アウレリアの決断
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……しかし、グラディ。レオニスの言葉が真実なら、王国としては冥王との因縁を無視できません」
イシュリアンが、静かに口を開いた。
「……冥王との因縁を終わらせることは、“勇者の儀”そのものにとって、一つの終着点であるとも言えるでしょう」
レオニスも、その点は気になっていた。
レオンハルトが戦った冥王。
あれは、酷いという言葉だけでは足りない。
筆舌に尽くしがたいほどの存在だった。
あのようなものを野放しにすれば、再び多くの犠牲が生まれる。
それは容易に想像できた。
「私は、避けるべきではない戦いであると考えます」
イシュリアンは、グラーディスを見つめる。
「それについては、私も異論があるわけではないよ、リアン」
グラーディスは小さく息を吐いた。
「しかし、リアン。レオニスの言うとおりであれば、簡単に倒せる相手ではないことも確かだ」
「……はい」
レオニスも、その言葉には同意する。
冥王は、レオンハルトに言い残していた。
――何度でも蘇る、と。
それは、ただの虚勢ではなかったのかもしれない。
「おそらく、勇者の儀を受けた勇者の何人かは、冥王と交戦しているのだろう」
グラーディスが続ける。
「そして、今の世界が正しく続いているのであれば……彼らは、冥王を完全には打倒できなかったことになる」
それは、否定できない現実だった。
現在も冥王という存在が語り継がれている。
ならば、冥王は消えていない。
「アウレリアと私たちは、歴代の勇者たちに劣るとは思わない」
グラーディスの声は静かだった。
「しかし、ただ倒すだけでは、真の勝利にはならない」
イシュリアンとレオニスが、彼を見る。
「私は、冥王とは……そういう敵だと理解している」
グラーディスは二人を交互に見た。
「少なくとも、冥王の正体、所在、そして倒し方。それが分かるまでは、こちらから仕掛けるべきではない」
一度、言葉を切る。
「私は、ゼルハインを失った時のような真似をしたくない」
その声には、僅かな痛みが滲んでいた。
「勇者一行が、これ以上欠けることは許されない」
グラーディスは、組んでいた指をゆっくりと組み直す。
「冥王と、どのように構えるかは……明日、アウレリアとフィデリアに確認してから決定しよう」
そして、二人を真っ直ぐに見据えた。
「どのみち、私たちの行動指針は、彼女たちを抜きにして決められない」
それ以上、三人は言葉を重ねなかった。
冥王と戦うのか。
それとも、別の道を選ぶのか。
その判断は――勇者と姫巫女に委ねられることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「冥王を、どうするか?」
朝食を終えた後。
意見を求められたアウレリアは、仲間たちの顔を順番に見た。
「困ったな。どうしようか」
レオニスから見ても、アウレリアは本当に困っているようだった。
彼女は、戦いを好む人間ではない。
天性とも呼べる力を持っていても、それを理由に振り回すことはない。
自分が強いから。
勇者だから。
そんな理由で、剣を抜くこともない。
「その冥王ってのが、悪い奴かもしれないとしても……あたしに、それを判断するのは難しいな」
アウレリアは、少し考えながら言葉を続けた。
「あいつは性根の悪い奴から生まれた。だからって、何かをする前から罰するっていうのは……あたしは好きになれない考えね」
スプーンを口に運ぶ。
少し行儀の悪い食べ方だった。
「作物を荒らす害獣とか、害虫を駆除するのとは……流石に違うような感覚かな」
冥王。
その名前だけで、倒すべき敵だと決める。
アウレリアには、それができなかった。
「でも、スカーレットさんや街の人たちに危害を加えた死王とかいうのは、それだけ見れば正直、腹が立つ」
声に、僅かな怒気が混じる。
「なんで、そんなことをするのか」
スプーンが止まった。
「そんなことに、意味があるのか」
アウレリアは眉を寄せる。
「そういうところがね」
それから、スプーンを皿へ戻した。
「だけど……あたしが自分の意思だけで、自由にしていいことでもないと思ってる」
その言葉には、迷いがあった。
だが、逃げているわけではない。
アウレリアは一度、目を閉じた。
「もし、この街の人たちが……スカーレットさんが、街の人たちを死王たちから守りたいっていうのなら」
ゆっくりと目を開く。
「あたしは、助けてあげたいと思う」
その答えは、単純だった。
冥王だから戦うのではない。
勇者だから戦うのでもない。
目の前にいる人間が、助けを求めている。
それならば、剣を抜く。
ただ、それだけだった。
アウレリアは、そこでフィデリアを見る。
「そういうことなんだけど……どうかな?」
問われたフィデリアは、すぐには答えなかった。
静かな沈黙が、食卓に落ちる。
レオニスは息を呑んだ。
――どう答えるんだ、フィデリア様。
フィデリアは、ただアウレリアを見つめていた。
真っ直ぐに。
まるで、その言葉の奥にあるものまで見定めようとするかのように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




