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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
229/235

やめなさい、アウレリア!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



二人は、動かなかった。


アウレリアと、仮面の戦士。


互いに聖剣を手にしたまま、相手の一挙手一投足を見極めようとしている。


静寂が広がる。


周囲の空気が、二人を中心に凝縮されていくかのようだった。わずかな物音さえ、戦端を開く合図になりかねない。


アウレリアの眼光が鋭さを増した。


呼吸を整え、意識を研ぎ澄ます。白銀の聖剣に宿る光が収束し、その刀身に力が集まっていく。


聖剣極刑。


聖剣の力を、いつでも解放できる状態にまで、アウレリアは戦闘態勢を引き上げていた。


(それほど、警戒するのか……)


レオニスは、彼女の変化を見逃さなかった。


普段のアウレリアとは明らかに違う。目の前の仮面の戦士を、それほど危険な相手だと判断しているのだ。


しかし、彼が本当に敵なのかは分からない。


死王カオスを一方的に撃破したこと。そして、あの聖剣を所持していること。疑問は尽きないが、敵意があると断定できる材料もなかった。


(せめて、あっちが先に戦闘態勢を解いてくれれば……)


だが、仮面の戦士も動かなかった。


カオスに対しては、問答無用で斬りかかった彼が、今はアウレリアを警戒している。


聖剣を向けたまま、不動の構えを維持していた。


どちらかが不用意に動けば、即座に斬り合いが始まる。


言葉も交わさず、二人の勇者は互いを牽制し続けた。


「やめなさい、アウレリア!」


沈黙を破ったのは、フィデリアだった。


彼女は臆することなく、二人の間へと歩み出る。


そして、両手を大きく広げた。


「ちょっ、フィデリア!? 危ないよ!」


アウレリアが声を上げる。


戦闘態勢こそ崩さなかったものの、フィデリアを巻き込む攻撃だけはできない。彼女は動きを止め、仮面の戦士を鋭く睨みつけた。


その眼差しは、フィデリアに危害を加えれば決して許さないと告げていた。


フィデリアはアウレリアに背を向け、仮面の戦士へと静かに向き直る。


「そちらの方も、剣を退いていただけますでしょうか?」


穏やかな声だった。


だが、退くことを求める意思は明確だった。


「アウレリアも剣を鞘に。この方は、私たちを助けてくれました」


「え!? そうなの?」


アウレリアの表情から、わずかに鋭さが消えた。


それでも、すぐには剣を収めない。警戒を解くには、まだ分からないことが多すぎた。


「助けていただいたことは感謝いたします」


フィデリアは礼を述べた。


その視線は、仮面の戦士が握る聖剣へと向けられている。


「……あなたは、誰ですか。何故、聖剣を所有しているのです?」


(あれは本物の聖剣なのか……)


レオニスは息を呑んだ。


フィデリアは、目の前の剣を本物の聖剣だと認めたのだ。


ならば、あの戦士は何者なのか。


レオニスの疑問が深まる中、仮面の戦士は答えなかった。


ただ静かに、聖剣を鞘へと戻す。


「あ!?」


アウレリアが反応した時には、もう遅かった。


仮面の戦士は身を翻し、建物の屋根へと跳躍する。現れた時とは逆再生するかのように、音もなく屋根の向こうへと消えていった。


残された三人は、しばらくその場に立ち尽くした。


「追跡したいのはやまやまなんだけど、教会に戻らないと」


アウレリアは名残惜しそうに屋根を見上げたものの、すぐに気持ちを切り替えた。


まだ戦闘は終わっていない。ここで追跡に時間を費やすわけにはいかなかった。


(やはり、あれはレオンハルトなのか……)


レオニスの疑問は、何一つ解消されていない。


仮面の戦士の正体も、聖剣を持つ理由も、何もかもが謎のままだ。


それでも、強大な聖剣を持つ二人が刃を交える事態は避けられた。


レオニスは、胸の内に残る不安を抱えながらも、ひとまず安堵の息を吐いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アウレリアは、フィデリアとレオニスを連れて教会へと急いでいた。


聖剣は鞘に収めていない。仮面の戦士が姿を消したとはいえ、警戒を解くつもりはなかった。


「さすがに、レオニスとフィデリアを背負ってたら、何かあったときに対応できないからね」


言われたレオニスはフィデリアを背負いながら走っていた。


教会までは一キロもない。だが、フィデリア自身が走るよりも、この方が早いと判断したのだ。


「アウレリア、あっちはどうなっているんだ?」


レオニスが尋ねる。


「変な甲冑が、わんさと湧いて出てきてる」


「……スカーレットさんを襲った奴か」


「そう。グラディとリアンがいるから、大丈夫だと思うけど」


アウレリアはそう答えながらも、周囲への警戒を緩めなかった。


やがて教会が見えてきた。


その直前、アウレリアが足を止める。


「グラーディス様、リアン、スカーレットさん!」


前方から、三人がこちらへ走ってくる。


無事な姿を確認したレオニスは、ようやく安堵の息をついた。フィデリアを背中から降ろす。


「フィデリア様、ご無事で!」


グラーディスの表情にも、隠しきれない安堵が浮かんでいた。


「はい。大丈夫です」


フィデリアは小さく頷いた。


「レオニス、無事で!」


次の瞬間、イシュリアンが駆け寄ってきた。


彼女はレオニスの頬を両手で包み込み、顔を覗き込むようにして見つめる。


「は、はい。お陰様で」


あまりにも近い距離に、レオニスは戸惑った。


それでも、彼女がどれほど心配していたのかは伝わってくる。だからこそ、安心させようと精一杯の笑顔を作った。


「リアンも、無事で良かった」


その言葉に、イシュリアンは珍しく呆気にとられた。


やがて、彼女はそっと手を離す。


「……レオニスも、無事で良かった……です」


消え入りそうな声だった。


その微妙な変化に気づく者はいなかった。


「どうやら、そちらは目的を達成したようですね」


スカーレットがアウレリアたちに声をかける。


「ま、間一髪って感じだったけどね」


アウレリアはそう答えながら、周囲を見回した。


「あいつらは?」


「それが、急に消えてしまいました」


「消えた?」


「はい。ですので、アウレリアたちの方へ向かったのだと思い、こちらに来たのですが……」


「いや、こっちには来ていないわ」


アウレリアの返答に、スカーレットは眉をひそめた。


「では、奴らはどこへ?」


「さあ、分かんないわね」


アウレリアは剣先を下げ、ようやく聖剣を鞘に戻した。


「でも、これで終わったとは、さすがに言えないわ」


「そうですね」


スカーレットも同意するように頷いた。


レオニスは、これまでの出来事を振り返っていた。


目的の分からない死王たちの襲撃。突然の撤退。そして、彼らの前に現れた仮面の戦士。


何もかもが、不可解だった。


(死王たちの狙いは、おそらく勇者と聖剣……。けれど、それはアウレリアを狙ったものではないのかもしれない)


死王カオスは、仮面の戦士を明らかに知っている様子だった。


ならば、今回の襲撃には、勇者を倒すこととは別の目的があったのではないか。


レオニスは、仮面の戦士が消えていった方角へ目を向けた。


あの戦士は、本当に原初の勇者レオンハルトなのだろうか。


確かな答えは、まだ何一つ得られていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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