うん、よくわかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん、よくわかった」
アウレリアが頷いた。
その言葉に、勇者一行の全員が彼女を見る。
誰もが、アウレリアがスカーレットの覚悟を理解し、受け入れたのだと思った。
「わかっていただけましたか。よかったです」
スカーレットは安堵したように、深く一礼する。
「これからの貴方たちの進む道が、明るく照らされ――」
「ちょい待ち」
修道女らしい穏やかな言葉を、アウレリアが遮った。
「……あたしが、よくわかったのはね」
腕を組み、少しだけ首を傾げる。
「よくわからないのが、よくわかったってこと」
「……は?」
スカーレットの動きが止まった。
「あなた、私の話を聞いていましたか?」
「聞いてた」
アウレリアは即答する。
「それで、あたしにはわかったの」
真顔で言い切った。
「スカーレットさんに、何て言えばいいのか。あたしには、わからない」
「…………」
勇者一行も、スカーレットも黙り込む。
レオニスも思わず眉を寄せた。
(何を言っているんだ、アウレリアは……)
だが、当の本人はいたって真剣だった。
「でもね」
アウレリアは、にっと笑った。
「ここが魔王国でよかった」
「……?」
「だって、シンプルな答えがあるから」
その顔には、名案を思いついた者の自信があった。
「スカーレットさん!」
アウレリアが、彼女を指差す。
「あたしは、スカーレットさんに決闘を申し込む!」
「な、何を言っているのですか、貴方は!」
さすがのスカーレットも、動揺を隠せない。
「魔王国の流儀に従って、戦いを挑むのよ」
「正気ですか!?」
「大真面目」
アウレリアは胸を張った。
「あたしは勝つ。そして、スカーレットさんに言うことを聞かせる」
「…………」
誰も、こんな答えを予想していなかった。
レオニスは額に手を当てる。
(……何だ、これ)
勇者と冥王。
そんな単純な構図ではない。
これは、アウレリアとスカーレット。
二人の価値観をぶつけるための、決闘だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「決闘」
その言葉を聞いたスカーレットは、しばし呆然とした。
やがて、小さく息を吐く。
「受けません」
「どうして?負けるのが怖いの?」
「そういうわけではありません!」
スカーレットは珍しく声を荒らげた。
「あなたと戦う理由がありません!」
「それは、あたしが今作ったから、理由はある」
「…………」
話が通じない。
スカーレットは、そう判断した。
これ以上、自分だけで説得するのは無理だ。
助けを求めるように、彼女は勇者一行へ視線を向ける。
だが。
誰も、その視線を受け止めなかった。
グラーディスは静かに目を逸らす。
イシュリアンは下を向いている。
フィデリアは困ったように微笑んでいる。
そしてレオニスも――。
「……」
そっと視線を横へ逃がした。
味方はいない。
スカーレットは悟った。
「言っておきますが……」
諦めたように、スカーレットはアウレリアへ向き直る。
「私は、あなたが思っている以上に強いです」
どうやら方針を変えたらしい。
戦う理由がないなら、戦わなくても済むほどの力を見せればいい。
スカーレットは教会の修繕用に置かれていた自然石へ手を伸ばした。
片手で、それを拾い上げる。
「……証明します」
ぎゅっ。
小さな手が、石を握り込んだ。
次の瞬間。
――パキィッ。
自然石は、まるで脆い焼き菓子のように砕け散った。
「……」
レオニスの目が丸くなる。
(げっ!?)
小柄で華奢な修道女。
そんな印象からは想像もつかない光景だった。
スカーレットは砕けた石を手から落とす。
「……私の身体は特別製です」
その表情には、これで十分だろうという確信があった。
(たしかに……)
レオニスは思う。
(彼女なりの力業だとしたら、常人ならこれで黙る……)
だが。
すぐに、その考えを改めた。
(でも、駄目だろうね……)
「大丈夫」
案の定だった。
アウレリアは、まるで気にしていない。
「そのくらい出来そうな人と、あたしは結構戦ってるから」
「……な!?」
スカーレットの口から、思わず声が漏れた。
「アウレリアに、そのような力の誇示は通じないよ」
グラーディスが、淡々と言った。
そしてスカーレットが先ほど拾ったものと同じ自然石を手に取る。
「代金は、後で寄付という形で支払います」
言うが早いか。
グラーディスの手の中で、石が砕けた。
「この程度が出来る私に、アウレリアは、かつて勝っているんだからね」
そう言って、グラーディスは笑う。
まるで。
――時間の無駄だよ。
そう言っているかのように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(珍しいな、グラーディス様が……)
レオニスは、アウレリアの隣に立つグラーディスを見つめた。
グラーディスは、本来ならば自分の力を無駄に誇示するような人物ではない。
第三王子という立場。
そして、常人の十倍にも及ぶ特別な身体能力。
それらを持ちながら、必要以上に力を振るうことを避けている。
(いや……違うのか)
レオニスは、心の中で首を横に振った。
(アウレリアのためだから……力を使うことに、躊躇がないんだ)
かつてグラーディスは、レオニスに語ったことがある。
アウレリアを愛している、と。
王族としての立場も。
利害も。
そんなものを抜きにした、純粋な想いだと。
そして今。
その視線の先にいるアウレリアは――。
おそらく、そんなことには気づいていない。
レオニスがその続きを考えようとした時だった。
「……ふう」
スカーレットが、小さく溜息をついた。
「確かに、これ以上は……文字通りの無駄なのですね」
その視線が、アウレリアへ向けられる。
「私が言ったことです。貴方との決闘を受け入れます」
ついに。
スカーレットが折れた。
アウレリアの言葉を受け入れたのだ。
「ただし、戦うからには加減はできませんよ」
「了!」
アウレリアは、即答した。
その返事に迷いはない。
「では、参りましょう」
スカーレットが立ち上がる。
そして。
その瞳が変わった。
レオニスにも、それがはっきりと分かった。
先ほどまでの、穏やかな修道女の目ではない。
静かで。
鋭い。
これから本気で戦う者の目だった。
「本気で戦うため、街の外に出ます」
スカーレットは深々と頭を下げる。
それから、落ち着いた足取りで教会の扉へ向かった。
扉が開く。
外から、街の空気が流れ込んできた。
アウレリアは、その場で大きく伸びをする。
「……強いね、彼女。ものすごく」
「それでも戦いたいんだろ?」
グラーディスが声をかける。
「……ま、そうね」
アウレリアは笑った。
「実際に戦わないと、わかんないんだろうけど」
そして。
迷いのない歩調で、スカーレットの後を追う。
レオニスから見たアウレリアは、いつも通りだった。
無茶をしているようにも。
恐れているようにも見えない。
ただ、自分で決めた道を進んでいる。
(……アウレリア)
レオニスは、その後ろ姿を見送った。
アウレリアとスカーレット。
勇者と冥王。
そんな肩書きだけではない。
互いを知るために。
二人は、刃を交えることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




