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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
80/134

完全に喧嘩売られてる?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



槍の穂先が空気を裂く。


低く、鋭い唸り。


ゼルハインが石床を踏み込んだ瞬間、闘技場の空気そのものが沈んだ。


「今度はこっちから行くぜ、ついて来いよ!」


次の瞬間。


ゼルハインの姿が掻き消える。


観客席から悲鳴にも似たどよめきが上がった。


速すぎる。


いや、違う。


踏み込みと同時に、既に間合いへ到達しているのだ。


金属音が炸裂する。


火花が散った。


アウレリアの槍が、横合いから放たれた突きを弾き返す。


さらに背後。


死角から放たれた追撃。


だが、アウレリアは振り向きもしない。


槍の石突で受け流す。


「……まだついてきやがる!」


ゼルハインの口角が吊り上がる。


歓喜だった。


今までの相手は、自分の速度に対応すらできなかった。


だが、この少女は違う。


観客たちがざわめく。


無名の少女。


それが、王国最強格の騎士と互角以上に渡り合っている。


アウレリアの呼吸が変わる。


深く。


静かに。


その瞬間、ゼルハインの背筋を冷たいものが走った。


(何だ、こいつの目は)


獣とも違う。


殺気とも違う。


ただ、澄み切っている。


次の瞬間。


アウレリアの身体が、ゆらりと揺れた。


そして消える。


「っ!?」


背後。


ゼルハインは反射で槍を回した。


重い衝撃。


受け止める。


だが。


(完全じゃねぇが……俺と同じ動きと攻撃だと!?)


模倣。


しかも戦闘中に盗んでいる。


観客席から野次が飛んだ。


「何をしているゼルハイン!遊ぶな!次があるんだぞ!」


だが、耳に入らない。


ゼルハインは理解していた。


目の前の敵から、一瞬でも意識を外せば終わる。


(王子様……こいつぁ異物なんてもんじゃねぇ)


(人の皮を被った怪物だ)


ゼルハインが槍を突き出す。


一直線。


空気を貫通するような刺突。


石床が砕け、衝撃で砂塵が巻き上がる。


だが。


「――っ!?」


同時。


まったく同じ軌道で、アウレリアの槍が放たれていた。


穂先同士が空中で激突する。


甲高い破砕音。


次の瞬間、ゼルハインの槍先が砕け飛んだ。


カウンター。


わずかに押し負けた。


「面白れぇ……認めるよ」


ゼルハインは大きく後ろへ跳ぶ。


赤い瞳が獰猛に細まった。


「たまらねぇな」


全身から闘気が溢れる。


「見せてやるぜ!」


地を蹴る。


音より先に槍が届く。


観客には、“移動した”という過程すら見えない。


そこに現れた。


それだけだった。


だが。


槍は空を切る。


「どこだ!」


ゼルハインの視界から、アウレリアが完全に消えた。


一騎打ちで。


真正面の戦場で。


あり得ない。


左右。


後方。


上空。


どこにもいない。


その時。


槍に異常な重みがかかった。


「馬鹿な!?」


ゼルハインが目を見開く。


アウレリアがいた。


ゼルハインの槍の上に。


片足で立っている。


そこは、防御不能の間合い。


近すぎる。


槍ではもう迎撃できない。


アウレリアの槍が走る。


一撃目。


眉間。


二撃目。


喉。


寸止めに近い精密な二段突き。


しかし威力は十分だった。


ゼルハインの意識が刈り取られる。


巨体が揺れた。


それでも倒れない。


気絶したまま、なお立っている。


アウレリアは目を丸くした。


「あれで倒れないなんて、流石勇者候補ってやつだね」


感心したように笑う。


そのまま、特別席のフィデリアへ視線を向けた。


そして指を三本立てる。


一つ目を折った。


残り二人。


そういう意味だった。


フィデリアは静かに目を閉じる。


何も言わない。


だが、その沈黙こそが衝撃を物語っていた。


アウレリアVSゼルハイン。


勝者、アウレリア。


闘技場は静まり返っていた。


観客たちは、歓声すら忘れていたのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



地下闘技場に満ちていた熱狂は、今や静まり返っていた。


誰もが、ゼルハインの勝利を疑っていなかった。


王国騎士団最強。


未冠の武神。


その異名は伊達ではない。


だからこそ、誰も理解できなかった。


その男が、たった今、無名の少女に敗れたという事実を。


アウレリアは周囲の視線など気にも留めず、大きな袋を引きずりながら歩いていく。


来た時と同じ足取り。


勝者とは思えないほど、自然体だった。


騎士団関係者たちは顔を青ざめさせている。


神官ですら、実況を続ける言葉を失っていた。


それほどまでに、今の試合は衝撃だった。


アウレリアが入場口へ戻った時だった。


一人の少女が、静かに立っていた。


長い淡紫の髪。


黒と紫を基調とした魔術師のローブ。


感情を感じさせない紫の瞳。


イシュリアン・メルカディア。


教会が抱える、最強の魔術師。


少女はアウレリアを見るなり、淡々と言い放つ。


「思ったより腕は立つようですが、私の敵ではありません」


その声音に怒りはない。


ただ、事実を述べているだけのようだった。


そして、細い指先をアウレリアへ向ける。


「そして、イシュリアンの名を記憶に刻みなさい」


一方的な宣戦布告だった。


言うだけ言って、イシュリアンは闘技場へ向かって歩いていく。


振り返りもしない。


アウレリアは、その背中を見送りながら首を傾げた。


「うーん、可愛いのに、そっち系なのかな」


妙に残念そうな感想だった。


「……正直、勝つと思いませんでした」


横から声が飛ぶ。


レオニスだった。


彼は複雑そうな顔をしている。


当然だった。


レオニスはゼルハインの強さを知っている。


王国騎士団でも頂点クラス。


あれほどの怪物を、真正面から打ち倒すなど普通はあり得ない。


「……うん、強かったわよ」


アウレリアは珍しく真面目な顔で大きく息を吐いた。


だが次の瞬間には、もう別のことを気にしている。


「それより、彼女、何?あたし、えらい嫌われてるみたいだけど?何でかな?」


「イシュリアン・メルカディア。彼女も優勝候補の一人です」


「強いの?」


「見れば分かります。……たぶん、すぐ終わりますよ」


レオニスの視線が闘技場へ向く。


既にイシュリアンは中央に立っていた。


対戦相手は、予選を勝ち抜いた剣士。


かなり疲労は残るが、かなりの実力者であることは伺える。


だが、彼の顔には既に焦りが浮かんでいた。


「はじめ!」


開始の合図。


瞬間。


剣士の身体が吹き飛んだ。


「……は?」


アウレリアが間抜けな声を漏らす。


剣士の周囲に、半透明の魔力障壁が三方向から展開されていた。


壁が押し潰すように迫る。


剣士は必死に剣を振るう。


だが、砕けない。


逃げ場もない。


「移動阻害と圧縮拘束、もう駄目でしょうね」


レオニスが説明する。


「え、なにそれ、性格悪……」


アウレリアが素直な感想を漏らした。


だが、絶望はそれだけでは終わらなかった。


イシュリアンが静かに杖を掲げる。


次の瞬間。


無数の魔力球が、剣士の周囲を取り囲んだ。


上下左右。


完全包囲。


逃げれば撃たれる。


動かなければ押し潰される。


完璧な詰みだった。


「えぐい、嵌め技……」


アウレリアが顔を引きつらせる。


闘技場の剣士は、完全に戦意を失っていた。


その時点で審判が勝敗を宣言する。


「勝者、イシュリアン・メルカディア!」


歓声が上がる。


だがイシュリアン本人は当然と言わんばかりに無反応だった。


そして。


ゆっくりとアウレリアの方を見る。


親指を下へ向けた。


明確な敵意。


明確な挑発。


「……あ、あたし完全に喧嘩売られてる?」


「売られてますね」


レオニスが即答した。


アウレリアは困ったように頭を掻く。


そんな彼女の前に、二人目の勇者候補が立ち塞がった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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