表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
77/134

大予選会

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王都中央大聖堂の前に設置された巨大な武舞台には、朝から熱気が渦巻いていた。


集まった人数は三百を超える。


若者。


傭兵。


貴族の子息。


名を売りたい者。


一攫千金を夢見る者。


そして、本気で勇者になれると信じている者。


人々の欲望が、渦のようにそこへ集まっていた。


その様子を、フィデリアは高い壇上の席から静かに見下ろしていた。


透き通る青緑の瞳が、人混みの中の一人を見つける。


砂色のクローク。


頭に巻かれたターバン。


どこか旅芸人のような軽装。


アウレリアだった。


そしてアウレリアもまた、フィデリアの視線に気づく。


次の瞬間。


まるで街角で知人を見つけたかのような気軽さで、ぶんぶんと手を振ってきた。


(……逃げずに、来ましたね)


フィデリアは小さく目を細める。


あれほど勇者に興味を示していなかった少女が、本当に参加するとは思っていなかった。


だが。


(……現実を知って、人間として改めなさい)


どこか試すような感情もあった。


この場所は遊びではない。


才能だけでどうにかなるほど甘くもない。


「姫巫女様。本日は随分とご機嫌がよろしいようですね」


穏やかな声が隣から届く。


フィデリアが振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。


長い黒髪。


光を受けて紫がかる絹糸のような髪。


伏し目がちな金色の瞳。


そして、作り物めいたほど整った容姿。


グラーディス・エルマナート。


王国が勇者候補として推挙した男。


予選会を免除された、四人のシード選手の一人。


もっとも勇者に近い存在と噂されている人物だった。


「いえ。そのようなことはありません」


フィデリアは淡々と返す。


だが内心では別のことを考えていた。


(これが茶番であることに、違いはないのだから)


三百人を超える参加者。


しかし、本当に勇者になれる可能性がある者など、ごく僅か。


王国は最初から、選びたい者を決めている。


「予選会を突破できるのは四名。狭き門です」


グラーディスは静かに溜息を吐いた。


その表情には、どこか冷めた色がある。


彼も理解しているのだ。


(茶番だな)


本日の予選。


そこで四名を選出。


翌日に本戦。


八名によるトーナメント。


だが実際には、公平でも何でもない。


シード選手は万全の状態。


予選組は消耗した状態。


偶然勝ち上がったところで、本戦で潰される。


王国は最初から、“勇者にしたい人間”を選別しているだけだった。


(気の毒に)


グラーディスは武舞台を見下ろした。


その時。


神官が前へ出る。


手には、刻印術式が刻まれた拡声具。


まるでマイクのような形状の魔導具だった。


「これより、予選会を行う!」


重低音が広場へ響き渡る。


ざわめきが止まった。


「思ったより参加者が多いため、予選会はバトルロイヤル形式へ変更する!」


一瞬の静寂。


その後、大きなどよめきが広場を揺らした。


「ルールは単純!」


「相手を武舞台から落とすか、戦闘不能にすること!」


「四つあるブロックで、一人ずつ突破者を決定する!」


神官は続ける。


「なお、制限時間は三時間!」


「三時間で勝者が決まらなかった場合、そのブロックは全員失格とする!」


空気が一気に張り詰めた。


「自信のない冷やかし参加者は去れ!」


その言葉で、数人が顔を青くした。


だが。


誰も動かない。


勇者。


その言葉の魔力は、それほど強かった。


フィデリアは再びアウレリアを見る。


(逃げるなら、今の内です。アウレリア)


しかし。


アウレリアはまるで気にしていなかった。


肩を軽く回しながら、飄々と武舞台へ上がっていく。


周囲には殺気立った参加者たち。


だが本人だけは、旅先の余興にでも参加するような空気だった。


「さて、やってみるかな」


気楽な声。


その瞬間。


王国勇者選定予選会――バトルロイヤルが始まった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王都中央闘技場を埋め尽くしていた熱狂は、開始からわずか数十分で悲鳴へと変わっていた。


武舞台の上は、まさに戦場だった。


誰もが、自分こそが勇者になると信じている。


だからこそ、強そうな相手を見れば群がる。


逆に、弱そうな者を見れば叩き潰そうとする。


剣戟。怒号。転倒する音。


舞台の外へ弾き飛ばされる者たち。


開始直後から、混戦は制御不能だった。


そんな地獄絵図の端。


アウレリアだけが、まるで散歩でもしているように立っていた。


砂色のクロークを揺らしながら、騒乱を眺めている。


戦わない。


避ける。


流す。


ただそれだけ。


それなのに、不思議なほど攻撃が当たらない。


「お、おい! あいつ何なんだ!?」


「あの女、さっきから無傷だぞ!」


誰かが叫ぶ。


すると視線が、一斉に向いた。


戦場で目立つ者は、それだけで標的になる。


アウレリアは、ようやく面倒事に気づいたように頭を掻いた。


「……気づかれたか」


残っていた参加者たちが、武器を構えて迫る。


剣。


斧。


槍。


十数人。


包囲するように距離を詰める光景に、観客席がざわめいた。


しかし当の本人は、肩を落としていた。


「もう少し楽したかったんだけどなぁ」


心底残念そうだった。


アウレリアは近くに転がっていた槍を拾い上げる。


気絶した参加者の得物だった。


くるり、と軽く回す。


その動きだけで、槍が手足のように馴染んでいることがわかった。


フィデリアの目が細まる。


呼吸が変わった。


空気が変わった。


それまでの気の抜けた旅人ではない。


獣が牙を剥く直前の静けさだった。


「戦闘不能は、殺しちゃだめって意味だよね」


次の瞬間。


アウレリアの姿が消えた。


「がっ――!?」


最前列の男が吹き飛ぶ。


槍の石突きが、喉元寸前を正確に打ち抜いていた。


続けざまに二人。


三人。


急所だけを、寸分違わず叩き込む。


だが致命傷にはならない。


殺さないための加減。


その技術が、逆に異常だった。


「なっ……!」


グラーディスの金色の瞳が見開かれる。


速い。


では済まない。


完成されている。


後ろから斬りかかった男がいた。


だがアウレリアは振り返りもしない。


槍の柄を背後へ滑らせるだけで、相手の顎を正確に打ち抜いた。


男は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。


「ひっ……!」


怯えが広がった。


それを見逃さない。


アウレリアは一気に前へ出る。


ひるんだ瞬間を狩る動き。


獲物を追う猛獣のようだった。


――世界一とは言えないけど、世界でトップ10にランクインする自信はあるわよ。


フィデリアの脳裏に、昼間の言葉が蘇る。


冗談だと思っていた。


誇張だと思っていた。


だが違う。


この少女は、本気で言っていたのだ。


「本当に……強かったのですか……?」


思わず立ち上がっていた。


周囲の神官たちがざわつく。


しかしフィデリアは気づかない。


目の前の戦いから視線を逸らせなかった。


やがて残った参加者たちは、半ば悲鳴混じりに徒党を組む。


「囲めぇぇぇっ!」


一斉攻撃。


だが、それは最悪の判断だった。


連携の取れない集団は、互いの動きを邪魔する。


アウレリアは、その隙間へ滑り込んだ。


槍が唸る。


武器を落とす者。


人が舞う。


逃げようとして味方とぶつかる者


気絶者が増える。


「化け物だ」と呟く者


そして最後の一人。


完全に腰が引けていた。


「く、来るなぁぁっ!」


「これでぇっ!」


アウレリアが踏み込む。


その瞬間。


最後の参加者は悲鳴を上げ、自ら舞台の外へ飛び降りた。


静寂。


直後、会場が爆発したように沸き上がる。


アウレリアは、ぽかんとしていた。


「あ、降参した」


緊張感の欠片もない。


彼女は槍を元の持ち主の横へ丁寧に置く。


そして壇上を見る。


フィデリアと目が合った。


アウレリアは満面の笑みで、親指を立てる。


まるで「どう?」と言わんばかりだった。


「……何て人なの」


フィデリアは小さく呟き、静かに椅子へ座り直した。


その隣で、グラーディスもまた興味深そうに目を細めている。


ただ強いだけではない。


この少女には、常識の枠から外れた何かがある。


勇者の儀、本戦出場者。


その名簿に、“アウレリア”の名が刻まれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ