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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
215/235

あたしは、まだ届かない天の高みを知っている

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



スカーレットの背から、炎が噴き上がった。


燃え盛る炎は左右へ広がり、巨大な翼を形作る。


その翼が一度、大きく羽ばたいた。


次の瞬間、紅蓮の炎がスカーレット自身を包み込んだ。


「スカーレット!」


アウレリアが驚きの声を上げる。


炎の奔流に呑まれ、小柄な少女の姿が見えなくなった。


「……なんという出鱈目な魔力」


イシュリアンの表情が驚愕に染まる。


魔力が尽きる気配はない。


むしろ、泉から水が溢れ続けるように、スカーレットの身体から膨大な魔力が湧き出していた。


布が風を切る。


光が弾け、黒い影が背後へ伸びる。


炎の中で、修道女の衣装が燃え尽きていく。


だが、それは破壊ではなかった。


炎の奥で、新たな姿が形作られていく。


そして――すべてが止まった。


静寂を破るように、大きな鼓動が響く。


まるで、炎の中から新しい命が生まれたかのようだった。


炎が晴れる。


そこに立っていたのは、先ほどまでの修道女ではなかった。


白を基調とした、装飾を抑えた騎士の衣装。


赤いジャケットが上半身を引き締め、短いボトムスとロングブーツが、しなやかな脚の動きを際立たせている。


背には、黒いマント。


翻る裏地は、燃え上がる炎を思わせる赤。


華奢な身体つきは変わらない。


しかし、その立ち姿には、戦場に立つ騎士としての凛々しさが宿っていた。


スカーレットは両手で大剣を掲げ、静かにアウレリアを見据える。


まるで世界そのものが、彼女の登場を祝福しているかのようだった。


「変身する魔法少女!」


アウレリアは別の意味で驚愕した。


「まさか、こんないいものが見られるなんて感動!」


声には隠しきれない興奮が滲んでいた。


もっとも、その言葉とは裏腹に、聖剣を握る手に緩みはない。


アウレリアは油断なく剣を構え直した。


「これが、私の正真正銘の姿。ヴァーミリオンの騎士です」


「それが、スカーレットの奥の手ってとこ?」


「そうです」


スカーレットは静かに頷いた。


「全力になった私は――この地上最強の力を使うことが出来るのです!」


言葉と同時に、スカーレットが大地を蹴った。


一直線に迫る。


速い。


アウレリアが聖剣を構え、防御の姿勢を取った直後だった。


大剣が振り払われる。


激突。


凄まじい衝撃が聖剣を伝い、アウレリアの身体を大きく吹き飛ばした。


「と、とんでもないわね!」


アウレリアは空中で身を捻る。


吹き飛ばされた勢いを巧みに殺し、体勢を崩すことなく地面へ着地した。


たった一撃。


それだけで、スカーレットの力は十分に伝わっていた。


「……だけど、地上最強は言い過ぎ」


アウレリアは聖剣を握り直す。


「あたしは、スカーレットより遥かに強い人を知っている」


その顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


師の剣が持つ重みを知っている。


だからこそ、立ち止まる理由にはならなかった。


「あたしは、まだ届かない天の高みを知っている」


アウレリアは聖剣の切っ先をスカーレットへ向けた。


その瞳に、迷いはない。


「だから、スカーレットに負ける気はしない!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(負ける気はしないとは、大きく出たな)


グラーディスは、アウレリアとスカーレットの戦いを見つめながら、二人の戦力を比較していた。


剣を持って戦う者としての技量なら、スカーレットに分がある。


彼女は膨大な魔力を持ち、その大部分を自身の強化に回しても、なお余力を残している。


強化の効果が切れたところで、すぐに魔法をかけ直せばいい。


仮に二人の身体能力が互角だとすれば、強化を重ねられるスカーレットが正面から押し切る。


それが道理だった。


だが、アウレリアがすでに敗北を避けられない状況にあるかといえば、そうではない。


彼女が今のスカーレットを攻略するなら、聖剣の力を全開にする必要がある。


スカーレットの防御力がどれほど高かろうと、それなら突破できるはずだった。


(相手を殺すだけなら、それで可能だろう)


しかし、その選択肢はない。


フィデリアは、この勝負の決着に、どちらかの死を求めていない。


その言葉があるからこそ、アウレリアは聖剣の力を全開にできなかった。


結果として、戦況は徐々に傾いていく。


アウレリアは防御を重ね、スカーレットは攻勢を強めていた。


「どうしました、ここまでですか!」


スカーレットの大剣が唸る。


アウレリアは聖剣を滑らせるように動かし、間一髪でその一撃を受け流した。


「そうであれば、あきらめて降参なさい!」


返答はない。


アウレリアは乱れそうになる呼吸を整えながら、スカーレットを見据えていた。


その瞳には、敗北への焦りも、追い詰められた者の絶望もない。


何かを狙っている。


そう感じさせる目だった。


(何を考えているの、この人は)


スカーレットには、アウレリアの行動が読めなかった。


だからこそ、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。


どのような剣技であろうと、正規の剣術は歴史の中で改良され、洗練されていく。数多の剣士が技を磨き、対抗策を積み重ねてきたからこそ、次の時代の剣はさらに強くなる。


スカーレットの剣技もまた、その歴史の中で研鑽され、昇華されたものだった。


(故に、私はどのような攻撃にも対処できる)


大剣が振り下ろされる。


アウレリアはそれを受け止め、衝撃に合わせて身を捻った。まともに受ければ押し潰される威力を、身体の動きで逃がしていく。


それでも、スカーレットの攻勢は止まらない。


(これは、心を折るための戦い。昨日、今日知り合った相手に対して、何故そこまでするのですか)


スカーレットには、戦う理由がある。


戦うために生まれてきた。


ヴァーミリオンの騎士として、弱き人々の盾となること。それが彼女に与えられた運命であり、そのための力もまた、彼女に与えられていた。


自分の背後にいる人々を守る。


そのために力を振るうことは、スカーレットにとって当然のことだった。


だからこそ、彼女は迷わず剣を振るえる。


(だけど、この人は……)


アウレリアは、スカーレットのことが分からないから戦うのだと言った。


分からない相手を、ただ敵だと決めつけるのではなく。


その人を理解するために、剣を交えるのだと。


スカーレットには、その考え方が理解できなかった。


けれど、目の前で自分の攻撃を受け流し続ける少女を見ているうちに、ひとつの事実に気づき始めていた。


自分もまた、彼女のことが分からなくなってきているのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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