表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ノエリア編
74/132

ノエリア編エピローグ 選定の終わり

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



やがて静寂。


そこに、小柄な少女がぺたりと座り込んでいた。


「いたた……なのです」


ぽわん、とした声。


緑の瞳がきょとんと三人を見上げる。


「さようなら、裁定者の私」


「こんにちは、ただのノエリアです」


誰も理解できなかった。


だが、理解など後回しでよかった。


レックスが駆け寄り、ガロードが抱え上げ、アウラがまとめて抱き締める。


「むぎゅ……くるしいです」


抗議の声とは裏腹に、ノエリアは嬉しそうに笑った。


それはこの世界へ来てから、いちばん人間らしい笑顔だった。




荒野に残る風は、戦いの余熱をまだ孕んでいた。


「な、何で?」


確かに消えたはずの少女が、そこに立っている。


長い蒼髪が、ゆるやかに揺れる。


その姿は同じだが、どこか違う。


緑の瞳は、遠くではなく、目の前を見ていた。


「帰ってしまったのは、裁定者の私なのです」


ノエリアは、柔らかく微笑む。


もう“裁定者”ではない。


ただの感情だった。


「今の私は、何者でもない存在になってしまいました」


小さな声。


けれど、確かに揺れている。


レックスは即座に首を振った。


「そんなことない」


間髪入れず、否定する。


「ノエリアはノエリアだよ」


「変な肩書きがなくなっただけだろ」


言葉は飾らない。


だが、真っ直ぐだった。


「なくなったなら、これから決めればいい」


赤い瞳が、逸れない。


「ここにいる。それで十分だ」


ノエリアの目が見開かれる。


次の瞬間。


涙が、頬を伝った。


「……レックスは、ずるいです」


「え?」


「そういう言葉を、何も考えずに言えるのですから」


困ったように笑いながら、涙を拭う。


そこに、乱暴な手が乗った。


「しけた顔すんなっての」


ガロードが、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。


「ノエリアはノエリアだ」


「何者でもねえ? 上等じゃねえか」


ぶっきらぼうだが、否定の余地を与えない声音。


「俺の妹分に変わりねえんだからな」


「髪が……乱れます……」


「気にすんな」


少しだけ、ノエリアは笑った。


続いて、静かな足音。


アウラが膝をつく。


「私は、役目に従っていたのではありません」


その声音は、いつもよりわずかに柔らかい。


「ノエリア様」


「あなたという存在に、仕えていたのです」


手を取る。


逃がさないように。


「ですから、これからもお側に」


一拍置く。


「拒否権はありません」


ほんの僅かな冗談。


ノエリアは吹き出した。


「ふふ……強引なのです」


荒野に、穏やかな空気が戻る。


戦いは終わった。


多くを失った。


だが、それでも。


残ったものが、確かにある。


ノエリアは胸に手を当てる。


鼓動がある。


温もりがある。


「……不思議なのです」


小さく呟く。


「一つを失ったのに、こんなにも満たされているなんて」


視線を上げる。


レックス。

ガロード。

アウラ。


そこにいる三人。


「ありがとう、なのです」


その言葉には、もう“裁定”の意味はない。


ただの感謝。


ただの想い。


そして、もう一つ。


ノエリアは、少しだけ遠くを見る。


倒れていたシンとルーナも、静かに立ち上がっていた。


互いに支え合いながら。


その姿に、ノエリアは微笑む。


ノエリアの選定は終わった。


だが、ノエリアの本来の使命は終わっていない。


だから、残されたにすぎないことを自覚していた。


(だから、もう少しだけ、ノエリアのままで)


”選定者”ではない彼らが愛おしい。


そして、尊い。


風が吹く。


荒野を抜けていく風は、もう冷たくなかった。


新しい物語が、静かに動き始めていた。


そして。


シンが一歩、前に出る。


その瞳には、迷いが残っている。


だが、それでも。


「……俺は」


言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。


戦いの終わりは、終わりではない。


それぞれの“選択”が、これから始まる。


その最初の一歩が、今、踏み出されようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「俺たちは王国へ戻る」


シンが言い、隣でルーナが静かに頷いた。


荒野に立つその姿は、まだ戦いの余韻を残している。


だが、その表情は澄んでいた。


迷いを乗り越えた者の顔だった。


「勇者選定は終わった。エリオスもセラフィナも姿を消した。俺たちが見たことを、そのまま伝える」


言葉は短い。


だが、重い。


それは報告ではない。


責任だった。


かつて“勇者”に憧れた少年は、もういない。


現実を見て。


理不尽を知って。


それでも前に進むことを選んだ者が、そこにいる。


「そして……俺たちも、“勇者”って肩書は終わりになるだろうな」


静かな断言。


聖剣が消えた今、その制度もまた意味を失う。


王国は混乱する。


だが、それでも。


「だからこそ、俺たちがやるべきことは変わらない」


シンは言う。


「守ることだ」


「肩書きじゃなく、自分の意思で」


ルーナが小さく笑う。


「うん。それが、本当の意味での“勇者”なんだと思う」


二人は、もう同じ場所を見ていた。


レックスは手を差し出す。


「また会えるよね」


「ああ」


短い言葉。


だが、それで十分だった。


固く握られた手に、迷いはない。


ガロードが腕を組み、鼻を鳴らす。


「王国がちゃんとやるなら、俺は魔王国側を締めとく」


「魔王国の連中も、そろそろ変わる時期だろう」


言葉の裏に、決意がある。


世界は分断されたままでは終わらない。


その予感があった。


ノエリアは、二人をじっと見つめる。


そして、ぽわりと微笑んだ。


「シン様とルーナ様は、仲良しなのですね」


「ま、まあな」


「“いっぱいチュチュ”してくださいね」


「言うなぁ!?」


顔を真っ赤にするシン。


ルーナは、くすりと笑う。


「ねえ、シン。照れるってことは、やっぱり私のこと好きなんだ?」


「ば、馬鹿! 今それ言うな!」


言いながらも、否定しきれていない。


「そうね、後でゆっくりと語ればいいものね」


ルーナはその腕に自分の腕を絡めた。


「進展、ですね」


アウラが淡々と言う。


「冷静に分析するな!」と、シン。


笑いが広がる。


戦いの空気は、もうそこにはない。


ルーナは、ふと振り返る。


その視線は、レックスへ向けられていた。


「レックス、好きなら、好きって伝えないと」


「え?」


「ノエリア様を待たせたらダメでしょ?」


「だから違うって!」


思わず叫ぶ。


だが、その声もどこか軽い。


それが、今の空気だった。


シンとルーナは、歩き出す。


王国へと続く道を。


背中は遠ざかる。


だが、別れではない。


これは、それぞれの道の始まりだ。


レックスは、その背を見送る。


静かに。


確かなものが、そこにあった。


「……大丈夫だよな」


ぽつりと、零れる。


シンとルーナなら。


きっと。


だが。


胸の奥に、引っかかるものがある。


消えない違和感。


エリオスとセラフィナ。


あの二人は、本当に“消えた”のか。


あまりにも、都合が良すぎる終わり方。


あの時の光景が、脳裏に蘇る。


救済のような表情を浮かべたエリオス。


あれは――


「……嫌な感じがする」


小さく呟く。


誰にも聞こえない声。


だが、その直感は確かだった。


“悪意”。


レックスたちは、その存在を知っている。


正体はわからない。


直接は干渉しない。


だが、人の想いに触れる。


歪める。


増幅させる。


そして――使い捨てる。


前は魔王国の魔王。


今回は王国の勇者。


力ある者を選び、動かし、壊す。


まるで、この世界そのものを試すかのように。


「……また来る」


確信に近い感覚。


あれは終わりではない。


ただの一幕だ。


レックスは無意識に、棍棒へと手を伸ばす。


黒いそれは、静かにそこにある。


ただの武器。


だが、あの時。


ノエリアはこれを聖剣にした。


(この聖剣は何なんだ?)


だが、関係がないとは思えなかった。


「……僕は」


言葉が、続かない。


何をすべきかは、まだわからない。


だが、一つだけ。


はっきりしていることがある。


あれとは、相容れない。


絶対に。


風が吹く。


穏やかなはずの風が、わずかに冷たい。


見えない何かが、まだ動いている。


静かに。


確実に。


レックスは空を見上げる。


青空は、どこまでも澄んでいた。


それが、かえって不気味だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



荒野の風は、戦いの熱をすべて攫っていくように静かだった。


崩れ落ちた秩序の残骸の中で、二人だけが取り残されている。


セラフィナは、勇者と聖剣に叛いた。


それは、彼女自身を縛っていた“役割”の否定でもあった。


見えない鎖は、確かに砕けている。


「……私には……」


エリオスの声は、掠れていた。


これまで一度も存在しなかった種類の沈黙。


論理でも、正義でも埋められない空白。


自らを支えていた“絶対”が崩れた時、人は言葉を失う。


セラフィナは、迷わず彼を抱き寄せた。


「もう、いいのです……エリオス様」


震えているのは声だけではない。


だが、その腕は決して離れない。


「……セラフィナ」


エリオスの瞳が揺れる。


それは初めて、“個人”として他者を認識した目だった。


「あなたは……正しかったのだと思います」


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「世界を救おうとした。その意思は、誰よりも純粋でした」


否定しない。


否定すれば、彼の存在そのものが消えてしまうから。


「ですが……」


わずかに息を詰める。


「貴方の理想は、本当に欲しかったものは、違うものなのです」


その言葉は、静かに突き刺さる。


エリオスの肩が、かすかに震えた。


怒りではない。


否定でもない。


ただ、理解しきれない感情の揺らぎ。


セラフィナは目を閉じる。


役割ではなく。


命令でもなく。


――ただ、愛している。


それだけを選んだ。


「これからは……一緒に、迷いましょう」


正解のない世界で。


選び続けるために。


エリオスは答えない。


だが、その指先が、セラフィナの衣をわずかに掴んだ。


それだけで、十分だった。



空の上でも、地の下でもない場所。


世界の外縁。


そこでは、すべてが数値として扱われていた。


【個体識別:勇者】

【名称:エリオス】

【区分:現地調達兵器】

――――――――――

【脅威:82%】

【有用性:80%】

――――――――――

【再計算】


一瞬。


【脅威:0.2%】

【有用性:0.01%】

――――――――――

【評価】不良


切り捨て。


続く。


【個体識別:姫巫女】

【名称:セラフィナ】

【区分:現地調達兵器】

――――――――――

【再計算】


数値は、即座に落ちる。


【評価】不要


淡々と。


意味もなく。


ただ、処理される。


そして。


【個体識別:裁定者】

【名称:ノエリア】

【区分:排除対象】

――――――――――

【結果】排除完了


完了。


――のはずだった。


【例外検知】


わずかな揺らぎ。


【未定義因子:聖剣】

【継続観測】


本来、存在しないはずの誤差。


計算にない“意思”。


それは、静かに残っていた。


誰にも知られず。


確実に。


次の歪みの種として。



世界は終わらない。


終わらせる者がいないからではない。


終わらせられない何かが、そこにあるからだ。


そして、“悪意”もまた。


静かに、次を選び始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ノエリア編終了

思ったより長くなりました。

次回からは、レックスたちの話である現在編の前の過去編になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ