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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
ガロード編
26/178

ノエリアという少女

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


セルディアの外縁、石造りの施設の奥。


レオニスから受け取った推薦状を提示したレックスたちは、いくつもの厳重な門を通され、やがて巨大な鉄格子の前へ案内された。


壁は分厚く、守衛の数も多い。


ここが街の防衛拠点であることは、見ただけで分かった。


「ここから先が、魔王国へ通じる地下交易路です」


案内役の男が言う。


そして、重いレバーを引いた。


低い地鳴りのような音が響く。


鉄格子がゆっくりと持ち上がった。


その奥を見た瞬間――


「……うわ」


レックスの口から思わず声が漏れた。


地下へと続く巨大な空洞。


そこに設置されていたのは、巨大な昇降台だった。


馬車ごと乗り込めるほど広い鉄の床。


床には太い鉄のレールが走っている。


昇降台はまっすぐ落ちるのではない。


斜めに伸びた巨大な軌道に沿って、地下へ滑り降りる構造になっていた。


「地下とは聞いてたけど……すごいね」


レックスは思わず感嘆する。


案内役の男が誇らしげに胸を張った。


「オルグラート様が作らせたものだ」


その名に、レックスは小さく目を見開いた。


「これのおかげで防衛面も万全だ」


ガコン、と重い音が鳴る。


昇降台がゆっくりと動き出した。


軌道を滑るように、地下へと降りていく。


「もし魔王国側から地下通路を使って侵攻されたとしても、エレベーターを上げてしまえばここで遮断できる。


街の防御にもなる仕組みだ」


「へぇ……」


レックスは思わず感心した。


(先生らしいな……)


合理的。


無駄がない。


いかにも、あの人らしい設計だった。


やがて昇降台は地下へ到達する。


扉が開いた。


その先には、整然とした石造りの回廊が続いていた。


壁面は人工的に削られ、支柱が規則正しく並ぶ。


空気を循環させるための穴も設けられている。


足元を照らす灯りもあり、視界は十分だった。


「先生たちが作った部分だよね」


「その通りだ」


案内役が頷く。


「全長は約五キロ」


「ここからは一本道だ」


「しばらく進めば大きな道に出る」


どうやら、見送りはここまでらしい。


レックスたちは回廊を進み始めた。


しばらく歩くと、壁の様子が変わり始めた。


削られた石ではない。


自然の岩肌。


そして――


「……なるほど」


アウラが静かに呟いた。


「五キロものトンネルを掘るなど、ありえないと思っていましたが」


その視線の先。


そこに広がっていたのは、巨大な地下回廊だった。


天井は遥かに高い。


道幅は、馬車が五台並んでも余裕があるほど広い。


壁や天井には、古い装飾が刻まれていた。


「これ……」


レックスは息を呑む。


「遺跡?」


「おそらく古代遺構でしょう」


「魔王国の文明の痕跡かと」


アウラが淡々と分析する。


天井の岩肌には、淡く光る植物が群生していた。


青白い光。


まるで星空のように、地下を照らしている。


「とっても明るい」


ノエリアが目を輝かせる。


「綺麗……」


岩壁を覆う苔のような植物が、柔らかな光を放っていた。


空気も澱んでいない。


どこかから流れる風が、地下空間を自然に循環させている。


「けっこうすげぇな」


ガロードが腕を組み、周囲を見回した。


レックスは思い出したように尋ねる。


「そういえば兄貴、セルディアに来たときってここ通ってきたの?」


ガロードは鼻で笑った。


「んなわけねぇだろ」


「え?」


「樹王のテリトリー突っ切ってきた」


「……一人で?」


「ああ」


あまりにもあっさりした答えに、レックスは言葉を失った。


(いや、それ普通に死ぬルートじゃない!?)


アウラもわずかに眉を動かす。


ノエリアだけは、きょろきょろと周囲を見回していた。


「すごい……すごいですね」


壁を触り、天井を見上げる。


完全に観光気分だった。


出口までは、あと二キロほど。


そのときだった。


ぴくり。


ガロードの頭の上の狼耳が、わずかに動いた。


「……ん?」


レックスが振り向くより早く。


「お耳、動きました」


ノエリアが言う。


その瞬間。


アウラがすっとノエリアの前へ出た。


腰の剣に手を添える。


空気が一変した。


ガロードがゆっくり振り向く。


その目は、すでに戦士のものだった。


「レックス」


低く言う。


「戦いの時間だぜ」


牙を見せるように、笑った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



地下遺跡の通路に、低く響く足音が近づいてくる。


発光苔が放つ青白い光の中で、影がゆらりと揺れた。


八つ。


静かに姿を現したのは、黒いローブの集団だった。


全員がフードを深く被り、顔は見えない。


通路を満たす沈黙。


その中の一人が、くくっと喉を鳴らした。


「……へぇ」


視線がゆっくりとガロードへ向く。


「あの町から、こっちに戻ってきたってことは――ずいぶん儲けたんだろうな」


フードの奥から嘲笑が漏れた。


「人間の奴隷を仕入れたか」


「ずいぶん羽振りがいいじゃねぇか」


「アホか、お前ら」


ガロードが心底呆れた声で言う。


「セルディアでそんなことやってるわけねーだろーが」


吐き捨てるように言った。


レックスも内心で頷いた。


(そりゃそうだよ……)


もしそんなことをしたら。


(先生が黙ってるわけない)


オルグラードは、理屈ではなく結果で叩き潰す人間だ。


そんな連中がセルディアで生きていられるはずがない。


だが、黒ローブたちは興味を失ったように肩をすくめた。


そして――


一人が、小さく呟く。


「……銀髪の狼耳」


空気が変わった。


「あいつ――人狼賊だ」


ぴたり、と全員の視線がガロードへ集まる。


「滅んだと聞いたが」


「生き残りがいたか」


その瞬間。


ガロードの目つきが変わった。


氷のように冷たい視線。


殺気が静かに広がる。


――ガァン!!


突然、地下遺跡に派手な金属音が響いた。


黒ローブの二人が同時に吹き飛ぶ。


地面を転がり、壁に叩きつけられた。


「……え?」


レックスが思わず声を漏らす。


視線の先。


アウラが腕を振り抜いていた。


手には鎖付きの鉄球。


まだ回転の余韻が残っている。


「アウラさん?」


アウラは静かに構えを取り直す。


その視線は氷のように冷たい。


―― 戦闘中に喋るな。


そう言っているかのようだった。


姫巫女を害する存在は。


存在そのものを許さない。


「て、てめぇ!」


黒ローブが叫ぶ。


だが、その瞬間。


ガロードが消えた。


―― ドンッ!!


空気を裂く衝撃音。


次の瞬間、黒ローブの一人が宙を舞った。


ガロードの横蹴り。


腰を捻り、体重を乗せた一撃。


速い。


そして重い。


「ぐあっ!!」


黒ローブは地面に叩きつけられ、転がった。


「くそっ……!」


残った黒ローブたちが明らかに顔色を変える。


不利。


そう判断したのだろう。


一人が懐から袋を取り出した。


それを地面にばらまく。


カラカラ、と乾いた音。


骨。


次の瞬間――


青白い魔法陣が地面に広がる。


骨が集まり、形を作る。


腕。


脚。


頭蓋骨。


そして立ち上がった。


骸骨兵士。


「……チッ」


ガロードが舌打ちする。


「死霊使いか」


骨の兵士たちが、ぎしりと音を立てて動き出す。


肉はない。


ただの骨。


だが魔力で結びついた魔法兵器だ。


普通の斬撃では壊れにくい。


倒すには骨を砕くしかない。


その数――八体。


骸骨兵士が武器を構えた。


黒ローブが高らかに笑う。


「どうだ」


「命が惜しければ降伏しろ」


勝利を確信した声。


だが。


「えい」


あまりにも軽い声だった。


ノエリアだった。


両手を胸の前で合わせる。


次の瞬間。


淡い光が広がった。


優しい光。


暖かな光。


だが――


骸骨兵士が、一瞬止まる。


そして。


さらり。


音もなく。


灰になった。


骨が崩れ、光の粒となり消えていく。


地下遺跡に沈黙が落ちた。


黒ローブが固まる。


「……は?」


ガロードもさすがに目を丸くした。


レックスはぽかんと口を開ける。


(……僕の出番なかったな)


心の中で思う。


目の前では。


ノエリアがきょとんとしていた。


「……あれ?」


「終わりました?」


レックスは思った。


この人。


とんでもない人なのでは?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



膝。


迷いのない動きで、的確に関節を外していく。


骨が外れる鈍い音。


続く悲鳴。


だがアウラの表情は変わらない。


「逃走防止です」


「ご安心ください」


「命に別状はありません」


そう言われても安心できる気はしない。


レックスは心の中でそう思った。


こうして八人の黒ローブたちは、哀れにも地面を這う存在となっていた。


その横で。


「さすがノエリア様」


「お見事でございます」


アウラが静かに跪き、頭を下げる。


「え、えっと……ありがとうございます?」


当の本人は困ったように首を傾げていた。


「ごめんなさい、やっちゃいました」


ぽわ、とした笑顔。


レックスは思わず天井を見上げる。


規格外だ。


間違いなく。


理由は三つある。


一つ。


あの浄化能力。


骸骨兵士を一瞬で灰に変えるなど、普通の魔法ではあり得ない。


レックスが扱う刻印魔法の理屈でも、説明がつかなかった。


二つ。


魔力量。


あれほどの魔法を使ったにもかかわらず、ノエリアはまったく疲れていない。


呼吸一つ乱れていない。


そして三つ。


なにより。


「えい」


その一言だけだった。


詠唱も、溜めもない。


ただそれだけ。


それであの威力。


「……兄貴」


レックスが小声で呼ぶ。


「なんだ」


隣でガロードが腕を組んでいた。


「何なんだろうね、あれ」


ガロードはしばらく黙っていた。


そして。


「……わからん」


短く答えた。


だがその視線は、ノエリアをじっと観察していた。


ぽわぽわした印象の少女。


しかし、その内側には常識では測れない何かがある。


これが。


王国の勇者を導く存在。


『姫巫女』その力の一端なのだろう。


そんなことを考えていると。


「くそ……」


地面に転がった黒ローブの一人が悪態をついた。


「”牙王”のおかげで……覇王の支配力が弱まったから……稼げると思ったのによ……」


その言葉に。


ガロードの耳が、ぴくりと動いた。


そして。


ノエリアがぱっと顔を輝かせる。


「牙王はどこにいる」


低い声。


ガロードだった。


先ほどまでの軽い調子は消えている。


琥珀色の瞳が鋭く光っていた。


そして。


「魔王様は、どちらにいらっしゃるのですか?」


ノエリアも身を乗り出す。


アウラが一歩前に出た。


しゃがみ込み、黒ローブのフードを乱暴に掴む。


ばさり。


布が引き剥がされた。


「さっさと言いなさい」


アウラの声は冷たい。


「言わないなら――それ相応の手段をとりますよ?」


一瞬。


レックスは思った。


(これ……)


(完全に僕たちが悪人側に見えるんじゃ……)


(……完全に尋問シーンなんだけど……)


だが、もう遅い。


フードの奥から現れたのは――


まだ少女と呼べる年齢の顔だった。


レックスたちとそう変わらないように見える。


褐色の肌。


尖った耳。


そして。


頭には、左右に一つずつ。


二重に巻いた黒い角。


瞳はどこか獣のように光っていた。


明らかに人間ではない。


亜人。


その少女は。


明らかに怯えていた。


身体を小さく震わせながら。


地下の青白い光の中で。


必死にこちらを睨み返していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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