単純に言えば――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冥王と覇王。
二つの軍勢は、魔王国の各地で小規模な戦を繰り返していた。
その先陣に立つのは、牙王ロウガ。
彼の活躍によって、冥王軍の防衛線は少しずつ後退していた。
「……と、まあ。順調に進んでいると言いたいんだがな」
ロウガは、苦々しい表情を浮かべた。
冥王軍は、数だけなら覇王軍を上回っている。
それでも、戦場での動きは鈍い。
統率という一点だけを見れば、まさに烏合の衆だった。
稀に強大な力を持つ魔王が立ちはだかることもある。
だが、それでも覇王軍が敗れることはなかった。
「そして、これが次の攻撃か」
覇王ディアボロスは、卓上に置かれた密書の束へ目を向けた。
何通もある。
しかも、その宛先は二つに分かれていた。
「奴らの背後にいる者は、知恵が回るらしいな」
ディアボロスは密書を一枚手に取る。
そこに記されていたのは、戦場の情報ではなかった。
ディアボロスには――ロウガが裏切っているという疑念。
そしてロウガには――ディアボロスと手を切り、冥王側につけという誘い。
二人が主従ではなく、盟友であること。
そこを狙った謀略だった。
「受ければ、お前こそが魔王国の王になれるのではないか?」
「冗談に聞こえんぞ」
ロウガは真面目に返した。
「別に冗談ではない」
ディアボロスは淡々と続ける。
「ここに描かれたとおり、俺と冥王が互いに戦い、疲弊した後であれば――文字通り、お前がすべてを奪うことも可能だろう」
「俺は、そんなものに興味はない」
ロウガは即答した。
「事が終われば、俺はまた商隊を率いる生活に戻る。それで十分だ」
ディアボロスは答えなかった。
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
だが、問題は二人ではない。
彼らの下につく者たちだった。
ディアボロスは強い。
しかし、その正体を知る者は少ない。
突然現れた新たな覇王が、魔王国を統一した後に何をするのか。
危惧する者が現れるのも当然だった。
そのため、覇王ではなくロウガに協力して戦う者もいる。
伝統ある牙王の血統、その復活を望む声も少なくない。
冥王側の謀略は、確かに効果を発揮していた。
覇王軍の進軍速度は、明らかに落ちている。
ディアボロスは、ロウガを値踏みするように見た。
「戦い、認めさせ、認められる。それが魔王国の魔王だ」
「今更それを俺に言ってどうする?」
ロウガは肩をすくめる。
「魔王に魔王を語る気か?」
「単純に言えば――」
ディアボロスの白い瞳が、まっすぐにロウガを捉えた。
「お前ほど、魔王に相応しい存在はいないと、俺は考えている」
「そりゃどうも」
ロウガは軽く受け流そうとした。
だが。
「冥王との戦いが終われば――」
ディアボロスの言葉が続く。
「お前が魔王国を統一してみないか、ロウガよ」
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「お前とて、魔王国の現状に憂いていたからこそ、裏で世直しなどやっていたのだろう?」
ディアボロスは、なおもロウガに問いかけた。
「魔王国を統一すれば、表面的な世直しではなく、今の魔王国の仕組みすら変えることができる」
「……お前がやればいいだろう。今、それにお前が一番近い」
ロウガは、ディアボロスの視線を正面から受け止めた。
そこに怯みはない。
自分が覇王の傀儡になるつもりなどない。その意思は、言葉にせずとも明らかだった。
「お前が操り人形になるなど思っていない」
ディアボロスは両手を組み、その上に顎を乗せた。
白い瞳が、卓上に山と積まれた密書へ向けられる。
「そこにあるものも、すべてが謀略ではない」
「……」
「真実、お前が立ち上がることを期待している者もいる。もちろん、俺を倒せと煽るような期待も透けて見えるがな」
ロウガは黙って聞いていた。
密書の送り主たちが何を望んでいるのか。それは、すでに理解している。
覇王の統一を望む者もいれば、伝統ある牙王の復活を願う者もいる。
そして、その思惑のすべてが、必ずしも悪意から生じているわけではない。
魔王国の未来を案じている者もいるのだ。
「冥王とのことが済み、俺の前に立ち塞がるだけでいい。それが絶好の機会だ」
「……何?」
ロウガの表情が、わずかに崩れた。
ディアボロスは、まるで当然のことを告げるように続ける。
冥王との戦いが終わった後、ロウガが望むのならば、自分を倒し、魔王国の王座を奪えばいい。
それこそが、魔王国の理なのだと。
覇王は、自分を倒せる者が現れることを恐れていない。
むしろ、その機会をロウガ自身に差し出している。
しばらく、沈黙が続いた。
やがてロウガは、ゆっくりと口を開いた。
「……そこまで言うなら、お前の本心を教えろ、ディアボロス」
「本心?」
「……俺に本気を出させたいなら、答えてもらうぞ」
ロウガの琥珀色の瞳が、覇王を見据える。
「お前は何故、この戦争を引き起こした!」
それは、以前からロウガが抱いていた疑問だった。
この戦争を始めたのは、覇王ディアボロスだ。
冥王は、覇王の軍勢を迎え撃つために動いた。
だが、そもそも魔王国の統一だけが目的ならば、別の道もあったはずだ。
覇王が冥王に下ればいい。
そうすれば、魔王国の統一は果たされる。
しかし、ロウガには冥王が魔王国を統べる姿など想像できなかった。
力はある。
だが、あの存在は何かがおかしい。
魔王国を統べる者として、相応しいとは思えなかった。
ならば、誰が相応しいのか。
少なくとも、ディアボロスはロウガを認めている。
そして今、王座を奪う機会さえ与えようとしていた。
それならば、なおさら理解できない。
なぜ、ディアボロスは自ら戦争を始めたのか。
なぜ、最初からロウガに道を譲ろうとはしなかったのか。
ロウガは、その答えを知りたかった。
目の前にいる覇王が、何を考え、何を望んでいるのか。
その本心を知らずして、彼の提案を受け入れることなどできなかった。
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