あいつは何?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会に戻った勇者一行とスカーレットは、ひとまず状況の整理を始めていた。
「死王カオスか……」
レオニスの報告を聞いたグラーディスは、厄介そうに眉を寄せた。
「魔王級の敵が二人もいるとは、頭が痛いな」
「いえ。最低でも、もう一人いますね」
そう告げたのはレイラだった。
「死王という存在については、ロウガから聞いています。私たちが戦った甲冑の怪物は、その特徴から考えて死王レヴェナントでしょう。そして、もう一人。死王ノクスという者もいるはずです」
「死王ノクス?」
「道化師のような姿をした敵だそうです」
(やはり、見間違いではなかったか)
レオニスは、原初の勇者レオンハルトの記憶で見た道化師の姿を思い出した。
そしてスカーレットと死王レヴェナントの戦いを盗み見していた存在。
あの死王も、現代まで存在していたのだ。
「ロウガの話では、彼らは単に強力なだけではありません。何をしても死なないように見えるそうです」
「不死身、ということでしょうか?」
イシュリアンの問いに、レイラは首を横に振った。
「ロウガの見立てでは、不死身を装っている可能性が高いとのことです」
「装っている?」
「はい。死王レヴェナントは、死王ノクスの影に擬態したものが本体だと、そう話していたそうです」
「なるほどね……」
アウレリアは納得したように呟き、頭を掻いた。
「つまり、あの甲冑を何体壊しても意味がないってことね。しかも、あの数で押し寄せられたら、街中じゃ思い切った攻撃もできない」
聖剣の力を解放すれば、敵をまとめて吹き飛ばすこともできる。
だが、その力は敵だけを選んで破壊してくれるわけではない。市街地で使えば、住民や建物まで巻き込む危険があった。
強大な力を持っていても、使えるとは限らない。
それが今のアウレリアたちの置かれた状況だった。
「死王ノクスについても、肉体を斬っても元通りになるそうです。不死身の仕組みまでは、まだ分かりませんが……」
「そんな二人を相手に、ロウガ殿はどうやって勝利したのですか?」
グラーディスは驚きを隠せなかった。
死なない敵を二体も相手にして勝利するなど、並の戦士にできることではない。
「ロウガは二人を凍結させ、封印したそうです。しかし、それを破った者がいる。おそらく、その張本人が死王カオスなのでしょう」
レイラの声に、苛立ちが滲んだ。
せっかく封じた脅威が再び動き出したのだ。彼女にとっても、看過できる事態ではない。
「それに、カオスについては気になることがあります」
レオニスが口を開いた。
「私たちが遭遇した死王カオスは、幻影体と呼ばれる、本体ではない分身体でした」
「幻影体……? そんな技術を使うのですか?」
イシュリアンが僅かに眉を動かした。
「魔力によって、自身の影のような存在を作り出す技術です。ただし、一般的な幻影体では、本体の一パーセントの力も発揮できません」
レオニスは、そこで言葉を切った。
「……ですが、死王カオスは、その幻影体で普通に魔法を使いました」
その場に沈黙が落ちた。
(それが本当なら、死王カオスの本体は、いったいどれほどの力を持っているんだ……)
先ほどの戦いを思い返すだけでも、背筋が冷たくなる。
倒したはずの敵が、実際には本体ですらなかった。
その事実は、死王たちの脅威を改めて突きつけていた。
重苦しい空気が一同を包む。
その中で、アウレリアがふとレオニスへ顔を向けた。
「それよりも、レオニス。あいつは何?」
「……あいつ、ですか?」
「さっき、フィデリアとレオニスと一緒にいた、聖剣を持ったあいつよ!」
アウレリアは真剣な表情で、レオニスをじっと見つめた。
死王たちの脅威とは別に、彼女にはどうしても確かめなければならないことがあった。
あの仮面の戦士は、何者なのか。
そして、なぜ聖剣を持っていたのか。
その答えを知る手掛かりを、レオニスは握っているはずだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……まずい流れだ)
レオニスは、アウレリアの問いに答えあぐねていた。
仮面の戦士。レオンハルトによく似た姿を持ち、聖剣を携え、死王カオスを一方的に打ち破った謎の人物。
その正体について、レオニスには一つの心当たりがある。
しかし、それを口にすることはできなかった。
視線の先には、フィデリアもいる。
原初の勇者レオンハルトが辿った運命。そして、聖剣にまつわる二つの結末。
それらを語れば、アウレリアとフィデリアの間に溝が生じるかもしれない。最悪の場合、勇者一行そのものが内部から崩壊する可能性さえあった。
「よくは、わからない。だけど、雰囲気から、死王と敵対しているんじゃないかと思う」
レオニスは、確実に言えることだけを口にした。
「……レオニス、あたしに隠し事してない?」
アウレリアの目が、真っ直ぐにレオニスを捉える。
その視線には、冗談めいた気配などなかった。
「……している」
レオニスは正直に答えた。
下手に嘘をついたり、曖昧な言葉で誤魔化したりすれば、かえって彼女の不信を招く。それならば、隠している事実だけでも認めるべきだった。
「……理由、教えて……」
「……正直、確証が持てないからだ。私たちが死王たちと敵対関係にあっても、あの仮面の戦士が味方とは限らない」
「敵の敵は味方とは限らないってこと?」
アウレリアの問いに、レオニスは静かに頷いた。
「だから、仮面の戦士の正体が判明するまでは、敵として警戒してほしい」
「心当たりがあるのよね。それも教えられない?」
「あの仮面の戦士の正体が、私の知っている相手と一致すれば教える」
それは、レオニスの本心だった。
あの戦士が原初の勇者レオンハルト本人だという保証はない。姿が似ているからといって、同一人物だと断定することはできなかった。
仮に本人だったとしても、アウレリアたちの味方であるとは限らない。
そもそも、レオンハルトは樹王になったはずの人物なのだ。今になって現れた仮面の戦士と、どう結びつくのか。それすら明らかではなかった。
「わかった。あいつのことは、話せる時に話して」
アウレリアは、それ以上の追及を一旦取り下げた。
(……一応、信頼されてるってことだよな)
レオニスは内心で胸を撫で下ろす。
すべてを打ち明けられなくとも、今は自分の言葉を受け入れてくれた。その事実に、彼はわずかな安堵を覚えた。
アウレリアは少し考え込むような表情を浮かべ、仲間たちへと目を向けた。
「正直、面倒な相手が一人増えたということが、現実よ」
「どういうことだ、アウレリア?」
グラーディスが問い返す。
アウレリアは腕を組み、先ほど対峙した仮面の戦士の姿を思い返すように目を細めた。
「向かい合っただけの、直感的な感想だけど。その仮面の戦士って奴は、強いわ」
彼女の口調は、いつもと変わらない。
だが、その言葉には普段以上の重みがあった。
「仮に、今のあたしが三本勝負を挑んだら……二対一で、あたしが負けるかもしれない」
その瞬間、場の空気が変わった。
アウレリアが類まれなる素質を持つ天才であることは、仲間たちの誰もが認めている。数々の強敵を前にしても、彼女は臆することなく剣を振るってきた。
その勇者が、自分の敗北を口にした。
確実に負けると言ったわけではない。それでも、勝てると断言できない相手が現れたという事実は、決して軽いものではなかった。
仲間たちは騒然となる。
仮面の戦士は、死王たちとは別の意味で、彼らにとって無視できない脅威となっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




