復活
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『命令する、排除されろ!』
死王カオスの指先から、漆黒の闇が生まれた。
闇は一直線にレオニスたちへと放たれる。逃げる間も、防ぐ手段もない。まともに受ければ、二人の命は一瞬で消し飛ぶだろう。
「フィデリア様、お逃げください!」
レオニスは震える足で、フィデリアの前に立ち塞がった。
無意味な行為だ。
そんなことは、彼自身が一番よく理解していた。
普段のレオニスなら、こんな判断はしない。
勝算のない行動を避け、少しでも生き残る可能性を探す。
それが彼のやり方だった。
冷静な自分が、今の行動を呆れて見ている。
しかし――。
(リアンの護符がある。運が良ければ、一発程度、盾になれるかもしれない!)
フィデリアと一緒に逃げたところで、二人とも確実にやられる。
ならば、せめて彼女だけでも。
ほんの僅かな可能性に賭けるしかなかった。
恐怖が全身を支配する。
膝が震え、呼吸が乱れる。
逃げ出したいという本能が、頭の中で悲鳴を上げていた。
それでも、レオニスは目を閉じなかった。
残された矜持だけを頼りに、迫り来る闇を見据える。
(ごめん……。精一杯、足掻いてみた……)
ふと、一人の少女の姿が脳裏を過った。
アウレリア。
自分の生き方を変えた、勇者。
彼女と出会わなければ、今の自分はここに立っていなかっただろう。
理不尽を前にしても、誰かを守るために立ち向かう。
そんな選択を、自分がするとは思いもしなかった。
(君みたいにはいかないな、アウレリア……)
そう思った瞬間、不思議なことに恐怖が薄れていった。
恐怖が消えたわけではない。
死にたくないという気持ちも、足の震えも、そのままだった。
それでも、レオニスの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
(やっぱり、君は……)
闇が目前へと迫る。
次の瞬間、レオニスの身体は跡形もなく消し飛ぶはずだった。
『なっ!?』
「えっ!?」
カオスとレオニスが、同時に声を上げた。
どこからともなく飛来した光弾が、漆黒の闇を貫いたのだ。
闇は内側から砕け散り、黒い粒子となって空中へ霧散する。
間髪入れず、二発目、三発目の光弾が飛来した。
狙いは死王カオス。
だが、カオスの眼前に新たな闇が広がり、光弾を次々と相殺していく。
「誰かが……間に合ったのか!」
死を免れたレオニスは、その場にへたり込んだ。
張り詰めていた緊張が一気に途切れ、腰に力が入らない。
フィデリアは光弾が飛来した方向へと顔を向けた。
カオスもまた、もはやレオニスを見てはいなかった。
二人の視線が交わる先。
そこに何がいるのかを確かめようと、レオニスもゆっくりと顔を上げる。
そして、その姿を認めた瞬間、彼は愕然とした。
「馬鹿な……。あるわけがない……」
建物の屋根の上。
そこに、一人の仮面の戦士が立っていた。
手には弓。
その姿を、レオニスは知っている。
忘れるはずがなかった。
だが、ここにいるはずがないのだ。
かつて冥王と戦い、原初の時代を生きた勇者。
その記憶の中で見た姿が、なぜ今、この場所にあるのか。
理解が追いつかない。
それでも、レオニスは震える声で、その名を口にした。
「……レオンハルト……」
視線の先には、原初の勇者が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……あれは、聖弓……)
レオンハルトが手にしていた弓を見て、レオニスは息を呑んだ。
それは、原初の勇者の記憶の中で見たものだった。
かつて、原初の時代に生きたアウレリアが所持していた聖弓。
なぜ、それをレオンハルトが持っているのか。
疑問が浮かんだ、その直後だった。
レオンハルトは聖弓を手元から消失させると、腰の剣に手を添えた。
次の瞬間、地を蹴る。
『何故、ここにいる! ノクスたちは何をしている!』
死王カオスが苛立ちを露わにした。
その声が響き終わるよりも早く、レオンハルトの剣が閃いた。
一閃。
聖剣が、カオスの身体を袈裟懸けに斬り裂く。
『おのれ、また邪魔をする気か、勇者め!』
カオスの身体が傾いた。
その断面から、砂で造られた像が崩れるように、黒い欠片がこぼれ落ちる。まるで強風に晒された彫像のように、身体そのものが風化していった。
『くっ、幻影体でなく、本体であれば、このような不覚を……』
カオスの声が途切れかける。
それでも、彼は最後まで言葉を紡ごうとした。
『だが、今回は、私たちの勝ち……!?』
言葉が終わる前に、レオンハルトは再び剣を振るった。
崩れかけたカオスの身体が、粉々に砕け散る。
その一撃をもって、死王カオスの姿は完全に消え失せた。
あまりにも一方的な決着だった。
レオンハルトは何も語らず、聖剣を握ったまま静かに立っている。
その姿を前に、フィデリアが珍しく動揺を滲ませた声を上げた。
「……何故、何者です……」
彼女にも、心当たりはないらしい。
(……フィデリア様が何かしたわけではないのか……?)
レオニスも状況を理解できずにいた。
この危機に、フィデリアがレオンハルトを呼び出したのではないか。
そんな可能性も考えていた。
だが、彼女の反応を見る限り、その考えは違うようだった。
(……しかし、レオンハルトの姿をしているからと言って、まだ本人と断定するのは早急か……)
レオニスは慎重に、仮面の戦士を観察した。
姿は、記憶の中で見たレオンハルトそのものだ。
手にしている聖剣も、かつての記憶と結びついている。
だが、確かな証拠にはならない。
(だが、私はレオンハルトを知っていても、あっちはそうじゃない)
レオニスが知っているのは、あくまでも彼の記憶だった。
一方的に相手を知っているだけで、直接言葉を交わしたこともない。
それに――。
(……レオンハルトは、樹王になったはずだ)
記憶の中で起きた出来事が事実なら、目の前の存在が本当にレオンハルトであるのかさえ、疑わしい。
仮面の下にあるものが樹王ならば、話し合いが成立する保証もない。
どうするべきか。
レオニスが判断を躊躇した、その時だった。
「フィデリア! レオニス!」
風のように、一人の少女が駆け込んできた。
アウレリアだった。
彼女は二人の前に滑り込むと、フィデリアを庇うように立つ。
「何か、襲われてるって聞いてたけど、間に合ったみたいね」
安堵を滲ませた言葉は、すぐに途切れた。
アウレリアの視線が、静かに立つ仮面の戦士へと向けられる。
「あいつが、敵?」
その眼差しから柔らかさが消えた。
聖剣を握る手に力がこもり、彼女の身体が戦いに備える。
原初の時代を生きた勇者と、現代を生きる勇者。
二人の勇者が、冥王の街で対峙した。
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