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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
27/51

魔王国の魔王

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



亜人の少女は、しばらく震えながら黙っていた。


四肢の関節を外され、地面に横たわったままの姿。


まともに抵抗できる状態ではない。


視線だけが、恐る恐る周囲をさまよった。


アウラ。


ガロード。


ノエリア。


そして――


最後に、レックスを見た。


レックスは小さくため息をつく。


(……まあ、そうなるよな)


この場で一番まともに話が通じそうなのは、自分だろう。


レックスはゆっくりしゃがみ込み、少女と視線の高さを合わせた。


両手を軽く広げる。


敵意はない、という意思表示だった。


「……」


言葉は使わない。


ただ、静かに待つ。


―― 話したほうがいい。


―― その方が、たぶん安全だ。


そんな空気だけを残して。


少女は一瞬だけ迷うように目を伏せた。


やがて観念したように、小さく息を吐く。


「……分かった」


かすれた声だった。


「話す……」


頬を石床につけたまま、少女はゆっくり語り始めた。


「今の魔王国は……」


「魔王の『覇王』の支配下にある」


その言葉に、ガロードが鼻を鳴らす。


「やっぱりか」


だが少女は続けた。


「でも……覇王が命じていることは、二つだけ」


レックスは黙って聞く。


少女は言葉を選ぶように話した。


「一つ……王国に出て、破壊や戦争の火種になることはするな」


「二つ……魔王国内で、戦争をするな」


静かな声だった。


「この二つを破る者は……」


少女の耳が、わずかに震えた。


「許されない」


レックスは眉をひそめる。


(……それって)


(むしろ治安維持じゃないか?)


だが話はまだ続く。


「代わりに……」


少女は息を整える。


「魔王国では穀物が少ない」


「要求に従うなら、セルディアから輸入して……配給する」


「それと……」


「魔王国の鉱石とか、売れるものは商品として輸出する」


「手数料を引いた利益は……全部、国に戻る」


「金を払えば食料、医薬品とかも、人間の国から購入してやる」


「これには輸送費などの費用がかかるから、ちゃんと払え」


語り終えると、少女は力尽きたように目を閉じた。


地下通路に沈黙が落ちる。


最初に口を開いたのはレックスだった。


「……なんか」


「王国で聞く魔王の話と、全然違うな」


ぽつりと呟く。


王国の子供向けのお伽話では、魔王はいつも同じ姿だった。


人間を殺す怪物。


破壊を喜ぶ暴君。


だが今聞いた話は――


むしろ統治者の話だ。


「魔王国はな」


ガロードが肩をすくめた。


「力のあるやつが支配する国なんだ」


「力に従うか」


「反発するか」


「そこは人間の国と変わらねー」


レックスは苦笑した。


「夢も希望もない説明だな」


「現実ってのはそういうもんだ」


ガロードはあっさり言った。


そして顎で少女を示す。


「続きを言え」


少女は少しだけ視線を上げる。


「……魔王は」


「何人かいる」


「『樹王』」


その名を聞いた瞬間、ガロードの眉が動いた。


「一番古い魔王」


少女は言う。


「でも……」


「樹王は戦わない魔王」


「だから、この数十年は……」


「覇王が一番、力を伸ばした」


レックスは腕を組んだ。


(樹王……覇王……)


(魔王って一人じゃないのは本当なんだ)


王国の歴史書とは、かなり違う。


少女の声に、わずかな憎しみが混じった。


「覇王は……」


「人間の顔色をうかがって」


「手を組む」


吐き捨てるように言う。


「……あいつが」


「一番、悪いやつだ」


その言葉に。


ノエリアが小さく首を傾げた。


「え?」


ぽわん、とした声。


「でも……」


「それって……」


不思議そうな顔。


「いいことなのでは?」


一瞬。


空気が止まった。


ガロードが盛大に吹き出す。


「ぶっ!」


「巫女姫さま、それ言うか普通!?」


少女は目を丸くする。


アウラは頭を抱えた。


レックスは遠い目になる。


(……この人)


(やっぱり、とんでもない)


だが少女は、なおも言葉を続けた。


「何より許せないのは……」


拳が震えていた。


「『覇王』は――」


歯を食いしばる。


「人間に負けた」


「なのに」


「殺されなかった」


少女の瞳に、はっきりと憎悪が宿る。


「魔王国を売った」


そして、吐き捨てた。


「……裏切り者だ」


青白い発光苔の光が、地下通路を静かに照らしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



少女の話を聞き終えたあと、レックスは隣に立つガロードに視線を向けた。


「……本当なの?」


ガロードは肩をすくめた。


「知らねえ」


あっさりした返答だった。


だが誤魔化している様子はない。


むしろ本気で知らないらしい。


レックスにはそう見えた。


魔王国の事情を、誰もが詳しく知っているわけではないのだろう。


レックスは地面に座り込んだままの少女を見た。


さっきまで怯えていたが、今は睨み返してきている。


気が強い。


「話しにくいし」


レックスはできるだけ穏やかな声で言った。


「名前を教えてもらえるかな」


少女は少しだけ迷った。


だが、やがて吐き捨てるように言う。


「……ロザリーだ」


ロザリー。


闇エルフ。


褐色の肌。


長く尖った耳。


頭には二重巻きになった黒い角が左右に一本ずつ生えている。


銀白の髪は高い位置でポニーテールに束ねられていた。


横には細い編み込み。


金色の瞳は、獣のように鋭い。


体格は小さい。


身長はレックスの胸ほどしかない。


だがその視線には、野生動物のような威圧感があった。


服装も荒っぽい。


ノースリーブの革ベスト。


胸元には包帯のようなインナー。


短いレザーパンツに太腿ベルト。


腰にはナイフ。


そして、小さな袋。


口が少し開いていて、中に骨の欠片がいくつも見えた。


(死霊使い……か)


レックスはなんとなく察した。


ロザリーは鼻で笑う。


「で?」


「何が聞きてえんだ」


レックスは少し考えてから言った。


「魔王って……」


「どういう存在なんの?」


ロザリーは一瞬、意外そうな顔をした。


だがすぐに吐き捨てる。


「そんなの決まってるだろ」


「魔王は――」


「人間が送り込んでくる破壊者と戦う存在だ」


レックスの眉が動く。


ロザリーは続けた。


「守るだけじゃねえ」


「魔王国を広げる」


「繁栄させる」


「そのための魔王個億を率いる王だ」


誇るような口調だった。


レックスは心の中で考える。


(破壊者……?)


ふと、ある可能性が浮かぶ。


(……もしかして)


(勇者のことか?)


王国では、勇者が魔王を倒す。


それは正義の物語として語られる。


だがもし――


魔王国側から見れば。


勇者とは。


国に乗り込んでくる


破壊者だ。


(つまり……)


(魔王って……)


(魔王国の勇者みたいな存在なのか)


レックスはそう思った。


ロザリーは続ける。


「人間はな」


「ある程度の周期で」


「魔王国に破壊者を送り込んでくる」


「魔王はそれを倒す」


「それでも止めねえなら――」


ロザリーの目が光る。


「忠告として」


「人間の国に報復する」


レックスは黙って聞いていた。


話だけ聞くと、どちらが悪なのか分からない。


ロザリーは続ける。


「『覇王』も」


「しばらく前に破壊者と戦った」


ガロードが腕を組んだまま言う。


「ああ」


「聞いたことはある」


ロザリーは頷いた。


「当時の覇王は」


「魔王国史上でも、かなり強かった」


「最強って呼ばれてた」


だが――


そこで声が低くなる。


「……負けた」


レックスは少し驚いた。


ロザリーは続ける。


「魔王国の魔王はな」


「敗北は――死と同じだ」


「今までだってそうだった」


金色の瞳が暗くなる。


「魔王を倒した破壊者は」


「そのあと魔王国を蹂躙した」


「村を焼いて」


「略奪して」


「好き放題やる」


それが普通だった。


だが――


ロザリーは歯を食いしばった。


「なのに」


「今回は違った」


「破壊者は」


「……何もしなかった」


そのまま。


去った。


地下通路の空気が、重く静まる。


ロザリーは吐き捨てた。


「そんなの決まってる」


「覇王が通じてたんだ」


「破壊者と」


「魔王国を売ったか」


「命乞いしたか」


金色の瞳が怒りで揺れる。


「だからアイツは」


ロザリーは低く言った。


「……裏切り者なんだ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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