冥王軍VS覇王軍(1)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死王カオスから冥王覚醒の指令が下された頃。
冥王の軍勢と覇王の軍勢は、広大な平原で激突していた。
「流石は、剛天明王の軍勢というところか」
ロウガは苦々しげに戦況を見つめていた。
魔王国の中で、集団戦に不慣れな者はいない。だが、目の前で繰り広げられている戦いは、彼の知る戦術とは一線を画していた。
覇王軍が攻勢に出れば、敵は陣形を巧みに変化させ、その勢いを受け流す。
そして、攻勢が限界に達した瞬間を見計らい、一斉に反撃へ転じる。
無理に正面から押し返すのではない。
相手の力を利用し、最も効果的な瞬間に刃を突き立てる。
「あんな戦い方があるのか……」
ロウガとて、少数の敵を相手にするならば、状況を分析し、適切な作戦を立てて対処することはできる。
しかし、今回の戦場は規模が違った。
両軍ともに、投入している兵士は三千を超える。
それだけの兵を統制し、陣形を変化させながら戦わせる。その手腕に関しては、敵側に一日の長があると認めざるを得なかった。
「見事なものだな」
隣に立つディアボロスもまた、敵軍の動きを称賛した。
敵であるからといって、優れたものを否定するつもりはない。
それが覇王という男だった。
「しかし、褒めてばかりもいられんな」
「どうするつもりだ?」
「今のところ、何もない」
ディアボロスは淡々と答えると、傍らの伝令兵に指示を出した。
戦線を後退させ、兵を立て直せ。
それは、無意味に兵力を消耗させないための判断だった。
「兵を退いたとて、戦況が好転することはないぞ」
ロウガは戦場を見渡す。
損害は、明らかに覇王軍の方が多かった。
このまま戦闘が続けば、同じことが繰り返されるだけだろう。
開戦当初、兵数では覇王軍が上回っていた。
だが、現在では両軍の兵力差は縮まり、やがて互角に近づこうとしている。
「想定したより、離反者や妨害行為者が出ているな」
ディアボロスは焦る様子もなく、戦場を見据えていた。
「こちらは日和見の寄せ集め。あちらは古参の団結力がある精鋭集団だからな」
ロウガは舌打ちした。
覇王軍の弱点を、敵は見事に突いている。
ディアボロスが評した通り、覇王軍は新興勢力だ。
魔王国を統一するという大義に賛同した者もいる。しかし、勝利という甘い餌に惹かれ、集まっただけの者も少なくない。
そのような兵士たちにとって、戦況の悪化は離反する理由となる。
対する剛天明王軍には、長い歴史の中で築き上げられた組織があった。
中核を担う家臣たちは互いの立場を理解し、指揮系統も確立されている。
多少の劣勢では揺らがない、強固な結束。
それこそが、剛天明王軍の強さだった。
そもそも剛天明王は、覇王や冥王が台頭する以前、魔王国最強と謳われた存在である。
その名声と実績が、今なお軍勢を支えている。
ゆえに、戦況が不利になれば、日和見の者たちは理由を見つけて敵へ寝返る。
覇王軍の弱さは、兵士個々の実力ではない。
勝利という共通の目的が失われた時、軍を一つにまとめるものが残るのか。
その点で、両軍には決定的な差があった。
「剛天明王の名は、伊達ではないか」
ディアボロスは、敵の名を口にして改めてその力量を認めた。
力による統一を目指す覇王。
長年の歴史と結束を誇る剛天明王。
そして、その先には冥王の存在がある。
魔王国の覇権を懸けた天下分け目の戦いは、覇王軍にとって厳しい状況のまま推移していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、作戦どおりではあるがな」
ロウガは隣に立つディアボロスを見た。
先ほどまで劣勢を強いられていた覇王軍。しかし、その戦況は偶然生まれたものではなかった。
ディアボロスは、剛天明王軍との正面決戦で勝てないことを承知していたのだ。
兵数では上回っている。だが、兵の練度と組織の成熟度では、剛天明王軍が明らかに勝っている。
戦いを重ねれば、いずれ覇王軍の損害が膨らみ、敗北する。
かといって、兵を鍛え上げる時間もない。
ならば、勝つためには策を弄するしかなかった。
今回、ディアボロスが選んだのは、あえて自軍に離反者を出させるという奇策だった。
もともと剛天明王は、魔王国における穏健派の筆頭である。
無用な争いを避け、乱れた秩序を回復する。それが剛天明王の掲げる方針だった。
ならば、敵であっても投降してくる者を、安易に虐殺することはできない。
その判断を担うのは、当然、剛天明王軍の中核を成す者たちだ。
離反者が現れれば、現場は対応に追われる。末端の兵たちは本営に指示を求め、判断を下せる側近たちは各所へ派遣される。
予定になかった報告と伝令が重なれば、軍の中枢に負荷がかかる。
それが積み重なれば、どれほど統率された軍であろうと、一時的な混乱は避けられない。
ディアボロスは、その隙を作り出そうとしていた。
「だが、作戦どおりではあるが、こちらが不利であることには変わりないぞ」
ロウガの言葉には、懸念が滲んでいた。
この策は、敵だけでなく味方にも混乱をもたらす。離反者を意図的に出す以上、覇王軍の指揮系統も乱れざるを得ない。
しかも、剛天明王軍が立て直せば、数の上で劣る覇王軍は一気に追い込まれる。
勝機は、わずかな時間にしか存在しなかった。
「この機会を逃すことはできない」
ディアボロスは短く告げた。
敵の本営が混乱している間に、こちらの本隊を動かす。敵の中枢を急襲し、総大将である剛天明王を討つ。
それこそが、この策の本命だった。
「まあ、そうなるだろうな」
ロウガは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
そのときだった。
「報告します! 本陣に向け、冥王軍の一団が急速に接近しています!」
駆け込んできた伝令兵の報告に、ロウガの表情が変わった。
「何!?」
予想外の報告。いや、単純に予想外と片付けるべきではない。
ディアボロスは敵の進路を見据え、わずかに目を細めた。
「どうやら、こちらの策を読み切ったうえで、逆に利用してきたのか」
離反者への対応で本営が揺らぐ。その隙に敵本隊を討つ。
こちらが考えた戦術を、敵もまた理解していたのだ。
そして、相手もまた、勝利のために動いている。
「剛天明王が、真実、魔王国の魔王であるということだな」
その一団を率いているのは、おそらく剛天明王自身。
狙いは明白だった。
覇王軍の本陣を急襲し、ディアボロスを討つ。
互いの策が交差し、戦場は新たな局面へと移ろうとしていた。
「ならば、こちらも迎え撃つ」
ディアボロスは迷わなかった。
「覇王軍本隊、出撃せよ!」
王の命令が響き渡る。
覇王軍の本陣が動き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、あちらから仕掛けてくるのは予定外じゃないのか?」
ロウガは迫り来る敵軍を見据えながら、隣のディアボロスに問いかけた。
作戦そのものは理解している。だが、敵がこちらの本陣を狙って動いてきたことだけは、想定していなかった。
ディアボロスの策は奇策だ。正攻法から外れた発想であり、意図を正確に読み解くのは容易ではない。
むしろ、正統な戦術を重んじる者ほど、その真意にたどり着くのは難しいだろう。
ロウガ自身も、ディアボロスから策を説明されたときは、理解するまでに時間を要したのだから。
「おそらくだが、読まれたというより、あちらも似たような策を最初から実行するつもりだったと考える方が自然だな」
ディアボロスは、敵軍の動きからそう推測した。
もともと剛天明王も、覇王軍を切り崩すための謀略を用意していたのだろう。
実際、覇王軍から離反者が出る速度は、ディアボロスの予想を上回っていた。
敵が投降者を受け入れれば、現場の指揮官は対応を迫られる。通常ならば、本営との連絡や指示の伝達に追われ、軍の中枢は簡単には動けなくなるはずだった。
それにもかかわらず、剛天明王の本隊は動いている。
ならば、これは突発的な対応ではない。最初から想定されていた作戦行動と見るべきだ。
互いに相手の軍を切り崩し、その隙を突いて総大将を討つ。
両者は、似た結論にたどり着いていたのである。
「結果的には、こちらの望む展開になったことは僥倖と考えるべきだな」
「前向きに考えると、そうなるな」
ディアボロスの言葉に、ロウガは自分を納得させるように頷いた。
こちらの策が、完全に水泡に帰したわけではない。
剛天明王軍にも相応の負荷をかけられた。その効果が残っているうちに決着をつければ、勝機はある。
だが、時間は限られていた。
「後は時間との勝負だな」
ロウガは両の掌を打ち合わせ、拳を握り込んだ。
剛天明王軍には、乱れた指揮系統を立て直すだけの組織力がある。混乱が収束すれば、敵は本来の統率を取り戻すだろう。
そうなれば、数で劣る覇王軍に勝ち目はない。
敵の総攻撃が始まる前に、剛天明王を討つ。
それができなければ、覇王軍の敗北は決定的となる。
「ここからは、通常の戦いではない」
ディアボロスは、手にした天裂鞭を構えた。
節状の鋼が連なる武器。その無骨な輪郭が、王の手の中で静かに揺れる。
眼前には、剛天明王の軍勢が迫っていた。
兵の列は乱れず、先陣は迷いなく前進する。彼らもまた、この一戦に魔王国の覇権が懸かっていることを理解しているのだ。
ディアボロスは、白い眼を敵軍へと向けた。
「刮目して見るがいい。覇王の力の一端を!」
次の瞬間。
天裂鞭が、唸りを上げて解き放たれた。
幾重にも連なる鋼の節が、まるで生きた大蛇のようにうねる。
その鋼が牙を剥く先は、剛天明王軍の先陣だった。
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