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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
227/235

命令します

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……死王カオス……」


レオニスは、その名を呟いた。


相手の正体も、能力も分からない。だが、目の前に立つ存在が危険であることだけは、嫌というほど伝わってきた。


レオニスはフィデリアを庇うように一歩前へ出た。


戦士でもなければ、魔術師でもない。王国の文官である彼に、死王を相手に戦う力などない。


それでも、何もしないまま彼女を差し出すわけにはいかなかった。


死王ノクスとは異なる、もう一人の死王。


その漆黒のフードの奥から、カオスの声が響いた。


「……どうして、ここに現れたのですか」


レオニスは、震えを押し殺して尋ねた。


『私の音楽に雑音は不要。不協和音を生むだけです』


カオスは、静かに答えた。


まるで、演奏の邪魔をする者をたしなめるかのような口調だった。


『安心して耳を傾け、委ねるためには、雑音を自ら消すと決めているのです』


その言葉とともに、カオスは芝居がかった仕草で二人を指し示した。


『そして、完全に消えたことを確認しなければ、安心することなどできません』


レオニスの背筋に、冷たいものが走った。


脅しではない。


相手を恐怖させるために、わざと残酷な言葉を選んでいるわけでもない。


カオスは、本当にそうするつもりなのだ。


(……こいつは、いろいろな意味で危険すぎる)


レオニスは、懐に手を入れた。


指先が触れたのは、イシュリアンから渡された護符だった。


教会にいる仲間たちと、ここはそう遠く離れていない。護符を通じて連絡できれば、救援に駆けつけてもらうことも可能なはずだ。


アウレリアも、グラーディスもいる。


彼女たちなら、この状況を打開できるかもしれない。


レオニスは護符に意識を集中させた。


やがて、イシュリアンの声が届く。


(……申し訳ありません。すぐにはそちらへ向かえそうにありません)


(な、何故ですか?)


予想外の返答に、レオニスは思わず問い返した。


しかし、返ってきた声には余裕がなかった。


(ですから、フィデリア様を連れて、なるべく遠くへ逃げてください……!)


そこで、声が途切れた。


直後だった。


轟音が街を震わせた。


遠く、教会のある方角から響いた音だった。空気を揺さぶる衝撃に、レオニスは思わずそちらへ顔を向ける。


(あちらも、危機に陥っている……?)


アウレリアたちがいる。グラーディスもいる。スカーレットもいるはずだ。


それでも、イシュリアンは救援に来られないと言った。


ならば、教会側にも相応の脅威が現れたと考えるべきだろう。


レオニスは唇を引き結んだ。


(しかし……逃げろと言われても)


視線を戻す。


漆黒のローブをまとった死王カオスは、微動だにせず、二人を見据えていた。


レオニスには、相手の実力を測る術がない。


だが、その存在感と、死王という名が示すものを考えれば、魔王級の力を持っていても不思議ではなかった。


自分に何ができるのか。


答えは、考えるまでもなく明らかだった。


戦えば、勝ち目はない。


逃げ切れる保証もない。


それでも、フィデリアを守らなければならない。


『命令します』


カオスの声が、静かに響いた。


『排除されなさい!』


その指先に、漆黒の闇が生まれた。


次の瞬間、闇は二人へ向かって放たれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……ん?」


最初に異変を察知したのは、アウレリアだった。


空気が変わった。


そう感じた瞬間、彼女は迷わず聖剣を抜き放つ。


「……グラディ!リアン!」


叫んだ直後だった。


教会の扉が轟音とともに砕け散った。


吹き飛んだ扉の向こうから、漆黒の塊が飛び込んでくる。その巨体が狙ったのは、修道女スカーレットだった。


「節操がないな!」


グラーディスが聖盾を構え、二人の間に割り込む。


重い衝撃が響いた。


盾で敵の突進を受け止めた、その一瞬。


「聖剣極刑!」


アウレリアの聖剣が閃いた。


刃は黒い甲冑を両断し、死王レヴェナントの身体を上下に切り分ける。


「……アウレリア!」


グラーディスの叫びが響いた。


彼女の背後。破壊された教会の扉から、もう一体のレヴェナントが迫っていたのだ。


「聖杖解放――天断閃!」


イシュリアンが聖杖を掲げる。


放たれた光弾が黒い甲冑を抉り、巨体を吹き飛ばした。


だが、安堵する暇はなかった。


その背後から、さらに別のレヴェナントが姿を現した。


「……ちっ」


レイラが舌打ちする。


彼女の操る鎖が敵の身体に巻きつき、勢いよく引き寄せた。そのまま壁へ叩きつけ、動きを封じる。


「……レイラ!」


アウレリアが声を上げた、その瞬間。


頭上で、ガラスの砕ける音が響いた。


教会の天窓を突き破り、数体の黒い影が降下してくる。


「不浄なるモノめ!」


スカーレットが大剣を振るった。


落下してきたレヴェナントたちが、次々と両断される。


「なによ、こいつら!」


アウレリアも聖剣を振り抜き、一体を粉砕した。


しかし、敵は止まらなかった。


破壊された扉の向こうから、また一体。


天窓から、さらに数体。


倒したはずの敵が消えた場所を埋めるように、新たな黒い甲冑が押し寄せてくる。


どれだけ斬り伏せても、敵の数は減らない。


「……物量で押し潰すつもりか!」


グラーディスが敵の狙いを見抜いた。


戦術そのものは単純だ。


ただし、単純だからこそ厄介だった。


一体ずつ倒すことができても、その間に新たな敵が現れる。迎撃に手を取られれば、仲間を守る余裕も失われていく。


教会の中は、瞬く間に乱戦と化した。


そして、その様子を外から眺める者がいた。


黒い仮面に笑みを刻んだ、細身の道化師。


死王ノクスだった。


『さて、さて。これは良い余興だ』


ノクスの隣では、漆黒の甲冑が次々と形を成していく。


新たに現れたレヴェナントたちは、まるで軍隊のように隊列を整え、教会へ向かって進み始めた。


その足取りに、迷いも躊躇もない。


『死王レヴェナントの無限攻撃に、どこまで持ちこたえられるかな?』


ノクスは愉快そうに肩を揺らした。


『勇者よ!』


高らかな笑い声が、戦場の空気を震わせる。


教会へ押し寄せる黒い軍勢は、なおも増え続けていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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