表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
76/130

よし、受けた!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



突然距離を詰められたフィデリアは、わずかに身体を引いた。


青緑の瞳に警戒が浮かぶ。


「……いえ、別に果物が欲しいわけではありません」


「そう?」


旅人――アウレリアは、気にも留めない様子だった。


「地面に落ちて割れたけど、そのくらいで味は変わらないよ」


そう言うと、大きく口を開けて果物にかぶりつく。


果汁が口元に垂れた。


まるで野生動物だ、とフィデリアは思った。


王都の人間とは違う。


礼儀も。


空気も。


価値観すら。


「いったい、何なんですか、あなたは」


フィデリアが呆れ半分に問いかける。


するとアウレリアは不思議そうに首を傾げた。


「ん? あたしはアウレリア」


「名前を聞いたわけではありません」


「じゃあ、あんたは?」


「話を聞いているんですか?」


「うん、話を聞くために名前はあった方が良いでしょ」


悪びれた様子がまるでない。


自由奔放。


傍若無人。


たぶん、この少女は普段からこうなのだろう。


フィデリアは小さく息を吐いた。


(傍若無人というのは、こういう人なのでしょうか)


半ば諦めるように名乗る。


「……フィデリアです」


「あたしは、アウレリア」


「知っています」


「あ、そっか」


まるで気にしていない。


アウレリアは当然のように、フィデリアの隣へ腰を下ろした。


石畳に並んで座る形になる。


「どうして、横に座るんですか」


「人と話したい時は、同じ目線にしたいと思ってるの」


「私には話すことなどありません」


即答だった。


だがアウレリアは、むしろ待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。


「あたしには、ある!」


その勢いに、フィデリアの肩がぴくりと揺れた。


(まさか、この人は私のことに気づいている……!?)


姫巫女。


今、王都中が探している存在。


正体を見抜かれたのか。


一瞬で警戒が跳ね上がる。


だが、次の瞬間。


アウレリアの言葉は予想の遥か上を飛び越えていった。


「あんた、めっちゃ可愛いね」


「…………は?」


「すっごい、可愛さの化身でよくない!?」


フィデリアの思考が止まる。


アウレリアは目を輝かせていた。


本気だった。


「ああ、癒される……」


「旅先でこんな良いものが見れるなんて、ここまで来たかいがあったわ! 報われる!」


両手を握り締め、感動したように頷いている。


フィデリアは数秒ほど沈黙した。


(何なの、この人!?)


理解不能だった。


今まで会ってきた人間たちは皆、”姫巫女”という配役として自分を見た。


祈り。


畏怖。


期待。


欲望。


そんな視線ばかりだった。


なのに、この少女は。


ただ「可愛い」と言った。


まるで、道端で珍しい花でも見つけたかのように。


「貴方は、勇者の儀に参加しに来たのではないのですか?」


フィデリアが問い返す。


するとアウレリアは、きょとんとした。


「ん? 何それ?」


演技ではない。


本当に知らない顔だった。


フィデリアは目を瞬かせる。


(……知らない人がいるんだ)


王都では、今その話題でもちきりだ。


知らぬ者などいないと思っていた。


フィデリアは改めてアウレリアを見る。


砂色の旅装束。


擦れた手袋。


旅慣れた足取り。


この少女は、本当に外から来た人間なのだ。


「私からも聞いてよいですか?」


「いいよ」


アウレリアは果物を齧りながら答える。


「なぜ、彼女から報酬を望んだのですか?」


その問いに、アウレリアはぽかんとした。


「え? 無料で助けたら、皆助けないといけないじゃない」


あまりにも自然な返答だった。


「国に税金納めてるから、国は助ける義務があるのと同じだと思うけど」


「…………」


「それに、恩着せがましくやるのは嫌なのよ」


アウレリアは肩を竦める。


「報酬を払って、助けを呼んで、助けられた。それで終わりくらいがちょうどいいじゃない」


風のような考え方だった。


縛られていない。


善人になろうとしているわけでもない。


だが、だからこそ自然だった。


フィデリアは静かに目を伏せる。


半分は同意。


もう半分は、呆れ。


そんな生き方は無責任だと思う。


なのに。


少しだけ羨ましかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王都の広場には、夕暮れの鐘の音が静かに響いていた。


昼間の喧騒が少しだけ落ち着き、人々はそれぞれの帰路につき始めている。


その中で、フィデリアは隣に座る旅人の少女を見ていた。


正直、この世界に来てから、人間個人に興味を抱いたのは初めてかもしれない。


皆、勇者を欲していた。


力を欲していた。


誰かに救われることを願っていた。


けれど、この少女だけは違う。


「そういや、さっき勇者の儀とか言ってたけど、何なの?」


アウレリアは、まるで今日の天気でも聞くような気軽さで尋ねた。


「姫巫女という人から、選定の力を与える儀式です」


「そしたら、どーなるの?」


「“勇者”になれるそうですよ」


フィデリアは、わずかに視線を細める。


試すような口調だった。


人は皆、“勇者”という言葉に目を輝かせる。


それが当然だと思っていた。


だが。


アウレリアは腕を組み、「うーん」と唸った。


そして、しばらく考え込んでから口を開く。


「“勇者”って、何するものなの?」


「えっ?」


フィデリアは思わず聞き返した。


「だって、この世界には悪の大魔王も、悪の皇帝もいないのに、物語みたいな勇者って不要なんじゃない?」


「……それは……わかりません」


答えられなかった。


フィデリア自身、考えたこともなかったからだ。


勇者を求めているのは王国。


フィデリアではない。


だから興味を持たなかった。


だが今、初めてそこを問われた。


「たとえば、世界で一番強くなれるかもしれないんですよ」


少し意地になって、そう返す。


するとアウレリアは、困ったように頬を掻いた。


「うーん。そんなこと言われても、あたし天才で強いから、あんまり興味ないのよねー」


「ずいぶんな自信ですね」


「まぁ、世界一とは言わないけど、世界トップ10くらいには入ると思う」


にやり、と笑う。


根拠の欠片もない。


なのに、不思議と冗談には聞こえなかった。


フィデリアは呆れ半分に息を吐く。


(何を考えているのでしょう、この人は……)


「そんなに簡単なら、勇者になってみればよいではないですか」


少し皮肉を込めて言った。


だが。


「えー、何でよ?」


アウレリアは本気で嫌そうな顔をした。


フィデリアは目を瞬かせる。


勇者になりたくない者。


そんな存在がいるなど、考えたこともなかった。


「世界トップ10なのでしょう? 嘘なのですか?」


「嘘じゃないけどさぁ」


アウレリアは空を見上げた。


赤く染まり始めた夕空。


そこを見ながら、何かを考える。


そして。


「……よし!」


突然、勢いよく立ち上がった。


「もし、あたしが勇者とやらになったら、フィデリアも、あたしの旅に付き合いなさい」


「……何でそうなるんですか?」


「だって、目的ないとやる気出ないし」


あまりにも自由だった。


あまりにも身勝手だった。


なのに。


その言葉には、妙な熱があった。


フィデリアは少しだけ考える。


どうせ無理だ。


この少女が普通とは違うことはわかる。


だが、選ばれるような人間には見えない。


だから。


「……いいでしょう」


小さく頷いた。


(どうせ、出来るわけがない)


少しくらい夢を見させて、その後で現実を知ればいい。


そう思った。


けれど。


フィデリアはまだ知らない。


自分が今、さして考えもなく誘った相手が。


この世界の運命そのものを変えてしまう存在だということを。


「よし、受けた!」


アウレリアは満面の笑みを浮かべた。


夕焼けの光が、その黒髪を赤く染める。


フィデリアは、その姿を静かに見つめていた。


まだ。


お互いに、自分たちの選択の意味を知らないまま。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ