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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
234/235

冥王軍VS覇王軍(2)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



覇王ディアボロスは、臆することなく敵との衝突点に立っていた。


迫る剛天明王軍の先陣。


その最前列から、三人の兵士が同時に斬りかかった。


一閃。


鋼が激突する甲高い音が響いた。


次の瞬間、三人が手にしていた武器が、まとめて宙を舞った。


「馬鹿な……どこから攻撃を……!」


兵士たちは答えを見つけられなかった。


目の前にいる敵将は、最初に立っていた場所から一歩も動いていない。剣を振るったわけでもなければ、手にした武器を直接届かせたわけでもない。


それなのに、三人の武器だけが弾き飛ばされていた。


風を切る轟音が、遅れて戦場を駆け抜ける。


兵士たちの身体が、まとめて吹き飛ばされた。


ただ一本。


ディアボロスの手にある天裂鞭だけが、暴力そのもののように戦場を蹂躙していた。


鞭とは思えない重量と破壊力。


常識外れの攻撃範囲。


そして、まるで自分の腕を伸ばしたかのように自在に操る技量。


そのすべてが、目の前の魔王を規格外の存在へと押し上げていた。


「これが……覇王ディアボロス」


剛天明王軍の兵士たちは、畏怖と戦慄を覚えた。


相手は、ただの魔王ではない。


魔王国の三大勢力の一角を担う覇王。その名にふさわしい力が、眼前で振るわれている。


だが、剛天明王軍も精鋭である。


動揺に呑まれることなく、すぐさま立て直しが図られた。


「無意味に戦うな! 盾持ちを中心に、兵は外殻を固めよ!」


号令とともに、重装歩兵が前へ出る。


左手に構えるのは、円形の大盾。


兵士たちは互いの間隔を詰め、密集陣形を形成した。幾重にも重なる盾が、ファランクスの陣形となって覇王の前に立ちはだかる。


しかも、盾はただの防具ではなかった。


表面には幾重もの魔法陣が展開され、結界が幾重にも重ねられている。


さながら城壁。


並の攻撃では、突破することすら困難な防御陣形だった。


しかし、ディアボロスは意に介さない。


ただ、天裂鞭を振るった。


轟音。


鋼の節が盾の表面を叩き、陣形全体を激しく揺さぶる。


「効かん!」


盾を構えた兵士が叫んだ。


確かに、最初の一撃は防ぎきった。


だが、それで終わりではない。


「飛び道具で覇王を討て!」


盾の後方から、無数の矢が放たれた。


雨のように降り注ぐ矢が、空を覆い尽くす。前方は盾の陣形、上空は矢の雨。逃げ場を奪う、精鋭ならではの連携だった。


それでも、ディアボロスは動かない。


右腕が一度、横薙ぎに振られた。


天裂鞭が唸り、飛来する矢を片端から打ち落としていく。


一本たりとも、覇王には届かない。


「続けて射よ! 撃ち尽くすまで――」


命令が最後まで届くことはなかった。


轟音が鳴り響く。


天裂鞭の連撃が盾の表面を直撃し、魔法結界に亀裂を走らせた。


さらに一撃。


盾が歪み、受け止めた兵士たちの足元が陥没する。


「強すぎる……!」


ただ打撃を与えるための武器。


それが覇王の手にかかれば、対城兵器にも等しい破壊力を発揮する。


一撃の威力だけではない。


攻撃の間隔が短すぎるのだ。


防御を立て直す暇も、魔力を補充する時間も、崩れた姿勢を修正する余裕もない。


「全員、後退!」


敵兵の判断は正しかった。


しかし、覇王ディアボロスは退却すら許さない。


天裂鞭が再びしなり、立ちはだかる防御陣形の中央を打ち抜いた。


轟音とともに、結界が完全に砕け散る。


盾の列が崩れ、兵士たちの身体が後方へと吹き飛ばされた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「強いな」


ロウガは、前線で戦う覇王の姿を見つめ、率直に評した。


魔王という存在は、言うまでもなく別格だ。


常人とは隔絶した力を持ち、その一挙手一投足が戦場の趨勢を左右する。


その魔王たちの中でも、覇王ディアボロスはさらに別格だった。


「敵に同情してもよいくらいだ」


天裂鞭が唸るたび、剛天明王軍の兵士たちが吹き飛ばされる。


堅牢な盾も、幾重にも張られた魔法障壁も、覇王の前では絶対の防御たり得なかった。


あれに向かっていく。


兵士にとっては、自ら処刑宣告書に署名するようなものだろう。


それでも、剛天明王の精鋭たちは退かなかった。


恐怖に呑まれることなく、崩れかけた陣形を立て直す。


前列が押し込まれれば後列が支え、盾の綻びを見つければ別の兵士が即座に埋める。


その動きに、迷いはなかった。


称賛を通り越して、恐るべきは彼らの精神力だ。


目の前にいるのは、暴力の権化と呼んでも差し支えない存在である。


その圧倒的な力を目の当たりにしてなお、彼らの心は折れていない。


兵士たちを支えている者がいる。


彼らが命を懸けるに足ると信じる、確かな何かが。


(……剛天明王)


ロウガは、その名を胸中で繰り返した。


直接会ったことはない。


それでも、魔王国でその名を知らぬ者はいなかった。


剛天明王。


古くから魔王国に名を刻み、数々の戦いを生き抜いてきた強者。


その名を知る魔王たちは、多くを語らない。


ただ一言。


――強い。


それだけで、十分だった。


「その噂も、どうやら事実らしいな」


ロウガは、まだ見ぬ敵の強さを肌で感じていた。


これほどの精鋭たちが、命を差し出す覚悟を抱く。


それだけの力と信頼を、剛天明王は持っているのだ。


一方、前線のディアボロスもまた、戦況を冷静に見極めていた。


「なかなか崩れんな」


戦いそのものは、覇王が優位に進めている。


天裂鞭の連撃によって、敵の防御は確実に削られていた。


このまま攻め続ければ、いずれ防壁は崩壊する。


だが、優位は勝利ではない。


ディアボロスは、その事実を正しく理解していた。


目指すべきは、敵軍の殲滅ではない。


剛天明王を屈服させ、戦争そのものに決着をつけることだ。


そして、残された時間は限られている。


防御を崩すだけでは足りない。


関門をこじ開け、その先にいる剛天明王へと到達しなければならなかった。


あと一押し。


ディアボロスがそう確信した、その瞬間だった。


「ぬっ!?」


紅い光が、彼の横をすり抜けた。


反応が遅れたわけではない。


それでも、回避しきれなかった。


次の瞬間、鋼の強度を誇るディアボロスの腕から、鮮血が噴き出した。


紅い光は弧を描いて飛翔する。


そして、戦場の向こうから伸びた手へと吸い込まれるように戻り、その姿を紅色の短槍へと変えた。


「必殺の我が槍の一撃を掻い潜る存在は久しいな」


女の声が、戦場に響き渡った。


それを合図とするように、剛天明王の軍勢が左右へと割れていく。


兵士たちは道を開け、その奥から現れる者を迎えた。


「儂の肉体に傷を付けるか。大したものだな」


ディアボロスは、流れる血を気にする様子もなく、正面を見据えた。


開かれた道の向こうから、一人の女が歩いてくる。


長い紫の髪が風に揺れ、黒と暗紫を基調とした戦闘装束が、歩みに合わせて静かに翻った。


その手には、紅い穂先を持つ短槍が握られている。


鋭い赤の瞳が、覇王を捉えた。


剛天明王。


覇王ディアボロスの前に、ついに彼女が姿を現した。


それが、剛天明王と覇王の決戦の幕開けだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



剛天明王と覇王ディアボロスが対峙した瞬間、戦場の空気が一変した。


まるで、津波が押し寄せる直前の海のようだった。


先ほどまで響いていた剣戟も、兵士たちの怒号も、次第に遠ざかっていく。


二人を中心に広がる静寂が、戦場全体を包み込んでいた。


(……凄まじいな)


牙王ロウガは、思わず息を呑んだ。


魔王である彼でさえ、二人が放つ圧力を無視できない。


強大な魔力と、幾多の戦場を生き抜いてきた者だけが持つ威圧感。


それらがぶつかり合い、周囲の戦士たちの動きを自然と止めていた。


もはや、誰もが理解している。


この戦いの決着は、魔王同士の一騎打ちに委ねられるのだと。


「覇王ディアボロスだな」


「剛天明王だな」


二人は互いの名を口にした。


確認するまでもない。


それでも言葉を交わしたのは、これから相対する者が誰なのか、互いに認め合うためだった。


「あえて無意味な言葉を言おう」


剛天明王が、手にした紅い槍をディアボロスへと向ける。


「無意味な戦闘を停止し、降伏するがよい」


「確かに無意味な言葉だ」


ディアボロスは即座に応じた。


この状況で、どちらかが退くことなどあり得ない。


そもそも、二人が目指していたのは、この瞬間だった。


互いの軍勢を率い、相手を屈服させる。


そのために、ここまで戦いを進めてきたのだ。


「牙王ロウガ!」


突然、剛天明王が戦場に響き渡る声で呼んだ。


「この戦いの見届け人となれ!」


「!?」


ロウガは目を見開いた。


敵側の魔王である自分を、最終決戦の立会人に指名する。


大胆な申し出だった。


「貴様なら、どのような立場であろうと、公正な判定ができるであろう」


(大胆、かつ悪辣だな)


ロウガは内心で呟いた。


戦術だけを考えるなら、ディアボロスと二人で剛天明王を討つという選択肢もある。


汚名は残るだろう。


だが、勝利を手にするだけなら、それが最も確実な方法だった。


しかし、剛天明王はその可能性を、たった一言で封じにかかった。


今、この場には両軍の兵士たちがいる。


この申し出を拒めば、後に遺恨が残るのは避けられない。


力こそが物を言う魔王国において、正々堂々とした一騎打ちを避けた。


その事実だけが、いつまでも語り継がれることになる。


「受けろ、ロウガ」


「ディアボロス!?」


思わず声を上げたロウガに、覇王は視線を向ける。


「そして、お前の目を通し、勝敗を見極めろ」


その声に迷いはなかった。


ディアボロスは、改めて剛天明王を見据えた。


「その勝負を受ける。儂の敗北は、覇王軍の敗北とする」


「潔いな。私の敗北は、我が軍の敗北とする」


剛天明王もまた、即座に応じた。


二人の魔王が、それぞれの武器を構える。


ここに、両軍の将による約定が交わされた。


こうなれば、ロウガが異論を挟む余地はない。


(……ならば、見せてもらうぞ)


ロウガは静かに息を吐き、覚悟を決めた。


これから始まるのは、単なる強者同士の戦いではない。


魔王国の未来を左右する決戦だ。


そして、その勝敗を見届ける責任は、自分に託された。


「覇王ディアボロス、剛天明王。牙王ロウガ、この戦いを見届ける!」


その宣言が、静まり返った戦場に響き渡った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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