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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
228/235

復活

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『命令する、排除されろ!』


死王カオスの指先から、漆黒の闇が生まれた。


闇は一直線にレオニスたちへと放たれる。逃げる間も、防ぐ手段もない。まともに受ければ、二人の命は一瞬で消し飛ぶだろう。


「フィデリア様、お逃げください!」


レオニスは震える足で、フィデリアの前に立ち塞がった。


無意味な行為だ。


そんなことは、彼自身が一番よく理解していた。


普段のレオニスなら、こんな判断はしない。


勝算のない行動を避け、少しでも生き残る可能性を探す。


それが彼のやり方だった。


冷静な自分が、今の行動を呆れて見ている。


しかし――。


(リアンの護符がある。運が良ければ、一発程度、盾になれるかもしれない!)


フィデリアと一緒に逃げたところで、二人とも確実にやられる。


ならば、せめて彼女だけでも。


ほんの僅かな可能性に賭けるしかなかった。


恐怖が全身を支配する。


膝が震え、呼吸が乱れる。


逃げ出したいという本能が、頭の中で悲鳴を上げていた。


それでも、レオニスは目を閉じなかった。


残された矜持だけを頼りに、迫り来る闇を見据える。


(ごめん……。精一杯、足掻いてみた……)


ふと、一人の少女の姿が脳裏を過った。


アウレリア。


自分の生き方を変えた、勇者。


彼女と出会わなければ、今の自分はここに立っていなかっただろう。


理不尽を前にしても、誰かを守るために立ち向かう。


そんな選択を、自分がするとは思いもしなかった。


(君みたいにはいかないな、アウレリア……)


そう思った瞬間、不思議なことに恐怖が薄れていった。


恐怖が消えたわけではない。


死にたくないという気持ちも、足の震えも、そのままだった。


それでも、レオニスの口元には小さな笑みが浮かんでいた。


(やっぱり、君は……)


闇が目前へと迫る。


次の瞬間、レオニスの身体は跡形もなく消し飛ぶはずだった。


『なっ!?』


「えっ!?」


カオスとレオニスが、同時に声を上げた。


どこからともなく飛来した光弾が、漆黒の闇を貫いたのだ。


闇は内側から砕け散り、黒い粒子となって空中へ霧散する。


間髪入れず、二発目、三発目の光弾が飛来した。


狙いは死王カオス。


だが、カオスの眼前に新たな闇が広がり、光弾を次々と相殺していく。


「誰かが……間に合ったのか!」


死を免れたレオニスは、その場にへたり込んだ。


張り詰めていた緊張が一気に途切れ、腰に力が入らない。


フィデリアは光弾が飛来した方向へと顔を向けた。


カオスもまた、もはやレオニスを見てはいなかった。


二人の視線が交わる先。


そこに何がいるのかを確かめようと、レオニスもゆっくりと顔を上げる。


そして、その姿を認めた瞬間、彼は愕然とした。


「馬鹿な……。あるわけがない……」


建物の屋根の上。


そこに、一人の仮面の戦士が立っていた。


手には弓。


その姿を、レオニスは知っている。


忘れるはずがなかった。


だが、ここにいるはずがないのだ。


かつて冥王と戦い、原初の時代を生きた勇者。


その記憶の中で見た姿が、なぜ今、この場所にあるのか。


理解が追いつかない。


それでも、レオニスは震える声で、その名を口にした。


「……レオンハルト……」


視線の先には、原初の勇者が立っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




(……あれは、聖弓……)


レオンハルトが手にしていた弓を見て、レオニスは息を呑んだ。


それは、原初の勇者の記憶の中で見たものだった。


かつて、原初の時代に生きたアウレリアが所持していた聖弓。


なぜ、それをレオンハルトが持っているのか。


疑問が浮かんだ、その直後だった。


レオンハルトは聖弓を手元から消失させると、腰の剣に手を添えた。


次の瞬間、地を蹴る。


『何故、ここにいる! ノクスたちは何をしている!』


死王カオスが苛立ちを露わにした。


その声が響き終わるよりも早く、レオンハルトの剣が閃いた。


一閃。


聖剣が、カオスの身体を袈裟懸けに斬り裂く。


『おのれ、また邪魔をする気か、勇者め!』


カオスの身体が傾いた。


その断面から、砂で造られた像が崩れるように、黒い欠片がこぼれ落ちる。まるで強風に晒された彫像のように、身体そのものが風化していった。


『くっ、幻影体でなく、本体であれば、このような不覚を……』


カオスの声が途切れかける。


それでも、彼は最後まで言葉を紡ごうとした。


『だが、今回は、私たちの勝ち……!?』


言葉が終わる前に、レオンハルトは再び剣を振るった。


崩れかけたカオスの身体が、粉々に砕け散る。


その一撃をもって、死王カオスの姿は完全に消え失せた。


あまりにも一方的な決着だった。


レオンハルトは何も語らず、聖剣を握ったまま静かに立っている。


その姿を前に、フィデリアが珍しく動揺を滲ませた声を上げた。


「……何故、何者です……」


彼女にも、心当たりはないらしい。


(……フィデリア様が何かしたわけではないのか……?)


レオニスも状況を理解できずにいた。


この危機に、フィデリアがレオンハルトを呼び出したのではないか。


そんな可能性も考えていた。


だが、彼女の反応を見る限り、その考えは違うようだった。


(……しかし、レオンハルトの姿をしているからと言って、まだ本人と断定するのは早急か……)


レオニスは慎重に、仮面の戦士を観察した。


姿は、記憶の中で見たレオンハルトそのものだ。


手にしている聖剣も、かつての記憶と結びついている。


だが、確かな証拠にはならない。


(だが、私はレオンハルトを知っていても、あっちはそうじゃない)


レオニスが知っているのは、あくまでも彼の記憶だった。


一方的に相手を知っているだけで、直接言葉を交わしたこともない。


それに――。


(……レオンハルトは、樹王になったはずだ)


記憶の中で起きた出来事が事実なら、目の前の存在が本当にレオンハルトであるのかさえ、疑わしい。


仮面の下にあるものが樹王ならば、話し合いが成立する保証もない。


どうするべきか。


レオニスが判断を躊躇した、その時だった。


「フィデリア! レオニス!」


風のように、一人の少女が駆け込んできた。


アウレリアだった。


彼女は二人の前に滑り込むと、フィデリアを庇うように立つ。


「何か、襲われてるって聞いてたけど、間に合ったみたいね」


安堵を滲ませた言葉は、すぐに途切れた。


アウレリアの視線が、静かに立つ仮面の戦士へと向けられる。


「あいつが、敵?」


その眼差しから柔らかさが消えた。


聖剣を握る手に力がこもり、彼女の身体が戦いに備える。


原初の時代を生きた勇者と、現代を生きる勇者。


二人の勇者が、冥王の街で対峙した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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