表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
32/51

幕間 僭王の切り札

短めの幕間回です。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



薄暗い室内。


僭王はゆっくりと扉を開き、静かに中へ入った。


足音はほとんど響かない。


そのまま部屋の奥へ歩き、簡素なソファに腰を下ろす。


体を預ける。


天井を見上げる。


そして。


ゆっくりと息を吐いた。


脳裏に蘇る。


思いがけない遭遇戦。


空を裂いた矢。


ヒュォォォォン――


耳の奥で、まだあの風切り音が残っている。


「……覇王め」


低く、言葉が漏れる。


奴は強い。


それは理解している。


嫌というほどに。


あの矢。


距離を考えれば、並みの存在なら視認すらできない。


それを。


正確に。


何本も。


躊躇なく撃ち込んでくる。


今の自分では、まだ届かない。


戦えば。


勝敗は見えている。


だからこそ。


今は戦わない。


その判断に、迷いはない。


静寂。


部屋には僭王しかいない。


だが。


――苦戦しているな、牙王よ。


不意に。


声が響いた。


どこからでもない。


空間そのものから染み出すような声。


姿はない。


気配もない。


だが。


確かにそこにいる。


軽い声だった。


冗談を言うような。


旧知の友に話しかけるような口調。


――覇王は、予想していたが強敵だな。


僭王は目を閉じた。


答えない。


沈黙。


それでも声は続く。


――必要なものは用意する。


――何でもだ。


 


そして。


少し楽しそうに。


――その“証明”も、もうしただろう?


僭王の指が、わずかに動く。


思考する。


ほんの一瞬。


そして。


短く答えた。


「不要だ」


静かな声だった。


それ以上でも、それ以下でもない。


沈黙。


数秒の間。


やがて声は、くつくつと小さく笑った。


――そうか。


――まあいい。


――必要になったら、呼んでくれ。


気配が消える。


最初から存在しなかったかのように。


部屋は再び静寂に包まれた。


僭王は動かない。


目を閉じたまま。


思考する。


”あれ”は。


自分を利用するつもりだ。


それは間違いない。


だが。


それで構わない。


利用しているのは。


こちらの方だ。


ゆっくりと目を開く。


「……」


その時。


背後で、かすかな足音がした。


振り向く。


奥の部屋から、灯りが揺れている。


やがて。


蠟燭を手にした一人の女性が姿を現した。


人間の女性。


整った顔立ち。


年の頃は二十代後半。


村娘のような、素朴で優しげな雰囲気。


武装はない。


ただの人間。


女性は僭王を見ると、ほっとしたような表情を浮かべた。


「あなた……大丈夫?」


心配そうな声。


僭王はわずかに視線を向ける。


そして、静かに答えた。


「お前は何も心配しなくていい」


女性は胸をなで下ろす。


安心したように、柔らかく笑う。


その様子を見ながら。


僭王は言った。


「俺は運が良い」


女性が首を傾げる。


僭王は続ける。


「すべてを打開する切り札を、偶然見つけた」


その声には。


確信があった。


「それを手に入れる」


「そうすれば魔王国は間違いなく亀裂が入り、瓦解する」


女性の目が、わずかに見開かれる。


驚き。


そして、かすかな期待。


僭王は静かに言った。


「そして、安心するといい」


短い沈黙。


「お前の願いは、必ず叶える」


その言葉を聞いた瞬間。


女性の顔が、ぱっと明るくなる。


まるで。


長い夜が終わったかのように。


嬉しそうに。


優しく。


微笑んだ。


僭王は、その笑顔を見つめる。


その瞳には。


わずかに。


冷たい光が宿っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ