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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
33/50

再戦

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


僭王との戦いから、三日ほどが経っていた。


レックスたちは、ロザリーの村を一旦拠点にし、傷の回復を待っていた。


焚き火の煙が、ゆっくりと夜空に昇る。


ガロードは横になっている。


身体中に包帯が巻かれ、動くたびにかすかな痛みが走る。


「いてぇ……」


小さく漏らす声が、夜の静けさに溶ける。


アウラの処置は的確だった。


そして何より、獣人族特有の生命力が、命を救っていた。


「無理に動かないでください」


アウラの声は丁寧で冷静だが、そこには確かな圧がある。


「わかってるって……」


ガロードは眉をしかめながら答えた。


少し離れた場所。


ノエリアは静かに座り、蒼い髪が風に揺れていた。


緑の瞳は、どこか遠くを見つめている。


「……残念です」


ぽつりと呟く。


「覇王様と、お話できませんでした」


その声は心底残念そうだった。


アウラは小さく息をつく。


「また機会があるでしょう」


「そう……なのですか?」


「ええ。きっと」


ノエリアは、少しだけ安心したように頷いた。


そのやり取りを外で聞きながら、レックスは一人、武器の手入れをしていた。


研ぎ石の上で、棍棒を滑らせる。


ぎり、ぎり、と音が響く。


金属ではない。


だが確かに、棍棒の形が少しずつ変わってきていた。


最初はただの太い枝だったそれが、使うたびに変化する。


片側が鋭くなり、まるで片刃の剣――のような形に近づいていた。


「……不思議です」


ノエリアが覗き込む。


「レックス様の武器の棒は、変わっていくのですね」


「え?」


レックスは少し驚く。


「そう……なんですかね」


自分では意識していなかった。


ただ、使うたびに、削るたびに、少しずつ形が変わるように感じていた。


手を止め、レックスはふと思い出す。


最近ずっと考えていたこと。


「ノエリア様」


「はい?」


「少し聞いてもいいですか」


ノエリアは首をかしげる。


「勇者って……」


レックスは言葉を選ぶ。


「どんな人なんですか?」


あの覇王。


その存在だけでも恐ろしい。


だが、覇王を倒したという存在。


”勇者”。


その正体が、ずっと気になっていた。


ノエリアはゆっくりと顔を上げた。


真剣な目で、言葉を選ぶように話す。


「……勇者?」


首を小さく傾げる。


「『勇者』って……」


不思議そうな表情で続ける。


「人の名前なのですか?」


レックスの手が止まった。


「私の知っているのは、王国の人達が行う儀式の名前です」


「”勇者の儀”という名前です」


ノエリアの瞳は、緑の深さを増した。


真剣で、どこか神聖な光を帯びている。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ノエリアが掌を合わせた。


「王国には『勇者の儀』というものがあります。それのことなのでしょうか?」


「勇者の……儀?」


レックスは首を傾げる。聞いたことのない言葉だった。


ノエリアは静かに頷いた。


「『星胎降臨の秘祀』の品を、『神炎鍛成の儀』にて引き渡す相手のことなのです」


言葉の意味が理解に追いつかず、レックスは沈黙した。


難しい。単純に難しい。


ほとんどの単語が分からない。


「えっと……」


「『星胎降臨の秘祀』というのは、姫巫女が天より素材を呼び寄せる儀式なのです」


「素材?」


「はい。とても大切なものなのですよ」


ノエリアは穏やかに微笑む。


「そしてその素材を、『神炎鍛成の儀』にて選定の神具として形を作り、引き渡すのです」


「誰に?」


レックスの問いに、ノエリアは答えた。


「『選定者』です」


首をかしげるレックス。


「……それが勇者?」


ノエリアはゆっくり首を横に振った。


「いいえ」


「その方は『選定者』と呼ばれます」


少しだけ照れたように微笑むノエリア。


「わたしは『裁定者』と呼ばれるのです」


レックスは言葉を失った。


勇者ではない。


”選定者”。


”裁定者”。


聞きなれない単語が胸に重くのしかかる。


「……その『選定者』って、何なんですか?」


レックスの声は、静かだが確かに問いかける力を持っていた。


ノエリアは少し困ったように唇を噛む。


「ごめんなさい」


小さく、申し訳なさそうに言う。


「それは……禁則事項なのです」


「禁則……」


言葉が詰まる。


ノエリアは嘘をついているようには見えなかった。


本当に、言えないだけなのだと伝わってくる。


レックスは棍棒を見下ろした。


研ぎかけの刃。


木の棒が、どこか剣に近づきつつある形。


ガロードの戦いを見たあの日以来、レックスの中で何かが変わり始めていた。


それでも、世界のことは何も分からない。


”勇者”とは何なのか。


”選定者”とは何なのか。


”姫巫女”とは何なのか。


レックスはただ思う。


(……僕は)


(この世界のことを、何も知らない)


胸の奥に、わずかな不安が生まれていた。


夜の空気は冷たく、焚き火の光が揺れる。


その揺らめきに、未知の世界の奥深さが静かに映し出されていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



結局、その後のノエリアとの会話は、あまり続かなかった。


理由は単純だった。


禁則事項。


その言葉が、何度も出てきたからだ。


レックスが聞こうとすると、ノエリアは困ったように笑う。


そして申し訳なさそうに言った。


「それは……禁則事項なのです」


それ以上、聞くことはできなかった。


レックスが知りたかったことは、結局、何一つ分からないままだった。


―― 三日後。


「よし、もう動ける」


ガロードが立ち上がった。


包帯だらけの体だが、動きは軽い。


さすが獣人族というべきか。


「レックス」


「え?」


「体、動かすぞ」


にやりと牙を見せる。


「訓練だ」


二人は拠点から少し離れた平地に来ていた。


乾いた風が、髪や衣服を揺らす。


レックスは棍棒を肩に担ぎ、ガロードを見る。


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫じゃなかったら来てねぇ」


ガロードは腕を回しながら言った。


「次は」


その声が低くなる。


「僭王を倒す」


空気がわずかに張り詰める。


レックスは黙る。


そして聞いた。


「……勝てると思う?」


ガロードは少し考えた。


そして、あっさり言う。


「正直に言う。今は無理だ」


レックスは少し驚く。


「でもな」


ガロードは続けた。


「あいつには、違和感がある」


「違和感?」


「速さだ」


ガロードは拳を握る。


「あの体格」


「そしてあの鎧」


「普通なら、あんな動きはできねぇ」


レックスも思い出す。


巨大な体。重そうな武具。


それなのに、あまりにも速かった。


「俺が思うに」


ガロードは目を細める。


「あいつのあの武具は」


少しだけ間を置く。


「重さを操ってる」


レックスは息を飲んだ。


こういう時、ガロードの洞察力には尊敬せざるを得ない。


理屈を学んでいないのに、戦いの本質を嗅ぎ取る。


まるで獣のように。


「それを言うなら」


レックスも言った。


「僕は、あの固さが気になった」


「固さ?」


「うん」


レックスは棍棒を握り直す。


「僕の棍棒なら、普通は鎧でも傷くらいはつく」


「でもあれは……ほとんど効いてない感じだった」


ガロードは首を振る。


「いや、違う」


「ただ固いんじゃねぇ」


レックスを見る。


「当たったところだけ、見えない壁ができる」


「壁?」


「ああ」


「それに力を吸われる感じだ」


レックスは考える。


重さを操る。衝撃を吸収する。


「でも」


「そんなのだったら、無敵に近いよ」


ガロードは鼻で笑った。


「いや」


「牙王は、覇王に負けた」


その言葉で、レックスの頭にあの光景がよぎる。


――覇王。


あの圧倒的な存在。


あの攻撃。


あれと同じことを、今の自分たちが出来るとは、どうしても思えなかった。


「……じゃあ」


レックスは問う。


「どうやって勝つんだよ」


ガロードは笑った。


牙を見せて。


「簡単だ」


そして、拳がレックスの棍棒にぶつかる。


ゴンッ。


乾いた音が響いた。


「何度でも戦う」


ガロードの声は揺るがない。


「負けそうなら逃げる」


「逃げる?」


「ああ」


「そしてまた戦う」


「戦って」


「学んで」


「強くなる」


ガロードはニヤリと笑う。


「最後に立ってるやつが、勝者だ」


静かな平地に、二人の呼吸と決意だけが残った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



それから数日。


似たような時間が続いていた。


朝は訓練。


昼は情報整理。


夜は見張り。


決して穏やかではないが、戦場の緊張とは違う。


どこか張り詰めた日常だった。


レックスとガロードは、毎日のように体を動かしていた。


最初は二人だけの訓練だったが、途中から一人加わるようになる。


アウラだった。


「最初に言っておきます」


アウラは腕を組んで言った。


「私はノエリア様の侍女です」


「剣士でも、戦士でもありません」


きっぱりとした口調だった。


「訓練などお断りします」


だが、その数分後。


「アウラ、お願いなのです」


ノエリアがそう言うと。


アウラは数秒ほど沈黙し。


そして静かに息を吐いた。


「……ノエリア様がお望みなら」


こうして、アウラの戦闘指導が始まった。


結果から言えば。


それは、想像以上のものだった。


レックスの棍棒は何度も弾かれ。


ガロードの拳も軽くいなされる。


鎖鉄球が風を裂く。


鋭い音。


次の瞬間、レックスの棍棒が横へ流される。


体勢が崩れる。


「遅いですね」


アウラは涼しい顔で言った。


「攻撃の前に、体が動いています」


「それでは読まれます」


ガロードが拳を打ち込む。


速い。


だが、アウラは一歩引くだけだった。


鎖が揺れる。


鉄球が弧を描き。


ガロードの拳を、横から払った。


「力任せも感心しません」


声は静かだ。


だが、容赦はない。


どこで身につけたのか分からない。


だが。


アウラの戦闘技術は、本物だった。


レックスたちは良い刺激を受けていた。


一方で。


「僭王」の捜索は、ロザリーたちが行っていた。


森を。


谷を。


廃村を。


僭王の痕跡を追い続けている。


ノエリアは、時折近くの村を訪れていた。


「水が少し濁っていますね」


そう言って。


泉に手をかざす。


すると水面が、淡く光った。


ゆっくりと。


静かに。


水が澄んでいく。


それを見て、村人たちは頭を下げた。


「姫巫女様……ありがとうございます」


ノエリアは慌てて手を振る。


「いえいえ、大したことではないのですよ」


「それと、私は”姫巫女”ではないです」


そんな時間が続いていた。


そして。


報告が来たのは――三日後だった。


「見つけた」


ロザリーの声は短かった。


「場所は?」


ガロードが聞く。


「前と同じ辺り」


レックスの背筋に、冷たいものが走る。


あの戦いの恐怖が、まだ体に染みついている気がした。


あの戦いの場所。


あの圧倒的な力。


「行くぞ」


ガロードが立ち上がった。


レックスも棍棒を握る。


一行はすぐに出発した。


森を抜け。


岩場を越え。


そして、かつて戦った場所の近くへ辿り着く。


アウラが振り返った。


「いいですか」


その目は真剣だった。


「くれぐれも」


「ノエリア様を危険に晒さないように」


レックスとガロードを見る。


「戦うのはあなたたちです」


「私とノエリア様は距離を取ります」


「何かあればすぐ退きます」


「分かった」


ガロードは短く答えた。


森の空気が静まる。


風が止み。


鳥の声も消えていた。


やがて。


森の向こうに。


巨大な影。


ゆっくりと。牙が、光る。


「……いたな」


ガロードが低く呟く。


僭王。


僭王もまた、こちらを見ていた。


赤い目が光る。


再戦。


だが。


レックスたちは。


このときまだ知らなかった。


――この遭遇戦を。


後に。


深く後悔することになるということを。


森の奥で、風がわずかに動いた。


それは、嵐の前触れのように静かだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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