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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ノエリア編
47/50

勇者の理想

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その中心に立つシンは、まっすぐノエリアを見つめていた。


迷いのない瞳だった。


王国の勇者。


だからこそ、彼は疑わなかった。


自分が正しいことをしているのだと。


「俺たちは、姫巫女ノエリア様に協力をお願いしにきたんだ」


真っ直ぐな声だった。


「協力?」


レックスが聞き返す。


ノエリアは静かに座ったまま、答えない。


青い髪だけが、窓から吹き込む風にゆるやかに揺れていた。


「俺たちと一緒に来てくれ」


「王国と――これからの世界平和のために」


シンは当然のように手を差し出した。


善意だった。


疑いなく。


ノエリアは動かない。


まるで、見えない檻の奥にいるように。


「な、何で?」


シンの顔に困惑が浮かぶ。


拒絶される理由が、本当に分からないのだ。


その瞬間だった。


「当たり前だろ」


低い声が落ちた。


レックスだった。


普段の柔らかな雰囲気とは違う。


一歩前に出る。


自然に、ノエリアを庇う位置へ。


赤い瞳が、真っ直ぐシンを見据えていた。


「な、何だよ。お前は!」


「あなたこそ失礼だろ」


レックスの声が鋭くなる。


「ノエリアに、何をするつもりなんだ」


珍しく感情を露わにしていた。


それほどまでに、今のやり取りが許せなかった。


シンの眉が吊り上がる。


「俺は世界を守るために――!」


「だからって、ノエリアさんの気持ちを無視していい理由にはならない!」


空気が張り詰めた。


互いに一歩も引かない。


今にも剣に手が伸びそうな距離。


シンの背後では護衛騎士たちが息を呑み、レックスの背後ではノエリアが静かに彼を見上げていた。


その瞳には、不思議な光が宿っている。


まるで遠い未来を見ているような。


あるいは――懐かしいものを見るような。


「やめんか、レックス」


低く響く声。


オルグラートだった。


一喝だけで、空気が震える。


「この部屋で戦うことなど、誰であろうと許さん」


同時に、セラフィナも静かに口を開いた。


「およしなさい、シン」


「我々が勇者の名を汚すことは許されません」


二人の言葉によって、張り詰めていた熱が少しだけ下がる。


シンは悔しそうに歯を食いしばった。


そして先に視線を逸らす。


「……わかったよ」


そう言ったものの、握られた拳は白くなるほど強かった。


「別に、姫巫女様を怖がらせたり、脅すつもりじゃなかったんだ」


その言葉に偽りはない。


だからこそ厄介だった。


レックスは静かに息を吐く。


怒鳴る代わりに、ゆっくりと言葉を返した。


「だったら、もう少し相手の気持ちを考えてください」


「ノエリアさんは物じゃない」


その一言に、シンの表情が強張る。


「王国のためとか、世界のためとか……そういう大きな理由で、勝手に決めつけないでほしい」


「俺は、そんなつもりで――」


「でも、そう聞こえた」


短い返答だった。


だが、強かった。


シンは反論できなかった。


守りたい。


救いたい。


その想いは本物だ。


けれど、その正しさが誰かを追い詰めることもある。


まだ彼は、それを知らない。


沈黙が落ちる。


その時だった。


ノエリアの白い指先が、そっとレックスの服の端を掴んだ。


小さな仕草。


だが、その意味は大きかった。


レックスは気づかない。


けれどノエリアだけは理解していた。


この出会いが、未来を変える分岐点になることを。


世界を救おうとする勇者。


誰か一人を守ろうとする少年。


どちらも間違っていない。


 


窓辺の白いカーテンが静かに揺れる。


その中で、セラフィナだけは微動だにしなかった。


「申し訳ありません」


静かな声。


よく通るのに、不思議と感情の起伏が薄い。


セラフィナは一歩前に出る。


「シンが無礼を働きました」


「俺は別に――」


「シン」


短い制止。


それだけで、シンは言葉を飲み込んだ。


悔しそうに眉を寄せながらも、反論はしない。


その様子に、レックスは少しだけ驚く。


シンは感情で動く少年だ。


だが、セラフィナの言葉には従う。


それほどまでに信頼しているのだろう。


「私の方から説明します」


セラフィナは淡々と語り始めた。


王国と魔王国の狭間。


地図にも曖昧にしか記されない境界地帯。


そこでは秩序が死んでいた。


魔物。


盗賊。


傭兵。


力ある者が奪い、弱い者が蹂躙される世界。


「これまでは帝國との均衡維持が優先されていました」


「王国は十分な兵力を割くことができなかったのです」


冷静な説明。


だが、その内容は重い。


「ですが、状況は変わりました」


「わずかではありますが、帝國が戦線をさげなのです」


「ようやく“守るべき場所”へ手を伸ばせるのです」


「聖剣の降臨によって、状況は加速したのです」


理屈は通っていた。


否定する隙がないほどに。


「俺は、そこ出身なんだ」


シンがぽつりと呟く。


その瞬間だけ、声が少し掠れた。


「まともな秩序なんてなかった」


「毎日が奪い合いだった」


視線が床へ落ちる。


握られた拳が小さく震えていた。


「村で守ろうとしたんだ」


「大人たちと自警団も作った」


だが――。


「……無理だった」


短い言葉。


けれど、その中には諦めきれない後悔が滲んでいた。


「力が足りなかった」


「数も、武器も……何もかも」


奥歯を噛み締める音が聞こえそうだった。


「守れなかったんだ」


その言葉に、部屋の空気が静まる。


レックスは思わず目を伏せた。


否定できない。


誰かを守れなかった痛みは、彼にも分かる。


「だから――」


シンが顔を上げる。


真っ直ぐだった。


傷ついていても、前を向こうとする瞳。


「俺たちは取り戻す」


「安心して暮らせる場所を」


「もう誰も、あんな思いをしなくていいように」


強い言葉だった。


理想論ではない。


失った人間の叫びだ。


レックスの胸がわずかに痛む。


―― 間違ってない。


むしろ、正しい。


「それを実現するために」


セラフィナが続ける。


「勇者エリオスを中心に結成されたのが『蒼天盟約軍』です」


その名が発せられた瞬間。


空気が変わった。


まるで巨大な何かの影が落ちたように。


「一人では守れない」


「だから組織が必要です」


「秩序を維持し、監視し、必要ならば介入する」


「それが、私たちの役割です」


淡々としている。


だが、そこには揺るぎない確信があった。


「弱い人々を守るために」


「力と象徴が必要なのです」


赤い瞳がノエリアへ向く。


「どうか、我々にお力をお貸しください」


深く頭を下げる。


シンも無言で続いた。


誠意だった。


嘘ではない。


その願いは、本物だ。


それでも。


ノエリアは沈黙していた。


返答がない。


肯定も。


否定も。


ただ静かに、遠くを見るように目を伏せている。


その沈黙は、不気味なほど重かった。


レックスは戸惑う。


なぜだ。


ここまで聞いて。


何が問題なんだ。


助けを求める人がいて。


それを救おうとしている。


その何が間違いだというのか。


だが。


ノエリアの瞳は、もっと別の何かを見ていた。


言葉ではない。


理想でもない。


その先にある“結果”を。


やがて、セラフィナが静かに口を開く。


「やはり、言葉だけでは足りないのでしょう」


感情を抑えた声。


だが、その奥に僅かな熱が混じる。


「思いだけでは、世界は変わりません」


「行動し、結果を示すことでしか、人は納得しない」


一歩、前へ。


「ですから――まず見てください」


「私たちが何を成し遂げるのかを」


その瞬間。


レックスは、微かな違和感を覚えた。


言葉は正しい。


理屈も正しい。


なのに。


何かが噛み合わない。


まるで、正しさだけを積み上げて作られたような危うさ。


温度がない。


人の願いを語っているのに、人の匂いが薄い。


「……わかりました」


沈黙を破ったのは、ノエリアだった。


「見させていただきます」


承諾。


だが、その声には感情がない。


期待も共感もない。


ただ事実を受け入れるだけの静けさ。


「ありがとうございます」


セラフィナは微笑む。


完璧な笑みだった。


あまりにも整いすぎた、非の打ち所のない笑顔。


だからこそ。


どこか冷たく見えた。


こうしてレックスたちは動き出す。


勇者エリオスのもとへ。


世界を救うための道へ。


誰もが正しいと信じる道へ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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