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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
216/235

違う世界

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その時、アウレリアが大きく後退した。


スカーレットとの距離が、一気に開く。


傍目には、攻め続けるスカーレットを攻略できず、たまらず退いたように見えただろう。


だが、レオニスの目には違って映っていた。


アウレリアは、何かを仕掛けるつもりだ。


追い詰められた者の動きではない。次の一手を選ぶために、自ら間合いを作ったのだ。


「……すごいな……鳥肌立ったよ、スカーレット」


アウレリアは額から流れる汗を拭い、にっと笑った。


その顔には、苦戦している者の悔しさよりも、目の前の相手に対する率直な感嘆が浮かんでいた。


「……スカーレットも、違う世界が少しは見えた?」


「違う世界?」


スカーレットは怪訝そうに眉を寄せた。


何を言われているのか、理解できない。


今の自分は全力で戦っている。騎士として必要な力を振るい、相手を圧倒しているはずだった。


それなのに、目の前の少女は、まるで自分が何かを見落としているとでも言いたげだった。


「使命とか、そんなのを忘れる世界」


「何を言って……」


「やっぱりスカーレットさんは、重たいものを一人で持ちすぎてるよ」


アウレリアは聖剣を右手だけで構えた。


その姿勢には、余計な力みがない。


「あたしからしたら、息苦しくて生きにくい世界で頑張ってるよ」


スカーレットは目を見開いた。


息苦しい。


生きにくい。


その言葉が、胸の奥に引っかかった。


彼女にとって、人を救うことは呼吸をするのと同じだった。


誰かが困っているなら、手を差し伸べる。


誰かが傷つくなら、その身を盾にする。


ヴァーミリオンの騎士として、人々を守る。


それは使命であり、宿命だった。


そのために生きることを、疑ったことなどない。


自分が世界を救わなければならない。


その思いは、いつしか鎖のように彼女を縛っていた。


「でも、それが当たり前になったら、誰がスカーレットを救ってくれるの?」


「……っ」


答えられなかった。


そんなことを考える必要がないからだ。


救う側が救われることなど、ヴァーミリオンの騎士には必要ない。


「……ヴァーミリオンの騎士が、そんなことを考える必要はありません!」


スカーレットは言い切った。


自分に言い聞かせるように。


しかし、アウレリアは首を横に振る。


「あたしにとっては、肩書なんて、誰かがつけた単なる飾りよ」


「か、飾り!?」


思わず声が裏返った。


ヴァーミリオンの騎士は、ただの呼び名ではない。


人々を守るために存在し、その役割を果たすために力を振るう者だ。


その名を、飾りだと言い切る。


スカーレットには、理解できなかった。


「あたしが手を貸してもいいと思ったのは、ヴァーミリオンの何とかじゃなくて、スカーレット、あなた自身!」


その言葉が響いた瞬間。


優位に立っていたはずのスカーレットが、わずかに後ずさった。


自分自身。


肩書でも、使命でもない。


ただのスカーレット。


そんな自分に、手を貸すというのか。


アウレリアは、まっすぐにスカーレットを見つめていた。


「スカーレットの背には翼がある!それを使わないなんて、もったいない!」


その声に迷いはなかった。


「あたしが、スカーレットの可能性はそれだけじゃないと教えてあげる!」


アウレリアの視線が、スカーレットを射抜いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「か、飾りって……アウレリアがそれを言うのか?」


アウレリアの言葉を聞いたレオニスは、思わず顔を引きつらせた。


王国の勇者。


姫巫女フィデリアに選ばれ、聖剣を与えられた者。


その立場にいる本人が、肩書など単なる飾りだと言い切ったのだ。


自分を選んだ仕組みも、与えられた役割も、それだけで自分の在り方が決まるわけではない。


アウレリアの言葉は、そう告げているに等しかった。


「わかっていたつもりですが、いざ本人の口から聞かされると、何だか……」


イシュリアンも、戸惑いを隠せずにいた。


勇者と呼ばれることより、自分自身の意志を通すことを大切にする。


言葉にすれば単純だ。


だが、与えられた役割を疑い、そこから自分の答えを見つけることは、誰にでもできるわけではない。


「それも、一つの考えだということさ」


グラーディスは、二人とは対照的に落ち着いた声で言った。


「アウレリアは、スカーレットのすべてを否定したのではない。一石を投じただけだ」


スカーレットの主張は、間違っていない。


人々を守りたい。


苦しむ者がいるなら、手を差し伸べたい。


その願いは尊いものだ。


自分の身を顧みず、誰かのために力を振るうことは、決して簡単ではない。


だが、それだけでいいのか。


アウレリアが問いかけているのは、そこだった。


スカーレットは自分の意志で人々を守ろうとしているのか。


それとも、平和を維持するための装置として、与えられた役割を果たし続けているだけなのか。


宿命だから。


運命だから。


誰かが望んだから。


そうした理由を疑うことなく受け入れ、自分が何を望んでいるのかさえ考えない。


アウレリアには、それがひどく苦しそうに見えたのだろう。


しかし、スカーレット自身は気づいていない。


彼女の知る世界には、その生き方しかなかったのだから。


ならば、別の世界があることを知ればいい。


背に翼があるのなら、今いる場所に留まり続ける必要はない。


翼を広げ、まだ見ぬ場所へ飛び立てばいい。


そこには、今まで知らなかった何かがあるかもしれない。


「まあ、それが必ずしも良い結果につながるとは限りませんが」


レオニスは、小さく溜息をついた。


新しい場所へ進んだ先に何が待っているのか。それは誰にもわからない。


自由を得たからといって、幸せになれる保証はない。


自分で選んだ道が、正しいとも限らない。


未来は不確かだ。


だからこそ、アウレリアの考え方は危うくもある。


けれど――。


レオニスは、彼女ならどう答えるのかを考えた。


おそらく、難しい理屈など並べない。


困難があるからといって、飛ぶことを諦める理由にはならない。失敗したなら、休んで、また飛べばいい。


きっと、そんなふうに言うのだろう。


「そんじゃ、ゆっくり翼を休めて、また飛べばいいよ。飛べる限り、何度でもやればいい」


思い浮かんだ言葉に、レオニスは苦笑した。


いかにもアウレリアらしい。


未来の保証がないことを、彼女は知らないわけではない。


それでも、行動しなければ何もわからない。


自分で選び、進み、時には立ち止まりながら、何度でもやり直す。


アウレリアは、そうして自分の道を切り開いてきたのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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