王国が最も勇者に推した男
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
闘技場を見下ろす特別席。
フィデリアは静かにアウレリアを見つめていた。
暴風のように荒れ狂う空気弾。
絶え間なく響く破裂音。
あれほど縦横無尽に動いていたアウレリアでさえ、今は防戦を強いられている。
イシュリアンの魔法は隙がない。
攻撃範囲。
密度。
制圧力。
どれを取っても常軌を逸していた。
フィデリアは小さく目を伏せる。
(“残念”ですが、これで終わりですね)
そう考えた。
だが。
(……“残念”?)
自分の内側に浮かんだ感情に、フィデリアはわずかに戸惑う。
(なぜ、私はそんなことを考えるのでしょうか?)
アウレリアが敗北する。
本来なら、それは当然の結果のはずだった。
なのに。
(……別に、アウレリアに勝って欲しいわけではないのに)
胸の奥に、微かな引っ掛かりが残る。
その時だった。
視線の先で、アウレリアが突然しゃがみ込む。
次の瞬間。
槍を石畳に突き立てた。
轟音。
床石が強引に引き剥がされる。
「何をするつもりだ!?」
レオニスが思わず叫ぶ。
だが、アウレリアは止まらない。
さらに槍を叩き込み、床石を砕いた。
砕けた石片が宙を舞う。
そして。
石突で、それを打ち出した。
乾いた破裂音。
石礫が一直線に飛ぶ。
次の瞬間。
空中で空気弾が爆ぜた。
「――なっ!?」
イシュリアンの表情が初めて崩れる。
アウレリアは続けざまに石を撃ち出した。
一つ。
二つ。
三つ。
まるでビリヤードのような精密さ。
石礫が次々と空気弾に接触し、闘技場の半ばで連鎖爆発を引き起こす。
轟音が連続した。
爆風が吹き荒れる。
観客たちは目を見開く。
「馬鹿な!?」
誰かの叫びは、観客全員の総意だった。
イシュリアンの飽和攻撃。
絶対的制圧。
そのはずだった魔法が、石ころによって崩されていく。
アウレリアは笑う。
「当たる前に壊せばいいんでしょ!」
実に単純。
だが、あまりにも常識外れの発想だった。
「何て野蛮な……!」
イシュリアンが顔を歪める。
魔法そのものは正常に作動している。
空気弾は“接触と同時に破裂”するよう設定されている。
だからこそ。
石に当たっても爆発してしまう。
結果、空中で次々と誘爆し、制御そのものが乱されていく。
イシュリアンは即座に判断した。
「戻れ、自在盾!」
周囲へ展開していた魔力盾を呼び戻す。
(今は防御して、態勢を立て直します)
だが。
「えっ……?」
イシュリアンの瞳が揺れる。
アウレリアが槍を投げた。
一直線。
渾身の投擲。
だがイシュリアンは冷静だった。
「私に槍は無力です!」
自動防御が展開される。
半透明の盾が槍を弾く。
完全防御。
そのはずだった。
アウレリアは口元を吊り上げる。
「やっぱり、槍を無力にするんだね、それ」
その手には。
いつの間にか弓が握られていた。
観客の誰も気づいていない。
大袋から取り出したのか。
あるいは最初から準備していたのか。
ただ。
引き絞られた弦だけが、異様な軋みを上げていた。
「なら、あたしの勝ち」
放たれる。
轟音。
矢というより、砲撃だった。
ヤジリは外され、代わりに布を巻いてある。
殺傷を避けるためだ。
だが。
それでもなお。
常人なら身体ごと吹き飛ぶ威力。
矢は魔力盾が反応するより先にイシュリアンへ直撃した。
鈍い衝撃音。
イシュリアンの身体が大きく浮く。
杖が手から零れ落ちた。
そのまま。
静かに崩れ落ちる。
闘技場に沈黙が落ちた。
勝敗は決した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
闘技場の熱気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
観客席を埋める貴族たちも、神官たちも、もはや軽口を叩いてはいない。
誰もが、無名の少女から目を離せなくなっていた。
アウレリアは、フィデリアへ向けて指を二本立てる。
そして、そのうち一本を静かに折りたたんだ。
残る一本。
それを見下ろしていたフィデリアは、ゆっくりと目を閉じる。
感情を読み取らせない、静かな仕草だった。
一方で。
決勝を待つグラーディス・エルマナートは、アウレリアを真っ直ぐ見据えていた。
ゼルハイン。
そしてイシュリアン。
王国最強の一角と呼ばれた二人を打ち破った少女。
しかも力押しではない。
技量。判断。発想。
戦いそのものを支配するような勝ち方だった。
グラーディスは小さく息を吐く。
背後では、彼を推す貴族たちが落ち着きを失っていた。
「だ、大丈夫なのか……?」
「まさか、あの娘がここまでとは……」
彼らは本来、勝利を疑っていなかった。
トーナメント表すら調整した。
ゼルハインとイシュリアンを消耗させ、その後でグラーディスが勝つ。
それが王国の描いた筋書き。
だが。
アウレリアは、その盤面そのものを壊してしまった。
「私は勝つために、全身全霊を尽くすのみです」
グラーディスは静かに告げる。
勝てる、とは言わない。
その言葉を軽々しく口にできる相手ではないと、理解していたからだ。
一方。
控室近くでは、レオニスが複雑な顔でアウレリアを見ていた。
「正直……なんだか分からないです」
「ん?何が?」
「アウレリア、君は槍が得意なんじゃないのか!?」
「あたし、そんなこと言った覚えないわよ」
当然のように返され、レオニスは言葉を失う。
アウレリアが引きずっていた大袋。
その中には、槍だけではなく、多種多様な武器が詰め込まれていた。
弓。
鞭。
手斧。
さらに、用途すら分からない奇妙な武具まで混ざっている。
「せっかく借りるんだし、持てるだけ持っていこうと思って」
それらは、すべて王国の武器庫から借りたものだった。
試合前。
アウレリアは平然と、こう言ったのだ。
『武器貸して!』
予選で槍を使っていたせいで、誰もが彼女を槍使いだと思い込んでいた。
完全に誘導されていたのである。
「正直、あの勝ち方はどうかと思います」
レオニスは頭を抱える。
決闘中に弓を持ち出すなど、普通は想定しない。
「別に、弓が通じなかったら、次はブーメラン投げてたし」
「ブーメラン!?」
「鞭もあるよ?」
「使えるんですか、それ全部!?」
「あたし、自称、武芸百般だから」
冗談とも本気ともつかない口調。
だが、その言葉に嘘は感じられなかった。
レオニスは考える。
ゼルハインは槍の達人。
イシュリアンは魔法の天才。
では、アウレリアは何なのか。
ひとつの技を極めた者ではない。
枠がない。
型がない。
だからこそ、読めない。
「……本当に、何なんだこの人は」
レオニスは小さく呟いた。
アウレリアは肩を回し、ゆっくり呼吸を整えている。
飄々として見えるが、決して楽な戦いではなかったはずだ。
疲労を消すように、静かに身体をほぐしている。
その先に待つのは、グラーディス。
王国が最も勇者に推した男。
そして、レオニスの家が属する派閥の希望でもある。
だが。
レオニスの胸には、別の感情が芽生えていた。
見てみたい。
この少女が。
王国の用意した筋書きを、完全に壊してしまうところを。
「これより、決勝戦を行う!」
神官の声が闘技場へ響く。
「選ばれし勇者候補たちは、入場せよ!」
空気が張り詰める。
ついに決勝。
王国の勇者が決まる時が、目前まで迫っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




