勇者選抜試験、一回戦
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勇者候補者用ラウンジ。
そこは本来、決戦前の英気を養うための静かな空間だった。
だが今、その一角だけ空気がおかしい。
原因は明白だった。
アウレリアである。
「おかわり!」
元気よく皿を掲げる。
テーブルには既に大量の食器が積み上がっていた。
肉料理。
パン。
スープ。
果物。
ほとんど消滅している。
しかも、まだ食べる。
まるで何日も何も口にしていなかったかのような勢いだった。
向かいに座るレオニスは、思わず瞬きをする。
(この人、これから本戦なんだよな……?)
普通なら緊張する。
胃が痛くなる。
食事どころではなくなる。
少なくとも、レオニスの知る勇者候補者たちはそうだった。
だが、アウレリアは違う。
「うまっ」
幸せそうに頬張る。
「この肉、柔らかっ」
更にパンを掴む。
(……緊張してない?)
いや、それ以前の問題かもしれない。
アウレリアは次の料理まで注文していた。
(だとしたら、諦めてるのか?)
しかし、彼女の目には敗北を覚悟した人間特有の陰りがない。
ただ純粋に食事を楽しんでいた。
「はー……」
ようやく一息ついたアウレリアは、椅子にもたれかかる。
「ほんと久しぶりに、こんなに食べたわ」
満足げだった。
「これで無料なんだから、更に美味しい」
「満足されたなら良かったです」
レオニスは乾いた笑みを浮かべる。
すると突然、アウレリアが身を乗り出した。
「ねぇ、フィデリアについて教えてよ」
「はぁ?」
あまりにも急だった。
「何を突然」
「いいから、教えて!」
ぐいぐい来る。
「何でもいいからさ!」
レオニスは露骨に困った顔をした。
だが、このまま押し切られる未来しか見えない。
諦めたように口を開く。
「姫巫女様とは、王国が召喚した存在です」
「ふむふむ」
「簡単に言えば、生神様のような方ですね」
「へぇ」
「姫巫女様は天より神鋼をもたらし、聖剣を顕現されます」
「神鋼?」
「虹色に輝く神の金属です」
「へー」
アウレリアは興味深そうに聞いていた。
「そして聖剣を与えられた者を勇者と呼びます」
「なるほど?」
「勇者は王国に平和をもたらす存在なのです」
そこで説明を終える。
だがアウレリアは、何とも言えない顔をした。
「……それで終わり?」
「え?」
「いや、だから」
アウレリアは首を傾げる。
「それ、フィデリア自身の説明になってなくない?」
レオニスは一瞬、言葉を失った。
「どういう意味です?」
「だって聖剣を渡したら終わりなんでしょ?」
「まぁ、役割としては……」
「その後、フィデリアはどうなるの?」
「…………」
答えられなかった。
レオニス自身、考えたことがなかった。
姫巫女は聖剣を授ける存在。
それが常識だった。
それ以上を考える必要などないと思っていた。
「それに」
アウレリアは続ける。
「あたしが勇者になっても、世界平和とか目指さないわよ」
「そこは目指してくださいよ!」
レオニスは思わず突っ込んだ。
だがアウレリアは気にした様子もない。
「だってさー」
椅子の背にもたれながら、天井を見上げる。
「世界平和って、そんな簡単に言うことじゃないでしょ」
「それは……」
レオニスは再び詰まる。
王国は勇者を求めている。
平和の象徴として。
だが、その中身は曖昧だった。
文献を読んでも、姫巫女の詳細は驚くほど少ない。
勇者の役目も、理想論ばかりだった。
(……たしかに)
アウレリアの言葉は乱暴だ。
だが、妙に本質を突いてくる。
「まぁ」
アウレリアは立ち上がる。
「それは、あたしが勇者になってからフィデリア本人に聞くからいいや」
「もう勝つ前提なんですか?」
「当たり前でしょ」
即答だった。
「無理ですよ。本戦には王国最強クラスが揃ってるんですから」
「大丈夫」
アウレリアは自信満々に笑う。
「あたし、世界トップ10入りする自信あるから」
「その基準、何なんですか……」
レオニスは頭を抱えた。
だがアウレリアは気にしない。
むしろ更にやる気を増していた。
「よーし!」
拳を握る。
「なおさらフィデリアには旅に付き合ってもらうわ!」
「話が飛躍しすぎです!」
「がぜん、やる気出てきた!」
レオニスは深いため息を吐いた。
本当に、この少女は勇者候補なのだろうか。
いや。
強さだけなら間違いなく本物だ。
だが中身が、あまりにも自由すぎる。
こうして。
妙な方向へやる気を高めたアウレリアの、本戦トーナメントが幕を開ける。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地下闘技場は、熱気に満ちていた。
石造りの円形闘技場を囲む観客席には、王国の貴族や軍関係者たちが並ぶ。
誰もが、これから生まれる“勇者”を見届けようとしていた。
壇上の特別席には、姫巫女フィデリアの姿もある。
淡く輝く神鋼を背に、静かに闘技場を見下ろしていた。
高位神官が刻印具を掲げる。
「これより、勇者選別の決戦トーナメントを開始する!」
声は場内全体へ響き渡った。
「国民よ、刮目せよ。これから君たちは、勇者の誕生を目撃することになる!」
歓声が上がる。
神官は東側の門へ手を向けた。
「東側より――王国騎士団所属、ゼルハイン・ヴァスリク!」
重い門が開く。
現れたのは、長槍を肩に担いだ青年だった。
銀に近い淡青色の髪。
鋭い赤眼。
長身の身体から放たれる気迫は、猛獣そのものだ。
「ゼルハインだ!」
「未冠の武神!」
「王国の若狼!」
観客の声には、期待と畏怖が混ざっていた。
ゼルハインは歓声を受けながら、不敵に笑う。
「盛り上がってんなぁ」
対する西側の門へ、神官が手を向ける。
「西側より――アウレリア!」
一瞬、観客席が静まり返った。
ざわめきが広がる。
(誰だ?)
(聞いたこともないぞ)
(本当に本戦出場者か?)
西門が開く。
そこから現れたアウレリアは、大きな袋を引きずっていた。
さらに片手には槍。
もう一方には斧。
まるで旅の途中で立ち寄った傭兵のような姿だった。
緊張感も威厳もない。
騎士団派の貴族たちは、露骨に安堵の表情を浮かべる。
(勝ったな)
(ゼルハイン殿の敵ではない)
だが。
フィデリアだけは、静かにアウレリアを見つめていた。
アウレリアは闘技場の端へ袋を置く。
「相手は槍か……」
そう呟き、自分も槍を構えた。
その瞬間。
ゼルハインの目が細まる。
「俺を相手に槍を持ってくるとはな」
声音には、侮りよりも興味があった。
アウレリアは肩をすくめる。
「別に。負かすだけだから」
「はっ」
ゼルハインが獰猛に笑う。
「大口叩きやがる。面白ぇ」
グラーディスの言葉を思い出す。
――とんでもないのがいる。
(王子様がそこまで言う相手だ)
(なら、期待していいんだよな)
ゼルハインの戦意が高まる。
闘技場中央。
二人が向かい合った。
槍を持つ者同士。
距離を測るように、互いの足がわずかに動く。
空気が張り詰めた。
高位神官が腕を振り下ろす。
「試合、開始!」
直後。
両者の姿が消えた。
否。
踏み込みが速すぎて、観客にはそう見えただけだ。
甲高い金属音。
火花。
次の瞬間には、互いの槍が激突していた。
先に攻めたのはアウレリア。
神速の連続突き。
一撃ごとに軌道が変化する。
喉。
目。
心臓。
急所だけを正確に狙った殺人的な槍術。
観客席がどよめいた。
(速い!?)
(なんだ、あの槍は!)
だが。
ゼルハインは、すべてを防いでいた。
槍を回転させ、紙一重で受け流す。
その顔から笑みは消えない。
(……かなりやる)
赤い瞳が細くなる。
(王国内でも、ここまでの槍使いは見たことがねぇ)
防ぎながらも理解する。
目の前の少女は、本物だ。
天部の才と技術がある。
修羅場を越えてきた者の動きだ。
ゼルハインは槍を弾き返し、大きく距離を取る。
「だが――」
槍を構え直す。
「まだ俺には届かねぇぜ!」
赤眼が獣のように光った。
勇者選抜試験、一回戦。
アウレリア対ゼルハイン。
その戦いが、ついに幕を開けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




