冥王軍VS覇王軍(3)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「命が惜しい奴がいたら、この場から離れろ! 流れ弾が当たって死んでも、観戦料と思え!」
牙王ロウガの声が、戦場に響き渡った。
敵味方の区別はない。ここから始まるのは、二人の王による決闘だ。
巻き込まれたくなければ退け。
残るのであれば、己の命に責任を持て。
「そして、この戦いを邪魔する者がいれば、この牙王ロウガが容赦はせん!」
琥珀色の瞳が戦場を睨みつける。
その言葉を聞いた剛天明王は、ふっと小さく笑った。
わきまえているな。
その表情には、そんな評価が浮かんでいた。
「剛天明王よ、聞いておきたい」
覇王ディアボロスが口を開いた。
「何か?」
「お前ほどの者が、なぜ冥王に味方する……」
ディアボロスには、彼女が安易に冥王へ与するような人物には見えなかった。
その力も、戦士としての矜持も本物だ。ならば、何を理由に冥王の陣営に立つのか。
「やはり、他の者たちは言っていなかったのか……」
剛天明王はディアボロスを見据えた。
赤い瞳から、先ほどまでの余裕が消える。氷のように冷たい視線が、覇王を射抜いた。
「すべては、義のためだ」
「……そうか。戦いが終わり、話す気になれば教えてくれ」
「死者に語っても意味はあるまい」
その返答に、ディアボロスはそれ以上何も尋ねなかった。
聞きたいことはある。確かめたいこともある。
だが、それらは今ここで考えるべきことではない。
覇王は雑念を捨てた。
目の前の敵を討つ。それだけに意識を集中させる。
「さすが覇王、私の相手に不足はない」
剛天明王もまた、思考を切り替えた。
もはや言葉は不要。互いに譲れぬものがあるのなら、示すべきは武器と力のみ。
次の瞬間、ディアボロスが動いた。
唸りを上げ、天裂鞭が空を裂く。
節状の金属が連なった鞭は、一直線に剛天明王へと迫った。しなやかに軌道を変え、逃げ道を塞ぐように襲いかかる。
しかし、剛天明王は退かない。
左手の魔槍が閃いた。
鋭い金属音が響く。天裂鞭の一撃が、槍の穂先によって正確に弾かれた。
「速く、強く、そして鋭い」
感嘆するように言いながら、剛天明王は次の一撃も打ち落とす。
ディアボロスは構わず鞭を振るった。
一撃、二撃。間を置かず、さらに追撃。
天裂鞭が彼女の髪の先をかすめ、背後の地面を激しく叩きつけた。土砂が弾け、地面に亀裂が走る。
剛天明王は横へ大きく跳んだ。
だが、逃げた先にも天裂鞭が待ち構えていた。
「攻防一体、厄介な武器じゃな」
身を反らし、紙一重で鞭をかわす。
その動きに無駄はない。剛天明王は回避の勢いを殺さぬまま、右手の紅い短槍を握り直した。
「だが、防御することと、勝利することは同じではない!」
次の瞬間、魔槍が投擲された。
紅い穂先が光となり、戦場を貫く。
それは意思を持つ生き物のようにうねり、天裂鞭の軌道を巧みに避けた。
ディアボロスが迎撃するよりも早く、紅い光が懐へと滑り込む。
そして――。
覇王の脇腹が、浅く抉られた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ディアボロスは、抉られた脇腹に一瞬だけ視線を落とした。
傷は浅い。戦いを続けるうえで支障はない。
覇王はすぐに顔を上げ、天裂鞭を振るい続けた。
金属の節が連なった鞭が、唸りを上げて剛天明王へと襲いかかる。上下左右、予測のつかない軌道。ひとつを防いでも、次の一撃が別の角度から迫る。
その猛攻を前にしても、剛天明王は崩れなかった。
左手の魔槍を操り、迫る鞭を的確に弾く。時には身を翻し、わずかな隙間を抜けるように攻撃をかわしていく。
その光景を見つめながら、ロウガは眉をひそめた。
(理解できない攻撃だ)
天裂鞭は、鞭という武器の特性上、動きが不規則になる。
軌道を読むことは難しく、完全に見切るなど不可能に近い。
ロウガ自身が相手をするなら、多少の被弾を覚悟して距離を詰めるだろう。
鞭の攻撃をすべて避けるのではなく、傷を負ってでも本体であるディアボロスに攻撃を届かせる。
だが、剛天明王は違った。
彼女は天裂鞭の軌道を避け、攻撃の間隙を縫い、さらに反撃まで成立させている。
先ほどの投擲もそうだ。
紅い光と化した魔槍は、まるで自ら意思を持つかのように天裂鞭を避け、ディアボロスの脇腹へ届いた。
(あの光に化したことが原因なんだろうが……どうやった?)
ディアボロスも天裂鞭も、相当な魔力を帯びている。
相手が魔力であろうと、力をぶつければ、完全に潰せずとも軌道を逸らすことはできるはずだ。
それなのに、剛天明王の槍は、まるで天裂鞭の動きを知っているかのように攻撃を回避した。
そして、ロウガにはもうひとつ、理解できないことがあった。
(しかし、何よりも奇妙なのは……今の状況だ)
あれほど正確に攻撃を避けられるのなら、ディアボロスへ致命の一撃を叩き込むこともできるはずだ。
針の穴に糸を通すような精密さで天裂鞭をかわし、反撃を成功させている。
それにもかかわらず、届いた攻撃は覇王を倒すには程遠い。
回避は完璧に近い。だが、攻撃は決定打にならない。
この矛盾こそが、剛天明王の戦い方に隠された秘密なのだろう。
(だが、致命傷ではないとはいえ、このままでは……)
ロウガの脳裏に、ひとつの予測が浮かぶ。
このまま攻防が続けば、いずれディアボロスが敗れる。
それは、決してあり得ない未来ではなかった。
しかし、ロウガは公正な判定をすると誓った身だ。どちらか一方に肩入れすることも、決闘に割って入ることも許されない。
だからこそ、彼は黙って戦いを見届ける。
その胸の内に、判定者としての責務とは別の思いを抱きながら。
(だが、この程度で無様に終わることはないんだろ?)
ロウガは心の中で、にやりと笑った。
(あんたは、俺が認めた存在だ)
琥珀色の瞳は、揺らがない。
覇王ディアボロスと剛天明王。
魔王国の歴史に刻まれるであろう、二人の王の決闘。
その行く末がどちらに転ぶのか。
まだ、誰にもわからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
覇王ディアボロスの天裂鞭が、唸りを上げて戦場を薙いだ。
節状の金属が連なった鞭は、伸び、しなり、幾重にも軌道を変えながら剛天明王へと襲いかかる。正面から受ければ、槍で防いだところで衝撃を逃がしきれない。間合いを誤れば、鎧ごと肉体を砕かれるだろう。
だが、剛天明王は退かなかった。
赤紫の長髪をなびかせ、迫る鞭を紙一重でかわす。身を沈め、半歩だけ横へ踏み出し、時には槍の柄を添えて軌道を逸らす。
その動きに無駄はない。
ディアボロスの豪快な攻勢を、彼女は正確無比な技量と鍛え上げられた身体能力で受け流していた。
そして、隙が生まれれば反撃する。
紅い穂先が閃いた。
「ぬっ……!」
ディアボロスは身を捻ったが、完全には避けきれなかった。槍の一撃が脇腹をかすめ、黒いローブに新たな傷を刻む。
致命傷ではない。だが、確実に損傷は蓄積していた。
再び天裂鞭が唸る。剛天明王はそれを避け、反撃の槍を放つ。ディアボロスもまた応じるが、攻めきれない。
戦況は一進一退――ではなかった。
少しずつ、しかし確実に、天秤は剛天明王へと傾きつつあった。
「そろそろ、降伏したらどうか?」
槍を構えた剛天明王が、静かに口を開いた。
「今なら命は助けてやるぞ?」
「無意味な問いだ」
ディアボロスは天裂鞭を手元へ引き戻し、白い眼光を彼女へ向けた。
「命を賭けての戦。命乞いなどすると考えているなら、存外甘いな」
「そうか?」
剛天明王はわずかに目を細めた。
「私とて、魔王国を常に考えている身だ。平和を維持するためには、強い魔王が必要だと感じている。お前ほどの力を持つ者を、ここで無駄に失うのは惜しい」
「冥王に俺が下る可能性があると考えるなら、俺が覆すことはない」
即答だった。
ディアボロスに迷いはない。力によって魔王国を統一し、乱れた秩序を正す。その覇道を捨ててまで、生き延びる理由などなかった。
「更に言えば……」
彼は低く唸るような声を響かせた。
「魔王国を常に考えると言いながら、冥王に下った貴様の言葉に、価値などあるわけがなかろうが」
次の瞬間、ディアボロスは豪快に笑った。
「貴様の言葉は痛くもない!」
その言葉に、剛天明王もまた笑った。
しかし、彼女の笑みは静かなものだった。嘲りも、怒りもない。ただ、譲れぬものを前にした者の、揺るぎない表情だった。
「我らが冥王に下ったと言ったな?」
剛天明王の声が、戦場に響き渡る。
「そのようなことは断じてない!」
「!?」
「最初に言ったはずだ。我々は義によって結束し、自らの意志で立ち上がったのだ!」
その叫びには、偽りの感情も、相手を欺こうとする企みもなかった。
戦場に身を置くロウガは、黙して二人を見つめていた。
彼に、それが理解できないはずもない。
剛天明王は誰かに従わされているのではない。彼女自身が信じる義のために、兵を率いて戦っているのだ。
ディアボロスもまた、その事実を悟った。
「……今度こそ決裂だな、覇王よ」
「ああ。非礼を言ったことを許せ、剛天明王」
ディアボロスは、彼女への認識を改めた。
これは紛れもない強敵だ。
力だけではない。己の信念を掲げ、それに従う者たちを率いる器も持っている。
「しかし、惜しいな」
「何?」
「それほどの力があり、これだけの配下を持ち、魔王国を案じる者でありながら……この乱れた魔王国の統一を諦めたことがだ!」
ディアボロスの言葉に、剛天明王は答えなかった。
彼女の力も、器も認めることはできる。だが、その者に魔王国の未来を託すことは、やはりできない。
目指すものが同じであろうと、選ぶ道が違う。
覇王ディアボロスと剛天明王。
魔王国の未来を案じる二人の王の戦いは、ここから新たな局面を迎えようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




