平和の活動
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やがて、部隊は砦を出た。
乾いた風が吹く街道の近くの平原。
地平線の向こうに、黒い影が蠢いている。
魔物の群れ。
遠目にも分かる異形の塊。
獣のような四足。
歪んだ人型。
巨大な牙を持つ異形。
「数が多いな……」
レックスが呟く。
無意識に半歩、ノエリアの前へ出る。
視線だけで周囲を探る。
守る位置を、自然に取っていた。
「任せてください」
シンは短く答えた。
「ルーナ、前に出ろ!他は周囲を警戒!」
「姫巫女様に傷一つつけるなよ!」
「了解!」
軽快な声が返る。
前へ飛び出したのは、赤い髪の少女だった。
風を裂くように駆ける。
セミロングの髪が跳ね、陽光を弾く。
「任せなさいよ、このくらい!」
振り返りざまに、ニッと笑う。
強気で、明るい。
だが、その瞳には戦場慣れした鋭さがあった。
「私が先に片付けるから、シンはフォロー!」
「無茶すんな!」
「してないって!」
言葉と同時に、ルーナは踏み込む。
細身のロングソードが閃く。
鋭い一撃。
だが、ただの剣ではない。
刃が光を帯びる。
一閃。
魔物の首が、音もなく落ちた。
「ほらね!」
続けざまに斬り込む。
軽やかだ。
だが雑ではない。
一体ずつ、確実に急所を断っていく。
感覚で動いているように見えて、判断は鋭い。
状況を見るより先に身体が動く。
そんな戦い方だった。
「勇者ルーナです」
すれ違いざま、軽く声を投げる。
「蒼天盟約軍の一員」
「よろしく、姫巫女様!」
そのまま次の敵へ。
立ち止まらない。
アウラが静かに分析する。
「判断より先に行動が出るタイプ」
「でも、強い」
レックスは短く返す。
その間にも、シンが加勢する。
二人の連携は荒い。
だが、噛み合っていた。
光が走る。
数が、減る。
圧倒だった。
やがて――静寂が訪れる。
魔物の群れは、完全に消えていた。
「はぁ……終わり!」
ルーナが肩で息をしながら笑う。
「どう?ちゃんと守れてるでしょ」
その言葉は、軽い。
だが、その裏には確かな達成感があった。
シンが剣を下ろす。
「これが、俺たちの活動です」
振り返る。
ノエリアへ。
「結果で守る」
「それだけです」
完璧だった。
被害はゼロ。
判断も迅速。
連携も成立している。
誰もが称賛する光景。
ノエリアは、静かにそれを見ていた。
風が吹く。
赤い衣が揺れる。
その瞳は、すべてを捉えていた。
だが――何も、映していなかった。
「……どうですか」
シンの声に、わずかな期待が滲む。
ノエリアは、ゆっくりと目を閉じる。
そして。
沈黙した。
称賛でもない。
否定でもない。
ただ。
受け取らない。
その態度だった。
ルーナの笑みが、ほんの一瞬だけ曇る。
「……え?」
小さな戸惑い。
すぐに消す。
だが、確かにそこにあった。
レックスは、その横顔を見る。
――正しい。
間違っていない。
それなのに。
ノエリアの状態が伝染したのだろうか。
胸の奥に残る違和感。
言葉にできない“何か”。
それが、しっくりこない。。
ルーナは腕を組み、じっとシンを睨んでいた。
「ねえ」
「あんた、さっき姫巫女様にちょっと強引じゃなかった?」
「違うって」
「あれは、その……」
シンは視線を逸らし、言葉を濁す。
「不機嫌そうだったから、どうにかしようとしただけだ」
「余計なお世話って言うのよ、それ」
ぴしゃりと言い切るルーナ。
シンは慌てて首を横に振る。
「そ、そんなつもりじゃ――」
「将来は尻にひかれる側とひく側で、相性は良いでしょうね」
アウラの淡々とした一言。
「……あ、言うと思った」
レックスが小さく笑う。
「「違う!」」
見事に重なった声。
シンとルーナは同時に顔を赤くし、互いに睨み合う。
その様子を見て。
ノエリアが、のどの奥で笑った。
くすくすと、控えめに。
だが確かに、柔らかい笑みだった。
「仲が良いのは、良いことだと思うのです」
その一言に、場が止まる。
「「え……?」」
シンとルーナが同時に目を丸くする。
これまで見せていた無機質な気配が、ほんのわずかに緩んだ瞬間だった。
だが――
「シン隊長、村に物資を届けないと」
部下の声が割り込む。
「あ、ああ。わかった」
「急ぐわよ。無駄話してる暇ないから」
ルーナがさっと踵を返す。
その背を追うように、部隊は動き出した。
レックスは隣を見る。
ノエリア。
さきほどの笑みは、もうない。
静かな無表情。
まるで何事もなかったかのように。
――嫌ってるわけじゃない。
それは分かる。
けれど。
何かが、決定的に違う。
三時間も経たず、村へと到着する。
木造の家々。
粗末だが、確かに人の営みがある場所。
そこに、歓声が上がった。
「勇者様だ……!」
「助けに来てくれた!」
人々が駆け寄る。
子供たちが目を輝かせる。
「これからは俺たちが守る」
シンが胸を張って言う。
誇りに満ちた声。
「勇者さまがいれば、もう誰も死なないよね?」
小さな子供が無垢な瞳で問う。
「ああ、もちろんだ」
迷いのない肯定。
「俺たちが魔物の脅威から守る」
その言葉に、安堵が広がる。
笑顔。
涙。
感謝。
「わかったでしょう、姫巫女様」
シンが振り返る。
その手には、剣。
強い輝きを帯びている。
勇者を体現した力の象徴。
「これは人造オリハルコンで造られた聖剣だ」
誇るように掲げる。
「エリオス様の聖剣には及ばないけど――これでも十分だ」
「これさえあれば、どんな魔物だって怖れることはない」
「人々を救えるんだ」
正しい言葉。
正しい光景。
だが。
ノエリアは、その光景を見つめていた。
そして――わずかに、悲しげな表情を浮かべる。
「な、なんでそんな顔するんだよ」
シンが戸惑う。
ノエリアは、静かに口を開いた。
「魔物から人々を守ることは、『聖剣』がなくてもできます」
「『勇者』でなくてもできます」
一人ずつ、視線を向ける。
兵士。
ルーナ。
シン。
「では」
小さく、問いかける。
「『聖剣』という力に頼らなければ、『平和』は勝ち取れないのでしょうか」
空気が止まる。
シンは、何を問われたのか理解できなかった。
『聖剣』という力。
戦う力だ。
理不尽に抗うための力だ。
ならば言うべき言葉は決まっている。
「今の俺たちは弱い」
迷いはない。
「全部は守れない」
拳を握る。
「だから力がいる」
「象徴がいる」
「守るべきものを守れるように」
「勇者と聖剣は、そのために必要なんだ!」
間違っていない。
そうだ間違っていない。
現実的な答え。
だが。
「……」
ノエリアは、それ以上言わない。
ただ静かに見つめるだけ。
そのときだった。
「勇者様、助けて!」
幼い声。
小さな手が、シンの腕を掴む。
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