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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
レックス立志編
3/52

領主オルグラード

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


いつもより、かなり早く目が覚めた。


というより。

ほとんど眠れなかった。


顔を洗い、簡単に朝飯を食べると、僕はすぐに鍛冶場へ向かった。


鍛冶場の扉を開ける。

まだ朝だというのに、すでに炉には火が入っていた。


「おはようございます」


挨拶をすると、職人たちがちらりとこちらを見る。


そのうちの一人が、にやりと笑った。


「おう。聞いてるぞ」


「え?」


「領主館だろ」


別の職人も頷く。


「親方から話は通ってる」


どうやらオルグラード先生は、こちらにもきちんと伝えていたらしい。


僕だけが慌てていたようだ。


「行ってこい。遅れるなよ」


「はい!」


頭を下げ、僕は鍛冶場を飛び出した。


向かう先は――領主館。


セルディアの街の、ほぼ中央にある建物だ。


自由交易都市セルディア。


西に魔王国。

東に王国。

さらにその先には帝國。


三つの国の間に挟まれるようにして作られた都市。


その中心に、領主館は建っている。


街のどこからでも、だいたい同じ距離になるように。


そういう設計らしい。


……僕がそこに行くのは、久しぶりだった。


鍛冶場の使いで何度か来たことはある。

でも、それは外門の横にある通用口まで。


正面から来るのは、ほとんど初めてに近い。


やがて、視界の先に建物が見えてきた。


思わず足が止まる。


やっぱり、でかい。

鍛冶場が十軒は入りそうな広さ。


セルディアの領主館。


建てられてから三十年ほど。


まだ新しい建物のはずなのに、妙に風格がある。


王国の城みたいに重々しい石造りではない。


帝國の塔みたいに尖った威圧感もない。


代わりに――


三つの文化が混ざっている。


王国風の厚い石壁。

帝國風の高い屋根と塔飾り。

そして、魔王国建築らしい曲線の多い窓枠。


不思議な形の建物だった。


でも。


それが、セルディアらしい。


そう思える建物だった。


その玄関前。


馬車の待機場に、立派な馬車が停まっていた。


黒塗りの車体。

金の装飾。

車体には見慣れない紋章。

御者台には、きっちりした服装の御者。


……高そうだ。


貴族か。

あるいは大商人か。


僕みたいな見習い鍛冶が来る場所じゃない。


そう思うと、急に足が重くなる。


……帰りたい。


いや、ダメだ。


先生に呼ばれてるんだから。


僕は覚悟を決めて門に近づいた。


すると。


「おい、レックス」


門の前の衛兵が声をかけてきた。


顔見知りだった。


鍛冶場の使いで何度か会っている人だ。


「どうした?」


「えっと……先生に呼ばれて」


僕は封書を差し出した。


蜜蝋の封。


刻印入り。


衛兵はそれを見ると、表情を変えた。


「……ほう」


隣の衛兵に声をかける。


何やら短く話す。


そして。


「ついて来い」


その瞬間。


重い音を立てて――


外門が開き始めた。


ギィィ……


分厚い鉄と木の門。


ゆっくりと動く。


僕は思わず見上げた。


……すごい。


ガロード兄貴は言っていた。


「絶対に開けるなよ。そのまま持って行けって師匠が言ってた」


あの封書。


こんな力があるのか。


いつもなら。


「通用口使え」


で終わりなのに。


門をくぐる。


中に入ると、景色が変わった。


整然と並ぶ石畳。


綺麗に磨かれている。


左右には芝生。

低い植え込み。


そして、まっすぐ伸びる道の先。


館の本門が見える。


朝日を受けて、白い石が光っていた。


外門の衛兵は、内門の衛兵に声をかけた。


簡単なやり取り。


そして。


内門の衛兵が僕を見る。


「ついて来い」


言われるまま歩き出す。


石畳の音が、妙に響く。


カツ。


カツ。


カツ。


……落ち着かない。


胸がざわざわする。


なんで僕なんだ。


なんでガロード兄貴と一緒なんだ。


先生は。


オルグラードは。


いったい、何を考えているんだろう。


館の扉が、だんだん近づいてくる。


大きい。


そして――重そうだ。


僕はごくりと唾を飲んだ。


胸の奥の緊張は、さっきよりもずっと強くなっていた。


……いったい、何が待っているんだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



館の重い扉をくぐると、空気が変わった。


外の街の匂い――

鉄と煙と、人の生活の匂い。


それが一気に消える。


代わりにあるのは、磨かれた石の匂い。

そして、静けさだった。


足音がやけに響く。


案内してくれた衛兵に軽く会釈をして、僕は館の受付へ向かった。


広いロビーの中央に、受付の台がある。

その向こうに立っていたのは、きっちりと制服を着た女性だった。


姿勢がいい。

髪も整っている。


鍛冶場とはまるで違う世界だ。


「御用件をお伺いします」


落ち着いた声だった。


僕は少し緊張しながら、封書を差し出す。


「オルグラード先生から呼び出しを受けて……」


受付の女性は、封書を受け取る。


そして、表情が少しだけ引き締まった。


蜜蝋の封。


そこに押された刻印を、注意深く確認している。


指先でなぞる。

角度を変えて見る。


かなり慎重だ。


やがて、僕の方を見る。


「こちら、開封してもよろしいでしょうか」


「あ、はい」


僕が頷くと、女性は小さく頭を下げた。


机の横の引き出しから、細いナイフを取り出す。


専用のものらしい。


刃先で蜜蝋の端を、そっと持ち上げる。


パキ。


小さな音がして、封が割れた。


丁寧に封を外す。

手紙を取り出す。


そして――


受付の女性の目が、少し見開かれた。


……え?


今、驚いた?


僕は思わず身を乗り出しそうになる。


何が書いてあるんだ。


しかし女性はすぐに表情を整えた。


読み終える。


そして、丁寧に手紙を元に戻す。

封書に入れ、机の上に置く。


そのあと。


女性は立ち上がり、深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


「え?」


突然の謝罪に、僕は固まる。


「お待たせいたしましたこと、お詫び申し上げます」


いや。


待ってない。


今来たばかりだ。


というか。


何で謝られているんだ。


頭の中が混乱する。


受付の女性はすぐに鈴を鳴らした。


奥から別の人物が現れる。


館の案内人らしい男性だった。


「こちらのお客様を、待合室へご案内してください」


そして少し声を低くする。


「……礼節を欠くことのないように」


念押しするような言い方だった。


案内人は一瞬だけ驚いた顔をした。


だが、すぐに姿勢を正す。


「かしこまりました」


そう言って、僕の方を見る。


「こちらへどうぞ」


僕は言われるまま歩き出した。


廊下は広い。


壁には絵画。

赤い絨毯。

大きな窓から光が差し込む。


どこもかしこも綺麗すぎる。


……落ち着かない。


自分の靴が、場違いな気がする。


鍛冶場の煤がついている気がする。


心の中で何度も思う。


本当に僕でいいのか?


案内人が歩みを止めた。


「こちらです」


目の前には、大きな扉。


待合室らしい。


案内人は姿勢を正す。


コン、コン。


丁寧にノックする。


そして静かに扉を開いた。


部屋は広かった。


かなり広い。


二十人。

いや、三十人くらいは入れそうだ。


床には厚い絨毯。


壁際には豪華なソファー。

磨かれた木の机。


飾られている絵画も、明らかに高そうだった。


……完全に賓客用の部屋だ。


僕みたいな見習い鍛冶が座る場所じゃない。


そう思っていたら。


ソファーの上に、誰かがいた。


「よう」


と言わんばかりの顔で。


ガロードが横になっていた。


完全にくつろいでいる。


片腕を背もたれにかけて、足まで伸ばしている。


ここ、領主館だぞ。


しかも賓客用だぞ。


何でそんなに自然なんだ。


僕は思わず言った。


「兄貴……」


ガロードはちらっとこちらを見る。


そして軽く笑った。


「遅いぞ」


「いや、普通は僕くらいの時間で来るんだよ」


僕は呆れながら近づく。


「まさか先にいるとは思わなかった」


ガロードは肩をすくめた。


「当たり前だろ」


そして、にやりと笑う。


「師匠に言われて遅刻なんてできるか」


確かに。


普段の兄貴はかなり適当だ。


でも。


オルグラード先生が絡むときだけは違う。


妙に真面目になる。


そこだけは、昔から変わらない。


僕はため息をつきながら、向かいのソファーに腰を下ろした。


柔らかい。


……柔らかすぎる。


落ち着かない。


そして、思う。


この部屋の奥。


この館のどこかに。


オルグラード先生がいる。


胸の奥が、少しだけ重くなった。


いったい、何が始まるんだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



待合室の時計の針が、静かに進んでいく。


カチ。

カチ。


その小さな音が、やけに大きく感じられた。


僕はソファーに座っている。


そわそわしていた。


――柔らかすぎる。

――逆に落ち着かない。


背筋を伸ばしたまま、手の置き場に困る。


膝の上に置く。

いや、変か。


横に置く。

それも落ち着かない。


……いっそ、立って待っていた方がいいんじゃないか。


そんなことまで考え始めていた。


向かいを見る。


そこには――


ガロードが、相変わらずだらしなくソファーに寝転んでいた。


片腕を背もたれにかけ、足を投げ出している。


ここは領主館だ。

しかも賓客室。


偉い人が使う部屋だろう。


それなのに。


緊張感が、欠片もない。


「兄貴……」


僕は小声で言った。


「もう少し姿勢を……」


「別にいいだろ」


ガロードは姿勢を変えない。


目も閉じたままだ。


「よくないよ!」


思わず小声で言い返す。


その瞬間だった。


ピクリ。


ガロードの頭の上の狼耳が動いた。


僕は一瞬、言葉を止める。


その直後。


コン、コン。


扉がノックされた。


僕の背筋が反射的に伸びた。


「失礼します」


扉が開く。


入ってきたのは、一人の男だった。


背は高い。


鍛えられた体つき。


だが鎧は着ていない。


黒を基調とした、整った『執事服』。


年齢は……四十くらいだろうか。


だが、その目。


灰色の鋭い瞳が、こちらをまっすぐ見た。


その視線だけで、空気が少し引き締まる。


僕は慌てて立ち上がった。


男は丁寧に頭を下げる。


「お待たせしました」


落ち着いた声だった。


「次席執事のセバスと申します」


名乗り、さらに続ける。


「オルグラード閣下がお呼びです。ご準備ください」


一瞬、頭が真っ白になる。


「あ、は、はい!」


噛んだ。


完全に噛んだ。


顔が熱くなる。


横では。


「おう」


ガロードが短く答えていた。


いつの間にか、ちゃんと立っている。


……さっきまで寝ていたのに。


セバスは静かに頷いた。


「では、こちらへ」


僕たちは次席執事セバスに案内され、再び廊下を歩き始めた。


領主館の廊下。


長い。


赤い絨毯が敷かれている。


窓から光が入る。


壁には絵画。


どれも高そうだ。


歩くたび、靴音が小さく響く。


カツ。


カツ。


カツ。


妙に緊張する。


僕は何度も手を握り直していた。


やがて。


セバスが立ち止まる。


「こちらでございます」


そこは、重厚な扉の前だった。


普通の部屋とは明らかに違う。


分厚い木。


金属の補強。


両脇には、完全武装の衛兵が二人。


……ここが。


「領主室でございます」


セバスが静かに言った。


つまり。


オルグラードの私室。


僕の喉が鳴る。


セバスは衛兵たちに軽く頭を下げた。


小声で何かを伝える。


衛兵の一人が頷く。


「失礼します、閣下」


そう言って、扉を開けて中へ入った。


すぐに扉が閉まる。


……静かだ。


廊下が、妙に静かだ。


心臓の音だけが聞こえる。


ドクン。


ドクン。


横を見る。


ガロードも、さすがに真面目な顔をしていた。


背筋を伸ばしている。


……珍しい。


少しして。


扉の向こうから声がした。


低く。


短い声。


「入れ」


その一言。


次の瞬間。


重厚な扉がゆっくりと開いた。


ギィ……


セバスが一歩下がる。


「どうぞ」


僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「失礼します……」


小さく言い、足を踏み出す。


続いて。


「失礼します」


ガロードも入ってきた。


背筋はまっすぐだ。


部屋の中。


広い。


大きな机。


壁一面の本棚。


そして窓の前。


一人の男が立っていた。


振り返る。


僕たちの先生。


僕たちの師匠。


そして――


セルディアの領主。


オルグラードが、そこにいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


扉が閉まった。


重厚な音が、部屋の奥に吸い込まれていく。


僕とガロード。


そして――


机の向こうに立つ、一人の男。


オルグラード。


先生。


いや。


この街では、そう呼ぶだけでは足りない。


セルディア自由都市の領主。


鍛冶屋協会の代表。


王国、帝國、魔王国。


三つの大国と対等に話をする男。


その男が、今。


目の前にいた。


「……来たか」


低く、重い声。


それだけで、胸の奥が震える。


オルグラードは手を軽く振った。


控えていた執事と衛兵たちが、一礼して部屋を出ていく。


静かになる室内。


残されたのは、三人だけだ。


僕は改めて先生を見た。


……大きい。


身長は二メートルはある。


いや、もっとかもしれない。


彫刻のような筋肉。


長衣の上からでも分かる。


鍛え上げられた体。


銀髪。


白に近い。


肩まで流れる髪が、窓の光を受けて光る。


そして目。


白い瞳。


静かだ。


だが、奥に火がある。


その視線が、まっすぐ僕たちを射抜く。


思わず背筋が伸びた。


この人は。


百年以上生きている。


エルダードワーフ。


歴戦の戦士。


そして職人。


「緊張するな」


先生は言った。


「いつも通りでいろ」


短い言葉。


だが。


僕は力を抜けなかった。


隣を見る。


ガロードも同じだった。


背筋はまっすぐ。


狼耳がわずかに動いている。


……この人の前で気を抜くと。


拳が飛ぶ。


それを、僕たちは知っている。


オルグラードは礼節に厳しい。


そして――


弟子には容赦がない。


「馬鹿弟子」


そう言いながら。


拳で語る。


それがこの人だ。


オルグラードはゆっくり椅子に座った。


巨大な執務机。


だが。


その椅子すら、この人の体格に合わせて作られている。


普通の椅子では、小さすぎるのだろう。


先生は顎で示した。


「来い」


僕たちは机の前まで歩く。


カツ。


カツ。


床の音が妙に大きい。


目の前に立つと。


先生の圧が、さらに強くなる。


……近い。


近くで見ると、余計に分かる。


この人。


一線から退いた?


嘘だ。


そんな話。


信じられない。


今でも、戦場に立てば。


誰も止められない気がする。


王国でも。


帝國でも。


魔王国でも。


この人と真正面から戦いたい奴なんて、いないだろう。


そんな男が、机の向こうで腕を組んだ。


「前置きは抜きだ」


短く言う。


先生らしい。


「お前たちを呼んだ理由を話す」


僕は息を呑んだ。


横でガロードが、わずかに笑う。


何か面白いことを期待している顔だ。


オルグラードは僕たちを順番に見た。


まずガロード。


それから僕。


白い瞳が止まる。


「儂の使いに同行しろ」


一拍。


「王国へ行け」


……え?


僕の頭が止まった。


王国?


今。


王国って言った?


セルディアの外。


いや。


国を越える。


僕は口を開けかける。


声が出ない。


隣で。


「へぇ」


ガロードが声を出した。


興味深そうな声だ。


先生は、ゆっくり目を細める。


その目。


僕は知っている。


「断る」


という選択肢が、


最初から存在しない時の目だ。


オルグラードは静かに言った。


「断ることは許さん」


低い声。


だが。


完全な断言だった。


僕は思った。


……どうやら。


とんでもない話が始まりそうだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「先生、それはどういうことでしょうか」


僕は思わず聞いていた。


王国へ行け。


あまりに唐突な命令だったからだ。


オルグラードは机の向こうで腕を組んだまま、こちらを見ている。


白い瞳がわずかに細くなった。


「……順を追って話す」


低い声。


だが、その言葉に苛立ちはない。


この人は厳しい。


だが、理不尽な男ではない。


弟子が正当な理由で尋ねれば、答える。


それがオルグラードという男だ。


拳で語ることもある。


だが、それだけで物事を決める人ではない。


「行き先は、王都ではない」


先生は続けた。


「セルディアと王国の中間地点」


「セルディア寄りの土地だ」


「ヴァルディア男爵領」


その名前を聞いた瞬間。


僕は小さく息を飲んだ。


聞いたことがある。


商人たちの話の中で、何度も出てきた場所だ。


セルディアと王国。


両者の境界に近い土地。


「セルディアと王国は不可侵だ」


オルグラードが言う。


「だが――」


一瞬、言葉を切った。


「王国は、対等とは思っておらん」


……それは、そうだろう。


セルディアは自由都市だ。


歴史は浅い。


しかも――


領主は亜人。


それが王国の貴族たちにどう見えるか。


想像はつく。


「王国の建前では」


先生は静かに言う。


「セルディアは王国が自治を認めた地方都市」


「それ以上でも、それ以下でもない」


ガロードが小さく鼻を鳴らした。


「ずいぶんな言い草だな」


「事実だ」


オルグラードは淡々と言う。


「だが、奴らは帝國の資材も」


「魔王国の鉱石も欲しい」


セルディアは交易都市だ。


王国、帝國、魔王国。


三つの勢力の物資が集まる。


その中継点。


それがセルディア。


だから王国は――


嫌っていても。


潰さない。


「そこで必要になるのが」


オルグラードは指を机に置いた。


「王国側の窓口だ」


「それが――」


一拍。


「ヴァルディア男爵」


僕は頷いた。


王国側の代表。


セルディアと向き合う貴族。


それがヴァルディア家。


「現在の当主は、友好的な男だ」


先生は言う。


「セルディアとの関係も良い」


「息子の一人」


「アルベリオ・ヴァルディア」


その名前で、ガロードが少し反応した。


「聞いたことあるな」


「外交で動き回ってる奴だろ」


「そうだ」


オルグラードは頷いた。


「頭の回る男だ」


「若いがな」


だが、と先生は続けた。


その声が少し低くなる。


「最近、ヴァルディア男爵が病に伏した」


部屋が静かになる。


「当主の座を譲る準備を進めている」


「王国のしきたりに従い」


「継承の儀式を行う」


その場で。


正式な後継者が発表される。


「セルディアにも招きが来た」


オルグラードの白い瞳がこちらを見る。


「だが、儂は行けん」


それは当然だろう。


この人はセルディアの領主だ。


簡単に街を空けられる立場ではない。


政治的にも。


立場的にも。


「だが、誰かを送らねばならん」


沈黙が落ちる。


そして先生は、ゆっくり言った。


「ヴァルディア男爵領は国境線だ」


「緊張地帯でもある」


王国の兵。


帝国の兵。


傭兵。


盗賊。


いろんなものが動く場所。


安全とは言えない。


「ゆえに」


先生の声が重くなる。


「特使に護衛を付ける」


そして。


白い瞳が、僕とガロードを順番に見た。


「お前たちだ」


一瞬。


言葉が出なかった。


僕?


僕が?


王国へ?


頭の中が追いつかない。


横で。


ガロードがニヤッと笑った。


「なるほどな」


「面白くなってきた」


……この人は本当に楽しそうだ。


僕はただ。


自分の心臓の音を聞いていた。


どうやら――


僕の人生は。


思っていたよりも。


ずっと遠くまで行くらしい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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