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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
28/50

向かうべき場所へ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



しゅった。


小さく手を上げている。


まるで授業で質問する生徒のようだ。


「じゃあ」


ノエリアは首を少し傾げながら聞いた。


「樹王様は、どんな方なのですか?」


ロザリーは少しだけ呆れた顔をした。


「さっきも言っただろ」


「守るためにしか戦わない魔王だ」


そう言ってから、少し考えるように目を細める。


「……まあ」


「魔王って言うのも、ちょっと違うかもしれねえけどな」


ロザリーは続ける。


「樹王はな」


「魔王国で一番古い存在って言われてる」


「長生きの種族が多い魔王国でも」


「アイツがいつからいるのか」


「誰も知らねえ」


レックスは思わず聞き返す。


「誰も……?」


ロザリーは頷いた。


「そうだ」


「魔王国の歴史の記録より前からいるって話もある」


「神話みたいな存在だな」


地下通路の壁には、発光する苔が淡い光を放っていた。


その光がロザリーの金色の瞳に映る。


ロザリーは顎で前方を指した。


「樹王は巨大な森を領域にしてる」


「あの森を荒らすやつには」


「容赦しない」


その声は断言だった。


「でも」


ロザリーは続ける。


「荒らさなきゃ寛容だ」


「狩りもいい」


「採取もいい」


「間伐も許される」


「森を壊さなければな」


ノエリアが「まあ」と小さく声を上げる。


「優しい方なんですね」


ロザリーは肩をすくめた。


「優しいっていうか」


「自然そのものって感じだな」


「怒りに触れなきゃ」


「寛容」


「でも」


そこで声が少し低くなる。


「怒らせたら終わりだ」


地下通路の空気が、わずかに冷えたように感じられた。


レックスは静かに聞いていた。


ロザリーは続ける。


「人間側の破壊者も」


「過去何度か樹王を討伐しに来てる」


「でも」


ロザリーの金色の瞳が鋭く光る。


「一度も負けてない」


レックスの目が少し見開いた。


「え?」


「負けて……ない?」


ロザリーは頷く。


「そうだ」


「一度もな」


レックスは思わずガロードを見る。


ガロードは腕を組んだまま言った。


「……嘘じゃねえ」


「俺が知ってる話と同じだ」


レックスは少し息を飲んだ。


破壊者。


つまり勇者。


その存在に、一度も負けたことがない魔王。


ノエリアがぽつりと言う。


「何歳くらいなんでしょう」


「かなりのご高齢ですね」


ロザリーは鼻で笑った。


「歳なんて概念あるのかも怪しいぞ」


そう言ってから、少しだけ遠くを見るような目になる。


「魔王国で」


「樹王に喧嘩売るやつは、ほぼいない」


「勢力は覇王の方が上だけどな」


「実際の力なら」


ロザリーは迷わず言った。


「たぶん」


「一番強い」


地下通路に静けさが落ちる。


誰も、すぐには言葉を出さなかった。


遠くで水滴が落ちる音だけが、小さく響いていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



地下通路の空気が、わずかに冷えた。


ガロードが一歩前に出る。


石床に靴底が擦れる音だけが、小さく響いた。


「――“牙王”のことで」


その声が低く沈む。


「知っていることを」


金色の瞳が鋭く細められた。


「全部教えろ」


ロザリーは一瞬、きょとんとした顔をした。


「牙王だって?」


次の瞬間。


「は?」


信じられないものを見る顔になる。


「何言ってんだお前」


「……あいつなら」


ロザリーは肩をすくめた。


「少し前に死んだだろ」


レックスは思わず目を見開いた。


「……え?」


ガロードの耳がぴくりと動く。


「どういう意味だ」


声が低い。


ロザリーは怪訝そうに眉を寄せた。


「どういうも何も」


「牙王は粛正されたんだよ」


「覇王にな」


レックスは息を呑んだ。


「粛正……?」


ロザリーは当然の話のように続ける。


「牙王は覇王に反乱を起こした」


「魔王国の支配が気に入らなかったんだろ」


「それで」


「覇王と戦った」


ロザリーは指で空中に線を引いた。


「そりゃもう」


「大騒ぎだったらしいぞ」


「魔王同士の戦いだからな」


地下通路の壁に生えた発光苔が、淡く揺れる。


その光がロザリーの金色の瞳を照らしていた。


そして最後に、あっさりと言う。


「死闘の末」


「牙王は覇王に討たれた」


地下通路が静まり返る。


ガロードは黙ったままだ。


腕を組んだまま、まるで石像のように動かない。


レックスも言葉を失っていた。


すると。


「では」


ぽつりと声がした。


ノエリアだった。


小さく首を傾げている。


「牙王さんには」


少し残念そうな顔になる。


「会えないのですか?」


ロザリーは呆れた顔になった。


「死んだ奴に会えるわけないだろ」


あまりにも当然の答えだった。


レックスは頭をかく。


……まただ。


また奇妙な状況になっている。


兄貴の目的は――


牙王を捜すこと。


だが。


その牙王は。


「……死んでる?」


レックスは眉をひそめた。


「……あれ」


胸の奥に、違和感が生まれる。


何かが、おかしい。


レックスはゆっくりロザリーを見る。


「ねえ」


「ロザリー」


ロザリーは面倒くさそうに振り向く。


「あ?」


「牙王が死んだのって」


レックスは慎重に聞いた。


「いつの話?」


ロザリーは即答した。


「だから言っただろ」


「少し前だ」


レックスは続けて聞く。


「……この一か月?」


ロザリーは目を丸くした。


「は?」


そして首を振る。


「違う違う」


「そんな最近じゃねえ」


軽く言う。


「ほんの」


「二十年も経たない位だ」


レックスは思わず天井を見上げた。


苔の光がぼんやりと広がっている。


……ああ。


そういうことか。


横を見ると、ガロードも同じ顔をしていた。


長命種。


ロザリーは闇エルフ。


人間とは時間感覚が違う。


二十年は――


彼女にとって。


「少し前」


なのだ。


沈黙が落ちる。


そのとき。


ロザリーが、ふと何かに気づいた顔をした。


「ああ」


納得したように頷く。


「なるほどな」


「お前ら」


少しだけ笑う。


「ひょっとして」


「牙王を僭称してる奴のこと言ってるのか?」


ガロードの目が鋭く光った。


地下通路の空気が、再び張り詰める。


遠くで水滴が落ちる音が、小さく響いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



地下通路の空気は、わずかに湿っていた。


発光苔の淡い光が、石壁をぼんやりと照らしている。


その光の中で、ロザリーは肩をすくめた。


「だからさ」


「最近、魔王国で妙な奴が出てきたんだよ」


金色の瞳が、ちらりとガロードを見る。


「覇王に反抗してる奴がいる」


レックスは腕を組んだ。


「それが……」


「牙王?」


ロザリーは頷く。


「そう名乗ってるらしい」


話はこうだ。


その存在は、突然現れた。


覇王の支配下にある豪族の一人を襲撃し、打ち倒した。


護衛の魔族たちも、まとめて叩き伏せたという。


そして。


その場で言ったのだ。


自分は――


「牙王だ」


と。


それだけだった。


地下通路に、少し沈黙が落ちる。


レックスが眉をひそめた。


「……それだけ?」


ロザリーはあっさり言う。


「噂を聞いたくらいだ」


「覇王の派閥の奴らが村に来た時にな」


「情報集めしてた」


レックスは息を吐いた。


なるほど。


つまり――


確定情報は、ほとんどない。


ガロードが口を開いた。


「そいつの居場所は」


低い声だった。


ロザリーは即答する。


「知るわけないだろ」


肩をすくめる。


「覇王の派閥の奴らだって探してるんだぞ」


「辺境村まで来るくらいだ」


その時だった。


「なるほど」


アウラが静かに口を開いた。


「状況が見えてきました」


全員の視線が集まる。


アウラは淡々と話し始めた。


「その僭称牙王――」


一度言葉を選ぶ。


「仮に『僭王』と呼ぶとしましょう」


レックスは心の中で頷いた。


確かにその方が分かりやすい。


アウラは続ける。


「その僭王は」


「おそらく覇王に対し、ゲリラ戦を仕掛けているのでしょう」


ロザリーが少し目を細めた。


「ゲリラ?」


アウラは頷く。


「魔王国の支配構造を考えれば自然です」


魔王国の支配。


それは――


力。


ただそれだけだ。


「覇王は徳で支配しているわけではありません」


「自らの圧倒的な力を背景にしている」


静かな声で言う。


「魔王国の実質半分を支配する存在に対し」


「正面から戦うのは愚策」


「ならば」


「力を削る」


「支配を揺るがす」


「そのための戦い方は一つ」


アウラの瞳が鋭くなる。


「局地戦」


「奇襲」


「破壊」


「つまり――ゲリラ戦です」


レックスは思わず感心した。


なるほど。


言われてみれば、筋が通る。


アウラはさらに続ける。


「覇王の支配は力によるもの」


「ならば」


「覇王に力なしと示されれば」


「その支配体制は崩れる」


淡々と言う。


「豪族も」


「軍も」


「簡単に離反するでしょう」


確かに。


魔王国は


力に従う国だ。


力がなければ王ではいられない。


アウラはロザリーを見る。


「そして覇王側も」


「その危険性を理解している」


ロザリーが頷いた。


「……ああ」


アウラは静かに結論を出す。


「村にまで情報収集に来る」


「つまり」


「覇王は僭王を侮っていない」


少し間を置き。


穏やかな声で言った。


「覇王は」


「魔王国というものを、よく理解している魔王なのでしょう」


発光苔の光がアウラの横顔を照らす。


「腕力だけに頼る存在ではない」


「侮れません」


静かに言った。


「かなり聡い御仁だと思います」


地下通路の奥で、風が小さく鳴った。


ガロードは黙ったまま、拳を握りしめていた。


その拳の骨が、わずかに白く浮き出ていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



地下回廊は、相変わらず湿った空気に満ちていた。


天井から垂れる石筍から、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる。

足音が響くたびに、暗闇がゆっくりと揺れるように感じられる。


魔王国へと続く、古い地下の道。


誰が作ったのかも分からない石の回廊を、一行は黙々と進んでいた。


そんな中で、アウラが静かに口を開いた。


「ノエリア様のお望みをかなえるのであれば――」


一度言葉を区切り、皆の視線を受ける。


「『僭王』を捜すことが、最善であると提案します」


ノエリアが少し首を傾げた。


「『覇王』様や『樹王』様ではないのですか?」


アウラは足を止め、振り返った。


「消去と効率を考えての結論です」


淡々とした声で、説明を始める。


「まず『樹王』ですが――」


少しだけ言葉を探すように間を置く。


「私個人の感想になりますが、『樹王』という存在は自然そのものです」


「自然……?」


「はい。森そのものと言ってもよい」


アウラは続けた。


「言うなれば、生きている自然災害です。

会話をするというより、山や嵐と対話するようなものになるでしょう」


レックスが思わず眉をひそめる。


「それ、会話できるの?」


「姫巫女であるノエリア様ならば可能かもしれません」


アウラは軽く一礼する。


「ですが、第一目標とする必要はないと判断しました」


ノエリアは静かに頷いた。


「では、『覇王』様は?」


その問いに、アウラの視線がロザリーへ向いた。


「情報を総合すると――」


「『覇王』は本拠地にいない可能性が高い」


ロザリーが少し驚いた顔をする。


「お前、なかなか鋭いな」


アウラは説明を続ける。


「ロザリー殿は、『覇王』の本拠地をご存じでしょう」


「まあな」


「ですが、現在の状況で本物の『覇王』がそこにいる可能性は極めて低い」


「いたとしても――」


一拍置く。


「それは影武者でしょう」


ノエリアが目を丸くする。


「どうしてですか?」


「理由は単純です」


アウラは迷いなく答えた。


「『僭王』の実力は、おそらくかなりのもの」


地下回廊の空気が、少し張り詰める。


「覇王の支配体制は『力』で成立しています」


「その覇王の権威を揺るがす存在が現れた」


「ならば覇王はどう動くか」


ガロードが小さく呟く。


「……自分で狩りに行く」


「その通りです」


アウラは頷いた。


「覇王の立場を考えれば、討伐を他人に任せるよりも、自ら動く可能性が高い」


「つまり――」


彼女は結論を告げた。


「『僭王』を捜すことが、結果として『覇王』に会う可能性を最も高める」


レックスは思わず感心した。


最初に会った頃の印象は、少し違っていた。


腕は立つが、考えるより先に拳が出るタイプ。

そう思っていた。


だが、今は違う。


筋が通っている。


しかも、迷いがない。


その時、ガロードがぽつりと言った。


「牙王を名乗る奴がいるなら……」


ゆっくり顔を上げる。


「そいつに会う」


短い言葉だったが、迷いはなかった。


ノエリアが明るく頷く。


「では――」


両手を軽く合わせる。


「『牙王』さんに会いにいきましょう」


その瞬間。


地面に転がっていたロザリーが、低く呻いた。


「納得してもらえたなら……」


腕がありえない方向に曲がっている。


「関節を元に戻してくれ」


レックスが肩をすくめた。


「あ」


「忘れてた」


地下回廊に、鈍い音が響いた。


次の瞬間。


「ぎゃあああああああ!!」


悲鳴が回廊いっぱいに響き渡る。


発光苔が、その振動でわずかに揺れた。


こうして。


一行の目的地は決まった。


――牙王を名乗る者のもとへ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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