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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ノエリア編
48/50

平和の証明

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



馬車の車輪が、石畳をゆっくりと軋ませて止まる。


砦の正門前。


高く積まれた石壁は、戦のためのものというより、秩序を誇示する象徴のように見えた。


門の上には旗が翻る。


蒼天盟約軍の紋章。


澄んだ空の色を、そのまま切り取ったような青。


「……着いたみたいだ」


レックスが小さく呟く。


御者の合図とともに、馬車の扉が開いた。


先に降りたのはレックスだった。


軽く地面に足をつけ、周囲を見渡す。


兵の数。


配置。


視線。


一瞬で把握する。


隙がない。


だが、圧迫感もない。


整いすぎている。


「ノエリア、気をつけて」


手を差し出す。


その手に、迷いはない。


ノエリアは一瞬だけその手を見る。


そして、静かに手を重ねる。


細い指先。


温度はあるのに、どこか遠い。


ゆっくりと馬車から降りる。


赤いマントが、わずかに風を受けて揺れた。


その姿に、周囲の兵が一斉に視線を向ける。


ざわめきはない。


ただ、無言の敬意がそこにあった。


最後にアウラが降り立つ。


自然な動きで、二人の後ろに位置取る。


守るための距離。


砦の空気は、どこまでも整っていた。


兵の配置。


視線の向き。


足並み。


すべてが寸分の狂いもなく揃っている。


その中心に立つ男は、さらに異質だった。


銀の髪は乱れ一つなく整えられ、光を受けて淡く輝く。


蒼と金、異なる色を宿した瞳は、静かに世界を測るように細められていた。


細身の体躯に纏うのは、白と蒼を基調とした鎧。


装飾は王族のそれに近いが、無駄は一切ない。


背に翻るマントの裏地は、夜空のように深く、どこか現実感を欠いていた。


整っている。


あまりにも。


人としての温度が、削ぎ落とされているかのように。


「ようこそ、“姫巫女”」


「王国の勇者エリオスです」


「お出でを心より歓迎いたします」


柔らかな声音だった。


だが、その響きには揺らぎがない。


感情ではなく、意図して作られた“適切さ”がそこにあった。


ノエリアは一礼する。


「ノエリアです」


「お目にかかれて光栄です」


言葉は丁寧。


だが、その声音はどこか遠い。


エリオスはわずかに頷く。


それだけで、周囲の空気が引き締まる。


「長旅、お疲れでしょう」


「ですが安心してください」


「ここはすでに秩序の内側です」


穏やかな言葉。


レックスは無意識に眉をひそめた。


歓迎されている。


敵意はない。


むしろ、礼を尽くされている。


それなのに。


「……」


胸の奥に、小さな棘が残る。


エリオスの視線が、ゆっくりとノエリアへ向けられる。


「ノエリア」


「君が来てくれたことは、この世界にとって大きな意味を持ちます」


名前を呼ぶ。


敬意ではない。


“確認”するような響き。


「君の存在は、世界を正すためにある」


静かに言い切る。


その言葉に、疑問はない。


当然の事実として、語られている。


「私たちはすでに証明しつつあります」


エリオスは振り返る。


整列した兵たち。


蒼天盟約軍の面々。


誰もが彼を見ている。


信頼と、期待と――絶対的な肯定。


「力によって守れるものがある」


「選ばれた者が導くことで、無駄な犠牲は減る」


「それは、すでに結果として現れている」


言葉は穏やかだった。


「だが、まだ足りない」


「この世界は秩序を取り戻すためには、まだ足りないのです」


「だからこそ、君の力が必要です」


再びノエリアへ向き直る。


「混沌の時代を終わらせ、秩序を取り戻さないといけない」


その一言に、すべてが込められていた。


正しさ。


秩序。


レックスは息を飲む。


―― 正しい。


言っていることは、何一つ間違っていない。


だが。


「……」


視線がノエリアへ向く。


ノエリアは、何も言わない。


ただ、静かにエリオスを見ている。


その瞳は、拒絶でも肯定でもない。


ただノエリアの視線はエリオス個人には向いていない。


“別の何か存在”に向いていた。


エリオスは気にした様子もなく、微笑む。


完璧な笑みだった。


「ノエリア」


「私たちと共に、世界を歩んでもらいたい」


「この混沌な世界から秩序と正義を取り戻すため」


その言葉が、静かに響く。


逃げ場のない、確信として。


レックスは拳を握る。


理由は分からない。


だが、はっきりと感じていた。


―― 何かが、受け入れられない。


目の前にあるのは、理想のはずだ。


誰もが望む、正しい世界の形。


それなのに。


どこか、決定的に。


「……」


言葉にはならない違和感が、胸の奥で静かに疼いていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レックスたちは、エリオスに案内され砦内の会議室へと入った。


厚い石壁に囲まれた室内は簡素だった。


長机と椅子。


壁に掛けられた地図と報告板。


飾りはない。


だが無駄もない。


「まずは歓迎といきたいところですが、ここは最前線でしてね」


エリオスの声は穏やかだった。


「色々なものが不足した状況で、余裕はありません」


「いえ、問題ありません」


アウラが一歩前に出る。


「ノエリア様は、セラフィナ殿の提案により、貴方方の行動を見に来ただけです。


「歓待は不要です」


「そうですか」


エリオスはわずかに頷いた。


その仕草一つで、場の空気が整う。


「セラフィナから報告は受けています」


視線がノエリアへ向く。


「ちょうど良い機会とは言えませんが、魔物が出没している地域があります」


机の上の地図を指し示す。


「そこへ、勇者シン率いる部隊を救援に派遣します」


「そこに同行していただきたい」


静かな提案。


だが、それは断る余地のない“配置”にも見えた。


「ノエリア様には、我々の結果を見て、評価してもらいたい」


ノエリアは、無言で頷く。


肯定でも、承認でもない。


ただ、拒まないだけの動き。


「……やはり、怒っておられるのですね」


エリオスが小さく呟く。


「貴方の聖剣を承諾もなく我々の都合で使ったことは謝罪します」


一拍置く。


「ですが、必要だった」


迷いはない。


「私たちには、この力が必要だったのです」


ノエリアは、わずかに距離を取る。


その仕草は小さい。


だが、明確な線引きだった。


「……本当は」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「誰のために、必要だったのですか?」


静かな問い。


エリオスは迷わない。


「人々平和のためです」


即答。


「か弱き人々の正義のためです」


その瞳に、曇りはない。


だからこそ。


何も揺らがない。


「……そうですか」


それ以上、ノエリアは問わない。


エリオスもまた、追わない。


まるで最初から、この応答で十分だと知っていたかのように。


「シン」


エリオスが呼ぶ。


「ノエリア様を頼む」


「はい」


シンは即座に敬礼した。


その動きは無駄がない。


訓練された兵のそれだ。


「ノエリア様」


一歩前に出る。


「言葉だけじゃない」


「俺たちのやってきたことを見てほしい」


真っ直ぐな目。


そこには、疑いはない。


「結果で証明します」


レックスは、その横顔を見る。


―― 嘘じゃない。


それは分かる。


だが、ノエリアが拒んでいることも、レックスにはわかる。


しかし、その理由は、今のレックスにはわからなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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