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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
34/51

覚醒

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「早い再戦になったな」


ガロードが牙を見せて笑う。


その視線の先。


巨大な影が立っている。


僭王。


前回と同じ鎧。


同じ双剣。


だが、その赤い眼だけが静かに光っていた。


僭王は何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


「お前の強さは分かってる」


ガロードは肩を回した。


「悪いが今回は二対一だ」


拳を鳴らす。


「文句は言わせねぇ」


レックスも棍棒を構えた。


息を整える。


目の前の敵は、正攻法では倒せない。


前回の戦いで、それは嫌というほど分かっている。


だから、最初から全力。


それしかない。


「行くぞ!」


ガロードが地面を蹴った。


爆発するような踏み込み。


レックスも同時に走り出す。


僭王の赤い眼が、二人を捉えた。


ガロードが先行する。


そのまま一直線に突っ込むかと思われた瞬間。


――急旋回。


僭王の目の前で、ほぼ直角に進路を変えた。


砂が舞う。


僭王の視線が、自然とガロードを追う。


その一瞬。


レックスは地面を強く蹴った。


さらに加速する。


(今だ!)


体ごと突っ込む。


棍棒を腰だめに構える。


そして――突き。


ゴンッ!!


鈍い金属音が響いた。


僭王の鎧に、棍棒の先端が叩き込まれる。


火花が散った。


鎧の一部が、わずかに欠ける。


レックスの手に、確かな手応えが伝わった。


(打撃が通った!)


その瞬間。


レックスの脳裏に、アウラの言葉がよぎる。


――あの鎧が魔法道具だと仮定するなら。


――あなたたちは異なる攻撃を繰り出しなさい。


魔法道具は万能ではない。


複雑な機構は作れる。


だが、その分だけ魔力を消費する。


多くの場合、魔法道具は能力を一つに絞る。


消費を抑えるためだ。


つまり。


軽くすれば速く動ける。


だが、防御は弱くなる。


固くすれば防御は上がる。


だが、動きは鈍る。


だからこそ。


「敵がどの能力を使っているか見切りなさい」


アウラはそう言った。


「能力を切り替えさせ続けなさい」


「それだけで魔力は削れます」


僭王の双剣が動いた。


レックスへ向かって振り下ろされる。


だが。


レックスは踏み込んだ。


全身のバネを使い、棍棒を横へ振る。


――ガンッ!!


双剣の軌道がずれる。


衝撃が腕を痺れさせる。


それでも構わない。


(体勢を崩せればいい)


その刹那。


「よそ見してんじゃねぇ!」


横から、ガロードが飛び込んだ。


体の力を一度、完全に抜く。


脱力。


まるで糸の切れた人形のように。


だが、次の瞬間。


腰が回る。


背中がしなる。


肩が走る。


拳が――叩き込まれた。


ドンッ!!


ただ殴ったわけではない。


ガロードの拳は。


全身の体重を、一瞬で乗せる衝撃。


逃げ場のない打撃だった。


衝撃が鎧を震わせる。


僭王の巨体が、一歩下がった。


甲冑の軋み。


土が削れる。


重い足音が、森に響いた。


レックスは目を見開いた。


確かに。


押している。


前回は、触れることすら難しかった。


だが今は違う。


攻撃が通る。


動きが読める。


二人の呼吸も、合っている。


ガロードはニヤリと笑った。


まるで言っているようだった。


――見たか。と。


そしてもう一度、地面を蹴る。


「まだ終わりじゃねぇぞ!」


拳が再び振り上げられる。


レックスも棍棒を握り直す。


だが。


その瞬間。


僭王の赤い眼が、わずかに細められた。


初めて。


ほんのわずか。


戦意とは違う何かが、そこに宿る。


それが何なのか。


このとき。


まだ誰も気づいていなかった。


森の奥で、風が強くなる。


枝葉がざわめく。


戦いは――


まだ始まったばかりだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



相手は格上。


だからこそ——畳みかける。


「行くぞ!」


レックスは地面を蹴った。


踏み込みと同時に、棍棒を構える。


横からガロードが飛び込む。


一直線ではない。


大きく弧を描くような踏み込み。


巨体の赤い眼が、自然とそちらを追う。


その一瞬の隙。


レックスは棍棒を振り上げた。


(思いを込めた攻撃は、何より重い)


幼い頃。


誰かから教えられた言葉が、胸に浮かぶ。


ただ振るうだけではない。


そこに意思を乗せる。


敵を倒す意思。


仲間を守る意思。


レックスは息を吐く。


そして——


振り下ろす。


ギィンッ!!


僭王の双剣が、それを受け止めた。


金属と金属にも匹敵する木が激しくぶつかる。


火花が散る。


衝撃が腕に響く。


それでも、レックスは止まらない。


斬れないなら——押し切る。


棍棒に体重を乗せる。


さらに力を込める。


僭王の腕が、わずかに沈んだ。


ほんの一瞬。


動きが止まる。


その瞬間を——


ガロードは逃さない。


「隙ありだ!」


地面を蹴る。


巨体が宙へ跳ねる。


脚が振り上がる。


そして——


踵落とし。


ドゴォッ!!


重力を乗せた一撃が、鎧の肩へ叩き込まれた。


鈍い衝撃が森に響く。


巨体がわずかに沈む。


足元の土がめり込む。


ガロードは軽やかに着地した。


牙を見せて笑う。


「どうだ!」


レックスも距離を取り、構え直す。


確かな手応え。


攻撃は通っている。


動きも読める。


今の連携は、完璧だった。


優勢だった。


——だが。


次の瞬間。


僭王は、予想外の行動に出た。


「殺すつもりなら、それも可能だったが」


低い声が響く。


森の空気が、わずかに変わる。


「お前の成長が見たかったから、あえて受けていた」


僭王はゆっくりと体を起こした。


双剣を構える様子はない。


ただ静かに、二人を見ている。


「短期間で、よくここまで技を練ったものだ」


赤い眼が細まる。


「予想以上だった」


その視線が、ガロードへ向く。


「見事だ、ガロード」


名前を呼ばれた。


ガロードの眉が、わずかに動く。


僭王は続けた。


「幼かったお前が」


その声には、わずかな懐かしさが混じっていた。


「ここまでの力を身につけるとは」


口元が、ほんの少しだけ緩む。


「心の底から嬉しく思うよ」


レックスの背筋に寒気が走る。


なぜ。


敵が。


そんな言葉を口にするのか。


僭王は、ゆっくりと双剣を鞘へ収めた。


金属が静かに鳴る。


戦闘の構えを解く。


まるで戦いが終わったかのように。


そして。


兜に手をかけた。


ギィ……。


金具が軋む。


重い兜が持ち上げられる。


現れたのは——


銀の髪。


月光のように淡く輝く髪。


そして。


琥珀色の瞳。


鋭く。


どこか獣の気配を宿した目。


それは。


人狼族の特徴だった。


男は静かに名乗る。


「オレはディグレイ」


その目が、ガロードをまっすぐ見据える。


「牙王の子だ」


空気が凍りついた。


森のざわめきさえ、止まったように感じられる。


レックスの喉が鳴る。


意味が理解できない。


だが——


次の言葉で。


すべてが崩れた。


男は言う。


「ガロード」


その声は、どこか穏やかだった。


「お前は」


静かに告げる。


「血を分けた、実の弟だ」


沈黙が落ちる。


森の風が枝葉を揺らす。


ガロードは動かない。


ただ、目の前の男を見ていた。


ディグレイは続ける。


「そして——」


ゆっくりと言葉を落とす。


「俺と共に、覇王の作った腐った偽りの魔王国を正す」


その瞳に、確信が宿る。


「真の“魔王”となる存在だ」


未来を決めている者の声だった。


ディグレイは静かにガロードを見る。


ガロードは——


何も言わない。


ただ。


拳だけが、わずかに震えていた。


森の奥で風が強く吹く。


枝葉がざわめく。


戦いは終わっていない。


だが。


今、戦場に落ちたのは——


刃ではなく。


血の真実だった。


レックスは言葉を失う。


目の前の敵が。


ただの敵ではなかったと。


理解してしまったからだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「今……何と言った」


レックスの思考が、完全に止まった。


戦場の音が遠のく。


刃がぶつかる音も。


魔力が弾ける音も。


すべてが霞の向こうへ消えていく。


視線がゆっくりと横へ向く。


そこにいるのは、ガロードだった。


「……は?」


短い声が漏れる。


だが、その次の瞬間。


「ふざけんな」


ガロードが笑った。


低く。


押し殺した怒りが滲む笑いだった。


「そんな三文芝居で、俺を止められると思ったか?」


拳が握られる。


骨が軋むほどの力。


「忘れもしねぇ」


声が震えている。


怒りだ。


「その鎧だ」


ガロードはディグレイを睨みつけた。


「オレの両親はな——」


拳が震える。


「その鎧を着た奴に殺されたんだ!」


森の空気が沈む。


沈黙。


ディグレイは、わずかに目を細めた。


「そうだな」


静かな声だった。


「信じられないのも無理はない」


ゆっくりと言葉を続ける。


「ダルグレイとルシェナは」


ほんのわずか、言葉を区切る。


「偽りとはいえ」


「お前を自分たちの子として育てていたのだからな」


ガロードの顔色が変わる。


血の気が引く。


「……は?」


声が掠れる。


「何で……」


喉が乾く。


「なんでてめぇが……」


その名前を知っている。


ダルグレイ。


ルシェナ。


自分を育てた両親の名前だ。


レックスの背筋を冷たいものが走る。


ガロードの表情が語っていた。


それは。


紛れもない真実の名前だ。


ディグレイは静かに語り始めた。


「母、麗王レイラは」


「お前が生まれた直後」


「産後で体調を崩していた」


静かな声。


だが、そこには真実の悲痛な感情が混じっていた。


「だが」


「麗王レイラは、魔王と呼ばれた女だ」


「父である牙王ロウガと並び立つほどのな」


ガロードの呼吸が荒くなる。


「だが、隙を狙われた」


ディグレイの瞳が暗く沈む。


「弱った母レイラは」


「幼い俺を庇って死んだ」


「人間どもに殺された」


レックスが息を飲む。


ディグレイは続けた。


「そして父ロウガは」


ゆっくりと告げる。


「覇王に殺された」


空気が凍りつく。


「ダルグレイとルシェナが」


「惨劇の最中に、赤子のお前を奪った」


「死にかけた母レイラの腕からな」


ガロードの瞳が大きく開く。


信じられない。


だが。


否定の言葉が出ない。


ディグレイは淡々と言った。


「おそらく人狼族の王族の血が欲しかったのだろう」


「ガロードを傀儡にでもするつもりだったのだろう」


だから——


「俺の手で成敗した」


冷たい声だった。


「奴らからガロードを取り返そうとした」


「だが秘境にもルシェナが幼いガロードを連れて逃げた」


「長いこと、行方が分からなかった」


「しかし数奇な偶然があった」


「……お前が自ら、オレの前に帰ってきた」


ディグレイは剣を下ろした。


そして静かに言った。


「お前は牙王ロウガと麗王レイラの息子だ」


森の空気が揺れる。


「人狼族こそが」


「古の時代、最初に魔王と呼ばれた真の一族」


「父ロウガと母レイラは」


「正当なる人狼王家の血筋だ」


その言葉は刃のようだった。


「覇王は魔王を名乗ったが」


「奴こそ父から魔王国を奪った極悪人だ」


ディグレイの瞳が光る。


「俺と共に」


「魔王国を取り戻す」


一歩、近づく。


「魔王とは本来」


「俺たち人狼族が名乗る王の名だ」


声が低くなる。


「俺が鍛えてやる」


さらに近づく。


「やりようによっては」


「お前は俺を超える」


「いや」


「父ロウガや覇王すら超える」


「その才能を秘めている」


沈黙。


そして。


「嘘だ」


「そんなわけがあるか」


「うるせぇぇぇ!!」


ガロードが地面を蹴った。


怒りのまま突進する。


だが——


「今のお前は未熟だ」


ディグレイの腕が動いた。


その瞬間。


ガロードの体が空中で止まる。


見えない力。


魔力拘束。


「ぐっ……!」


体が動かない。


ディグレイが歩み寄る。


静かに。


ゆっくりと。


「お前に」


低い声。


「人狼族の力の真髄を思い出させてやる」


その手が、ガロードの胸へ触れた。


「眠っている力を」


「呼び起こせ」


「本能を解き放て」


一瞬。


森が静まり返る。


そして。


次の瞬間。


「がああああああああああ!!」


ガロードが絶叫した。


魔力が爆発する。


地面が砕ける。


空気が震える。


レックスの瞳が見開かれる。


これは。


人間の魔力ではない。


獣の牙の力。


血に眠っていたもの。


今——


ガロードの中で。


その力が。


目を覚まそうとしていた。


レックスは初めて恐怖を覚えた。


そして、同時に理解した。


これはもう。


ただの戦いではない。


血と王の運命が交差する。


戦争の始まりなのだと。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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