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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
37/51

過去からのメッセージ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「大げさな言い方をすれば、この世界は危機に直面しておる」


「魔王国だけではな、王国、帝國……」


オルグラードは、そこで一度言葉を切った。


沈黙が落ちる。


森の奥で、夜風が木々を揺らしていた。


焦げた枝が、かすかにきしむ。


「いや」


覇王はゆっくりと言い直した。


「この世界のすべてと言い換えてもいい」


低く。


重い声。


「すべてが例外ではない」


レックスは思わず顔をしかめた。


――どこが心当たりがない、だ。


頭の中で突っ込まずにはいられない。


ついさっきまで。


「知らん」と言い張っていたはずだ。


それなのに。


いきなり出てきた言葉は。


世界の危機。


レックスは小さく息を吐く。


どう考えても。


話の規模がおかしい。


「この未来に起こるかもしれない出来事について」


オルグラードは腕を組んだ。


白銀の鎧が静かに軋む。


「わしらは、あるメッセージを受け取っておる」


そう言って。


ゆっくりと夜空を見上げた。


「それゆえ、密かに警戒はしていた」


その言葉に。


ノエリアが小さく頷く。


「わたしの……夢の声と同じですか?」


「おそらくな」


覇王は短く答えた。


「じゃが、この危機に気づいている者はほとんどおらん」


そして。


オルグラードは小さく笑った。


「という質の悪いものだ」


「質が悪い?」


アウラが眉をひそめる。


オルグラードは地面へ視線を落とした。


しばらく考えるように沈黙する。


やがて。


「たとえば――」


覇王の指先が、土を軽くなぞった。


「末端にある、動くはずのない歯車があるとする」


「……歯車?」


ガロードがぼそりと呟く。


「そうだ」


オルグラードは頷いた。


「小さく、意味もない歯車だ」


「だが、そいつが意味もなく、突然動く」


レックスはその言葉を聞きながら。


頭の中に機械の姿を思い浮かべていた。


歯車が無数に噛み合う機構。


鍛冶屋で見た古い水車の装置。


「小さな歯車が動けば」


「それに繋がる歯車が回る」


「その歯車が、さらに別の歯車を回す」


覇王の声は低く。


静かに続いていく。


「そして、それは――」


オルグラードはゆっくりと顔を上げた。


月明かりが鎧に反射する。


「やがて、この世界を動かしている巨大な歯車へと伝わる」


レックスの背筋が冷えた。


「回るべきではない歯車が回り……」


覇王の声が落ちる。


「それが」


「世界に混乱を招く」


短い言葉だった。


だが。


重かった。


「わしや」


オルグラードは自分の胸を指差す。


「ディグレイのような魔王」


次に。


ノエリアへ視線を向ける。


「そして、おそらくノエリアも」


そこで言葉を止めた。


「奴らが影響を与えてくる対象となる」


森の空気が静まり返る。


レックスは、ある言葉に引っかかった。


――奴ら。


胸の奥に小さな違和感が残る。


「待ってください、先生」


レックスが口を開いた。


乾いた声だった。


「さっきから聞いていると」


言葉を探す。


「まるで――」


喉が乾く。


「誰かが、世界を危険に陥れるように動かそうとしているみたいじゃないですか」


オルグラードはゆっくりとレックスを見た。


その目に。


いつもの軽さはなかった。


覇王の瞳だった。


「その通りだ」


低い声。


「そして」


言葉が落ちる。


「ディグレイは」


その名が出た瞬間。


ガロードの目が細くなる。


森の空気が一瞬張り詰めた。


オルグラードは静かに続けた。


「おそらく」


「回ってしまった歯車の一つだ」


その言葉が。


夜の森に静かに沈んでいった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「オルグラード様、よろしいでしょうか?」


沈んだ空気を破ったのは、アウラだった。


普段は静かな彼女が、自分から口を開くのは珍しい。


その声は落ち着いていた。


だが。


わずかに硬さがあった。


「先ほど、メッセージを受け取ったとおっしゃいましたが」


アウラは言葉を選ぶように続ける。


「それは、誰からのものなのか――お聞かせ願いますか」


森の空気が止まる。


その場にいた全員の視線が、自然とオルグラードへ向いた。


レックスも思わず身を乗り出す。


一体。


何なんだ。


覇王を動かすほどの存在とは。


オルグラードはすぐには答えなかった。


ほんのわずか。


躊躇するような沈黙。


そして。


ゆっくりと視線を動かした。


ノエリアを見る。


白銀の鎧が月光を受けて淡く光る。


「このメッセージを受け取ったのは」


低い声で言う。


「フィデリア」


一度、言葉を区切る。


「わし」


そして。


「――もう一人」


ノエリアが小さく息を呑んだ。


姫巫女フィデリア。


その名を知らぬ者は、この大陸にはほとんどいない。


王国の象徴。


人類の守護者。


歴史に名を残す巫女姫。


その人物が。


同じメッセージを受け取っていた。


オルグラードの声がわずかに重くなる。


「フィデリアは」


「そのメッセージを真実だと判断した」


森の奥で。


夜風が枝を揺らす。


「そして」


覇王は静かに続けた。


「これから起こる戦いで」


「一番生き残れる可能性があった者――」


黄金の瞳が、わずかに細くなる。


「わしに後を託し」


「決戦に臨んだ」


その言葉の重さが。


ゆっくりと場に沈んでいく。


あの戦い。


詳しい事情は知らない。


だが。


覇王の口調だけで分かる。


それが。


どれほどの戦いだったのか。


レックスは無意識に拳を握っていた。


静まり返る森。


誰も口を開かない。


そして。


オルグラードは最後の言葉を口にする。


「そして」


ゆっくりと。


はっきりと。


「このメッセージを残したのは――」


黄金の瞳が暗く光る。


夜の森が。


一瞬だけ冷えたように感じた。


「『蛇』」


その一言で。


背筋が凍る。


「わしらが」


覇王は低く言った。


「『アペプ』と呼んだ存在だ」


レックスの喉が鳴る。


その名には。


ただならぬ響きがあった。


オルグラードの声は、さらに低くなる。


「世界を」


「崩壊寸前まで追い込んだ」


短く息を吐く。


「最悪の災いだ」


誰も言葉を返せなかった。


夜風だけが。


静かに森を通り抜ける。


その場にいた全員が理解していた。


今。


とんでもない名前が。


この世界の闇から引きずり出されたのだと。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……『蛇』?」


思わず、レックスはその言葉に反応していた。


胸の奥で、何かが引っかかった。


蛇。


その言葉には――聞き覚えがある。


「……あっ」


記憶が繋がった。


「エルディナに見せてもらった絵だ!」


思わず声が出た。


ヴァルディア男爵領で見た、あの隠された一枚の絵。


そこに描かれていたもの。


巨大な蛇。


いや。


ただの蛇ではない。


「王国、帝國、魔王国が一緒に戦ったっていう……」


レックスの言葉に、オルグラードの視線がわずかに動いた。


山すら越えるほどの巨体。


空を覆う影。


そして――


二つの頭を持つ蛇。


双頭の蛇。


あまりに現実離れした絵だった。


伝説か。


誇張された歴史だと思っていた。


だが。


もし、あれが本当なら。


レックスはゆっくりと覇王を見た。


「先生……」


喉が少し乾いていた。


「先生が参加していたんですか?」


沈黙が落ちる。


森の奥で、風が枝を揺らした。


しばらくして。


オルグラードが小さく呟く。


「……知っていたのか」


黄金の瞳が細くなる。


「あの話も、だいぶ捻じ曲げられて伝わっているはずだがな」


その声には、どこか諦めたような響きがあった。


そのとき。


「オルグラード様」


静かな声が割って入る。


アウラだった。


「『もう一人』というのは、どなたの事ですか?」


その問いは鋭かった。


一瞬。


空気が止まる。


オルグラードは、さきほど確かに言った。


メッセージを受け取ったのは


姫巫女フィデリア。


そして、覇王。


――もう一人。


だが。


名前を出していない。


レックス。


ガロード。


ノエリア。


三人の視線も、同時に覇王へ向いた。


四つの視線が集まる。


オルグラードはしばらく黙っていた。


長い沈黙だった。


森の闇が、ゆっくりと深くなる。


やがて。


低い声が、ぽつりと落ちた。


「……友だ」


それだけだった。


だが。


その言葉は、妙に重かった。


「最後に」


覇王はゆっくりと続ける。


「友と呼ぶべきであった」


白銀の鎧がわずかに軋む。


「『アペプ』を」


「フィデリアと共に止めた友」


そして――


一瞬だけ。


覇王の目に影が差した。


ほんの一瞬だった。


だが。


確かにそこにあった。


「そして」


低く。


重く。


「歴史の中に記されてはならん存在だ」


「奴が、それを望まなかった」


その言葉には。


深いものが含まれていた。


後悔。


あるいは。


もっと重い何か。


覇王オルグラード。


魔王国最強。


誰もが恐れる存在。


その男が。


ほんの一瞬だけ。


遠い過去を見ているようだった。


誰も、何も言えない。


沈黙だけが、そこに残った。


夜風が静かに森を抜けていく。


そして。


世界の秘密は。


まだほんの一部しか語られていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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