スカーレットの戦いの意味
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そんじゃ、次、行こうか」
アウレリアが椅子から立ち上がった。
「次?」
「うん。次はスカーレットさん」
レオニスが聞き返すと、アウレリアは迷いなく答えた。
「スカーレットさんの意思を確認する」
その表情に、先ほどまでの迷いはなかった。
「彼女が、私たちの協力を不要だって言ったら、迷わず巡礼の地に向かう」
そして、仲間たちを見回す。
「それでいいわね、皆!」
異論はなかった。
「じゃあ、出発っと」
アウレリアが食堂を出ていく。
フィデリアとグラーディスも、その後に続いた。
レオニスも立ち上がろうとした、その時だった。
くいっ。
袖を軽く引かれる。
「イシュリアン様? 何か?」
「約束していた護符が出来ましたので。渡します」
イシュリアンは、一本の短剣を差し出した。
「あ、出来たんですか。ありがとうございます」
以前、レイラの力に影響を受けたレオニスを心配したイシュリアンが、対魔力用の護符を作ると言っていたものだ。
「はい。必要だと思いましたので、急いで作りました。いざとなれば、武器にもなります」
レオニスが鞘から少しだけ刃を覗かせる。
護符というには、あまりにも立派な短剣だった。
「私の持っている、こちらと対になっています」
イシュリアンが、自分の短剣を見せる。
二本は、ほとんど同じ形をしていた。
「?」
レオニスの動きが止まる。
――これって、イシュリアン様とお揃いの品を持つってこと……?
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
「私から、こちらへ力を供給することも可能です」
イシュリアンは淡々と説明する。
「日々これを交換して、私が力を蓄積し続け、強化していきます。そうすれば、より強力な力でレオニスを守れます」
――毎日、イシュリアン様が肌身離さず持っているものと交換する……。
なんだか。
「…………」
レオニスは、隣のイシュリアンを見る。
だが彼女の瞳に浮かんでいたのは、魔法道具の性能を説明する者の真剣な眼差しだけだった。
――そうだよな。
――そんなわけないよな……。
レオニスは余計な考えを振り払った。
「ありがとうございます、イシュリアン様。大切にします」
「はい。ですが、私もアウレリアのように、不満を言わせてください」
「な、なんでしょうか?」
「私たちは仲間です」
イシュリアンは、静かに言った。
「なので、もう敬称はやめましょう。それに私は、名前で呼んでいます」
「わ、私は皆さんの従者なので……」
レオニスは、そう口にしてしまった。
自分はアウレリアやグラーディスのように、選ばれた人間ではない。
その思いが、言葉の奥に滲んでいた。
「そんなことはありません、レオニス」
イシュリアンは、それを否定する。
「あなたは、この一行にいなければいけません」
「……」
「自信を持っていいのです、レオニス」
穏やかな言葉だった。
けれど、その言葉には迷いがなかった。
「……はい。イシュ――」
「リアン呼びで」
レオニスの言葉を、イシュリアンが遮った。
「……はい」
レオニスは、少しだけ照れながら笑った。
「リアン。これからもお願いします」
「……はい、レオニス」
イシュリアンも、小さく笑う。
「これからも、お願いします」
二人は顔を見合わせる。
そして、アウレリアたちの後を追うため、並んで食堂を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……私が望めば、一緒に戦うと、そうおっしゃるのですか? あなた方は」
スカーレットの第一声は、それだった。
戸惑いが、その声に滲んでいる。
だが。
彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「……それが本当であれば、心強いことです。ですが、止めた方が良いでしょう」
「何故?」
アウレリアが、すぐに問い返す。
レオニスも同じ疑問を抱いた。
スカーレットは、街の人々を救いたいのだろう。
そうでなければ、あの場で死王レヴェナントと戦う理由がない。
それなのに、なぜ仲間が増えることを拒むのか。
「貴方たちは、ヒト族という異邦人ですから、理解できないでしょう」
スカーレットは静かに語り始めた。
「ここは、魔王国です」
その言葉には、長い年月を生きてきた者だけが持つような重みがあった。
「その場にいて、一番の強さを示した者。勝者に従う。それが道理です」
スカーレットの青い瞳が、アウレリアを見る。
「そして、戦う人数は少なければ、少ないほど良い」
「……」
「それだけ、敗者の数が少なくて済むのですから」
レオニスは息を呑んだ。
――既に、負けを覚悟している。
そうとしか思えなかった。
だが、アウレリアは違った。
「じゃあ、逃げるの?」
「いえ」
スカーレットは即座に否定した。
「私は、戦います」
「だったら――」
「戦わずして敗北するということも、魔王国は良しとしません」
静かな声だった。
けれど、そこには確かな意志があった。
「正面から戦う」
スカーレットは、大剣を握る手に力を込める。
「そして、強者に抗うことを証明する」
その言葉は、街に暮らす人々へ向けられたものでもあった。
「私たちは敗北した。ですが、それは今の結果として受け入れただけです」
スカーレットは、勇者たちを一人ずつ見た。
「お前が従う価値もないものであれば、我々は牙を剥く」
敗北したから終わり。
強者に負けたから、全てを諦める。
スカーレットが語っているのは、そんな思想ではなかった。
「私が戦うことで、敗者を敗者としない」
その言葉だけは、迷いがなかった。
「私は、それを目指します」
そして。
スカーレットの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「それで、私は満足なのです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




