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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
231/235

冥王の街

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「言い方を変えるけど、勝つ見込みがないわけじゃないわ」


アウレリアは、仲間たちの反応を見ながら言葉を続けた。


「あいつの総合力が、あたしを上回っているような感じね。あいつを十としたら、あたしは九、あるいは八くらい」


自分の実力を過大にも過小にも評価しない。アウレリアらしい率直な分析だった。


それでも、彼女が仮面の戦士を自分より上と判断した事実は重い。


「なるべく敵と単独で当たらないようにするべきだな」


グラーディスも唸るしかなかった。


仮面の戦士の正体は不明。敵か味方かもわからない。


だが、少なくとも単独で対処するには危険な相手だ。


「しかし、そうなると受動的な防衛戦は不利にしか働かないな」


グラーディスは腕を組んだ。


理想は各個撃破。


敵が連携する前に、一体ずつ確実に仕留めることだ。


そのためには、こちらから討って出る必要がある。


「しかし、死王たちの根拠地が判明しなければ、それもできないか」


有効な手段が見つからない。


そんな表情を浮かべるグラーディスに、イシュリアンが静かに口を開いた。


「いえ。奴らの根拠地は、それほど遠く離れた場所ではないと推測します」


「どういうことだい?」


問いかけに、イシュリアンは頷いた。


「レオニスたちが襲われた際、死王カオスは幻影体を使っていました。そのことから考えると、本体も近くにいた可能性があります」


(ああ、確かにそうだ)


レオニスは納得した。


カオスはわざわざ幻影体を差し向け、レオニスとフィデリアを抹殺しようとした。


だが、彼らは死王たちを打倒できるほどの戦力を持っていたわけではない。


カオスが警戒したのは、武力そのものではなかったはずだ。


むしろ、何か不都合な事実に気づきかけた。それゆえ、口を封じようとしたのではないか。


では、なぜカオスはレオニスたちの会話を知り得たのか。


レオニス個人の言葉を、常に監視していたのだろうか。


(……いや、それは考えにくい)


レオニスは迷うことなく、その可能性を退けた。


ならば、別の理由がある。


(もしかすると、死王カオスは、この街にいる人間すべての会話を聞いていたんじゃないだろうか)


あくまで推測にすぎない。


しかし、もし街全体の会話を把握できるのなら、レオニスたちの発言を察知したことにも説明がつく。


その時、実働部隊であるノクスとレヴェナントは、アウレリアたちと交戦していた。


だからこそ、カオス自身が動く必要があったのではないか。


取るに足りない人間を排除するだけなら、幻影体で十分。


そう判断した結果が、あの襲撃だったのだろう。


(そして、そこまで考えれば……どうして、そんなことをしていたのか)


レオニスの思考が、さらに一歩先へ進む。


死王たちは、仮面の戦士に罠を仕掛けている。


そう考えれば、いくつもの疑問がつながっていく。


この街で戦えば、聖剣の力は解放できない。


ならば、死王たちが作り上げているのは、単なる防衛拠点ではない。


仮面の戦士の力を封じるための戦場。


彼らは、そのためにこの街を利用しているのではないだろうか。


レオニスは、胸の内に浮かんだ推測を慎重に吟味した。


まだ確証はない。


だが、もしこの仮説が正しければ、死王たちの行動はすべて、仮面の戦士を追い詰めるための布石だったことになる。


そして、この街で戦う限り、彼らは相手の最大の武器を封じ続けられるのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……どうしたんだ?」


グラーディスが怪訝そうに眉を寄せた。


イシュリアンが唐突に魔法を発動したのだ。戦闘の最中ならともかく、今は仲間同士で話し合っている最中である。


彼女はすぐには答えず、レオニスへと視線を向けた。


その眼差しは、これで良いのですか、と問いかけている。


レオニスは小さく頷いた。


「ありがとうございます、リアン」


「いえ。これくらいなら問題ありません」


イシュリアンは平静に答えた。


彼女が展開したのは、外部からの干渉を遮断する結界だった。レオニスが持つ護符を介し、彼女に協力を求めたのである。


「死王カオスは、私とフィデリア様を『雑音』と表現していました。最初は比喩だと思っていましたが……文字どおり、私たちの会話を聞いていた可能性があります」


「街中の会話を、か?」


グラーディスが問い返す。


「はい。人々の声を音楽のように聞き分け、その中に混じった異質な音を察知する。そういう仕組みなのかもしれません」


もちろん、まだ推測にすぎない。


だが、カオスがレオニスたちを襲ったタイミングを考えれば、無視できる可能性ではなかった。


「死王カオスは、私がこの街の秘密について仮説を持ったことを嫌った。いえ……そもそも、街に疑問を抱くこと自体を嫌ったのだと思います」


「疑問?」


アウレリアが首を傾げる。


「冥王に対する疑問です」


レオニスは静かに答えた。


この街は発展している。人々は平穏に暮らし、互いに助け合っている。スカーレットは人々を救い、街の生活を支えていた。


一見すれば、何もおかしなところはない。


だからこそ、異常なのだ。


「この街では、冥王を疑わないことが常識になっている。仮に疑問を抱く人がいたとしても、周囲の大多数が異論を唱えなければ、やがて自分の考えを間違いだと思うようになるのでしょう」


「でも、それなら魔法で精神を操っているんじゃないの?」


アウレリアの問いに、イシュリアンが首を横に振った。


「それほど大規模な精神干渉が行われているなら、何らかの魔力的な痕跡を察知できるはずです。少なくとも、今の私には感じられません」


「おそらく、魔法はほとんど使われていないのでしょう」


レオニスは言葉を継いだ。


「最初に疑問を抱く者を排除し、従順に従う者だけを残す。それを何世代にもわたって繰り返したのだとしたら……」


子から親へ。親から子へ。


教えは受け継がれ、やがて疑う余地のない常識になる。


そこに魔法は必要ない。


人々にとっては、それが生まれたときから存在する日常なのだから。


「外から来た人間であっても、街に住み続ければ、周囲の常識に染まっていく。自分が以前に抱いていた疑問を忘れ、今の暮らしこそ正しいのだと思い込む……そんなことも起こり得るでしょう」


人間は社会の中で生きる。


だからこそ、周囲と異なる考えを持つことには不安が伴う。誰もが正しいと信じているものに疑問を呈すれば、異端者として扱われるからだ。


そして異端者が排除されれば、残された人々は何事もなかったかのように日常へ戻る。


疑問を抱く者が減り、従う者だけが残る。


その繰り返しが、街全体を覆う常識を形作ったのだとすれば。


「……洗脳に近いことを、社会そのものを使って行った。そういう仮説です」


レオニスは結論を急がなかった。


これほどの規模の街で、そんな仕組みが本当に成立するのか。まだ確証はない。


それでも、住民たちの言動とカオスの襲撃を説明する仮説としては、十分に筋が通っていた。


誰もが疑わず、誰もが疑う者を受け入れない。


その異常に気づく者さえ、いつしか周囲に溶け込んでしまう。


それこそが、レオニスの考える、この街の正体だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「それは正直、私の立場からは完全には非難できない戦略だな」


グラーディスは苦い笑みを浮かべた。


王族として、人々を統治する立場にある彼には、カオスの手法が理解できてしまうのだ。


力で命令する必要はない。


人々が自ら望んで従い、自分たちの社会に適応するよう仕向ければいい。


国が求める「望ましい民」の姿を人々に内面化させ、誰かに強制されずとも、そのとおりに振る舞わせる。


それは、統治のために用いられる目に見えない技術だった。


死王カオスは、その仕組みを利用して、この街を成立させているのかもしれない。


「レオニス。これを切り崩す策はあるかい?」


グラーディスに問われ、レオニスは少し考えてから答えた。


「効果があるのは、真実を語ることでしょう……」


隠された事実を明らかにする。


人々が当たり前だと思っていることに疑問を投げかけ、その裏にある不都合な構造を白日の下にさらす。


それができれば、街を覆う常識にも揺らぎが生じるはずだった。


だが、その手段には大きな問題がある。


疑問を口にする者が現れれば、カオスはそれを『雑音』と見なし、排除する。


真実を伝えるための声そのものが、届く前に消されてしまうのだ。


「手強いな」


「はい」


グラーディスとレオニスは、揃って溜息をついた。


厄介なのは、街の人々が現在の仕組みに不都合を感じていないことだった。


彼らにとって、今の暮らしは当たり前の日常である。疑問を抱く理由がなく、変化を望む必要もない。


そのような社会を、一度の説得で変えることは難しい。


確立された仕組みを覆すには、仕掛けた側が失策を犯すのを待つしかないのだろうか。


「別に悩む必要なんかないんじゃない?」


そのとき、アウレリアが口を挟んだ。


「どういうこと?」


レオニスが顔を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「つまり、死王を倒して街を解放すればいいんでしょ? 簡単じゃない」


「いや、それと、これとは……」


別問題だ。


そう言いかけて、レオニスは口を閉ざした。


果たして、本当に別問題なのだろうか。


カオスが人々の認識を操り、疑問を抱く者を排除しているのなら、その仕組みを維持している存在こそが問題の根源だ。


ならば、政治的な対抗策を用意し、街の人々を説得することだけが解決方法ではない。


レオニスはしばらく考え、やがて小さく頷いた。


「……いや、そうか。それでもいいんだ」


「どういうことだい、レオニス?」


グラーディスが続きを促す。


「私たちは、死王カオスの政治的な戦略に対して、同じような政治的対抗策を用意する必要はありません」


「ほう」


「世論を誘導しているカオスを排除すればいい。そうすれば、人々は少しずつ、今まで目を向けられなかったものに気づくはずです。そこから先は、彼ら自身が考え、街を再生していけばいい」


支配された人々を、別の誰かが導き直す必要はない。


まずは、彼らが自ら考えることを妨げている存在を取り除く。


その先で何を選ぶかは、街に暮らす人々に委ねればいいのだ。


「プロパガンダを失った後は、民意に任せるということか」


グラーディスは、感心したように呟いた。


カオスは、人々が疑問を抱かないという認知の隙を利用し、街を支配している。


ならば、こちらもまた、その支配を成立させている前提を突く。


街を変えるために、街全体を説得する必要はない。


その仕組みを操る者を倒す。


アウレリアの単純な提案は、複雑に絡み合った問題の核心を突いていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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