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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
30/51

遭遇

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その時だった。


村の扉が、勢いよく開いた。


「村長!」


息を切らした村人が飛び込んでくる。


「覇王の軍と――交戦している奴がいる!」


村の空気が一瞬で変わった。


「何だと?」


村の代表が身を乗り出す。


村人は早口で続けた。


「南の街道だ!」


「全身を硬質の装甲で覆っている!」


「鎧騎士みたいな姿で――」


「棘のような装甲が――」


そこまで聞いた瞬間。


ガロードの椅子が吹き飛んだ。


「どっちだ」


気づけば村人の胸ぐらを掴んでいる。


「どこだ!」


獣のような目だった。


村人は震えながら答える。


「み、南だ!」


「街道を下った先!」


その瞬間。


ガロードの姿が消えた。


扉が叩き開けられる。


「兄貴待って!」


レックスは慌てて飛び出す。


アウラも動いた。


ノエリアをひょいと抱え上げる。


「行きます」


そして走り出す。


ロザリーもなぜか後を追う。


森の街道。


全力疾走。


だが。


「速過ぎる……!」


レックスは歯を食いしばる。


理解はしていた。


獣人の身体能力は、人間とは次元が違う。


ガロードの背中は、もう遠い。


身体強化を使えば追いつける。


だが。


奥の手は、残しておきたい。


その時。


横から風が抜けた。


アウラだった。


ノエリアを横抱きにしたまま、軽やかにレックスの横へ並ぶ。


そして――


追い抜いた。


「え?」


レックスは思わず声を漏らす。


身体強化の魔法も使っていない。


それなのに。


軽々と距離を広げられる。


(この人、本当に人間か……?)


疑いが浮かぶ。


だが。


それを考える余裕もなかった。


最初に現場へ辿り着いたのは――


ガロードだった。


木々の間を抜けた瞬間。


光景が広がる。


街道。


血の匂い。


地面には――


兵士たちが倒れていた。


覇王軍。


巡回兵だろう。


十人ほど。


だが。


そのうち八人が。


すでに絶命していた。


血が街道を染めている。


立っているのは――三人。


鎧騎士。


そして。


覇王兵が二人。


二人の兵士は、完全に追い詰められていた。


一人が剣を構える。


だが。


その手は震えている。


それでも、逃げない。


鎧騎士は。


無言だった。


ゆっくり。


双剣を持ち上げる。


振り下ろす。


その光景が――


ガロードの脳裏に焼きついた。


血。


父。


倒れる背中。


あの日の記憶。


「やめろ!!」


ガロードが地面を蹴った。


空気が裂ける。


背後からの奇襲。


全力の飛び蹴り。


だが。


鎧騎士は。


振り返りもしない。


ただ。


腕を少し動かした。


ガロードの蹴りを。


籠手で受け止める。


金属がぶつかる。


鈍く、重い音。


その瞬間。


ガロードの目が見開かれた。


まるで――


石壁を蹴ったようだった。


衝撃が脚を突き抜ける。


骨が軋む。


だが。


鎧騎士は。


微動だにしない。


一歩も。


動かなかった。


ガロードの渾身の一撃が。


ただの小石でも当たったかのように。


そこに立っている。


鎧騎士が。


ゆっくりと振り向いた。


狼の頭のような兜。


牙のような装甲。


刺々しい鎧。


まるで。


墓から蘇った亡霊。


兜の奥。


闇の中から。


視線が向けられる。


忘れもしない。


この姿。


この殺気。


ガロードの声が、低く漏れる。


「……お前」


拳が震える。


「見つけた」


十年。


探し続けた。


敵。


鎧騎士の双剣が、静かに構えられる。


そして。


兜の奥から。


低い声が響いた。


「――牙王」


それだけだった。


名乗り。


それだけ。


次の瞬間。


鎧騎士が動いた。


視界から消える。


ガロードの瞳が開く。


速い。


次の瞬間。


鋼の斬撃が迫る。


ガロードは反射で腕を交差させる。


衝撃。


地面が爆ぜた。


ガロードの身体が吹き飛ぶ。


街道を滑る。


地面を削る。


止まる。


ガロードが歯を食いしばる。


「……!」


強い。


桁違いだ。


十年前と同じ。


いや。


それ以上。


鎧騎士は。


一歩も追わない。


ただ。


そこに立っていた。


まるで。


絶対に越えられない壁のように。


ガロードはゆっくり立ち上がる。


血が口の端を伝う。


それでも。


目は逸らさない。


そして。


静かに牙を剥いた。


十年越しに。


二人は。


再び対峙した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



語る言葉はない。


視線が交差した瞬間、ガロードは地を蹴った。


獣人の脚力が爆発する。


土が弾け、身体が弾丸のように前へ飛ぶ。


――速さなら負けねぇ。


全身を覆う鎧。


棘のように突き出した装甲。


重いはずだ。


遅いはずだ。


可動域も狭い。


ならば。


速さで翻弄する。


ガロードは姿勢を低く落とした。


四足獣のような体勢で地を滑る。


右。


左。


急停止。


跳躍。


縦横無尽。


人間には到底真似できない軌道で、僭王の周囲を駆ける。


だが。


僭王は――


動かない。


ただ、そこに立っている。


双剣を下げたまま。


まるで、近づいてくる獲物を待つ捕食者のように。


「……」


ガロードの目が細まる。


挑発か。


それとも余裕か。


どちらでもいい。


――背中だ。


ガロードは地面を蹴り、僭王の背後へ滑り込む。


身体を大きく捻る。


腰を回す。


全体重を乗せた回し蹴り。


空気を裂きながら、脚が装甲へ叩き込まれる――


その瞬間。


轟音。


「――ッ!」


まるで巨大な岩を蹴ったようだった。


装甲が一瞬、淡く光る。


鈍い衝撃が脚を突き抜けた。


骨まで震える。


だが。


僭王の身体は――


微動だにしない。


一歩も。


動かなかった。


ガロードの瞳が見開かれる。


「……は?」


その瞬間。


僭王が動いた。


消えた。


いや。


視界から消えた。


直後。


背後に気配。


ガロードの瞳が大きく開く。


振り向くより早く――


双剣が振るわれた。


左右。


交差する二閃。


まるで二つの獣が同時に牙を剥くような軌道。


「っ!」


ガロードは反射で身体を捻る。


首を引く。


脚を引く。


紙一重。


刃が鼻先を掠める。


そのまま地面へ手をつき、身体を跳ね上げた。


側転。


もう一度、側転。


軽業師のように回転しながら距離を取る。


土煙が舞う。


ガロードは地面へ着地し、構え直した。


「……おいおい」


口の端が歪む。


「反則だろ」


重装甲の騎士。


それが。


今、ガロードと同じ速度で動いた。


いや。


違う。


ほんの一瞬。


僭王の方が速かった。


僭王は無言のまま立っている。


双剣を下げたまま。


呼吸すら乱れていない。


まるで今の攻防など、何の意味もないと言わんばかりに。


「これが……」


ガロードは肩を回した。


拳を握る。


「これが魔王を名乗る奴の力かよ」


笑う。


だがその笑みは、


獣の牙のように鋭かった。


闘志は消えていない。


むしろ燃え上がっている。


――まだだ。


まだ終わってねぇ。


ガロードは再び地面を蹴る。


今度は正面。


一直線。


拳を握る。


拳圧が空気を震わせる。


全力の右拳。


装甲の胸部へ叩き込む。


衝撃。


だが。


まただ。


装甲が淡く光る。


圧力が。


消える。


「……!」


まるで。


力そのものが、


どこかへ吸い込まれたようだった。


拳は確かに当たっている。


だが。


手応えがない。


僭王は。


ゆっくり。


双剣を持ち上げた。


次の瞬間。


振るわれる。


ガロードは腕を交差させて受ける。


衝撃。


地面が爆ぜる。


ガロードの身体が弾き飛ばされた。


数メートル。


いや。


十メートル近く。


地面を削りながら転がる。


土煙が上がる。


ガロードは膝をついた。


「……くそ」


息が荒い。


腕が痺れている。


あの鎧。


異常だ。


攻撃が通らない。


衝撃が。


まるで消えている。


僭王は歩き出す。


ゆっくり。


一歩。


また一歩。


重い鎧のはずなのに。


足取りは軽い。


異様なほど。


軽い。


まるで――


鎧の重さなど存在しないかのように。


ガロードの瞳が細まる。


「……そういう仕組みか」


鎧。


剣。


そのすべてが。


普通じゃない。


だが。


それでも。


ガロードは笑った。


血の混じった息を吐く。


牙を剥く。


「いいじゃねぇか」


ゆっくり立ち上がる。


脚が震える。


腕が重い。


だが。


目だけは死んでいない。


「やっと見つけたんだ」


拳を握る。


「ここで逃げるわけねぇだろ」


僭王は何も言わない。


ただ。


双剣を構える。


その姿はまるで。


絶対に越えられない壁。


だが。


ガロードは。


もう一度。


地面を蹴った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



血が腕を伝い、地面へと滴り落ちる。


浅い傷。


だが問題はそこではない。


ガロードの瞳が鋭く細まる。


「……避けたよな、今の」


自分の身体能力は誰よりも理解している。


獣人として生まれた天性の筋力。


それを何年も鍛え上げた肉体。


瞬発力。


速度。


反射。


人間ではまず追いつけない。


そのはずだった。


だが――


今、目の前の存在は。


それを上回った。


僭王。


全身を刺々しい装甲で覆った鎧騎士。


その動きは、重装の常識を嘲笑うかのようだった。


あれが本体の技量なのか。


それとも鎧に何か仕掛けがあるのか。


ガロードには分からない。


そして。


その謎を解く時間など、今はない。


次の瞬間。


ガロードの姿が消えた。


地面が爆ぜる。


先ほどよりもさらに速い。


獣人の脚力を限界まで解放した、トップスピード。


視界の外へ回り込む。


横。


背後。


死角。


残像すら残さない速度で駆け抜ける。


ガロードの指先から、鋭い爪が伸びる。


獣人の爪。


鍛え上げられたそれは、鋼と同等の硬度を持つ。


斬る。


裂く。


貫く。


ガロードは腕を振り抜いた。


抜き手。


超高速で放たれた手刀が、鎧の隙間を狙い撃つ。


――取った。


そう思った。


しかし。


ギィン――


硬い音が響く。


ガロードの爪は僭王の装甲に突き刺さる――


はずだった。


だが。


傷一つつかない。


「……っ!」


止まらない。


ガロードはそのまま連撃へ移行する。


回し蹴り。


膝蹴り。


肘打ち。


体術を連続で叩き込む。


速度を落とさず、死角を変え続けながら攻撃を浴びせる。


だが。


僭王は動かない。


避けない。


ただ双剣を動かすだけ。


ガロードの拳を弾き。


脚を逸らし。


肘を止める。


まるで。


最初からすべて見えているかのように。


攻撃が――


通らない。


「……マジかよ」


ガロードは心の中で呟く。


こんなことがあるのか。


これほどの速度で攻めている。


だが。


相手は。


避ける必要すら感じていない。


ただ防ぐだけ。


それだけで、すべてが止められている。


圧倒的な技量差。


「……こんなに差があるのか」


その瞬間だった。


ほんの僅か。


ガロードの動きが鈍る。


疲労ではない。


焦りでもない。


ただ。


その差を理解した、一瞬の思考。


その隙を。


僭王は逃さなかった。


初めて。


その身体が動く。


双剣が持ち上がる。


天へと掲げられる二本の刃。


ガロードの背筋に冷たいものが走る。


――やばい。


本能が叫んだ。


ガロードは即座に後退しようとする。


だが。


その瞬間。


僭王の姿が消える。


「な――」


気配が背後に現れる。


振り向くより早く。


双剣が振り下ろされる。


そして。


二本の刃が。


静かに交差した。


キン――


鋼の音が、森に響く。


ガロードの身体が宙へと弾き飛ばされた。


数メートル。


いや、それ以上。


街道を越え、地面を転がる。


土が舞い上がる。


木の幹へ叩きつけられ、ようやく止まった。


ガロードは地面へ片膝をついた。


「……が、はっ」


血が口からこぼれる。


胸。


肩。


脇腹。


交差した斬撃の跡が、服を裂いていた。


致命傷ではない。


だが。


深い。


もし反応が遅れていれば。


身体は、真っ二つだった。


ガロードは息を整えながら、ゆっくり顔を上げる。


視界の先。


僭王は。


元の場所に立っていた。


何事もなかったかのように。


双剣を下げたまま。


沈黙。


まるで、そこに立つだけで。


すべてを拒絶する壁のようだった。


ガロードは口元の血を拭う。


そして。


笑った。


荒い呼吸のまま。


獣の牙を剥き出しにして。


「……いいじゃねぇか」


拳を握る。


骨が鳴る。


「それでこそだ」


十年。


探し続けた敵。


簡単に倒せる相手だったら。


それこそ。


つまらない。


ガロードはゆっくり立ち上がる。


足が震えている。


腕が重い。


だが。


目だけは。


燃えていた。


「もう一回だ」


低く呟く。


僭王は答えない。


ただ。


双剣を構えた。


二人の間に。


再び。


殺気が満ちていく。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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