悪くないから
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……アウレリアが、勝ったのか?」
レオニスは、目の前の光景をすぐには理解できなかった。
聖剣を手にしたアウレリアが、倒れたスカーレットに切っ先を向けている。
そして、勝負の終わりを告げる彼女の言葉を、スカーレット自身が受け入れていた。
あれほど圧倒的な力を見せつけたスカーレットが、敗北したのだ。
「……そのようですね」
隣に立つイシュリアンも、静かに答えた。
彼女は戦士ではない。
だが、聖導師として戦場を知り、数多くの戦いを見てきた人間だった。
その彼女から見ても、アウレリアの戦いぶりは脅威だった。
優れた剣技や、聖剣の力だけではない。
相手の動きに反応する速さ。
戦況が変わった瞬間に、迷わず次の手を選ぶ判断力。
そして、窮地に追い込まれても活路を見いだす、常識外れの戦闘本能。
アウレリアは、戦いの中で成長し続ける。
その才能を改めて目の当たりにしたイシュリアンは、そっと目を閉じた。
小さく息を吐き、隣の少年へと顔を向ける。
「……レオニスは、アウレリアが勝って良かったですか?」
「え? それは、そうですよ」
突然の問いに、レオニスは少し戸惑いながらも答えた。
「そうですか……」
「? リアンは違うんですか?」
「もちろん、アウレリアが勝ったことは喜ばしいです」
イシュリアンは小さく笑った。
その指先が、ふとレオニスの袖へと伸びる。
本人も気づかない、ごく自然な動作だった。
「レオニス、もし……」
そこまで口にして、イシュリアンは言葉を止めた。
もし、自分がアウレリアと戦うことになったら。
そのとき、彼にはどちらに勝ってほしいと思ってほしいのか。
そんな問いが、喉元まで出かかっていた。
冗談めかして尋ねることだってできるはずだった。
けれど、いざ言葉にしようとすると、どうしても続けられない。
自分でも理由が分からず、イシュリアンはそっと指を引いた。
「あの、リアン? 何か悩んでいますか?」
レオニスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いえ、埒もないことを考えただけです」
「そうですか……」
レオニスは一度ためらったあと、彼女から視線を逸らした。
「私では頼りにならないかもしれませんが、話を聞くことはできます。だから、何かあったら何でも言ってください」
控えめな声だった。
それでも、言葉には確かな誠実さがあった。
「……私は、リアンの仲間なので」
最後の一言を口にしたレオニスの頬が、わずかに赤くなる。
自分で言っておきながら、少し気恥ずかしくなったらしい。
そんな彼の様子を、イシュリアンは黙って見つめていた。
胸の奥に、これまで感じたことのない温かさが広がっていく。
彼は、特別な約束をしたわけではない。
ただ仲間だから、力になりたいと言ってくれただけだ。
それなのに。
「……はい。言質はとりましたので、その時は遠慮なく頼らせてもらいますよ」
「えっ!? 言質なんて大げさな……!」
慌てるレオニスに、イシュリアンは微笑んだ。
先ほどまで浮かべていた、穏やかな笑みとは違う。
純粋に嬉しいと感じたときにだけ、自然とこぼれるような微笑みだった。
その表情が誰に向けられたものなのか。
イシュリアン自身は、まだ気づいていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見事だな。いいものを見せてもらえたよ」
グラーディスは、アウレリアたちのもとへ歩み寄り、晴れやかな笑みを浮かべた。
アウレリアはそんな彼を一瞥すると、まずスカーレットへ手を差し伸べる。
差し出された手を見つめたスカーレットは、少し戸惑いながらも、それを取った。
アウレリアは彼女を引き起こし、無事に立ち上がったことを確かめる。
「別に、娯楽を見せた覚えはないわよ」
グラーディスの言葉に、アウレリアはわずかに不満そうな声を返した。
「スカーレットは強かったんだから、この結果だって、どっちに転んだか分かんないものよ」
「そのわりには、途中で『負ける気はしない』と言っていたが」
「ヴァルド師を自分で引き合いに出したから、そうなるのはしょうがないでしょ! そこは見逃しなさい!」
揚げ足を取られ、アウレリアは微妙な表情になる。
そんな彼女を見て、グラーディスは小さく笑った。
「そうか。すまなかったな」
そして、今度はスカーレットにも向き直る。
「スカーレット殿も、すまなかった。純粋に、二人の戦いは一人の戦士として称賛するほかないものだったよ」
その言葉に、偽りはなかった。
二人の実力も、勝敗を分けた判断も、そして最後まで相手と向き合った姿勢も。
グラーディスは心から称賛していた。
――それでも。
彼の胸には、もう一つの感情が残っていた。
また一つ、アウレリアの世界に触れた。
彼女が自分の予想を超えるたび、知っていたはずの彼女が、まるで新しい一面を見せてくれる。
すでに愛している相手に、もう一度恋をする。
そんな説明の難しい感覚が、グラーディスの心を満たしていた。
「まったく、アウレリア。君はとんでもないよ」
「ま、褒められてると思って受け入れるわ」
アウレリアは気楽に笑った。
グラーディスの胸に秘められた想いが、彼女に届くことはない。
グラーディスがさらに言葉を続けようとした、そのときだった。
「フィデリア、ちゃんと約束を遂行したよ!」
アウレリアが、やって来たフィデリアに向かって声を弾ませた。
「それは、見ていました」
対するフィデリアは、いつもどおり落ち着いた返事をする。
「いや、そうじゃなくてさ。フィデリアが設定したルールなんだから、もっと言うことないの?」
「?」
フィデリアは小首を傾げた。
どうやら、本当に分かっていないらしい。
「……なんだか、あたしが催促してるみたいだから、逆に恥ずかしくなってきた」
自分で言い出したくせに、アウレリアは急に気恥ずかしくなった。
その様子がおかしくて、グラーディスは思わず笑みをこぼす。
「フィデリア様。アウレリアは、あなたに褒めてほしいだけですよ」
「ああ、そういうことですか」
ようやく理解したフィデリアは、ためらうことなくアウレリアへ手を伸ばした。
そして、その頭を優しく撫でる。
「よくできました。人を褒めるときは、こうすると学びました」
「……」
アウレリアは、しばらく黙っていた。
何かが違う気もする。
けれど、フィデリアが自分を認めてくれたことは、素直に嬉しかった。
「なんか、違う気がするけど……悪くないから、いい」
そう言って、アウレリアはフィデリアの手を受け入れた。
その表情には、いつもの勝ち気な笑みとは少し違う、穏やかな喜びが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




