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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
38/51

明かされる真実

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「安心せい」


重い沈黙を破ったのは、覇王オルグラードだった。


「『アペプ』は消えた」


その声は、迷いのない断言だった。


「もう戻ることはありえない。それは事実だ」


黄金の瞳が、静かに一同を見据える。


「もう世界は、『アペプ』を怖れることはない」


その言葉には、不思議な重みがあった。


ただの希望ではない。


実際にそれと戦い、終わらせた者だけが持つ重さだった。


「あの戦いは、フィデリアが終止符を打った」


静かな森の空気の中で、その名だけが強く響く。


だが。


安堵の空気は、長くは続かなかった。


「では」


アウラが静かに口を開く。


「オルグラード様が警戒されているのは、『蛇』ではないと?」


「うむ」


覇王は頷いた。


「また別種のものだ」


その言葉に、空気がわずかに張り詰める。


「『蛇』を『天災』と例えるなら――」


オルグラードは少しだけ目を細めた。


「奴らは『悪意』とでも表現すれば良い存在だ」


悪意。


天災は理由なく壊す。


だが、悪意は目的を持って壊す。


そんな響きがあった。


「気を付けると良い」


覇王の視線が、ノエリアへ向く。


「ノエリアならば、無関係ではないだろうからな」


ノエリアは、静かに頷いた。


その瞳には、わずかな緊張が浮かんでいた。


だが。


ガロードには、その会話の半分も頭に入っていなかった。


別のことで、頭がいっぱいだったからだ。


覇王の視線が、ゆっくりとガロードへ向く。


その瞬間。


逃げ場がなくなったような気がした。


そして。


ガロードは、口を開いた。


「……教えてくれ、師匠……」


驚くほど、声が低かった。


「ディグレイが言ったことは――事実なのか」


胸の奥が、ざわついていた。


聞かなければならない。


だが。


聞いてしまえば、もう戻れない。


そんな予感がしていた。


「俺の父さんのこと」


拳が、知らないうちに握られていた。


「母さんのこと」


喉が乾く。


それでも続ける。


「ディグレイが、本当に俺の兄なのか」


そして。


一番聞きたくないこと。


「父ダルグレイと母ルシェナが……」


言葉が、少しだけ詰まった。


それでも、吐き出した。


「……本当に俺を騙して育てていたのか」


静寂が落ちた。


風が森を抜ける音だけが聞こえる。


誰も口を開かない。


レックスも。


ノエリアも。


アウラでさえ。


ただ、ガロードを見ていた。


そして。


オルグラードが、ゆっくりと答えた。


「ガロード」


その声は、やけに静かだった。


「お前が牙王ロウガと麗王レイラの子であることは事実だ」


心臓が、一度強く跳ねた。


「ディグレイがお前の兄であることも――事実だ」


その言葉は、重かった。


石のように。


胸の奥へ沈んでいく。


オルグラードは、ガロードをじっと見ていた。


試すような目だった。


強さではない。


覚悟を量るような目。


逃げるなら、ここで逃げろ。


そう言っているような目だった。


「ディグレイが、お前に何を語ったか」


覇王は低く言う。


「話してみろ」


その言葉は、命令ではなかった。


だが。


ガロードは、逃げるわけにはいかなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ガロードの話を聞き終えたあと。


覇王オルグラードは、深く息を吐いた。


そのため息は、重かった。


まるで何十年も胸の奥に溜め込んでいたものを、ようやく吐き出したかのようだった。


「……そうか」


低い声が、森の静寂に落ちる。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「ディグレイが言っていることは」


黄金の瞳が、まっすぐガロードを見据える。


「半分は真実で、半分は奴の思い込みだ」


空気が、わずかに揺れた。


胸の奥がざわつく。


オルグラードは続ける。


「ならば――」


少しだけ視線を遠くへ向けた。


森の向こう。


遠い過去を見るように。


「人伝えではなく、わし自身の言葉で語ろう」


その声には、かすかな懐かしさが混ざっていた。


「牙王ロウガとの物語をな」


その名が落ちた瞬間。


空気が変わった。


レックスも。


ノエリアも。


アウラも。


誰も言葉を挟まない。


これは、過去を知る者だけが語れる物語だった。


「『アペプ』との戦いの後」


オルグラードは静かに語り始めた。


「わしと牙王ロウガは、魔王国の復興に尽力した」


当時の魔王国は分裂し、壊れていた。


世界を揺るがす災厄の後。


国も。


秩序も。


誇りも。


すべてが揺らいでいた。


「わしはオルグラードと名乗り」


覇王は肩をすくめる。


「自由交易都市セルディアを建設した」


その名は、この大陸で知らぬ者はいない。


王国。


帝國。


魔王国。


三国の商人が集う都市。


戦後の世界を繋ぐ都市だった。


「王国と帝國とも交渉を重ね、関係を整えた」


「その裏で」


「牙王ロウガは、魔王国の秩序を立て直していた」


壊れた国。


乱れた領土。


争い合う魔族たち。


力ある者が奪い。


弱い者が従う。


そんな混沌を。


「牙王ロウガはまとめ上げた」


短い言葉だった。


だが、その重みは大きい。


魔族をまとめる。


それは、並の力ではできない。


「そして大規模な混乱が次第に少なくなっていった」


オルグラードの声が、少し柔らかくなった。


「魔王国の秩序が、ある程度回復した頃だ」


ほんの少しだけ、笑う。


「牙王ロウガは結婚した」


「麗王レイラという魔王級の女傑だ」


その名が響く。


ガロードの胸の奥が、強く脈打った。


聞いたことのない名。


だが。


なぜか、遠くない。


そんな感覚があった。


「程なくして」


オルグラードは続ける。


「二人の間にディグレイという男子が生まれた」


森の空気が揺れる。


ガロードの兄。


その存在が、初めて形を持つ。


「わしはそれを祝った」


覇王は懐かしそうに言った。


「あれは実に良い日だった」


「魔王国の未来を守る象徴として」


「牙王ロウガに武具を贈った」


黄金の瞳が細くなる。


遠い記憶を辿るように。


「あの頃のわしは」


少し苦笑した。


「このままオルグラードとして生き」


「覇王を捨てても良いと、本気で考えていた」


レックスが思わず息を呑む。


覇王を捨てる。


地位も、栄誉も、功績も、今までの自分を捨てるに等しい。


「牙王ロウガが魔王国を統治する」


「魔族は力を尊ぶ。だが奴は、力だけではなく誇りで瓦解しかけた国を修復した」


「何より、奴は古き魔王の血を継ぐ者」


「伝統と資質を兼ね備えた男だった」


「その世界に覇王などという存在が必要であるはずがない」


それで良いと思っていた。


だが。


オルグラードの声が、低く沈む。


「……矢先に」


森の空気が重くなる。


レックスは、無意識に息を呑んでいた。


「事件が起きた」


誰も動かない。


「麗王レイラの領域が」


ゆっくりと。


言葉を選ぶように。


「王国からの侵入者に侵された」


ガロードの拳が、自然と握られていた。


「当時の麗王レイラは」


オルグラードは続ける。


「ガロードを生んだ直後だった」


心臓が強く打つ。


「産後で弱っていた」


その言葉は静かだった。


だが。


鋭く胸に刺さる。


「その頃、地方で反乱が起きていてな」


「牙王ロウガも先頭に立ち、遠征に出ていた」


「そして、わしも魔王国を離れていた」


知らせが届くのが遅れた。


それだけのことだった。


「麗王レイラは――」


オルグラードの瞳が鋭くなる。


「王国の人間に殺された」


森が、静まり返る。


風の音さえ消えた気がした。


「牙王ロウガの怒りを買い」


低い声が続く。


「侵入者は、生まれたことを後悔するほど八つ裂きにされた」


それは当然だった。


家族を奪われたのだ。


怒らぬ者などいない。


だが。


問題は、その先だった。


「その怒りは止まらなかった」


覇王は静かに言う。


「復讐の炎は、王国全体に向いた」


空気が凍る。


国家への復讐。


それは戦争を意味する。


いや。


戦争などという言葉では済まない。


「それを止めなければならなかった」


「『アペプ』との戦いで散っていった同胞たち」


「フィデリアが守ろうとした世界」


「その意味を無にするわけにはいかなかった」


オルグラードはゆっくりと目を閉じた。


そして。


静かに言った。


「わしは」


黄金の瞳が開く。


その奥には、深い影があった。


「義兄弟と対峙することを選んだ」


「止められると信じていたんじゃ」


森の闇が、さらに深くなった気がした。


だが。


覇王の言葉は、そこで終わらなかった。


小さく、息を吐く。


そして。


低く呟いた。


「――だが」


黄金の瞳が、ほんのわずかに揺れる。


「わしは……遅すぎた」


森の奥で、風が鳴いた。


過去の重みが。


静かに、その場へ落ちていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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