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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ノエリア編
46/50

王国の異変と二人の姫巫女

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ノエリアは夢を見ていた。


普段は、夢を見ない。


だが、その日は違った。


白い光が空を裂き、何かが“降りてくる”。


それは本来、『裁定者』が『選定者』へと与えるはずのもの。


静かで、厳かなはずの儀式。


だが、夢の中のそれは――あまりにも強引だった。


押し込まれるように。


ねじ込まれるように。


世界の理から、外れるように。


「……『選定の力』が目覚めた…」


ノエリアは目を開ける。


胸の奥に、わずかなざわめきが残っていた。


心臓の鼓動が、いつもより速い。


―― 何故、あれが目覚めた。


―― 一体、誰が。


理解はできない。


だが、“良くないことが起きている”とだけははっきりわかる。


「今のは……」


言葉にならないまま、窓の外へと視線を向ける。


遥か遠く。


王都の方角。


目に見えるわけではない。


けれど、確かに“そこ”で何かが起きている。


「……何かが『選定の力』を無理やり目覚めさせようとしています」


小さな声だった。


だが、その響きには迷いがなかった。


部屋の隅で控えていたアウラが、静かに顔を上げる。


「ノエリア様? いかがされました?」


「……はい。ですが――」


ノエリアは言葉を止める。


違和感が、言葉を拒む。


「これは一体、誰が」


本来ならばありえない。


『選定』とは、必ず『裁定者』が伴わなければならない。


そして、その意思はノエリアを通して顕現する。


それが、この世界の理だった。


だが今、それが崩れている。


―― 誰かが、触れている。


そのとき、扉の向こうから軽い足音が近づいた。


「ノエリアさん、起きてる?」


遠慮がちな声。


レックスだった。


「はい、どうぞ」


扉が開く。


まだ眠気の残る顔。


だが、どこか落ち着かない様子で部屋に入ってくる。


「……なんかさ」


頭を掻きながら、少し言いにくそうに口を開く。


「よくわかんないんだけど、これ……」


手にしていた棍棒を軽く持ち上げる。


「さっき、一瞬だけ震えた気がして」


ノエリアは、その言葉にわずかに目を細めた。


そして、静かに目を閉じる。


「……」


言葉が、出ない。


伝えてはいけない領域に触れている。


「もしかして、『禁則事項』?」


レックスは半ば冗談めかして言うが、その声には緊張が混じっていた。


ノエリアは小さく頷く。


「はい……説明できません」


それだけで十分だった。


レックスはそれ以上踏み込まない。


踏み込めば、壊れる何かがあると感じたからだ。


「何か、良くないこと?」


ノエリアは、迷いなく頷く。


「はい」


そして、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……意志のないまま、目覚めています」


その言葉は静かだったが、重かった。


なんだか、いつものノエリアが喋っていると思えない。


レックスは息を呑む。


意味は理解できない。


だが、危険だと直感する。


ノエリアは続ける。


「本来、『選定』は“選ばれる側”の意思が必要です」


「その、『選定の儀式の道具』である『神鋼』にも意思が宿ります」


「ですが今、それがありません」


アウラが低く呟く。


「……ノエリア様、それが続けばどういうことになるのですが?」


「……」


ノエリアは答えない。


『禁則事項』。


人が知ってはならないこと。


それが、すべてだった。


 


――同時刻。


 


王都では、歓声が渦巻いていた。


聖堂の扉が開かれるたびに、外へと光が漏れ出す。


その光に触れた者は、皆、顔を上げた。


まるで祝福を浴びているかのように。


魔物の群れは、すでに消え去っていた。


街を脅かしていた影は、跡形もない。


人々は、それを奇跡と呼んだ。


聖堂の奥。


白い大理石の祭壇の前で、ひとりの青年が立っていた。


その手には、光を纏う剣。


聖剣。


それが顕現した瞬間、すべては終わったのだ。


戦いも、恐怖も。


「……これが」


青年――エリオスは、静かに呟く。


その声には、震えがあった。


歓喜ではない。


確信だ。


「これが、世界を救う力……」


周囲の神官たちは跪いている。


誰もが頭を垂れ、彼を見上げる。


その視線には、崇拝があった。


白いベールの少女が、その隣に立っている。


セラフィナ。


彼女は静かに微笑んでいた。


「勇者エリオス」


柔らかな声。


だが、その奥にあるものは読めない。


「あなたは選ばれました」


その言葉に、疑いはなかった。


いや、疑わせない何かがあった。


エリオスは剣を握りしめる。


「ああ、これで願いが叶う……」


その瞬間、再び歓声が上がる。


「勇者だ!」


「勇者が現れた!」


「もう大丈夫だ!」


「俺たちは救われた!」


誰もが叫ぶ。


涙を流す者すらいる。


それほどまでに、救いは絶対だった。


 


――遠く離れた場所。


その歓声は届かない。


だが、世界の“歪み”だけは確かに伝わっていた。


ノエリアは静かに手を重ねる。


祈るように。


確かめるように。


「……本来、あるはずのない『選定』が起きています」


言葉を紡ぐたびに、胸が軋む。


理解したくない現実が、そこにある。


「誰かが、意図的に」


小さく息を吸う。


そして、はっきりと言った。


「『選定』を歪めています」


部屋の空気が、重く沈む。


レックスは何も言えない。


アウラも、沈黙したまま動かない。


それがどれほど異常なことか。


ノエリアは目を伏せる。


その表情には、わずかな悲しみがあった。


「このままでは……」


言葉は途中で止まる。


だが、その先は誰もが感じ取った。


これは、ただの異変ではない。


何かが始まっている。


それも――決して正しい形ではない何かが。


ノエリアは静かに呟く。


「……これは、“正しい選定”ではありません」


その声は小さい。


だが、確かに世界の歪みを告げていた。


物語は、静かに動き始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇◇



現状、レックスたちが王都に対して何かをすることはなかった。


アウラが、状況も分からぬまま動くのは危険と判断したからだ。


ノエリアの言葉が正しいのなら。


それを行った存在は、ノエリアに対して明確な『悪意』を持つ可能性が高い。


ディグレイの一件。


あの裏で糸を引いていた何か。


レックスは、自分の師であるオルグラートに頼み、王国の動向を探らせていた。


セルディアの領主。


鍛冶屋協会の長。


三国に顔が利く存在。


あの老人ならば、必ず何かを掴む。


 


それから三ヶ月。


レックスたちは呼び出され、セルディアの領主館を訪れていた。


重厚な扉の奥。


石と鉄で組まれた私室。


壁には無数の武具が飾られている。


どれも、ただの装飾ではない。


その中央に、巨躯の老人が座っている。


銀に近い白髪。


彫刻のような筋肉。


白い瞳が、静かに三人を見下ろしていた。


「さて。


どこから話すか」


低く、重い声。


ノエリアに向けられる視線。


「ノエリアの感じたとおり」


「『聖剣』と『勇者』。王国に顕現した」


短い断言。


「本当なんですか、先生」


「事実であろうな」


それだけで終わる。


余計な言葉はない。


オルグラートは目を閉じた。


「わしが見た“勇者”と同じかは……分からん」


静かな一言。


だが、その重みは大きい。


レックスは思い出す。


――魔王国で聞いた話。


勇者は、破壊者と呼ばれる存在。


もし同じなら。


その意味は、決して軽くない。


「勇者本人ではない。だが――」


オルグラートは机の上に封書を投げた。


「こちらのことを知っている」


ノエリアに向けられた視線。


「使者が来る」


「拝見してもよろしいですか?」


「構わん。ノエリアの問題だ」


「アウラ、お願いします」


「僭越ながら」


封を開く音。


静寂の中に、紙の擦れる音だけが響く。


―― 姫巫女ノエリア様


―― 私の名は王国の勇者エリオス


―― この世界は混沌に満ちています


―― 平和のため、お力をお貸しください


―― 王国へお戻りを「……何だこれ」


レックスは眉をひそめる。


正しい言葉だ。


だが、どこかが噛み合わない。


視線を向ける。


ノエリア。


無表情だった。


いつもの柔らかな気配がない。


感情を切り離したような顔。


「王国の使者は?」


アウラが問う。


「『蒼天盟約軍』、そう名乗っている」


「……軍、ですか」


「詳しくは聞け」


「その方が話が早い」


オルグラートは鈴を鳴らした。


「入れ」


扉が開く。


二つの影。


先に入ったのは、少女。


青い髪。


肩で整えられた、過不足のない形。


赤い瞳。


冷たいのではない。


感情を“封じている”だけの静けさ。


修道服を基調とした衣装。


だが、その造形は王族のそれに近い。


無駄がない。


整いすぎている。


まるで、“そうあるべき姿”として作られたかのように。



その後ろ。



少年が一歩前に出る。


黒髪。


無造作に揺れる。


鋭い目。


だが、その奥にあるのは未完成の熱。


戦場の空気を纏っている。


若い。


だが、軽くはない。


「俺はシン」


「『蒼天盟約軍』副隊長」


「勇者の一人だ」


真っ直ぐな声。


「はじめまして」


「姫巫女ノエリア様」


―― 勇者?


レックスは思わず見直す。


自分とそう変わらない年齢。


それが“勇者”。


それも”勇者の一人”と言ったのか。


では、複数人の勇者がいるということなのだろうか?


「『蒼天盟約軍』とは」


ノエリアは沈黙したまま。


代わりにアウラが問う。


シンは一瞬だけ言葉を選ぶ。


「戦争を止めるための組織だ」


短い。


だが、熱がある。


「難民を助ける」


「復興もする」


「けど――」


わずかに拳を握る。


「争いが起きるなら、俺たちが止める」


「簡単に言うなら”勇者エリオス様が率いる私設監視機構”ということですね」


セラフィナが静かに補足する。


声は穏やか。


だが、隙がない。


「恒久的な平和のためには、監視と制御が必要です」


「それが我々の理念です」


「まだ未熟な組織ではありますが、いずれは紛争が起きる前にそれを防ぐ」


「現在は勇者エリオス様を中心に、それを実現に向けて頑張っている状態です」


言葉は整っていた。


理想としては、正しい。


否定する理由が見当たらないほどに。


そして。


セラフィナは一歩、前へ出た。


ノエリアをまっすぐに見つめる。


―― 一瞬。


空気が、わずかに軋んだ。


穏やかなはずの視線。


だが、その奥に。


何か別のものが混じった。


レックスは息を止める。


気のせいかもしれない。


だが、確かに感じた。


「はじめまして、姫巫女様」


丁寧な一礼。


「私はセラフィナ」


わずかに間を置く。


そして。


「『蒼天盟約軍』所属の――『姫巫女』です」


沈黙。


音が、消えた。


「……姫巫女?」


レックスの声が漏れる。


反射的に、ノエリアを見る。


ノエリアの瞳には何も感じられない。


完全な無だ。


「……」


言葉は出ない。


呼吸が、わずかに浅くなる。


「本来、姫巫女は一人のはずです」


アウラの声が低く落ちる。


「はい」


「おっしゃる通りです」


セラフィナは即答する。


「ノエリア様がいらっしゃるのに、貴方は何者ですか?」


「ですが、私は嘘偽りなく王国の姫巫女」


セラフィナの静かな言葉。


否定も、弁解もない。


ただ“存在”だけを提示する。


「人々が必要としているのです」


「必要とするなら」


「人は、役割を作り出すことができる」


「それが、人間の力です」


ノエリアの瞳が揺れる。


それは理解ではない。


拒絶でもない。


ただ――レックスにはわからない、例えるなら“あってはならないもの”を見た反応。


「……」


沈黙が落ちる。


やがて。


ノエリアは、ゆっくりと首を横に振った。


「貴方たちは……それを“正しい”と?」


小さな声。


だが、逃げ場のない問い。


セラフィナは一瞬だけ目を伏せる。


そして、再び見上げる。


「はい」


迷いは、なかった。


「これが罪であるなら」


「私は、それを受け入れます」


「平和のために必要ならば」


ノエリアは何も言わない。


ただ、静かに。


もう一度だけ首を振った。


それは、拒絶だった。


決して大きな声ではない。


だが、揺るがない。


二人の姫巫女。


同じ名を持つ存在。


だが、その在り方は――決して交わらない。


そして、この瞬間。


「姫巫女は一人ではない」


その“異常”だけが、確かに世界に刻まれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇◇

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