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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
221/235

幕間 死王たち

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



暗い空間に、静かな音楽が響いていた。


死王ノクスは、その音色を聞きながら一人でチェスを指している。


黒の駒を動かす。


続いて白の駒を動かす。


まるで盤上に存在する二人の王を、たった一人で操っているようだった。


しかし、勝負は一方的ではない。


白と黒。


双方の駒は拮抗し、互いに相手の王を追い詰めようとしていた。


そこへ、ピアノの音が重なる。


『音楽とは、酔狂だね』


ノクスは、盤上から目を離さずに言った。


『始めてみると、中々良いものだよ。ノクス』


『ボクには理解できないことだよ、カオス』


ノクスは、ピアノを奏でる人物をそう呼んだ。


そこにいるのは、漆黒のフードで顔を覆い、同じ色のローブで全身を隠した存在だった。


死王カオス。


その姿は、闇の中に溶け込むように輪郭すら曖昧だった。


『君がやっている遊戯も面白かったが、もう卒業したよ』


『そうかい』


ノクスは興味なさそうに肩をすくめる。


カオスは、その反応を気にすることなく鍵盤を叩いた。


『序奏。提示部で主題を示し、展開部で変化させる。そして再現部で主題を一体化させる』


旋律が、静かに形を変えていく。


『結尾部。曲の終わりを締めくくる旋律は、とても心地の良いものだ』


『ボクには縁のない話だね』


ノクスは白の駒を一つ動かした。


『そして、我々の段階は、まさに結尾部の後奏だ』


カオスの指が鍵盤の上を滑る。


『それは長くはならない』


ノクスの指が止まった。


仮面の奥から、低い声が響く。


『……回りくどい説明は不要だよ。さっさと言ってくれないかな?』


『永い。永劫とも言える日々を耐え、ようやく宿願を果たすべき時が来たのだ』


最後の旋律が、暗闇に溶けていく。


『ここまで言えば、もうよかろう?』


『いや、回りくどいね』


ノクスは即答した。


『はっきり言いなよ。もう遊戯は、次の一手で詰みの状態だと』


黒のビショップが、白のキングの前に置かれる。


『不用意な一手だ』


カオスの声が響く。


『白のナイトの動き次第では、せっかく緻密に組み上げたロジックが壊れてしまう』


『ならば――』


ノクスは笑った。


『白のナイトを排除してしまえば良い』


細長い手が盤上へ伸びる。


そして。


白のナイトを掴むと、盤の外へ放り投げた。


駒は床を跳ね、乾いた音を立てる。


『これで、勝ちは揺るぎない』


『ルールを守ってこその遊戯ではないのかね?』


『勝ちにこだわっていると評価してほしいものだ』


ノクスは床へ落ちた白のナイトを見下ろした。


その黒い仮面には、変わらぬ笑みが浮かんでいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『わざわざ不正をせずとも、確実に勝てる条件が揃うまで待てばいい』


静かな声が、暗い部屋に響いた。


死王カオスの言葉に、死王ノクスは黒い仮面の奥で笑った。


『正攻法だね』


盤上には、白と黒の駒が並んでいる。


ノクスは逃げ続ける白のキングを見下ろした。


『しかし、何故かボクたちは勝てない』


細い指が、盤上の駒を指し示す。


『理由の答えは、これだ』


ノクスは白のポーンを摘まんだ。


そして――黒のキングを取った。


『このように、敵の方がルールを守らない。王手すら宣言せず、こちらのキングを殺しにくる輩のせいだ』


『……勇者……』


カオスの声に、僅かな苛立ちが混じった。


その一言だけで、二人の間に長い因縁があることを感じさせる。


『……しかし、この奇妙な縁も今回で最後になる』


『……ほう』


ノクスは愉快そうに首を傾けた。


『自信がおありのようで』


『もちろんだとも』


カオスの声には、迷いがなかった。


『今回ですべては終わる』


それは予告ではなかった。


静かな死の宣告だった。


ノクスはしばらく沈黙し、やがて盤上の黒いキングを指先で弄ぶ。


『そこまで自信があるなら、初手はレヴェナントに譲ってやってはくれないか』


黒い駒が、指先でくるりと回る。


『彼はボクや、君とも違う。奴を好敵手だと考えているようだからね』


次の瞬間。


黒のキングが、粉々に砕け散った。


『先に壊してしまっては、ボクが怒られる』


ノクスは笑った。


『彼とは長年の友誼を結んでいるんだからね』


『事を成就しようとしているのに、わざわざ障害を望むとは。理解できませんね』


『そうかい?』


道化師のような声音が弾む。


『障害があるほど燃える。そういう考え方は、ボクは好きだよ。共感できる』


カオスは答えなかった。


ただ、黒いフードの奥からノクスを見つめる。


『釘を刺しますが、私たちの目的は勇者を倒すことではない』


声が低くなる。


『最優先なことは、たった一つ』


『もちろん、承知しているとも』


二人は同時に立ち上がった。


そして、同時に膝をつく。


『すべては――冥王様のために』


二つの声が重なった。


『さて』


ノクスが立ち上がる。


『そろそろ始めて、いいんだよね?』


『もちろん』


カオスも立ち上がった。


『最終楽章だ』


カオスの手に、指揮棒が握られる。


そして――。


死王カオスは、最終決戦の指揮棒を振った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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