不思議に思えたのです
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フィデリアの質問は、まだ続いていた。
「その『生誕祭』というものは、十年前より以前にも行われていたのですか?」
問いかけを受けた住人たちは、顔を見合わせた。
「何度かやっていたよな?」
「ええ、確かそうね。たぶん……」
「前はどんなだったかなぁ」
彼らは記憶をたどるように、曖昧な言葉を交わす。
やがて出てきたのは、以前にも同じような祭りが行われていた、という話だった。
しかし、その内容は先ほど聞いた十年前の生誕祭とは比べものにならないほど形式的なものだったらしい。具体的に何をしたのかと尋ねても、明確な答えは返ってこない。
それどころか、住人たちは互いに顔を見合わせては、「そんなものだったよな」と記憶を確かめ合っていた。
レオニスは、彼らの様子を注意深く観察した。
少なくとも、こちらを騙そうとしているようには見えない。
もし、これほど自然な反応を演じているのだとしたら、相当な役者ということになるだろう。
「ありがとうございます。お話を聞かせていただき、助かりました」
フィデリアは淡々と礼を述べ、丁寧に頭を下げた。
住人たちと別れ、街路を歩き始めたところで、彼女はふとレオニスに尋ねた。
「レオニス。『生誕祭』とは、何ですか?」
「えっ?」
思いがけない質問に、レオニスは足を止めかけた。
どうやらフィデリアは、生誕祭という言葉そのものを知らなかったらしい。
「生まれた日を祝うお祭りです。人であれば、その人が生まれた日を祝うために催されるものですね」
「生まれた日を祝うお祭り、ですか……」
「はい。もっとも、誰の誕生を祝うのかによって、規模も内容も変わりますが」
フィデリアは小さく頷いた。
その横顔を見ながら、レオニスは先ほどの会話を思い返す。
十年前には、街を挙げて盛大な祭りが行われた。
ところが、それ以前の祭りについては、住人たちの記憶がひどく曖昧だった。
なぜ、そこまで違いがあるのだろう。
スカーレットが目覚めたことを祝ったのだろうか。
しかし、彼女は人間ではない。オートマタである彼女が目覚めたことを祝うのであれば、別の名目があってもおかしくはない。
「例えば……復活祭、とかでしょうか」
口にしてみたものの、レオニス自身、しっくりこなかった。
そもそも、スカーレットが目覚めたことと、街の住人たちが語る生誕祭に、どのような関係があるのか。それすら、まだ分かっていないのだ。
「フィデリア様は、どうしてあのような質問をされたのですか?」
レオニスは、ずっと気になっていた疑問を口にした。
彼女が自ら調査に加わり、住人たちに質問を重ねたこと。そして、その質問が何を確かめるためのものなのか。
レオニスには、まだ理解できていなかった。
「そうですね。アウレリアたちが、この街は変だと言っていたことが、不思議に思えたのです」
「不思議、ですか?」
「はい。この街と、ここに暮らす人々は、正常な状態なのでしょう」
フィデリアは、いつもと変わらない穏やかな表情で答えた。
「そして、間違った状態にあるのは、アウレリアたちの方ということです」
レオニスは言葉を失った。
フィデリアの声には、挑発するような響きも、誰かを責めるような感情もない。
ただ、見てきたものをそのまま述べているかのようだった。
だからこそ、レオニスには分からなかった。
この街の何を見て、彼女はそう判断したのか。
住人たちは自然に暮らし、疑問を向けられても戸惑いながら記憶をたどっていた。彼らの反応に、明確な嘘は見当たらない。
ならば、この街を異常だと感じること自体が、間違いなのだろうか。
答えは出ない。
ただ一つ確かなのは、フィデリアがレオニスとは異なる何かを見つめている、ということだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私たちが間違っていて、彼らが正しい……」
レオニスは、フィデリアの言葉を口に出してみた。
それは、彼女が特別な意図を込めて告げた言葉ではなかったのだろう。いつもと変わらない穏やかな声で、見たままの事実を述べただけだった。
だが、その一言がレオニスの思考を揺さぶった。
自分たちが間違っている可能性を、最初から検証の対象に含める。
言葉にすれば単純なことだ。しかし、実際にそれを考える者はどれほどいるだろう。
人は正しい答えを求めて行動する。誤りを正すために検証することもあるが、それもまた、何が正しいのかを明らかにするためだ。
自分の推論が正しいと証明するために、情報を集める。
あるいは、誤りを見つけて推論を修正する。
どちらにしても、出発点には自分なりの正解がある。
だが、最初からその正解そのものが間違っていたとしたら。
「……盲点でした。言われなければ、考えもしなかった」
レオニスは小さく息を吐いた。
自分が間違っていると気づかなければ、正しいものに目を向けることすらできない。
そして、間違った認識のままでも何ひとつ不都合が起きないのなら、人は疑問を抱く必要さえ感じない。
この街の住人たちが、まさにそうなのではないか。
彼らは何かを隠しているわけではない。少なくとも、レオニスが話を聞いた限りでは、嘘をついている様子はなかった。
木の葉を隠すために森を利用しているのでもない。
巧妙な嘘で、真実から目を逸らさせているのでもない。
正解は、初めから目の前に置かれている。
ただ、それを疑うという発想そのものが生まれない。
もしそうなら、住人たちにいくら質問を重ねても、得られる情報には限界がある。彼ら自身が疑問を抱いていない以上、異常を示す証言など出てくるはずがないのだ。
レオニスは、これまでの調査を振り返った。
アウレリアも、イシュリアンも、この答えにはたどり着けなかった。
そして、自分もまた同じだった。
フィデリアが、偶然その発想を示したからこそ、閉ざされていた扉に鍵が差し込まれた。
敵が築いた理論の隙間を、彼女の何気ない一言がこじ開けたのだ。
「ただ……仕組みが分かれば、対応する方法がないわけではありませんね」
レオニスは、ようやく謎を解くための糸口をつかんだ気がした。
そのときだった。
『困るのです。そういった雑音は』
唐突に、声が響いた。
レオニスは弾かれたように振り返った。対するフィデリアは、慌てることもなく、ゆっくりと声のした方へ視線を向ける。
そこに、一つの人影が立っていた。
漆黒のフードが顔を覆い、同じ色のローブが全身を隠している。わずかに覗く姿からは、その正体を推し量ることすら難しい。
「……誰だ……」
レオニスは、かろうじて声を絞り出した。
相手の姿を認識した瞬間、背筋に冷たいものが走っていた。
『これは失礼。死にゆく者にも、名乗りを上げなければなりませんね』
黒衣の人物は、芝居がかった優雅な仕草で一礼した。
『私は、死王カオスと言います』
その名を聞いた瞬間、レオニスの背中を悪寒が駆け抜けた。
だが、それ以上に強い違和感があった。
初めて目にするはずの相手。
それなのに。
(私は……こいつのことを、知っている気がする……)
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