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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
36/50

白銀の覇王

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



パチ。


パチ。


乾いた拍手が響いた。


森の中。


燃え残る木々の間で。


その音だけが妙に鮮明に響く。


地面に倒れたままのレックスが、目だけを動かす。


ガロードも、ゆっくりと顔を上げた。


その先に立っている男。


ディグレイ。


ゆっくりと拍手を続けている。


パチ。


パチ。


「いやあ……」


口元が歪む。


「美しい」


目を細める。


「実に美しい」


笑っている。


「まさに感動の舞台だ」


ガロードの瞳が鋭くなる。


その言葉は賞賛ではない。


嘲笑だ。


「……黙れ」


低く唸る。


ディグレイは肩をすくめた。


「いやいや、本当にそう思っているさ」


「義理の兄弟の絆」


「奇跡の復活」


「涙の決着」


両手を広げる。


「舞台としては完璧だ」


だが。


その視線が変わる。


ゆっくりと。


ノエリアへ向いた。


空気が変わる。


ディグレイの顔から笑みが消える。


目が歪む。


「……何なんだ」


低い声。


怒りに震える声。


「お前は」


一歩踏み出す。


「何なんだ」


双剣を構える。


その瞳は完全に怒りに染まっていた。


「何故」


声が荒れる。


「何故このような真似をする!」


地面を踏みつける。


「何だ、その理不尽は!!」


怒りが爆発する。


「こんなものがあっていいはずがない!」


ディグレイが睨みつける。


「お前は危険だ」


剣を向ける。


「この悪魔め!!」


その瞬間。


ガロードが前に出た。


ノエリアを庇うように。


一歩。


前へ。


奥歯が軋む。


砕けそうなほど、歯を食いしばる。


「……ノエリアに手ぇ出してみろ」


声は低い。


「今度こそオレが殺す」


その横に立つ影。


もう一人。


アウラだった。


「ノエリア様に」


静かな声。


「手を出させるわけにはまいりません」


両手にフレイルを構える。


だが。


ガロードは理解していた。


――厳しい。


ディグレイは強い。


さっきの戦いで分かった。


この場にいる誰よりも。


ガロードが低く言う。


「アウラさん」


目は前を向いたまま。


「ノエリアとレックスを連れて逃げてくれ」


「時間は稼ぐ」


レックスが顔を上げる。


「兄貴……」


だが。


その時。


ノエリアが言った。


「大丈夫です」


静かな声。


揺るがない声。


「今、予知しました」


目を閉じる。


その瞬間。


森の音が消えた。


風が止まる。


炎の揺らぎが止まる。


世界が一瞬だけ、凍りつく。


そして。


次の瞬間。


ザンッ。


乾いた音。


それだけが響いた。


ディグレイの体が揺れる。


遅れて。


血が噴き出した。


地面に落ちるものがあった。


ディグレイの右腕。


双剣を握ったままの腕。


それが地面に転がる。


ディグレイの瞳が見開かれた。


「……なに?」


信じられない。


そんな顔だった。


誰も動かなかった。


いや。


動けなかった。


空気が変わった。


違う。


世界そのものが変わった。


圧力。


存在。


ただそこにいるだけで。


すべてを支配する力。


呼吸が重くなる。


膝が震える。


レックスの背中に冷たい汗が流れる。


森の奥。


影があった。


ゆっくりと。


こちらへ歩いてくる。


重い足音。


一歩。


また一歩。


白銀の鎧。


夜の闇を裂くような輝き。


巨大な威圧感。


その姿を見た瞬間。


ガロードの目が見開かれた。


アウラが息を呑む。


ディグレイの顔から血の気が引いた。


その男は歩いてくる。


まるで世界が道を開けるように。


魔王。


その頂点。


覇王。


ディアボロス。


白銀の鎧を纏った魔王が。


静かに。


この戦場へ降臨した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



覇王。


その言葉だけで。


空気が凍りついた。


ガロードも。


アウラも。


動けない。


目の前に立つ存在が、あまりにも大きすぎた。


全身を包む白銀の鎧。


二メートルを超える長身。


背には。


身の丈に迫るほどの巨大な大剣。


ただ立っているだけで。


戦場のすべてを支配する。


魔王。


その頂点。


『覇王』ディアボロス。


ディグレイの目が細くなる。


「……覇王」


低く吐き捨てた。


その瞬間。


覇王が動いた。


いや。


動いたようには見えなかった。


気づいた時には。


白銀の巨体が。


すぐ目の前にいた。


そして。


大剣が振り下ろされていた。


ゴンッ!!


重い衝撃音。


ディグレイの左手の剣が。


根元から折れていた。


まるで木の枝のように。


あまりにも簡単に。


砕け散った破片が。


地面に転がる。


ディグレイの瞳がわずかに揺れる。


「……チッ」


舌打ち。


一瞬で理解したのだ。


勝てない。


勝負にならない。


覇王は何も言わない。


ただ。


そこに立っている。


それだけで。


ディグレイの全神経が警鐘を鳴らしていた。


ディグレイは懐から魔石を取り出す。


叩き割る。


砕けた魔石から光が広がる。


魔法陣。


転移術。


「次は必ず――」


言葉の途中で。


ディグレイの姿は消えた。


逃げた。


ただ。


それだけだった。


戦場に残ったのは。


ガロード。


アウラ。


ノエリア。


そして。


覇王。


森が静まり返る。


ガロードが唾を飲み込む。


ディグレイを。


あの男を。


まるで格下のように退けた。


身動きが出来ない。


本能が言っている。


動くな。


敵意を見せるな。


その横を。


一人の少女が通り過ぎた。


ノエリアだった。


覇王の前で立ち止まる。


そして。


ぺこりと頭を下げた。


「覇王様ですね」


静かな声。


「はじめまして」


優しく微笑む。


「姫巫女ノエリアです」


ガロードの目が飛び出た。


「うそだろー!!」


アウラは顔面蒼白になる。


「のえりあさまー!!」


覇王は無言だった。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


ゆっくりと刃を収めた。


そして。


――少し待て。


そう言うように。


片手を軽く上げる。


ノエリアを制した。


そのまま歩き出す。


ガロードとアウラの横を通り過ぎる。


二人は動けない。


ただ。


その背を見送るしかなかった。


覇王は跪く。


地面に倒れている少年の横で。


レックス。


覇王は小瓶を取り出した。


栓を抜く。


そして。


躊躇なく。


レックスの口へ突っ込んだ。


「ぶっ……!」


強引に流し込む。


薬液が喉を通る。


しばらくして。


レックスの瞼が震えた。


「……ん」


うっすらと目を開く。


ぼやけた視界。


最初に見えたのは。


白銀の鎧。


巨大な男。


覇王。


その覇王が。


ゆっくりと兜に手をかける。


カチャリ。


仮面が外れる。


続いて兜が外される。


そして。


その下から現れた顔を見た瞬間。


レックスの目が見開かれた。


「えっ!?」


後ろでガロードが叫ぶ。


「嘘だろ!?」


覇王が深くため息をつく。


呆れた顔だった。


腕を組む。


そして。


いつもの声で言った。


「この馬鹿弟子共め」


低く。


しかしどこか懐かしい声。


「手間をかけさせよって」


その顔。


その声。


見間違えるはずがない。


レックスの鍛冶としての師。


ガロードの格闘の師匠。


セルディア自治領主。


オルグラードだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あらためまして」


ノエリアが軽く裾を持ち上げ、丁寧に頭を下げた。


「ノエリアと申します」


「王国では姫巫女と呼ばれる者です」


その仕草は、どこまでも自然だった。


まるで。


目の前にいるのが魔王ではなく。


ただの貴族であるかのように。


白銀の鎧の巨躯の男は、わずかに顎を引く。


「ディアボロスが本名だが」


低く、落ち着いた声。


「オルグラードと呼んでくれ、ノエリア殿」


ノエリアが小さく微笑む。


「では、わたしもノエリアと呼んでください」


「ふむ」


オルグラードは短く頷いた。


それだけ。


それだけのやり取りだった。


だが。


レックスとガロードには――


奇妙な光景に見えていた。


魔王国の頂点に立つ存在。


『覇王』ディアボロス。


そして。


王国の象徴。


『姫巫女』ノエリア。


本来ならば。


同じ場所に立つことすらあり得ない二人だ。


それが今。


燃え残る森の中で。


普通に会話している。


焦げた木の匂いが漂う。


夜風が、焼け残った枝を揺らしていた。


レックスは地面に座り込んだまま、ぼんやりと息を吐く。


身体が重い。


ついさっきまで。


死にかけていたのだ。


無理もない。


あの時。


ノエリアは言っていた。


――魔王様に会わせてください。


確かに。


そう言っていた。


だが。


今になって考えると。


妙だった。


もしオルグラードがセルディアにいるなら。


わざわざこんな遠回りをする必要はない。


レックスは空を見上げる。


夜空の向こう。


煙がまだ薄く漂っている。


森は半分焼けた。


自分はほぼ死にかけた。


ガロードは暴走しかけた。


レックスは小さく息を吐く。


(……何か)


(すごく遠回りしてないか)


疲労がどっと押し寄せる。


その時。


「オルグラード様」


ノエリアが静かに口を開いた。


「わたしは」


言葉を選ぶように少し間を置く。


「なぜ魔王に会わなければいけなかったのでしょう」


空気が変わる。


レックス。


ガロード。


アウラ。


三人に緊張が走った。


ここから。


世界の秘密が語られる。


そんな予感があった。


だが。


オルグラードの返事は。


あまりにも予想外だった。


「さて」


覇王は腕を組む。


そして。


あっさりと言った。


「わしには心当たりがない」


沈黙。


夜風が森を抜ける。


「……は?」


レックスの口から、間抜けな声が漏れた。


「いや先生、知らないって一番困るやつですよそれ」


思わず身を乗り出す。


「そんなバカなことあるか、師匠」


ガロードも食ってかかる。


「馬鹿弟子共」


オルグラードが睨む。


二人はぴたりと黙った。


覇王は肩をすくめる。


「本当に知らんのだ」


「そんな嘘を巫女姫であるノエリアに言う必要なかろう」


確かに。


覇王が嘘をつく理由はない。


オルグラードはノエリアに向き直った。


その眼差しが、少し鋭くなる。


「ノエリア」


低い声。


「それは誰に言われた言葉だ」


ノエリアは少し首を傾げる。


「えっと……」


思い出すように視線を上に向けた。


「声が聞こえたのです」


静かな声。


「ちょうど」


「王都から脱出する時に」


記憶を辿るように、目を閉じる。


「誰の声だったのか分からないです」


「でも」


「“魔王に会いなさい”って」


その瞬間。


森の空気が冷えた。


オルグラードの瞳が、わずかに細くなる。


「……そうか」


短く呟いた。


白銀の鎧が、きしりと音を立てる。


覇王はゆっくりと空を見上げた。


雲の隙間から。


月が覗いている。


「なるほどな」


低く言う。


レックスが顔を上げる。


ガロードも息を呑む。


オルグラードは二人を見下ろす。


そして。


ノエリアをじっと見た。


まるで。


遠い昔に知っていた人物を思い出すかのように。


「ノエリアよ」


少し沈黙が続く。


やがて。


鎧の奥から低い声が落ちた。


「大げさな言い方をすれば」


静かに。


重く。


「……この世界は危機に直面しておる」


誰も声を出せなかった。


森の奥で。


夜風が静かに木々を揺らす。


そして。


物語は。


新たな扉を開こうとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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