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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ノエリア編
58/132

人造勇者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



王国において、“勇者”とは特別な存在だった。


姫巫女による降神。


異界より神格を、その身へ一時的に降ろす儀式。


それによって勇者は、人の限界を超える。


常人では到達できない反応速度。


肉体強度。


魔力出力。


まるで神話の英雄そのもの。


一部の神官たちは、それをこう解釈した。


――人の内に眠る力が覚醒した。


あるいは。


――人の身に、神の力が降臨した。


そして。


そんな奇跡を目の当たりにした人間が、その力を欲するのは、ある意味で当然の流れだった。


王国は研究した。


神を再現する方法を。


勇者を量産する方法を。


その果てに生まれたのが、“人造勇者”計画。


脳。


心臓。


神経。


人体へ直接、刻印魔術を埋め込む禁忌技術。


身体能力を極限まで引き上げ、人を勇者へ近づける。


だが当然、その代償は重い。


適合できず死んだ者は数え切れない。


だから成功例は極少数。


シンは、その数少ない成功例の一人だった。


「……シ、ン……」


地面へ倒れたルーナが、苦しげに呻く。


震える指先が、助けを求めるように宙を彷徨った。


その声に、シンの瞳がさらに揺れる。


「待ってろ、ルーナ!」


炎の剣を構えたまま叫ぶ。


「すぐ終わらせる!」


だが、その言葉にレックスは眉をひそめた。


違う。


優先順位が逆だ。


ルーナを助けたいなら、本来は治療や離脱を優先すべきだった。


なのにシンは、戦うことを止めない。


「……っ」


レックスは小さく息を呑む。


ようやく違和感の正体に気づき始めていた。


シンの腕。


人造聖剣から伸びる、鎖のような管。


それが皮膚へ食い込むように絡みついている。


脈動。


赤い液体。


まるで、生き物の血管だった。


管を通して送り込まれているのは、”神血イーコールー”と名付けられた禁断の魔法薬。


人造勇者の出力を強制的に引き上げる強制投薬。


それは理性を削り、怒りと闘争本能を増幅させる。


だからシンは止まれない。


止まれば、壊れそうだから。


「っ、ぁ……!」


シンの呼吸は荒い。


肩が上下し、瞳孔は開ききっている。


怒りだけではない。


負の感情の全てが暴走していた。


それでも少年は剣を握る。


守るために。


もう二度と失わないために。


その願いだけで立っていた。


シンが双刃を掲げる。


「劫火よ!!」


瞬間。


双刀身の紋様が赤熱した。


刻印文字が燃えるように浮かび上がり、炎が刃へ絡みつく。


蛇のように。


意思を持つ生物のように。


赤い炎が蠢く。


熱量だけで周囲の空気が歪んだ。


地面の草が自然発火し、焦げていく。


レックスの背筋を冷たい汗が伝う。


「……まずい」


本能が警鐘を鳴らしていた。


あれはまともに受けていい攻撃じゃない。


シンが踏み込む。


爆発のような加速。


炎に焼かれた草原へ、熱風が吹き抜けた。


赤黒い火の粉が舞う中で、レックスは浅く息を吐く。


掌が痛む。


受け続けた衝撃で、棍棒を握る指先の感覚が薄れていた。


だが――まだ折れてはいない。


「沈めぇ!!」


シンが踏み込む。


地面が砕けた。


双刃の人造聖剣が、炎の尾を引きながら迫る。


速い。


重い。


しかも躊躇がない。


レックスは半身になり、紙一重で刃をかわした。


熱が頬を裂く。


直後、追撃。


下から跳ね上がる斬撃を棍棒で受け流す。


火花ではなく、炎が爆ぜた。


(――強い)


ただ力任せではない。


怒りに飲まれているのに、技術が死んでいない。


踏み込みも、連撃の繋ぎも鋭い。


守りたいものがある者の剣。


それが今、レックスへ向いていた。


「俺は……もう、失いたくないんだ!」


叫びと同時に、炎が膨れ上がる。


シンの背後で、倒れたルーナが苦しげに呻いた。


「……シ、ン……」


「待ってろ!すぐ終わらせる!」


シンの瞳には、もうレックスを敵しか映っていない。


レックスは奥歯を噛み締めた。


(ルーナさんを助けたいなら、本当は戦ってる場合じゃない)


だが、今のシンに言葉は届かない。


怒り。


焦燥。


恐怖。


それら全部が混ざり、少年を突き動かしている。


シンの聖剣から伸びた鎖状の管が脈打った。


薬液のような赤い光が流れる。


肉体強化。


強引に限界を超えさせる、人造勇者の機構。


「劫火よ!!」


刃が唸る。


次の瞬間、炎の奔流が一直線に走った。


レックスは咄嗟に横へ飛ぶ。


轟音。


背後の荷車が爆散した。


炎が夜を赤く染める。


(まともに受けたら終わる)


レックスは呼吸を整えた。


恐怖を押し潰す。


焦れば負ける。


ここで必要なのは勝利じゃない。


(止める)


(シン君を)


その瞬間だった。


世界が、ゆっくりになる。


火の粉が止まったように見えた。


シンの足運び。


肩の傾き。


剣筋。


すべてが鮮明に見える。


極限の集中。


レックス自身は、それをただ“集中できた状態”だと思っている。


だが、その一秒は常人とは違っていた。


シンが吠える。


「終われぇぇッ!!」


炎の双刃が振り下ろされる。


レックスは半歩だけ前へ出た。


そして。


止まる。


ほんの一瞬。


踏み込むはずの力を消す。


結果、シンの間合いが僅かに狂った。


「なっ――!?」


刃が空を裂く。


届かない。


その誤差は、爪先一つ分。


だが致命的だった。


流れた体勢。


そこへ。


レックスの棍棒が跳ね上がる。


狙ったのは身体ではない。


聖剣の柄。


甲高い音が夜へ響いた。


「くっ……!」


人造聖剣が、シンの手から弾き飛ばされる。


炎が消えた。


レックスは間髪入れず叫ぶ。


「落ち着いて、シン君!」


「ルーナさんは操られていた! 僕は助けただけだ!」


だが。


シンの呼吸は荒いままだった。


視界が狭い。


怒りが冷めない。


「黙れ……!」


拳を握り、なお前へ出ようとする。


「卑怯者がぁ!!」


その時。


「……や、めて……」


小さな声が、風へ溶けた。


シンの動きが止まる。


倒れていたルーナが、震える腕を伸ばしていた。


「ルーナ!」


シンは弾かれたように駆け寄る。


膝をつき、彼女を抱き起こした。


「しっかりしろ!大丈夫だから!」


ルーナは苦しげに唇を動かす。


だが言葉にならない。


ただ荒い呼吸だけが漏れた。


レックスは静かに棍棒を下ろした。


熱風の向こう。


まだ小鬼たちの咆哮が続いている。


戦場は終わっていない。


それでも。


(……ひとまず、止まった)


そう思った瞬間だった。


背後の闇で。


誰かが笑った気がした。


冷たい悪意だけを残して。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ずぶり。


鈍く、嫌な感触だった。


レックスは背中へ押し込まれた冷たい異物を理解するより先に、肺の空気を吐き出していた。


「――ぁ、ぐ……!」


喉から潰れた咳が漏れる。


熱い。


なのに、刺さった場所だけが妙に冷たい。


膝が崩れた。


辛うじて倒れまいと踏みとどまるが、視界が揺れる。


背後に立っていたのは、一人の男だった。


夜風に白髪を揺らし、返り血すら意に介さない端正な軍服姿。


軍師マリス。


その手には、深々と突き刺さった短剣が握られていた。


「間に合ったようだ」


穏やかな声だった。


まるで遅れて駆け付けた味方のように。


「大丈夫ですか、シン殿」


「……え?」


シンの顔から怒気が消える。


状況が繋がらない。


倒れたルーナ。


血を流すレックス。


そして、自分を気遣うように現れた軍師。


答えは最初から誘導されていた。


声を塞いだ見えない糸。


レックスの動きを止めた一瞬の拘束。


誰にも見えない操作。


盤上の駒だけを、正しく動かすように。


レックスは片膝をつき、ついに地面へ倒れ込んだ。


傷口から血が広がる。


薄れていく意識の中で、ノエリアの声だけが妙に鮮明だった。


(蒼天盟約軍を信用してはいけません)


(……そういう、ことか)


最も危険なのは、剣を振るう者ではない。


人を動かす者だ。


マリスは血の付いた短剣を一度だけ払った。


「さて――苦しませるのも可哀そうだ、止めを刺しましょう」


静かな一言。


その瞬間、止まりかけていた敵意が、再び塗り替えられる。


「ルーナ殿を害した敵は、ここで始末しておくべきでしょう」


マリスがレックスへ歩み寄る。


地面に伏した少年は、もうまともに動けない。


呼吸も浅い。


それでも、棍棒だけは手放していなかった。


「待て!」


鋭い声が飛ぶ。


シンだった。


マリスがゆっくり振り返る。


「……どうしました?」


感情のない目。


静かすぎる声。


シンは言葉に詰まった。


「今のは……」


「卑怯、とでも?」


マリスが微笑む。


否定も肯定もしない笑みだった。


シンの喉が鳴る。


冷静に思い返せば、レックスはルーナを殺そうとしていなかった。


傷つけるどころか、止めようとしていた。


なのに、自分は怒りに任せて剣を振るった。


そして今。


背後から刺された相手を、見ているだけだった。


「シン殿」


マリスは諭すように言う。


「敵を侮ってはなりません」


「情けをかけた結果、ルーナ殿を失ってもよいのですか?」


その言葉が、迷いへ突き刺さる。


ルーナを守りたい。


仲間を失いたくない。


だが、そのためなら。


どこまで許されるのか。


「エリオス殿は“光”です」


マリスは静かに続ける。


「ならば、汚れ仕事は誰かが担わねばならない」


「私は、その役目を果たしているだけですよ」


シンの背筋に、冷たいものが走った。


違う。


この男は、誰かのために汚れているわけじゃない。


自分が正しいと信じている。


だから他人を駒にできる。


その時だった。


「GRRRRRAAAAAAA!!」


咆哮。


大地が震えた。


遠くの森が揺れる。


空へ鳥たちが飛び立ち、夜気が震動した。


「……魔獣か!?」


シンが反射的に身構える。


マリスだけが、静かに目を細めた。


(想定外か)


だが、盤面を閉じるには好都合だった。


「撤退しましょう、シン殿」


「なっ、迎撃しないのか!?」


「ルーナ殿は負傷しています」


「ここで損耗を増やす意味はありません」


合理的。


正しい判断。


なのに、シンの胸には妙な重さが残った。


視線が、血に濡れたレックスへ落ちる。


「……こいつは」


「この出血量です」


マリスは淡々と答えた。


「放置していても、いずれ死ぬでしょう」


「あるいは魔獣の餌になる」


「そんな……!」


シンの声が揺れる。


「姫巫女の従者なんじゃないのか!?」


マリスは一歩だけ近づき、静かに囁いた。


「先ほどまで、その方を排除しようとしていたのは――あなたですよ、シン」


言葉が胸を貫いた。


反論できない。


否定すれば、自分の行動を否定することになる。


認めれば、取り返しがつかない。


シンは拳を握ったまま俯き、ルーナを抱え上げた。


「シン、離脱しますよ」


兵たちの足音が遠ざかっていく。


残されたのは、血に染まった草原。


そして。


一人、倒れ伏すレックスだけだった。


炎の消えかけた戦場で。


勇者たちは、“敵”として去っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


後書き補足説明


「勇者たちの刃」でルーナが好戦的なのは、人造聖剣からの力が影響しています。


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