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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
222/235

単純に言えば――

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



冥王と覇王。


二つの軍勢は、魔王国の各地で小規模な戦を繰り返していた。


その先陣に立つのは、牙王ロウガ。


彼の活躍によって、冥王軍の防衛線は少しずつ後退していた。


「……と、まあ。順調に進んでいると言いたいんだがな」


ロウガは、苦々しい表情を浮かべた。


冥王軍は、数だけなら覇王軍を上回っている。


それでも、戦場での動きは鈍い。


統率という一点だけを見れば、まさに烏合の衆だった。


稀に強大な力を持つ魔王が立ちはだかることもある。


だが、それでも覇王軍が敗れることはなかった。


「そして、これが次の攻撃か」


覇王ディアボロスは、卓上に置かれた密書の束へ目を向けた。


何通もある。


しかも、その宛先は二つに分かれていた。


「奴らの背後にいる者は、知恵が回るらしいな」


ディアボロスは密書を一枚手に取る。


そこに記されていたのは、戦場の情報ではなかった。


ディアボロスには――ロウガが裏切っているという疑念。


そしてロウガには――ディアボロスと手を切り、冥王側につけという誘い。


二人が主従ではなく、盟友であること。


そこを狙った謀略だった。


「受ければ、お前こそが魔王国の王になれるのではないか?」


「冗談に聞こえんぞ」


ロウガは真面目に返した。


「別に冗談ではない」


ディアボロスは淡々と続ける。


「ここに描かれたとおり、俺と冥王が互いに戦い、疲弊した後であれば――文字通り、お前がすべてを奪うことも可能だろう」


「俺は、そんなものに興味はない」


ロウガは即答した。


「事が終われば、俺はまた商隊を率いる生活に戻る。それで十分だ」


ディアボロスは答えなかった。


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


だが、問題は二人ではない。


彼らの下につく者たちだった。


ディアボロスは強い。


しかし、その正体を知る者は少ない。


突然現れた新たな覇王が、魔王国を統一した後に何をするのか。


危惧する者が現れるのも当然だった。


そのため、覇王ではなくロウガに協力して戦う者もいる。


伝統ある牙王の血統、その復活を望む声も少なくない。


冥王側の謀略は、確かに効果を発揮していた。


覇王軍の進軍速度は、明らかに落ちている。


ディアボロスは、ロウガを値踏みするように見た。


「戦い、認めさせ、認められる。それが魔王国の魔王だ」


「今更それを俺に言ってどうする?」


ロウガは肩をすくめる。


「魔王に魔王を語る気か?」


「単純に言えば――」


ディアボロスの白い瞳が、まっすぐにロウガを捉えた。


「お前ほど、魔王に相応しい存在はいないと、俺は考えている」


「そりゃどうも」


ロウガは軽く受け流そうとした。


だが。


「冥王との戦いが終われば――」


ディアボロスの言葉が続く。


「お前が魔王国を統一してみないか、ロウガよ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お前とて、魔王国の現状に憂いていたからこそ、裏で世直しなどやっていたのだろう?」


ディアボロスは、なおもロウガに問いかけた。


「魔王国を統一すれば、表面的な世直しではなく、今の魔王国の仕組みすら変えることができる」


「……お前がやればいいだろう。今、それにお前が一番近い」


ロウガは、ディアボロスの視線を正面から受け止めた。


そこに怯みはない。


自分が覇王の傀儡になるつもりなどない。その意思は、言葉にせずとも明らかだった。


「お前が操り人形になるなど思っていない」


ディアボロスは両手を組み、その上に顎を乗せた。


白い瞳が、卓上に山と積まれた密書へ向けられる。


「そこにあるものも、すべてが謀略ではない」


「……」


「真実、お前が立ち上がることを期待している者もいる。もちろん、俺を倒せと煽るような期待も透けて見えるがな」


ロウガは黙って聞いていた。


密書の送り主たちが何を望んでいるのか。それは、すでに理解している。


覇王の統一を望む者もいれば、伝統ある牙王の復活を願う者もいる。


そして、その思惑のすべてが、必ずしも悪意から生じているわけではない。


魔王国の未来を案じている者もいるのだ。


「冥王とのことが済み、俺の前に立ち塞がるだけでいい。それが絶好の機会だ」


「……何?」


ロウガの表情が、わずかに崩れた。


ディアボロスは、まるで当然のことを告げるように続ける。


冥王との戦いが終わった後、ロウガが望むのならば、自分を倒し、魔王国の王座を奪えばいい。


それこそが、魔王国の理なのだと。


覇王は、自分を倒せる者が現れることを恐れていない。


むしろ、その機会をロウガ自身に差し出している。


しばらく、沈黙が続いた。


やがてロウガは、ゆっくりと口を開いた。


「……そこまで言うなら、お前の本心を教えろ、ディアボロス」


「本心?」


「……俺に本気を出させたいなら、答えてもらうぞ」


ロウガの琥珀色の瞳が、覇王を見据える。


「お前は何故、この戦争を引き起こした!」


それは、以前からロウガが抱いていた疑問だった。


この戦争を始めたのは、覇王ディアボロスだ。


冥王は、覇王の軍勢を迎え撃つために動いた。


だが、そもそも魔王国の統一だけが目的ならば、別の道もあったはずだ。


覇王が冥王に下ればいい。


そうすれば、魔王国の統一は果たされる。


しかし、ロウガには冥王が魔王国を統べる姿など想像できなかった。


力はある。


だが、あの存在は何かがおかしい。


魔王国を統べる者として、相応しいとは思えなかった。


ならば、誰が相応しいのか。


少なくとも、ディアボロスはロウガを認めている。


そして今、王座を奪う機会さえ与えようとしていた。


それならば、なおさら理解できない。


なぜ、ディアボロスは自ら戦争を始めたのか。


なぜ、最初からロウガに道を譲ろうとはしなかったのか。


ロウガは、その答えを知りたかった。


目の前にいる覇王が、何を考え、何を望んでいるのか。


その本心を知らずして、彼の提案を受け入れることなどできなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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