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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
218/235

悪くないから

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……アウレリアが、勝ったのか?」


レオニスは、目の前の光景をすぐには理解できなかった。


聖剣を手にしたアウレリアが、倒れたスカーレットに切っ先を向けている。


そして、勝負の終わりを告げる彼女の言葉を、スカーレット自身が受け入れていた。


あれほど圧倒的な力を見せつけたスカーレットが、敗北したのだ。


「……そのようですね」


隣に立つイシュリアンも、静かに答えた。


彼女は戦士ではない。


だが、聖導師として戦場を知り、数多くの戦いを見てきた人間だった。


その彼女から見ても、アウレリアの戦いぶりは脅威だった。


優れた剣技や、聖剣の力だけではない。


相手の動きに反応する速さ。


戦況が変わった瞬間に、迷わず次の手を選ぶ判断力。


そして、窮地に追い込まれても活路を見いだす、常識外れの戦闘本能。


アウレリアは、戦いの中で成長し続ける。


その才能を改めて目の当たりにしたイシュリアンは、そっと目を閉じた。


小さく息を吐き、隣の少年へと顔を向ける。


「……レオニスは、アウレリアが勝って良かったですか?」


「え? それは、そうですよ」


突然の問いに、レオニスは少し戸惑いながらも答えた。


「そうですか……」


「? リアンは違うんですか?」


「もちろん、アウレリアが勝ったことは喜ばしいです」


イシュリアンは小さく笑った。


その指先が、ふとレオニスの袖へと伸びる。


本人も気づかない、ごく自然な動作だった。


「レオニス、もし……」


そこまで口にして、イシュリアンは言葉を止めた。


もし、自分がアウレリアと戦うことになったら。


そのとき、彼にはどちらに勝ってほしいと思ってほしいのか。


そんな問いが、喉元まで出かかっていた。


冗談めかして尋ねることだってできるはずだった。


けれど、いざ言葉にしようとすると、どうしても続けられない。


自分でも理由が分からず、イシュリアンはそっと指を引いた。


「あの、リアン? 何か悩んでいますか?」


レオニスが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「いえ、埒もないことを考えただけです」


「そうですか……」


レオニスは一度ためらったあと、彼女から視線を逸らした。


「私では頼りにならないかもしれませんが、話を聞くことはできます。だから、何かあったら何でも言ってください」


控えめな声だった。


それでも、言葉には確かな誠実さがあった。


「……私は、リアンの仲間なので」


最後の一言を口にしたレオニスの頬が、わずかに赤くなる。


自分で言っておきながら、少し気恥ずかしくなったらしい。


そんな彼の様子を、イシュリアンは黙って見つめていた。


胸の奥に、これまで感じたことのない温かさが広がっていく。


彼は、特別な約束をしたわけではない。


ただ仲間だから、力になりたいと言ってくれただけだ。


それなのに。


「……はい。言質はとりましたので、その時は遠慮なく頼らせてもらいますよ」


「えっ!? 言質なんて大げさな……!」


慌てるレオニスに、イシュリアンは微笑んだ。


先ほどまで浮かべていた、穏やかな笑みとは違う。


純粋に嬉しいと感じたときにだけ、自然とこぼれるような微笑みだった。


その表情が誰に向けられたものなのか。


イシュリアン自身は、まだ気づいていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「見事だな。いいものを見せてもらえたよ」


グラーディスは、アウレリアたちのもとへ歩み寄り、晴れやかな笑みを浮かべた。


アウレリアはそんな彼を一瞥すると、まずスカーレットへ手を差し伸べる。


差し出された手を見つめたスカーレットは、少し戸惑いながらも、それを取った。


アウレリアは彼女を引き起こし、無事に立ち上がったことを確かめる。


「別に、娯楽を見せた覚えはないわよ」


グラーディスの言葉に、アウレリアはわずかに不満そうな声を返した。


「スカーレットは強かったんだから、この結果だって、どっちに転んだか分かんないものよ」


「そのわりには、途中で『負ける気はしない』と言っていたが」


「ヴァルド師を自分で引き合いに出したから、そうなるのはしょうがないでしょ! そこは見逃しなさい!」


揚げ足を取られ、アウレリアは微妙な表情になる。


そんな彼女を見て、グラーディスは小さく笑った。


「そうか。すまなかったな」


そして、今度はスカーレットにも向き直る。


「スカーレット殿も、すまなかった。純粋に、二人の戦いは一人の戦士として称賛するほかないものだったよ」


その言葉に、偽りはなかった。


二人の実力も、勝敗を分けた判断も、そして最後まで相手と向き合った姿勢も。


グラーディスは心から称賛していた。


――それでも。


彼の胸には、もう一つの感情が残っていた。


また一つ、アウレリアの世界に触れた。


彼女が自分の予想を超えるたび、知っていたはずの彼女が、まるで新しい一面を見せてくれる。


すでに愛している相手に、もう一度恋をする。


そんな説明の難しい感覚が、グラーディスの心を満たしていた。


「まったく、アウレリア。君はとんでもないよ」


「ま、褒められてると思って受け入れるわ」


アウレリアは気楽に笑った。


グラーディスの胸に秘められた想いが、彼女に届くことはない。


グラーディスがさらに言葉を続けようとした、そのときだった。


「フィデリア、ちゃんと約束を遂行したよ!」


アウレリアが、やって来たフィデリアに向かって声を弾ませた。


「それは、見ていました」


対するフィデリアは、いつもどおり落ち着いた返事をする。


「いや、そうじゃなくてさ。フィデリアが設定したルールなんだから、もっと言うことないの?」


「?」


フィデリアは小首を傾げた。


どうやら、本当に分かっていないらしい。


「……なんだか、あたしが催促してるみたいだから、逆に恥ずかしくなってきた」


自分で言い出したくせに、アウレリアは急に気恥ずかしくなった。


その様子がおかしくて、グラーディスは思わず笑みをこぼす。


「フィデリア様。アウレリアは、あなたに褒めてほしいだけですよ」


「ああ、そういうことですか」


ようやく理解したフィデリアは、ためらうことなくアウレリアへ手を伸ばした。


そして、その頭を優しく撫でる。


「よくできました。人を褒めるときは、こうすると学びました」


「……」


アウレリアは、しばらく黙っていた。


何かが違う気もする。


けれど、フィデリアが自分を認めてくれたことは、素直に嬉しかった。


「なんか、違う気がするけど……悪くないから、いい」


そう言って、アウレリアはフィデリアの手を受け入れた。


その表情には、いつもの勝ち気な笑みとは少し違う、穏やかな喜びが浮かんでいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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