂”するよう設定されている。


だからこそ。


石に当たっても爆発してしまう。


結果、空中で次々と誘爆し、制御そのものが乱されていく。


イシュリアンは即座に判断した。


「戻れ、自在盾!」


周囲へ展開していた魔力盾を呼び戻す。


(今は防御して、態勢を立て直します)


だが。


「えっ……?」


イシュリアンの瞳が揺れる。


アウレリアが槍を投げた。


一直線。


渾身の投擲。


だがイシュリアンは冷静だった。


「私に槍は無力です!」


自動防御が展開される。


半透明の盾が槍を弾く。


完全防御。


そのはずだった。


アウレリアは口元を吊り上げる。


「やっぱり、槍を無力にするんだね、それ」


その手には。


いつの間にか弓が握られていた。


観客の誰も気づいていない。


大袋から取り出したのか。


あるいは最初から準備していたのか。


ただ。


引き絞られた弦だけが、異様な軋みを上げていた。


「なら、あたしの勝ち」


放たれる。


轟音。


矢というより、砲撃だった。


ヤジリは外され、代わりに布を巻いてある。


殺傷を避けるためだ。


だが。


それでもなお。


常人なら身体ごと吹き飛ぶ威力。


矢は魔力盾が反応するより先にイシュリアンへ直撃した。


鈍い衝撃音。


イシュリアンの身体が大きく浮く。


杖が手から零れ落ちた。


そのまま。


静かに崩れ落ちる。


闘技場に沈黙が落ちた。


勝敗は決した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



闘技場の熱気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。


観客席を埋める貴族たちも、神官たちも、もはや軽口を叩いてはいない。


誰もが、無名の少女から目を離せなくなっていた。


アウレリアは、フィデリアへ向けて指を二本立てる。


そして、そのうち一本を静かに折りたたんだ。


残る一本。


それを見下ろしていたフィデリアは、ゆっくりと目を閉じる。


感情を読み取らせない、静かな仕草だった。


一方で。


決勝を待つグラーディス・エルマナートは、アウレリアを真っ直ぐ見据えていた。


ゼルハイン。


そしてイシュリアン。


王国最強の一角と呼ばれた二人を打ち破った少女。


しかも力押しではない。


技量。判断。発想。


戦いそのものを支配するような勝ち方だった。


グラーディスは小さく息を吐く。


背後では、彼を推す貴族たちが落ち着きを失っていた。


「だ、大丈夫なのか……?」


「まさか、あの娘がここまでとは……」


彼らは本来、勝利を疑っていなかった。


トーナメント表すら調整した。


ゼルハインとイシュリアンを消耗させ、その後でグラーディスが勝つ。


それが王国の描いた筋書き。


だが。


アウレリアは、その盤面そのものを壊してしまった。


「私は勝つために、全身全霊を尽くすのみです」


グラーディスは静かに告げる。


勝てる、とは言わない。


その言葉を軽々しく口にできる相手ではないと、理解していたからだ。


一方。


控室近くでは、レオニスが複雑な顔でアウレリアを見ていた。


「正直……なんだか分からないです」


「ん?何が?」


「アウレリア、君は槍が得意なんじゃないのか!?」


「あたし、そんなこと言った覚えないわよ」


当然のように返され、レオニスは言葉を失う。


アウレリアが引きずっていた大袋。


その中には、槍だけではなく、多種多様な武器が詰め込まれていた。


弓。


鞭。


手斧。


さらに、用途すら分からない奇妙な武具まで混ざっている。


「せっかく借りるんだし、持てるだけ持っていこうと思って」


それらは、すべて王国の武器庫から借りたものだった。


試合前。


アウレリアは平然と、こう言ったのだ。


『武器貸して!』


予選で槍を使っていたせいで、誰もが彼女を槍使いだと思い込んでいた。


完全に誘導されていたのである。


「正直、あの勝ち方はどうかと思います」


レオニスは頭を抱える。


決闘中に弓を持ち出すなど、普通は想定しない。


「別に、弓が通じなかったら、次はブーメラン投げてたし」


「ブーメラン!?」


「鞭もあるよ?」


「使えるんですか、それ全部!?」


「あたし、自称、武芸百般だから」


冗談とも本気ともつかない口調。


だが、その言葉に嘘は感じられなかった。


レオニスは考える。


ゼルハインは槍の達人。


イシュリアンは魔法の天才。


では、アウレリアは何なのか。


ひとつの技を極めた者ではない。


枠がない。


型がない。


だからこそ、読めない。


「……本当に、何なんだこの人は」


レオニスは小さく呟いた。


アウレリアは肩を回し、ゆっくり呼吸を整えている。


飄々として見えるが、決して楽な戦いではなかったはずだ。


疲労を消すように、静かに身体をほぐしている。


その先に待つのは、グラーディス。


王国が最も勇者に推した男。


そして、レオニスの家が属する派閥の希望でもある。


だが。


レオニスの胸には、別の感情が芽生えていた。


見てみたい。


この少女が。


王国の用意した筋書きを、完全に壊してしまうところを。


「これより、決勝戦を行う!」


神官の声が闘技場へ響く。


「選ばれし勇者候補たちは、入場せよ!」


空気が張り詰める。


ついに決勝。


王国の勇者が決まる時が、目前まで迫っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



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