領主オルグラード
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもより、かなり早く目が覚めた。
というより。
ほとんど眠れなかった。
顔を洗い、簡単に朝飯を食べると、僕はすぐに鍛冶場へ向かった。
鍛冶場の扉を開ける。
まだ朝だというのに、すでに炉には火が入っていた。
「おはようございます」
挨拶をすると、職人たちがちらりとこちらを見る。
そのうちの一人が、にやりと笑った。
「おう。聞いてるぞ」
「え?」
「領主館だろ」
別の職人も頷く。
「親方から話は通ってる」
どうやらオルグラード先生は、こちらにもきちんと伝えていたらしい。
僕だけが慌てていたようだ。
「行ってこい。遅れるなよ」
「はい!」
頭を下げ、僕は鍛冶場を飛び出した。
向かう先は――領主館。
セルディアの街の、ほぼ中央にある建物だ。
自由交易都市セルディア。
西に魔王国。
東に王国。
さらにその先には帝國。
三つの国の間に挟まれるようにして作られた都市。
その中心に、領主館は建っている。
街のどこからでも、だいたい同じ距離になるように。
そういう設計らしい。
……僕がそこに行くのは、久しぶりだった。
鍛冶場の使いで何度か来たことはある。
でも、それは外門の横にある通用口まで。
正面から来るのは、ほとんど初めてに近い。
やがて、視界の先に建物が見えてきた。
思わず足が止まる。
やっぱり、でかい。
鍛冶場が十軒は入りそうな広さ。
セルディアの領主館。
建てられてから三十年ほど。
まだ新しい建物のはずなのに、妙に風格がある。
王国の城みたいに重々しい石造りではない。
帝國の塔みたいに尖った威圧感もない。
代わりに――
三つの文化が混ざっている。
王国風の厚い石壁。
帝國風の高い屋根と塔飾り。
そして、魔王国建築らしい曲線の多い窓枠。
不思議な形の建物だった。
でも。
それが、セルディアらしい。
そう思える建物だった。
その玄関前。
馬車の待機場に、立派な馬車が停まっていた。
黒塗りの車体。
金の装飾。
車体には見慣れない紋章。
御者台には、きっちりした服装の御者。
……高そうだ。
貴族か。
あるいは大商人か。
僕みたいな見習い鍛冶が来る場所じゃない。
そう思うと、急に足が重くなる。
……帰りたい。
いや、ダメだ。
先生に呼ばれてるんだから。
僕は覚悟を決めて門に近づいた。
すると。
「おい、レックス」
門の前の衛兵が声をかけてきた。
顔見知りだった。
鍛冶場の使いで何度か会っている人だ。
「どうした?」
「えっと……先生に呼ばれて」
僕は封書を差し出した。
蜜蝋の封。
刻印入り。
衛兵はそれを見ると、表情を変えた。
「……ほう」
隣の衛兵に声をかける。
何やら短く話す。
そして。
「ついて来い」
その瞬間。
重い音を立てて――
外門が開き始めた。
ギィィ……
分厚い鉄と木の門。
ゆっくりと動く。
僕は思わず見上げた。
……すごい。
ガロード兄貴は言っていた。
「絶対に開けるなよ。そのまま持って行けって師匠が言ってた」
あの封書。
こんな力があるのか。
いつもなら。
「通用口使え」
で終わりなのに。
門をくぐる。
中に入ると、景色が変わった。
整然と並ぶ石畳。
綺麗に磨かれている。
左右には芝生。
低い植え込み。
そして、まっすぐ伸びる道の先。
館の本門が見える。
朝日を受けて、白い石が光っていた。
外門の衛兵は、内門の衛兵に声をかけた。
簡単なやり取り。
そして。
内門の衛兵が僕を見る。
「ついて来い」
言われるまま歩き出す。
石畳の音が、妙に響く。
カツ。
カツ。
カツ。
……落ち着かない。
胸がざわざわする。
なんで僕なんだ。
なんでガロード兄貴と一緒なんだ。
先生は。
オルグラードは。
いったい、何を考えているんだろう。
館の扉が、だんだん近づいてくる。
大きい。
そして――重そうだ。
僕はごくりと唾を飲んだ。
胸の奥の緊張は、さっきよりもずっと強くなっていた。
……いったい、何が待っているんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
館の重い扉をくぐると、空気が変わった。
外の街の匂い――
鉄と煙と、人の生活の匂い。
それが一気に消える。
代わりにあるのは、磨かれた石の匂い。
そして、静けさだった。
足音がやけに響く。
案内してくれた衛兵に軽く会釈をして、僕は館の受付へ向かった。
広いロビーの中央に、受付の台がある。
その向こうに立っていたのは、きっちりと制服を着た女性だった。
姿勢がいい。
髪も整っている。
鍛冶場とはまるで違う世界だ。
「御用件をお伺いします」
落ち着いた声だった。
僕は少し緊張しながら、封書を差し出す。
「オルグラード先生から呼び出しを受けて……」
受付の女性は、封書を受け取る。
そして、表情が少しだけ引き締まった。
蜜蝋の封。
そこに押された刻印を、注意深く確認している。
指先でなぞる。
角度を変えて見る。
かなり慎重だ。
やがて、僕の方を見る。
「こちら、開封してもよろしいでしょうか」
「あ、はい」
僕が頷くと、女性は小さく頭を下げた。
机の横の引き出しから、細いナイフを取り出す。
専用のものらしい。
刃先で蜜蝋の端を、そっと持ち上げる。
パキ。
小さな音がして、封が割れた。
丁寧に封を外す。
手紙を取り出す。
そして――
受付の女性の目が、少し見開かれた。
……え?
今、驚いた?
僕は思わず身を乗り出しそうになる。
何が書いてあるんだ。
しかし女性はすぐに表情を整えた。
読み終える。
そして、丁寧に手紙を元に戻す。
封書に入れ、机の上に置く。
そのあと。
女性は立ち上がり、深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「え?」
突然の謝罪に、僕は固まる。
「お待たせいたしましたこと、お詫び申し上げます」
いや。
待ってない。
今来たばかりだ。
というか。
何で謝られているんだ。
頭の中が混乱する。
受付の女性はすぐに鈴を鳴らした。
奥から別の人物が現れる。
館の案内人らしい男性だった。
「こちらのお客様を、待合室へご案内してください」
そして少し声を低くする。
「……礼節を欠くことのないように」
念押しするような言い方だった。
案内人は一瞬だけ驚いた顔をした。
だが、すぐに姿勢を正す。
「かしこまりました」
そう言って、僕の方を見る。
「こちらへどうぞ」
僕は言われるまま歩き出した。
廊下は広い。
壁には絵画。
赤い絨毯。
大きな窓から光が差し込む。
どこもかしこも綺麗すぎる。
……落ち着かない。
自分の靴が、場違いな気がする。
鍛冶場の煤がついている気がする。
心の中で何度も思う。
本当に僕でいいのか?
案内人が歩みを止めた。
「こちらです」
目の前には、大きな扉。
待合室らしい。
案内人は姿勢を正す。
コン、コン。
丁寧にノックする。
そして静かに扉を開いた。
部屋は広かった。
かなり広い。
二十人。
いや、三十人くらいは入れそうだ。
床には厚い絨毯。
壁際には豪華なソファー。
磨かれた木の机。
飾られている絵画も、明らかに高そうだった。
……完全に賓客用の部屋だ。
僕みたいな見習い鍛冶が座る場所じゃない。
そう思っていたら。
ソファーの上に、誰かがいた。
「よう」
と言わんばかりの顔で。
ガロードが横になっていた。
完全にくつろいでいる。
片腕を背もたれにかけて、足まで伸ばしている。
ここ、領主館だぞ。
しかも賓客用だぞ。
何でそんなに自然なんだ。
僕は思わず言った。
「兄貴……」
ガロードはちらっとこちらを見る。
そして軽く笑った。
「遅いぞ」
「いや、普通は僕くらいの時間で来るんだよ」
僕は呆れながら近づく。
「まさか先にいるとは思わなかった」
ガロードは肩をすくめた。
「当たり前だろ」
そして、にやりと笑う。
「師匠に言われて遅刻なんてできるか」
確かに。
普段の兄貴はかなり適当だ。
でも。
オルグラード先生が絡むときだけは違う。
妙に真面目になる。
そこだけは、昔から変わらない。
僕はため息をつきながら、向かいのソファーに腰を下ろした。
柔らかい。
……柔らかすぎる。
落ち着かない。
そして、思う。
この部屋の奥。
この館のどこかに。
オルグラード先生がいる。
胸の奥が、少しだけ重くなった。
いったい、何が始まるんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
待合室の時計の針が、静かに進んでいく。
カチ。
カチ。
その小さな音が、やけに大きく感じられた。
僕はソファーに座っている。
そわそわしていた。
――柔らかすぎる。
――逆に落ち着かない。
背筋を伸ばしたまま、手の置き場に困る。
膝の上に置く。
いや、変か。
横に置く。
それも落ち着かない。
……いっそ、立って待っていた方がいいんじゃないか。
そんなことまで考え始めていた。
向かいを見る。
そこには――
ガロードが、相変わらずだらしなくソファーに寝転んでいた。
片腕を背もたれにかけ、足を投げ出している。
ここは領主館だ。
しかも賓客室。
偉い人が使う部屋だろう。
それなのに。
緊張感が、欠片もない。
「兄貴……」
僕は小声で言った。
「もう少し姿勢を……」
「別にいいだろ」
ガロードは姿勢を変えない。
目も閉じたままだ。
「よくないよ!」
思わず小声で言い返す。
その瞬間だった。
ピクリ。
ガロードの頭の上の狼耳が動いた。
僕は一瞬、言葉を止める。
その直後。
コン、コン。
扉がノックされた。
僕の背筋が反射的に伸びた。
「失礼します」
扉が開く。
入ってきたのは、一人の男だった。
背は高い。
鍛えられた体つき。
だが鎧は着ていない。
黒を基調とした、整った『執事服』。
年齢は……四十くらいだろうか。
だが、その目。
灰色の鋭い瞳が、こちらをまっすぐ見た。
その視線だけで、空気が少し引き締まる。
僕は慌てて立ち上がった。
男は丁寧に頭を下げる。
「お待たせしました」
落ち着いた声だった。
「次席執事のセバスと申します」
名乗り、さらに続ける。
「オルグラード閣下がお呼びです。ご準備ください」
一瞬、頭が真っ白になる。
「あ、は、はい!」
噛んだ。
完全に噛んだ。
顔が熱くなる。
横では。
「おう」
ガロードが短く答えていた。
いつの間にか、ちゃんと立っている。
……さっきまで寝ていたのに。
セバスは静かに頷いた。
「では、こちらへ」
僕たちは次席執事セバスに案内され、再び廊下を歩き始めた。
領主館の廊下。
長い。
赤い絨毯が敷かれている。
窓から光が入る。
壁には絵画。
どれも高そうだ。
歩くたび、靴音が小さく響く。
カツ。
カツ。
カツ。
妙に緊張する。
僕は何度も手を握り直していた。
やがて。
セバスが立ち止まる。
「こちらでございます」
そこは、重厚な扉の前だった。
普通の部屋とは明らかに違う。
分厚い木。
金属の補強。
両脇には、完全武装の衛兵が二人。
……ここが。
「領主室でございます」
セバスが静かに言った。
つまり。
オルグラードの私室。
僕の喉が鳴る。
セバスは衛兵たちに軽く頭を下げた。
小声で何かを伝える。
衛兵の一人が頷く。
「失礼します、閣下」
そう言って、扉を開けて中へ入った。
すぐに扉が閉まる。
……静かだ。
廊下が、妙に静かだ。
心臓の音だけが聞こえる。
ドクン。
ドクン。
横を見る。
ガロードも、さすがに真面目な顔をしていた。
背筋を伸ばしている。
……珍しい。
少しして。
扉の向こうから声がした。
低く。
短い声。
「入れ」
その一言。
次の瞬間。
重厚な扉がゆっくりと開いた。
ギィ……
セバスが一歩下がる。
「どうぞ」
僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「失礼します……」
小さく言い、足を踏み出す。
続いて。
「失礼します」
ガロードも入ってきた。
背筋はまっすぐだ。
部屋の中。
広い。
大きな机。
壁一面の本棚。
そして窓の前。
一人の男が立っていた。
振り返る。
僕たちの先生。
僕たちの師匠。
そして――
セルディアの領主。
オルグラードが、そこにいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉が閉まった。
重厚な音が、部屋の奥に吸い込まれていく。
僕とガロード。
そして――
机の向こうに立つ、一人の男。
オルグラード。
先生。
いや。
この街では、そう呼ぶだけでは足りない。
セルディア自由都市の領主。
鍛冶屋協会の代表。
王国、帝國、魔王国。
三つの大国と対等に話をする男。
その男が、今。
目の前にいた。
「……来たか」
低く、重い声。
それだけで、胸の奥が震える。
オルグラードは手を軽く振った。
控えていた執事と衛兵たちが、一礼して部屋を出ていく。
静かになる室内。
残されたのは、三人だけだ。
僕は改めて先生を見た。
……大きい。
身長は二メートルはある。
いや、もっとかもしれない。
彫刻のような筋肉。
長衣の上からでも分かる。
鍛え上げられた体。
銀髪。
白に近い。
肩まで流れる髪が、窓の光を受けて光る。
そして目。
白い瞳。
静かだ。
だが、奥に火がある。
その視線が、まっすぐ僕たちを射抜く。
思わず背筋が伸びた。
この人は。
百年以上生きている。
エルダードワーフ。
歴戦の戦士。
そして職人。
「緊張するな」
先生は言った。
「いつも通りでいろ」
短い言葉。
だが。
僕は力を抜けなかった。
隣を見る。
ガロードも同じだった。
背筋はまっすぐ。
狼耳がわずかに動いている。
……この人の前で気を抜くと。
拳が飛ぶ。
それを、僕たちは知っている。
オルグラードは礼節に厳しい。
そして――
弟子には容赦がない。
「馬鹿弟子」
そう言いながら。
拳で語る。
それがこの人だ。
オルグラードはゆっくり椅子に座った。
巨大な執務机。
だが。
その椅子すら、この人の体格に合わせて作られている。
普通の椅子では、小さすぎるのだろう。
先生は顎で示した。
「来い」
僕たちは机の前まで歩く。
カツ。
カツ。
床の音が妙に大きい。
目の前に立つと。
先生の圧が、さらに強くなる。
……近い。
近くで見ると、余計に分かる。
この人。
一線から退いた?
嘘だ。
そんな話。
信じられない。
今でも、戦場に立てば。
誰も止められない気がする。
王国でも。
帝國でも。
魔王国でも。
この人と真正面から戦いたい奴なんて、いないだろう。
そんな男が、机の向こうで腕を組んだ。
「前置きは抜きだ」
短く言う。
先生らしい。
「お前たちを呼んだ理由を話す」
僕は息を呑んだ。
横でガロードが、わずかに笑う。
何か面白いことを期待している顔だ。
オルグラードは僕たちを順番に見た。
まずガロード。
それから僕。
白い瞳が止まる。
「儂の使いに同行しろ」
一拍。
「王国へ行け」
……え?
僕の頭が止まった。
王国?
今。
王国って言った?
セルディアの外。
いや。
国を越える。
僕は口を開けかける。
声が出ない。
隣で。
「へぇ」
ガロードが声を出した。
興味深そうな声だ。
先生は、ゆっくり目を細める。
その目。
僕は知っている。
「断る」
という選択肢が、
最初から存在しない時の目だ。
オルグラードは静かに言った。
「断ることは許さん」
低い声。
だが。
完全な断言だった。
僕は思った。
……どうやら。
とんでもない話が始まりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先生、それはどういうことでしょうか」
僕は思わず聞いていた。
王国へ行け。
あまりに唐突な命令だったからだ。
オルグラードは机の向こうで腕を組んだまま、こちらを見ている。
白い瞳がわずかに細くなった。
「……順を追って話す」
低い声。
だが、その言葉に苛立ちはない。
この人は厳しい。
だが、理不尽な男ではない。
弟子が正当な理由で尋ねれば、答える。
それがオルグラードという男だ。
拳で語ることもある。
だが、それだけで物事を決める人ではない。
「行き先は、王都ではない」
先生は続けた。
「セルディアと王国の中間地点」
「セルディア寄りの土地だ」
「ヴァルディア男爵領」
その名前を聞いた瞬間。
僕は小さく息を飲んだ。
聞いたことがある。
商人たちの話の中で、何度も出てきた場所だ。
セルディアと王国。
両者の境界に近い土地。
「セルディアと王国は不可侵だ」
オルグラードが言う。
「だが――」
一瞬、言葉を切った。
「王国は、対等とは思っておらん」
……それは、そうだろう。
セルディアは自由都市だ。
歴史は浅い。
しかも――
領主は亜人。
それが王国の貴族たちにどう見えるか。
想像はつく。
「王国の建前では」
先生は静かに言う。
「セルディアは王国が自治を認めた地方都市」
「それ以上でも、それ以下でもない」
ガロードが小さく鼻を鳴らした。
「ずいぶんな言い草だな」
「事実だ」
オルグラードは淡々と言う。
「だが、奴らは帝國の資材も」
「魔王国の鉱石も欲しい」
セルディアは交易都市だ。
王国、帝國、魔王国。
三つの勢力の物資が集まる。
その中継点。
それがセルディア。
だから王国は――
嫌っていても。
潰さない。
「そこで必要になるのが」
オルグラードは指を机に置いた。
「王国側の窓口だ」
「それが――」
一拍。
「ヴァルディア男爵」
僕は頷いた。
王国側の代表。
セルディアと向き合う貴族。
それがヴァルディア家。
「現在の当主は、友好的な男だ」
先生は言う。
「セルディアとの関係も良い」
「息子の一人」
「アルベリオ・ヴァルディア」
その名前で、ガロードが少し反応した。
「聞いたことあるな」
「外交で動き回ってる奴だろ」
「そうだ」
オルグラードは頷いた。
「頭の回る男だ」
「若いがな」
だが、と先生は続けた。
その声が少し低くなる。
「最近、ヴァルディア男爵が病に伏した」
部屋が静かになる。
「当主の座を譲る準備を進めている」
「王国のしきたりに従い」
「継承の儀式を行う」
その場で。
正式な後継者が発表される。
「セルディアにも招きが来た」
オルグラードの白い瞳がこちらを見る。
「だが、儂は行けん」
それは当然だろう。
この人はセルディアの領主だ。
簡単に街を空けられる立場ではない。
政治的にも。
立場的にも。
「だが、誰かを送らねばならん」
沈黙が落ちる。
そして先生は、ゆっくり言った。
「ヴァルディア男爵領は国境線だ」
「緊張地帯でもある」
王国の兵。
帝国の兵。
傭兵。
盗賊。
いろんなものが動く場所。
安全とは言えない。
「ゆえに」
先生の声が重くなる。
「特使に護衛を付ける」
そして。
白い瞳が、僕とガロードを順番に見た。
「お前たちだ」
一瞬。
言葉が出なかった。
僕?
僕が?
王国へ?
頭の中が追いつかない。
横で。
ガロードがニヤッと笑った。
「なるほどな」
「面白くなってきた」
……この人は本当に楽しそうだ。
僕はただ。
自分の心臓の音を聞いていた。
どうやら――
僕の人生は。
思っていたよりも。
ずっと遠くまで行くらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




