どっちを選ぶの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……確かに、状況からの推論としては筋が通る。だが、レオニスの言う通り、そこまでだな」
グラーディスは腕を組み、静かに頷いた。
スカーレットが十年前に目覚める以前から、街には冥王と呼ばれる存在がいた。そこから導き出される推論は、確かに自然なものだった。
しかし、それだけでは何も分からない。
「これが誰かの作為的な筋書きだったとすれば、なおさら理由が必要です」
レオニスは慎重に言葉を選んだ。
誰かがスカーレットを冥王の立場に置いたのだとすれば、そこには何らかの目的があるはずだ。彼女が行動することで筋書きが進み、それによって利益を得る者がいる。
実際に誰が得をするのかは、まだ分からない。
ただ、誰かがこの状況を必要としている。その可能性を考えなければ、謎を解くことはできなかった。
「……少なくとも、冥王か死王の誰かが必要としている仕組み、ということか」
グラーディスが呟く。
「ならば、十年前の出来事を調べればよいでしょう」
イシュリアンが、すぐさま提案した。
「百年前ならいざ知らず、十年前であれば、この街に暮らす人々に聞けば分かるはずです。当時のことを覚えている者も、まだ大勢いるでしょう」
「確かにそうですね」
レオニスも頷いた。
十年前の出来事なら、証言を集められる可能性は十分にある。スカーレットが目覚める前の街の様子や、冥王と呼ばれていた存在について、何か手がかりが得られるかもしれない。
「なら、あたしが調べるよ!」
アウレリアが勢いよく手を挙げた。
「あなたは、こういう作業には向きません」
即座にイシュリアンが反論する。
「えー、なんでよ!」
「聞き込みでは、相手の話を整理し、証言の矛盾を確かめる必要があります。あなたの場合、気になったことがあれば、その場で結論を出そうとするでしょう」
「そんなことないって!」
アウレリアは頬を膨らませた。
イシュリアンは反論せず、ただ静かにアウレリアを見つめている。
その目が、無言のまま告げていた。
――こういう調査は、私に任せるべきです。
「大丈夫よ。レオニスを連れていくから!」
アウレリアは胸を張った。
まるで、それで問題はすべて解決したと言わんばかりだった。
「それならば、私がレオニスと調査した方が、より成果が上がります」
イシュリアンも一歩も引かない。
聞き込みと情報整理なら、自分の方が適任だ。しかも、レオニスと組めば、得られた証言を整理し、推論を深めるうえでも効率がよい。
少なくとも、彼女自身はそう考えていた。
「あ、あの、二人とも……」
レオニスが控えめに声を挟む。
しかし、遅かった。
向かい合う二人の間には、目に見えない火花が散っていた。
そして、ほとんど同時に、その視線がレオニスへ向けられる。
――レオニスは、どっちを選ぶの?
「…………」
レオニスは言葉を失った。
調査の効率や適性について話していたはずなのに、いつの間にか自分自身が選択を迫られている。
どちらの主張にも、もっともな部分はある。だからといって、どちらか一方を選べば、もう一方が納得するとも思えなかった。
穏やかな青灰色の瞳が、助けを求めるように周囲を彷徨う。
そして、ようやく一人の少女の姿を捉えた。
フィデリア。
この場を何とかできそうな人物は、彼女しかいない。
(助けてください、フィデリア様……!)
レオニスの心からの願いが、声にならないまま空中を漂った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(いや、どうしてこうなった……)
街の通りを歩きながら、レオニスは隣にいる少女をちらりと見た。
フィデリア。
つい先ほどまで、調査役をめぐってアウレリアとイシュリアンが言い争っていたはずだった。
そこへ彼女が、何の前触れもなく口を挟んだのだ。
「なら、私がレオニスと共に調査に行きます」
アウレリアとイシュリアンは、そろって呆気に取られた顔をしていた。
レオニスも、きっと同じ表情を浮かべていたに違いない。
しかし、フィデリアは二人の反応を気に留めることもなく、レオニスの袖を引いた。
「行きますよ」
そのまま半ば強引に、彼を連れ出したのである。
そして、今に至る。
(ある意味、一番調査に向かない人を連れていくことになった気がします……)
もちろん、口に出すわけにはいかなかった。
「あの、フィデリア様。どのように調査を進めればよいと思いますか?」
「レオニスの考えるままに」
フィデリアは、いつもと変わらない事務的な口調で答えた。
(全然、分かりません……)
レオニスは心の中で嘆いた。
とはいえ、連れ出された以上、調査を進めるしかない。
彼は気持ちを切り替え、街に長く暮らしている住民を中心に話を聞いて回ることにした。
十年前の出来事を知る者なら、何か手がかりを持っているかもしれない。
「冥王様が代替わりしたって? そんなことはないよ」
「冥王様は昔からいらっしゃる方だ」
「いつだって、私たちを見守ってくださっている方よ」
しかし、返ってくる答えは、どれも似たようなものだった。
冥王は昔から存在している。街の人々を見守り、支えてきた。住民たちは、それを疑いようのない事実として語っていた。
(どういうことだ……?)
レオニスは眉を寄せた。
スカーレットの話と、街の人々の証言が食い違っている。
彼女がこの教会で目覚めたのは十年前。だが、住民たちは、それ以前から冥王がいたと主張する。
しかも、話を聞いた相手は一人や二人ではない。昔からこの街に暮らしている者たちが、揃って同じことを語っているのだ。
単なる記憶違いとして片づけるには、不自然だった。
レオニスが考え込んでいると、不意にフィデリアが口を開いた。
「十年前、街の教会で何かありませんでしたか?」
突然の質問に、住民たちは顔を見合わせた。
「教会でか……。確かに、あったなぁ」
「ああ、そういえば、やったなぁ」
「そうそう。あのお祭りは感動したわ」
先ほどまで曖昧だった表情が、懐かしい記憶をたどるように和らいでいく。
住民たちは互いに頷き合い、当時の出来事を思い出しているようだった。
「それは、どのような内容のものでしょうか?」
フィデリアは、変わらぬ調子で問いを重ねた。
「そりゃ、決まっている。冥王様をお祝いするための祭りだ」
「そうそう。冥王様の生誕祭よ」
「ああ、そうだ、そうだ」
住民たちは、疑う様子もなく頷いた。
(生誕祭……?)
レオニスは、思わずフィデリアの横顔を見た。
彼女が何を確かめようとしているのか、まるで分からない。
十年前の教会で行われた祭り。それが、なぜ今の調査につながるのだろうか。
疑問は増えるばかりだった。
「ありがとうございます」
フィデリアは淡々と礼を述べ、住民たちに頭を下げた。
その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。
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