ガロード編エピローグ 少年の決意
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オルグラードは、報告を静かに聞いていた。
語り終えたレックスの前で。
一瞬の沈黙。
両眼を閉じ。
ただ一言。
「……そうか」
それだけを口にした。
魔王国を実質支配する覇王ディアボロス。
比類なき強さを誇るその男ですら。
どうすることも出来ないものがある。
その事実だけが、静かに場に落ちた。
やがて覇王は命じる。
名を伏せたまま。
『僭王』討伐完了の報を、魔王国全土へと。
歓声が上がることも。
称賛が響くこともない。
ただ。
一つの時代が、終わったという事実だけが広がっていく。
その裏で。
誰にも知られないまま。
一つの“異質”が残されていた。
ディグレイすら操った『悪意』。
力ではない。
暴力でもない。
それでいて。
すべてを狂わせる何か。
「……なんなんだよ、あれは」
レックスは、小さく呟いた。
見えないものに。
確かに、恐怖していた。
墓所は静かだった。
風が通り抜けるだけの、穏やかな場所。
ガロードたちは、兵士に案内されてそこへ辿り着く。
「こちらでございます」
一つの墓の前で、足が止まる。
「牙王様と麗王様の墓所です」
簡素な墓だった。
華美な装飾はない。
ただ、石があるだけ。
その奥に。
さらに並ぶ墓標。
「そして、あちらが人狼族の共同墓所です」
無数の名。
無数の命。
ここに眠っている。
ガロードは静かに歩み寄る。
そして、墓石を見る。
刻まれた文字。
「ロウガ、レイラ」
その名を、口にする。
初めて呼ぶ名前だった。
だが。
不思議と、遠くは感じなかった。
さらに目を落とす。
刻まれた碑文。
「我が弟、そして、弟の最愛の妻」
短い言葉。
だが。
そこに込められたものは、重い。
オルグラードが刻んだのだろう。
言葉は少ない。
だが。
揺るがない事実だけが、そこにある。
ガロードは、静かに頭を下げた。
会ったことはない。
それでも。
確かに繋がっている。
その証の前で。
一礼した。
ディグレイの遺体は、見つからなかった。
だが。
その妻の遺骨は、ここに眠る。
穏やかな場所に。
彼の願い通りに。
「……守ったぞ」
小さく呟く。
「ディグレイ……兄さん」
風が吹く。
まるで。
その言葉を、どこかへ運ぶように。
ガロードは視線を移す。
並ぶ墓。
人狼族の名。
その中に。
見つける。
「ダルグレイ……ルシェナ」
父と母の名。
ゆっくりと、口にする。
胸の奥が、静かに痛んだ。
「終わったよ」
言葉は、自然とこぼれた。
「俺の復讐の旅」
長かった。
ただ前だけを見て。
進み続けた日々。
終わった時には。
思っていた景色とは、違っていた。
だが。
これでいいと。
どこかで、思っていた。
「父さん、母さん」
静かに言う。
「俺は、繰り返さない」
拳が、わずかに握られる。
憎しみは消えない。
忘れることもできない。
それでも。
選ぶことはできる。
「……だけど」
顔を上げる。
その目には、もう迷いはなかった。
「『悪意』は、俺が斃す」
静かに。
だが、確かに。
言い切る。
「徹底的にだ」
風が強く吹いた。
木々が揺れる。
まるで。
その決意を試すように。
人の心を弄び。
運命を歪め。
破滅へと導くもの。
それが存在するなら。
見過ごすことはできない。
ガロードは、背を向ける。
もう、立ち止まらない。
「終わったら」
小さく言う。
「また来るよ」
その声は。
どこか穏やかだった。
歩き出す。
一歩。
また一歩。
迷いのない足取りで。
獣人の少年は。
“悪意”と対峙することを選んだ。
たとえ。
その先に何が待っていようと。
守るべきもののためなら。
自分が燃え尽きても構わない。
その覚悟と共に。
物語は、静かに次へと進む。
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