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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
209/235

過去と決意と

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その日の夜。


宿屋の一室に、三人の姿があった。


レオニス。


グラーディス。


そして、イシュリアン。


「アウレリアと、フィデリア様はいいのかい?」


グラーディスが、念のため確認する。


「はい」


レオニスは頷いた。


「お二人には、今は話さない方がいいと判断しました」


その声には、迷いがあった。


原初の勇者レオンハルト。


その戦いを語る以上、避けて通れないものがある。


聖剣。


そして――謎の少女。


それは、勇者であるアウレリアと、姫巫女であるフィデリアに、大きな波紋を広げる可能性があった。


何も起こらないかもしれない。


だが。


知らなくてもいい情報が、二人の関係に余計な亀裂を生む可能性もある。


「お二人に話すのは、原初の勇者レオンハルトと、冥王の戦いについてです」


グラーディスとイシュリアンの表情が硬くなった。


「どうやって、そんなものを知った?」


グラーディスの金色の瞳が細まる。


「そして、それは信頼に値する情報なのかい?」


「情報源は、ヴァルドです」


レオニスは答えた。


そして、自分がヴァルドと出会い、命を代償にして記憶を見せられた経緯まで、隠さず話した。


「なんて危険なことを!」


イシュリアンが身を乗り出す。


「何かあったら、どうするのですか!」


「リアン」


グラーディスが静かに制した。


「いいだろう。何があったのか、話してくれ。レオニス」


「はい」


レオニスは頷いた。


自分が見た記憶そのものを、二人に見せることはできない。


だから、要点だけを語った。


原初の勇者レオンハルト。


冥王との戦い。


聖剣。


そして、謎の少女。


さらに――。


冥王は一度倒されても、再び蘇ると言い残したこと。


その冥王を討つため、勇者もまた生まれ続ける。


それが、王国の勇者の儀へ繋がっていったこと。


話が進むにつれて、二人の表情から余裕が消えていった。


グラーディスは黙っている。


イシュリアンも、何も言わない。


王族であるグラーディス。


法国出身であるイシュリアン。


二人にとって、簡単に口にできる話ではなかった。


「王国の勇者と、冥王をめぐる因縁……か」


ようやく、グラーディスが呟いた。


何度でも蘇る冥王。


その冥王を討つため、何度でも勇者を送り込む。


それが、勇者の儀の始まりだったという。


「たしかに、レオニスが冥王という存在を気にかけることは分かります」


イシュリアンも静かに頷いた。


「ですが――」


レオニスが続ける。


「もう一つ、重要なことがあります」


少しだけ、言葉に詰まった。


「これは推察の域を出ていません。確証はありません」


「ここまで話したんだ」


グラーディスがレオニスを見る。


「最後まで言ってみたまえ」


「……はい」


レオニスは、覚悟を決めた。


「では、言います」


一度、息を吸う。


「……おそらくですが」


そして。


「フィデリア様は――王国の勇者の儀とは、まったく関係のない存在です」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



沈黙が、室内を支配した。


「……なぜ、そう推測するんだ」


グラーディスは、指同士を強く組んだ。


「……勇者の儀を作ったのは、王国です」


レオニスは慎重に言葉を選ぶ。


「ですが、その原点は聖録の写本にあります」


「聖録……」


「写本には、おそらく姫巫女を召喚し、聖剣を与えるという部分が記されていたのでしょう」


レオニスは続けた。


「そして後の人々が、それを『過去の時代に強力な武器を与える儀式』として解釈し、勇者の儀へ組み込んだ」


それが、レオニスの推測だった。


「ですが――」


レオニスの声が低くなる。


「姫巫女の役割は、勇者に聖剣を与えることだけではない」


グラーディスが顔を上げた。


「……隠された何かがある、と?」


「はい」


レオニスは頷いた。


「私は、そう考えています」


そして、その先にあるものを口にする。


「それが、レオンハルトとセシルの結末の差に繋がっているのではないかと」


室内の空気が重くなった。


「聖録の写本には――何か重要なことが抜け落ちている」


レオニスはそう結論づけた。


もし、それが分からなければ。


今の聖剣の所有者であるアウレリアも。


かつての勇者たちと同じ結末を迎えるかもしれない。


姫巫女フィデリアによって――消される。


「……レオニスの言うことは、理解できる」


グラーディスが、長い息を吐いた。


「……だが」


金色の瞳が伏せられる。


「その推測は、やはり仮説の域を出ないな」


「はい」


レオニスも否定しなかった。


グラーディスは、それ以上を口にしない。


今の彼もまた、フィデリアと同じように誓約を受けている。


アウレリアを守る者。


同時に、彼女を抑止する者。


それが勇者の儀によって与えられた役割だった。


だが。


もしレオニスの推論が正しいのなら。


この誓約の根は、勇者の儀そのものではない。


もっと古い。


聖録に記された、別の何か。


それはグラーディスやイシュリアンだけではない。


フィデリアにすら影響を与えている。


フィデリアという「導き手」を介して、何かをさせようとしている。


(……させるものか)


グラーディスの胸の内に、静かな怒りが燃え上がった。


その相手が何者なのかは分からない。


人なのか。


それとも――。


(例え、それが神であろうが、私は従わない)


グラーディスは目を閉じた。


そして、一人の少女を思い浮かべる。


自分が守りたいと思った人。


(いや)


ゆっくりと目を開く。


(そんな奴を、神などと認めるものか)


答えは、もう決まっていた。


(私は、アウレリアを守る)


聖騎士だからではない。


王族だからでもない。


勇者の儀に選ばれたからでもない。


(――一人の男として、守る)


それが。


グラーディス・エルマナートの、単純にして絶対の答えだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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