私は勝利を求めます!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スカーレットは、しばし沈黙していた。
大剣を握る両腕に、いっそう力がこもる。
「あなたの主張は、一考の価値はあります。ですが――今、この場では無価値とします」
青い瞳が、アウレリアを真っ向から捉えた。
「戦うからには、ヴァーミリオンの騎士は、いえ、私は勝利を求めます!」
その声には、迷いがなかった。
アウレリアは一瞬だけ目を細め、すぐに笑った。
「いいね。スカーレットがそう言うなら、受け入れる!」
左手に聖剣を構える。
剣先が、相手へと向けられた。
もう言葉を交わす必要はない。
互いの間に満ちていた緊張が、目に見えない圧力となって膨れ上がる。
「アウレリアの分が悪いな」
グラーディスが、静かに呟いた。
彼には分かっていた。
二人とも、次の攻防で決着をつけるつもりなのだ。
純粋な戦力で比べれば、スカーレットが上回る。
対して、精神の押し合いではアウレリアに分があった。
スカーレットは彼女の言葉に揺さぶられ、己の在り方を問われていた。
だからこそ、スカーレットは一度、心の中の雑念を断ち切ったのだろう。
今はただ、勝つことだけに集中する。
それは、戦場を知る者の判断だった。
勝負の分かれ目を見誤らず、己の優位を手放さない。
戦場の天秤は、大きくスカーレットへと傾いていた。
アウレリアに手を貸すことはできない。
これは二人が自ら選んだ決闘だ。
ここまで来れば、勇者一行にできることは、結末を見届けることだけだった。
「受けられますか! 私の攻撃を!」
スカーレットが踏み込んだ。
地を蹴り、間合いを一気に詰める。
アウレリアもまた、迎え撃つために前へ出た。
その動きを見たスカーレットは、さらに踏み込む。
大剣が唸った。
速い。
アウレリアは聖剣を掲げ、刃を受け止める。
だが、攻撃は止まらない。
次は鋭く。
刃の軌道が変わり、防御の隙間を狙って迫る。
さらに重く。
受け止めるたびに、腕へと衝撃が突き抜けた。
速さも、鋭さも、重さも。
一撃ごとに異なる圧力が、アウレリアへと襲いかかる。
まさに一気呵成。
息をつく間すら与えない連撃だった。
アウレリアは防御することしかできない。
「これが――」
スカーレットの魔力が燃え上がった。
炎のように揺らめく力は、なおも膨れ上がり、彼女の全身を包み込んでいく。
「ヴァーミリオンの騎士である私です!」
宣言とともに、大剣が振り下ろされた。
重い一撃。
受け止めた聖剣が、アウレリアの手から弾き飛ばされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖剣が、アウレリアの手を離れた。
宙を舞う黒銀の剣。
その行方を、ほぼ全員が目で追っていた。
スカーレットは確信した。
勝った。
剣士にとって、武器を失うことは致命的だ。まして、あの一撃を受けた直後である。
勝負は決したも同然だった。
グラーディスも、イシュリアンも、レオニスも、目の前の光景に驚愕していた。
――アウレリアが負けた。
誰もがそう思った、その瞬間。
「……全霊解放……」
小さな声が、スカーレットの耳に届いた。
アウレリアは、動揺していなかった。
聖剣を失ったことに、焦りも、恐怖も見せていない。
そもそも、これは相手を殺すための戦いではない。
勝利するために必要なのは、相手を斬り伏せることだけではなかった。
スカーレットは知らない。
聖剣を手放した程度で、アウレリアの意志が揺らぐはずもないことを。
そして、彼女が何を狙っていたのかも。
聖剣に凝縮していた力。
それを、一時的に解放する。
ただし、向ける先は剣ではない。
自分自身の肉体だ。
スカーレットの意識が、宙を舞う聖剣に向いていた。
剣を失った剣士が、次に取るべき行動。
彼女が身につけてきた戦いの常識は、アウレリアの選択を想定していなかった。
その一瞬が、決定的な隙となる。
「スカーレット……耐えきれ……!」
アウレリアが踏み込んだ。
次の瞬間。
圧縮された力を解き放つ拳が、スカーレットの腹部に突き刺さった。
「――ッ!」
華奢な身体が、くの字に折れる。
魔力による防御が、衝撃を受け止めきれない。
スカーレットの瞳が見開かれた。
何が起きたのか。
理解するよりも早く、彼女は反撃しようと大剣を動かす。
だが、遅い。
アウレリアの身体は、すでに次の動作へ移っていた。
振り上げられた脚が、スカーレットの顎を撃ち抜く。
視界が弾けた。
青い空が、目の前いっぱいに広がる。
アウレリアの姿が見えない。
自分が何をされたのかさえ、分からなかった。
(なぜ……私は、どうなった……?)
手足が思うように動かない。
背中に、強い衝撃が走った。
地面に倒れたのだと気づいたとき、スカーレットの眼前には一人の少女が立っていた。
アウレリア。
その手には、先ほど弾き飛ばされたはずの聖剣が握られている。
切っ先が、静かにスカーレットへ向けられていた。
「これで勝負あり」
アウレリアは、にっと笑った。
スカーレットは何か言いたげに彼女を見上げた。
まるで、あんなのは卑怯です、とでも訴えるような表情だった。
けれど、やがて。
スカーレットはゆっくりと目を閉じた。
「……どうやら、私は負けを認めないといけないようです」
その言葉をもって、アウレリアとスカーレットの決闘は幕を下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




