過去と決意と
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。
宿屋の一室に、三人の姿があった。
レオニス。
グラーディス。
そして、イシュリアン。
「アウレリアと、フィデリア様はいいのかい?」
グラーディスが、念のため確認する。
「はい」
レオニスは頷いた。
「お二人には、今は話さない方がいいと判断しました」
その声には、迷いがあった。
原初の勇者レオンハルト。
その戦いを語る以上、避けて通れないものがある。
聖剣。
そして――謎の少女。
それは、勇者であるアウレリアと、姫巫女であるフィデリアに、大きな波紋を広げる可能性があった。
何も起こらないかもしれない。
だが。
知らなくてもいい情報が、二人の関係に余計な亀裂を生む可能性もある。
「お二人に話すのは、原初の勇者レオンハルトと、冥王の戦いについてです」
グラーディスとイシュリアンの表情が硬くなった。
「どうやって、そんなものを知った?」
グラーディスの金色の瞳が細まる。
「そして、それは信頼に値する情報なのかい?」
「情報源は、ヴァルドです」
レオニスは答えた。
そして、自分がヴァルドと出会い、命を代償にして記憶を見せられた経緯まで、隠さず話した。
「なんて危険なことを!」
イシュリアンが身を乗り出す。
「何かあったら、どうするのですか!」
「リアン」
グラーディスが静かに制した。
「いいだろう。何があったのか、話してくれ。レオニス」
「はい」
レオニスは頷いた。
自分が見た記憶そのものを、二人に見せることはできない。
だから、要点だけを語った。
原初の勇者レオンハルト。
冥王との戦い。
聖剣。
そして、謎の少女。
さらに――。
冥王は一度倒されても、再び蘇ると言い残したこと。
その冥王を討つため、勇者もまた生まれ続ける。
それが、王国の勇者の儀へ繋がっていったこと。
話が進むにつれて、二人の表情から余裕が消えていった。
グラーディスは黙っている。
イシュリアンも、何も言わない。
王族であるグラーディス。
法国出身であるイシュリアン。
二人にとって、簡単に口にできる話ではなかった。
「王国の勇者と、冥王をめぐる因縁……か」
ようやく、グラーディスが呟いた。
何度でも蘇る冥王。
その冥王を討つため、何度でも勇者を送り込む。
それが、勇者の儀の始まりだったという。
「たしかに、レオニスが冥王という存在を気にかけることは分かります」
イシュリアンも静かに頷いた。
「ですが――」
レオニスが続ける。
「もう一つ、重要なことがあります」
少しだけ、言葉に詰まった。
「これは推察の域を出ていません。確証はありません」
「ここまで話したんだ」
グラーディスがレオニスを見る。
「最後まで言ってみたまえ」
「……はい」
レオニスは、覚悟を決めた。
「では、言います」
一度、息を吸う。
「……おそらくですが」
そして。
「フィデリア様は――王国の勇者の儀とは、まったく関係のない存在です」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
沈黙が、室内を支配した。
「……なぜ、そう推測するんだ」
グラーディスは、指同士を強く組んだ。
「……勇者の儀を作ったのは、王国です」
レオニスは慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、その原点は聖録の写本にあります」
「聖録……」
「写本には、おそらく姫巫女を召喚し、聖剣を与えるという部分が記されていたのでしょう」
レオニスは続けた。
「そして後の人々が、それを『過去の時代に強力な武器を与える儀式』として解釈し、勇者の儀へ組み込んだ」
それが、レオニスの推測だった。
「ですが――」
レオニスの声が低くなる。
「姫巫女の役割は、勇者に聖剣を与えることだけではない」
グラーディスが顔を上げた。
「……隠された何かがある、と?」
「はい」
レオニスは頷いた。
「私は、そう考えています」
そして、その先にあるものを口にする。
「それが、レオンハルトとセシルの結末の差に繋がっているのではないかと」
室内の空気が重くなった。
「聖録の写本には――何か重要なことが抜け落ちている」
レオニスはそう結論づけた。
もし、それが分からなければ。
今の聖剣の所有者であるアウレリアも。
かつての勇者たちと同じ結末を迎えるかもしれない。
姫巫女フィデリアによって――消される。
「……レオニスの言うことは、理解できる」
グラーディスが、長い息を吐いた。
「……だが」
金色の瞳が伏せられる。
「その推測は、やはり仮説の域を出ないな」
「はい」
レオニスも否定しなかった。
グラーディスは、それ以上を口にしない。
今の彼もまた、フィデリアと同じように誓約を受けている。
アウレリアを守る者。
同時に、彼女を抑止する者。
それが勇者の儀によって与えられた役割だった。
だが。
もしレオニスの推論が正しいのなら。
この誓約の根は、勇者の儀そのものではない。
もっと古い。
聖録に記された、別の何か。
それはグラーディスやイシュリアンだけではない。
フィデリアにすら影響を与えている。
フィデリアという「導き手」を介して、何かをさせようとしている。
(……させるものか)
グラーディスの胸の内に、静かな怒りが燃え上がった。
その相手が何者なのかは分からない。
人なのか。
それとも――。
(例え、それが神であろうが、私は従わない)
グラーディスは目を閉じた。
そして、一人の少女を思い浮かべる。
自分が守りたいと思った人。
(いや)
ゆっくりと目を開く。
(そんな奴を、神などと認めるものか)
答えは、もう決まっていた。
(私は、アウレリアを守る)
聖騎士だからではない。
王族だからでもない。
勇者の儀に選ばれたからでもない。
(――一人の男として、守る)
それが。
グラーディス・エルマナートの、単純にして絶対の答えだった。
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