あたしは、まだ届かない天の高みを知っている
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スカーレットの背から、炎が噴き上がった。
燃え盛る炎は左右へ広がり、巨大な翼を形作る。
その翼が一度、大きく羽ばたいた。
次の瞬間、紅蓮の炎がスカーレット自身を包み込んだ。
「スカーレット!」
アウレリアが驚きの声を上げる。
炎の奔流に呑まれ、小柄な少女の姿が見えなくなった。
「……なんという出鱈目な魔力」
イシュリアンの表情が驚愕に染まる。
魔力が尽きる気配はない。
むしろ、泉から水が溢れ続けるように、スカーレットの身体から膨大な魔力が湧き出していた。
布が風を切る。
光が弾け、黒い影が背後へ伸びる。
炎の中で、修道女の衣装が燃え尽きていく。
だが、それは破壊ではなかった。
炎の奥で、新たな姿が形作られていく。
そして――すべてが止まった。
静寂を破るように、大きな鼓動が響く。
まるで、炎の中から新しい命が生まれたかのようだった。
炎が晴れる。
そこに立っていたのは、先ほどまでの修道女ではなかった。
白を基調とした、装飾を抑えた騎士の衣装。
赤いジャケットが上半身を引き締め、短いボトムスとロングブーツが、しなやかな脚の動きを際立たせている。
背には、黒いマント。
翻る裏地は、燃え上がる炎を思わせる赤。
華奢な身体つきは変わらない。
しかし、その立ち姿には、戦場に立つ騎士としての凛々しさが宿っていた。
スカーレットは両手で大剣を掲げ、静かにアウレリアを見据える。
まるで世界そのものが、彼女の登場を祝福しているかのようだった。
「変身する魔法少女!」
アウレリアは別の意味で驚愕した。
「まさか、こんないいものが見られるなんて感動!」
声には隠しきれない興奮が滲んでいた。
もっとも、その言葉とは裏腹に、聖剣を握る手に緩みはない。
アウレリアは油断なく剣を構え直した。
「これが、私の正真正銘の姿。ヴァーミリオンの騎士です」
「それが、スカーレットの奥の手ってとこ?」
「そうです」
スカーレットは静かに頷いた。
「全力になった私は――この地上最強の力を使うことが出来るのです!」
言葉と同時に、スカーレットが大地を蹴った。
一直線に迫る。
速い。
アウレリアが聖剣を構え、防御の姿勢を取った直後だった。
大剣が振り払われる。
激突。
凄まじい衝撃が聖剣を伝い、アウレリアの身体を大きく吹き飛ばした。
「と、とんでもないわね!」
アウレリアは空中で身を捻る。
吹き飛ばされた勢いを巧みに殺し、体勢を崩すことなく地面へ着地した。
たった一撃。
それだけで、スカーレットの力は十分に伝わっていた。
「……だけど、地上最強は言い過ぎ」
アウレリアは聖剣を握り直す。
「あたしは、スカーレットより遥かに強い人を知っている」
その顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
師の剣が持つ重みを知っている。
だからこそ、立ち止まる理由にはならなかった。
「あたしは、まだ届かない天の高みを知っている」
アウレリアは聖剣の切っ先をスカーレットへ向けた。
その瞳に、迷いはない。
「だから、スカーレットに負ける気はしない!」
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(負ける気はしないとは、大きく出たな)
グラーディスは、アウレリアとスカーレットの戦いを見つめながら、二人の戦力を比較していた。
剣を持って戦う者としての技量なら、スカーレットに分がある。
彼女は膨大な魔力を持ち、その大部分を自身の強化に回しても、なお余力を残している。
強化の効果が切れたところで、すぐに魔法をかけ直せばいい。
仮に二人の身体能力が互角だとすれば、強化を重ねられるスカーレットが正面から押し切る。
それが道理だった。
だが、アウレリアがすでに敗北を避けられない状況にあるかといえば、そうではない。
彼女が今のスカーレットを攻略するなら、聖剣の力を全開にする必要がある。
スカーレットの防御力がどれほど高かろうと、それなら突破できるはずだった。
(相手を殺すだけなら、それで可能だろう)
しかし、その選択肢はない。
フィデリアは、この勝負の決着に、どちらかの死を求めていない。
その言葉があるからこそ、アウレリアは聖剣の力を全開にできなかった。
結果として、戦況は徐々に傾いていく。
アウレリアは防御を重ね、スカーレットは攻勢を強めていた。
「どうしました、ここまでですか!」
スカーレットの大剣が唸る。
アウレリアは聖剣を滑らせるように動かし、間一髪でその一撃を受け流した。
「そうであれば、あきらめて降参なさい!」
返答はない。
アウレリアは乱れそうになる呼吸を整えながら、スカーレットを見据えていた。
その瞳には、敗北への焦りも、追い詰められた者の絶望もない。
何かを狙っている。
そう感じさせる目だった。
(何を考えているの、この人は)
スカーレットには、アウレリアの行動が読めなかった。
だからこそ、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
どのような剣技であろうと、正規の剣術は歴史の中で改良され、洗練されていく。数多の剣士が技を磨き、対抗策を積み重ねてきたからこそ、次の時代の剣はさらに強くなる。
スカーレットの剣技もまた、その歴史の中で研鑽され、昇華されたものだった。
(故に、私はどのような攻撃にも対処できる)
大剣が振り下ろされる。
アウレリアはそれを受け止め、衝撃に合わせて身を捻った。まともに受ければ押し潰される威力を、身体の動きで逃がしていく。
それでも、スカーレットの攻勢は止まらない。
(これは、心を折るための戦い。昨日、今日知り合った相手に対して、何故そこまでするのですか)
スカーレットには、戦う理由がある。
戦うために生まれてきた。
ヴァーミリオンの騎士として、弱き人々の盾となること。それが彼女に与えられた運命であり、そのための力もまた、彼女に与えられていた。
自分の背後にいる人々を守る。
そのために力を振るうことは、スカーレットにとって当然のことだった。
だからこそ、彼女は迷わず剣を振るえる。
(だけど、この人は……)
アウレリアは、スカーレットのことが分からないから戦うのだと言った。
分からない相手を、ただ敵だと決めつけるのではなく。
その人を理解するために、剣を交えるのだと。
スカーレットには、その考え方が理解できなかった。
けれど、目の前で自分の攻撃を受け流し続ける少女を見ているうちに、ひとつの事実に気づき始めていた。
自分もまた、彼女のことが分からなくなってきているのだ。
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