やめなさい、アウレリア!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人は、動かなかった。
アウレリアと、仮面の戦士。
互いに聖剣を手にしたまま、相手の一挙手一投足を見極めようとしている。
静寂が広がる。
周囲の空気が、二人を中心に凝縮されていくかのようだった。わずかな物音さえ、戦端を開く合図になりかねない。
アウレリアの眼光が鋭さを増した。
呼吸を整え、意識を研ぎ澄ます。白銀の聖剣に宿る光が収束し、その刀身に力が集まっていく。
聖剣極刑。
聖剣の力を、いつでも解放できる状態にまで、アウレリアは戦闘態勢を引き上げていた。
(それほど、警戒するのか……)
レオニスは、彼女の変化を見逃さなかった。
普段のアウレリアとは明らかに違う。目の前の仮面の戦士を、それほど危険な相手だと判断しているのだ。
しかし、彼が本当に敵なのかは分からない。
死王カオスを一方的に撃破したこと。そして、あの聖剣を所持していること。疑問は尽きないが、敵意があると断定できる材料もなかった。
(せめて、あっちが先に戦闘態勢を解いてくれれば……)
だが、仮面の戦士も動かなかった。
カオスに対しては、問答無用で斬りかかった彼が、今はアウレリアを警戒している。
聖剣を向けたまま、不動の構えを維持していた。
どちらかが不用意に動けば、即座に斬り合いが始まる。
言葉も交わさず、二人の勇者は互いを牽制し続けた。
「やめなさい、アウレリア!」
沈黙を破ったのは、フィデリアだった。
彼女は臆することなく、二人の間へと歩み出る。
そして、両手を大きく広げた。
「ちょっ、フィデリア!? 危ないよ!」
アウレリアが声を上げる。
戦闘態勢こそ崩さなかったものの、フィデリアを巻き込む攻撃だけはできない。彼女は動きを止め、仮面の戦士を鋭く睨みつけた。
その眼差しは、フィデリアに危害を加えれば決して許さないと告げていた。
フィデリアはアウレリアに背を向け、仮面の戦士へと静かに向き直る。
「そちらの方も、剣を退いていただけますでしょうか?」
穏やかな声だった。
だが、退くことを求める意思は明確だった。
「アウレリアも剣を鞘に。この方は、私たちを助けてくれました」
「え!? そうなの?」
アウレリアの表情から、わずかに鋭さが消えた。
それでも、すぐには剣を収めない。警戒を解くには、まだ分からないことが多すぎた。
「助けていただいたことは感謝いたします」
フィデリアは礼を述べた。
その視線は、仮面の戦士が握る聖剣へと向けられている。
「……あなたは、誰ですか。何故、聖剣を所有しているのです?」
(あれは本物の聖剣なのか……)
レオニスは息を呑んだ。
フィデリアは、目の前の剣を本物の聖剣だと認めたのだ。
ならば、あの戦士は何者なのか。
レオニスの疑問が深まる中、仮面の戦士は答えなかった。
ただ静かに、聖剣を鞘へと戻す。
「あ!?」
アウレリアが反応した時には、もう遅かった。
仮面の戦士は身を翻し、建物の屋根へと跳躍する。現れた時とは逆再生するかのように、音もなく屋根の向こうへと消えていった。
残された三人は、しばらくその場に立ち尽くした。
「追跡したいのはやまやまなんだけど、教会に戻らないと」
アウレリアは名残惜しそうに屋根を見上げたものの、すぐに気持ちを切り替えた。
まだ戦闘は終わっていない。ここで追跡に時間を費やすわけにはいかなかった。
(やはり、あれはレオンハルトなのか……)
レオニスの疑問は、何一つ解消されていない。
仮面の戦士の正体も、聖剣を持つ理由も、何もかもが謎のままだ。
それでも、強大な聖剣を持つ二人が刃を交える事態は避けられた。
レオニスは、胸の内に残る不安を抱えながらも、ひとまず安堵の息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アウレリアは、フィデリアとレオニスを連れて教会へと急いでいた。
聖剣は鞘に収めていない。仮面の戦士が姿を消したとはいえ、警戒を解くつもりはなかった。
「さすがに、レオニスとフィデリアを背負ってたら、何かあったときに対応できないからね」
言われたレオニスはフィデリアを背負いながら走っていた。
教会までは一キロもない。だが、フィデリア自身が走るよりも、この方が早いと判断したのだ。
「アウレリア、あっちはどうなっているんだ?」
レオニスが尋ねる。
「変な甲冑が、わんさと湧いて出てきてる」
「……スカーレットさんを襲った奴か」
「そう。グラディとリアンがいるから、大丈夫だと思うけど」
アウレリアはそう答えながらも、周囲への警戒を緩めなかった。
やがて教会が見えてきた。
その直前、アウレリアが足を止める。
「グラーディス様、リアン、スカーレットさん!」
前方から、三人がこちらへ走ってくる。
無事な姿を確認したレオニスは、ようやく安堵の息をついた。フィデリアを背中から降ろす。
「フィデリア様、ご無事で!」
グラーディスの表情にも、隠しきれない安堵が浮かんでいた。
「はい。大丈夫です」
フィデリアは小さく頷いた。
「レオニス、無事で!」
次の瞬間、イシュリアンが駆け寄ってきた。
彼女はレオニスの頬を両手で包み込み、顔を覗き込むようにして見つめる。
「は、はい。お陰様で」
あまりにも近い距離に、レオニスは戸惑った。
それでも、彼女がどれほど心配していたのかは伝わってくる。だからこそ、安心させようと精一杯の笑顔を作った。
「リアンも、無事で良かった」
その言葉に、イシュリアンは珍しく呆気にとられた。
やがて、彼女はそっと手を離す。
「……レオニスも、無事で良かった……です」
消え入りそうな声だった。
その微妙な変化に気づく者はいなかった。
「どうやら、そちらは目的を達成したようですね」
スカーレットがアウレリアたちに声をかける。
「ま、間一髪って感じだったけどね」
アウレリアはそう答えながら、周囲を見回した。
「あいつらは?」
「それが、急に消えてしまいました」
「消えた?」
「はい。ですので、アウレリアたちの方へ向かったのだと思い、こちらに来たのですが……」
「いや、こっちには来ていないわ」
アウレリアの返答に、スカーレットは眉をひそめた。
「では、奴らはどこへ?」
「さあ、分かんないわね」
アウレリアは剣先を下げ、ようやく聖剣を鞘に戻した。
「でも、これで終わったとは、さすがに言えないわ」
「そうですね」
スカーレットも同意するように頷いた。
レオニスは、これまでの出来事を振り返っていた。
目的の分からない死王たちの襲撃。突然の撤退。そして、彼らの前に現れた仮面の戦士。
何もかもが、不可解だった。
(死王たちの狙いは、おそらく勇者と聖剣……。けれど、それはアウレリアを狙ったものではないのかもしれない)
死王カオスは、仮面の戦士を明らかに知っている様子だった。
ならば、今回の襲撃には、勇者を倒すこととは別の目的があったのではないか。
レオニスは、仮面の戦士が消えていった方角へ目を向けた。
あの戦士は、本当に原初の勇者レオンハルトなのだろうか。
確かな答えは、まだ何一つ得られていなかった。
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